返報 14-2 [返報]

14-2







 最後のグレネードを投げると同時に、守谷の後頭部に衝撃が走って手榴弾をバンの中に落ちてしまった。慌てて手榴弾を外へ弾き出そうとしたが、何者かが守谷の背中を押し、テロリストはバランスを崩して倒れた。その時、中田が足元に落ちた深緑色の球体を見つけ、追跡者への発砲を中断して左足で手榴弾を外へ蹴り飛ばした。

 二人が振り返ると、慎重にバランスを取りながら立ち上がろうとする西野を見つけた。ネズミ取りの捜査官は後ろ手で縛られているために自由に動けなかったが、守谷を蹴り飛ばすことはできた。

 外から破裂音が聞こえてきた。最後の手榴弾による爆発であったが、バンに乗るテロリストの注意は野村たちではなく、西野に移っていた。

 「大人しくしてれば、痛め目に遭わずに済んだのになぁ~」守谷が西野に近づき、右前蹴りを繰り出した。

 ネズミ取りの捜査官は間一髪のところで蹴りを回避し、額に切り傷を持つ男にタックルしてバンのスライドドアに叩きつけた。急いで上体を起こし、西野は頭突きを守谷の鼻頭に入れようと動くも、テロリストは頭を右へ傾けて回避した。そして、回避すると同時に彼は西野の股間に左拳を叩き込んだ。股間の痛みに捜査官は身を丸めて後退し、守谷は西野の胸を蹴り飛ばしてバンの反対側に叩きつけた。

 「クソがッ!!」額に傷を持つ男は西野の頭を両手で持ってバンの壁に何度も叩きつけた。

 「死んでしまいますよ。」助手席にいた男が振り返って恐る恐る守谷に言った。

 「そうだな…」ここで守谷は我に返って気絶している西野から離れた。「席を変わってくれないか?」

 助手席にいた男がアサルトライフルを持って後部座席に移動しようとした時、守谷が男の胸倉を掴んで拳銃を男の下顎に押し付けた。

 「ちょっ―」

 額に切り傷を持つ男は表情を一切変えずに引き金を引き、バンの天井が真っ赤に染まった。守谷は死体を引っ張ると、気絶している西野の上に放り投げて助手席に座った。








 「怖い気持ちは分かる。」野村が震えている新村にやさしく言った。

 二人の乗る黒い軽自動車はテロリストの白いバンから500メートル後方の位置で停車していた。

 「俺も怖い。でも、西野さんを救わないといけない。そのために君の力が必要なんだ。」

 ハンドルを握る新村の両手は震えており、彼女の目はスピードメーターを見つめたまま動かない。

 “ダメか…”

 その時、女性捜査官が防弾ベストのポケットから短機関銃の予備弾倉を2本抜き、それを野村に渡した。

 「もうそれしかないですけど、足りますか?」

 新村の言葉を聞いて男性捜査官は口角を上げた。「十分さ。」

 深呼吸をしてから若い女性捜査官はハンドルを握り、そして、アクセルを踏み込んだ。軽自動車はエンジンを唸らせて加速し、テロリストの後を追った。

 助手席の野村はMP-5Kの再装填を終えると、携帯電話を取り出して支部に電話をかけた。呼び出し音が数回鳴った後に奥村の声が聞こえてきた。

 「野村だ。道道17号(注:読み方『どうどう』、北海道の主要地方道のこと)でテロリストの白いバンを追跡中。ドローンで白いバンとの距離を調べてくれ。」

 「ちょっと待ってください。」女性分析官がキーボードを叩いて、グランドホテル上空を旋回していた2機の偵察ドローンの1機にアクセスした。そして、そのドローンを操縦している分析官に野村の現在位置を送り、その半径4キロ圏内にいる2台の白いバンを見つけるように頼んだ。

 新村の運転する軽自動車は縫うようにして前を走る車の間を走り、テロリストの白いバンを探して加速を続けている。しかし、目的の車は見つからない。

 「見つかりました!」奥村の声が携帯電話の受話口から聞こえてきた。「野村さんの現在位置から700メートル離れた所を走っています。」

 「分かった。」

 奥村の報告通り、2台の白いバンは700メートル先を走っていた。前の車を縫うようにして進む野村と新村の車は加速を続け、約4分後に目的の車を発見して接近を試みた。距離が近づくと野村が助手席から身を乗り出し、守谷たちが乗っているバンに向けて発砲した。今回は後輪ではなく、車体に向けての銃撃であった。野村が動くと同時に新村は拳銃を抜き、銃身をサイドミラーに固定して援護射撃に出た。

 短機関銃から放たれた複数の銃弾がバンの後ろにドアに命中した。その内の2発が窓を砕き、二人の捜査官は車内にいる大男を見ることができた。突然のことに中田は驚いてアサルトライフルを持ち上げ、壊された窓から応射するために動いた。

 「ドアを開けろッー!」守谷が怒鳴りながら後部座席へ移動し、床に置いていたロケットランチャーを拾って構えた。

 激しい銃撃を受ける中、中田が後ろドアを開けて素早くアサルトライフルを発砲した。最初は狙いを定めることができなかったので、数発が軽自動車のボンネットに命中した。しかし、銃の反動で銃口が上がり、フロンドガラスの中心に縦一線の穴を開けた。一方、守谷はロケットランチャーの狙いを車の間を縫うよう走行している軽自動車の手前に定め、引き金を絞るタイミングを計っていた。

 軽自動車に乗る二人の捜査官はロケットランチャーを構える男を発見すると、心臓が縮まるような恐怖を感じた。野村が急いで助手席に戻ると同時に、新村がハンドルを左に切ってロケットランチャーの射角から逃れようとした。

 その時、額に切り傷を持つ男はゆっくりと引き金を絞った。強烈な後方噴射と共にロケットが発射され、その際に生じた大量の白煙が運転席と助手席を満たし、驚いた運転手は咄嗟に後部座席を振り返った。

 発射されたロケットは真っ直ぐ黒い軽自動車に向かって飛んで行ったが、標的が急ハンドルを切ったために命中はしなかった。それでも野村と新村の乗る車は道路に直撃したロケットの爆発と爆風を浴び、横転してガードレールに激突して止まった。その様子を見届けた守谷はロケットランチャーを床に投げ、何事も無かったかのように助手席に戻って行った。








 警察署に着いていた小田完治は応接室の中を忙しなく歩き回っていた。家族のことが心配で黙って座っていることができないのだ。

 ドアの横でそれを見ていたSPの真嶋も仲間のことが心配であったが、顔に出さないよう努めた。それでも警護対象者を見ている内に仲間を思う気持ちが強くなった。

 その時、応接室のドアが開いて小田の家族が入って来た。小田完治の姿を見るなり、緊張がほぐれたのか、彼の家族は目に涙を浮かべた。議員は素早く駆け寄り、妻と子供たちを抱き寄せた。彼らはすすり泣きながら身を寄せ合い、小田完治は小さく「無事でよかった」と呟いた。

 真嶋がほっとして胸を撫で下ろしていると、背後から肩を叩かれた。振り向くとホテルで彼と共に議員とその家族を警護した民間の警備員3人がいた。

 “柴田は?”真嶋は咄嗟に同僚の姿を探したが、見つからなかった。

 「柴田を見なかったか?」

 「いいえ。」近くにいたスーツ姿の警備員がSPに言った。

 “まだ現場にいるのか?”

 「つい先ほど連絡があったのですが…」同じ警備員が口を開いた。「すぐに応援が来るそうです。真嶋さんの無線機と携帯電話に繋がらなかったので、私の方に連絡がきました。」

 「そうか…」

 「応援が着き次第、議員とその家族の避難が始まることになっています。」

 「何所へ?」と真嶋。

 「丘珠空港(注:正式名は『札幌空港』)に行き、北海道を離れる手配が取られています。」

 「しかし、すぐに動いては…」

 「詳細は応援が来てからとなっています。それまで我々は待機だそうです。」








 杉本哲司は色褪せた黒革のアタッシュ・ケースを持ち、官邸の三階にある南会議室のドアをノックした。

 いつもと変わらない定例報告ならば心配はないのだが、現在進行形の北海道の件があるために多くの懸念があった。官房長官たちの意地の悪い発言ではなく、予算の削減や組織の縮小が議題として上がることを恐れている。

 『ネズミ取り』が創設されてから大規模テロは未然に防いできた。勿論、この機関が誕生する前から日本警察はテロ攻撃を阻止するために努力している。

 今までの調査で、2年前に菊池信弘と彼の思想に魅了された学生たちが起こしたテロ攻撃との関連性は見つかったが、まだ確証は得られていない。それでも当時の生き残りが数人いると考えられているため、東京支部にいるネズミ取りの分析官たちは彼らによる犯行の可能性が高いと見ている。北海道におけるテロ攻撃の動機は、自衛隊基地への攻撃を妨害した小田議員に対する報復と推測された。

 「どうぞ。」

 ドアの向こう側から声が聞こえてきたので、杉本がドアを開けて室内に入った。

 「進展は?」ネズミ取りの局長を見るなり官房長官の吉村吉彦が尋ねた。彼は楕円形テーブルの端の席に座っていた。官房長官の隣には首相補佐官の沼村直人が椅子に腰掛けている。

 「主犯の特定はまだできていませんが、2年前の事件との関連が見つかりました。」テーブルにアタッシュ・ケースを置き、その中から予め用意した資料を取り出して二人の前に置いた。

 官房長官と首相補佐官は資料に一瞥をくれると、一切手を付けずに再び杉本に目を向けた。

 「簡潔に頼むよ。もうすぐ記者会見なんだ。」と官房長官。

 「北海道の事件は、2年前の自衛隊基地攻撃事件に関与した人物によるテロ攻撃と思われます。そして、犯人は小田完治議員を狙っているようです。」杉本は求められたとおり、簡潔に述べた。

 「それは困るねぇ…」首相補佐官が呟いた。「あの事件は『火災』として処理されたんだ。今さら、『あれはテロでした』、と言えば有権者の支持を失いかねない。何か違う理由を考えるべきだ。」

 「確かに…」官房長官は隣に座る禿げ頭の男に同調した。

 “まだ政局に気を取られているのか…”杉本は黙って二人を見つめた。

 「できれば…小田くんの政策に反対する勢力の犯行として発表すべきだ。『右』でも『左』でも構わない。」首相補佐官は素晴らしい案を述べたと思った。

 「しかし―」杉本が意見を述べようとした。

 「声明の内容はこちらで決める。」吉村官房長官が遮った。「君は早く事件を解決しろ!」

 「分かりました。」








 目を覚ますなり、野村は飛び上がって腰のホルスターから銃を抜いて周囲を見渡した。彼は軽自動車の中ではなく、救急車内のストレッチャーの上にいた。

 「落ち着けよ。」大多和が後輩捜査官の銃を掴んで下ろさせた。

 「西野さんは?」野村が尋ねた。「白いバンは?」

 先輩捜査官は首を横に振った。「ドローンで探してる。お前はよくやったよ。」

 慰めの言葉を聞いても野村は自分が許せなかった。この時、彼は運転席にいた新村のことを思い出した。

 「新村は?彼女は無事ですか?」

 「負傷してたから、先に小木と一緒に支局の医務室に送ったよ。負傷と言っても、新村はちょっと深い切り傷と擦り傷、小木は肋骨を折っただけだ。奇跡的にお前は無傷みたいだが…」

 拳銃をホルスターに戻して野村はストレッチャーから下りようとした。その際に肩と腰に痛みが走ったが、動くのに支障がない程度であった。

 「あまり無茶するなよ。まだやる事があるんだ…」

 彼らを乗せた救急車は近くの病院に着いたが、大多和は野村を連れて病院内の駐車場へ向かった。先輩捜査官に促されて野村はグレーの乗用車に乗り、その車は数回の尾行確認を経てネズミ取りが利用している地下駐車場に入った。

 「お前にお土産があるらしい。」駐車場に車を入れるなり、大多和が言った。

 二人の乗る車が進んで行くと、ヘッドライトが駐車場の奥にいた二人の男を照らした。一人は体形に似合わないだぶだぶの服を着ており、彼の横にはうな垂れて床に座り込んでいる中年男がいる。

 大多和が車を停めるなり、野村は車を降りて中島と佐藤に近づいた。

 「大変だったみたいですね。」中島が笑みを浮かべて言った。

 「いや…私は…何も…」野村はテロリストを取り逃した事に憤りを感じていたが、表情に出さないように努めた。それに西野を救えなかった事に罪悪感を持っていた。

 「野村さん…」SAT隊員が柔らかな口調で話し始めた。「過ぎた事はどうしようもないです。あなたの仲間はテロリストに捕まりましたが、まだ生きてる。後悔は後に回して、今は彼の救出に専念しましょう。」

 “確かに…”若い捜査官は顔を上げて中島の顔を見た。

 「その手掛かりになると思って…」SAT隊員がうな垂れている佐藤の肩を軽く叩いた。「彼を持ってきましたよ。」

 「その男は?」野村の隣に並んだ大多和が尋ねた。

 「ホテル付近の建物から狙撃銃で小田議員を狙ってた男です。」

 「テロリストの仲間なんですか?」と野村。

 「そう考えるのが妥当でしょう。ホテル正面から突入して、標的をホテルの裏口まで押し出し、そこを狙う予定だと思いますね。」中島は佐藤を捕らえた後、藤木と現場にいた数人のSAT隊員から聞いた情報を元に自分の考えを述べた。「万が一、彼が単独犯であれば、議員が出入りするのが確実な正面入り口付近を見張ると思いますし…」

 「なら、色々と聞いたい事があります。」野村が佐藤に近づく。「色々と…」








 西野がテロリストに拉致されたとの報告を受けた黒田は、苛々しながらスパイウェアが常時送信してくる水谷の行動記録に目を通して怪しい動きの有無を調べていた。しかし、送られてくる情報に不審な点はない。

 “気付かれたか?”黒田は水谷がスパイウェアの存在に気付いた可能性を考えた。“そうなれば、これは時間の無駄か…。西野の捜索に集中すべきか?もし、アイツが内通者であれば、何も水谷に的を絞る必要も無い…”

 水谷は先ほどから通信記録を見ており、そこでいくつかの記録を何度も繰り返し閲覧している。また、彼は監視カメラの映像記録にもアクセスし、特定の時間帯の記録を入念に確認していた。

 “都合の悪い証拠を探しているようにも見えるが、記録を書き換えようとはしてない。”黒田は分析官の行動を見て思った。“逆にアイツは削除された物を修復しようとしているようにも見える…”

 その時、彼のオフィスにタブレットを持った奥村が入って来た。

 「水谷さんの行動を調べましたが…特に異常はありませんでした。」奥村がタブレットの画面を黒田に見せた。画面には水谷が使用した画像比較ソフトや音声解析ソフト、最近のニュースに関する閲覧履歴が表示されていた。

 「本当にこれだけか?」と黒田。

 「はい。」

 女性分析官は何故、上司がこれほどまでに水谷に拘るのかが理解できなかった。彼女は水谷の記録を調べながら、黒田の記録も調べていた。そして、そこには水谷よりも疑わしい記録が多かった。

 「もう少し遡って彼の記録を調べて欲しい。」

 「分かりました。」

 不満を顔に出しながら奥村は黒田のオフィスを後にし、自分の机に戻ると一目散にオフィスに籠っている上司の記録にアクセスした。








 携帯電話が鳴ると、大多和は野村たちから離れて電話に出た。

 「どうなってる?」電話は黒田からだった。

 「今、野村と中島という名のSAT隊員でテロリストの尋問をしています。が、テロリストの携帯電話から色々と情報が見つかっているので、もうすぐ終わると思います。」

 「そうか…」そう言うと、黒田は数秒沈黙した。大多和が代わりに口を開こうとすると、再び支局長の声が聞こえてきた。「話しは変わるが、西野は…アイツは本当に拉致されたのか?」

 大多和は黒田の質問に疑問を持った。“支局長は西野もテロリストだと思ってる?”

 「はい。救急車に乗せられる前に意識を取り戻した新村が、テロリストに連れ去られる西野について教えてくれました。野村も同じことを言ってます。私も西野が拉致されたと思います。」ネズミ取りの捜査官が淡々と述べた。

 「そうか…」

 「何かあったんですか?」

 「いや、何でもない。」

 「それでは尋問が終わり次第―」

 大多和が会話を切り上げようとした時、それを遮るように黒田が口を開いた。「尋問は君とSATに任せたい。野村には一度、こちらに戻ってきて欲しい。」

 「しかし―」

 「西野に関して確かめたいことがあるんだ。」ネズミ取りの支局長が強い口調で言った。

 「では、そのように伝えます。」捜査官の声には戸惑いが混じっていた。

 電話を切り上げると、大多和はノートパソコンと睨み合う野村と中島に近づいた。そのパソコンは佐藤が持っていたスマートフォンと接続されており、解読ツールを用いて電話内にある位置情報と暗号化されていたメールを確認していた。

 「野村、支局長がお呼びだ。」大多和が後輩捜査官の隣に並んだ。「後は俺が引き継ぐ。」

 若いネズミ取りの捜査官は驚きの表情を浮かべて大多和を見た。「今ですか?」

 「西野について聞きたい事があるそうだ。」

 「でも―」

 「支局長にも何か考えがあるんだろうさ。」首を傾げて大多和が言った。「それより、何か見つかったか?」

 「見つかりましたが…」納得の行かない呼び出しに野村は苛立ち、見つけた事を口にしたくなかった。

 「怪しい場所を2ヵ所見つけましたよ。」中島が二人の会話に割り込んだ。

 これに野村は驚き、さらに怒りを覚えた。できれば、この発見を条件に支局へ戻ることを延期させようとしていたのだ。

 「何所ですか?」大多和が中島へ顔を向けた。

 「銭函と手稲にある建物です。彼は襲撃後にこの2つの場所のどちらかに行く予定になっていたようですよ。」SAT隊員がノートパソコンの画面に表示されている2つの赤い点を指で示した。

 身体を前のめりにして大多和はパソコンの画面を見つめた。1つ目の建物は銭函に近い張碓という場所にあり、もう1つは人口が密集している手稲区の住宅地にあった。

 「どちらかの建物に西野がいるのか…」大多和が呟いた。

 「その可能性がある、の方が正確かもしれませんよ。」と中島。「報酬の受け渡し場所、または中継場所かもしれないですし。もしかしたら、拘束された時のための罠かも…」

 「なら、彼に話してもらいましょう。」野村が胸にある苛々を落ち着かせながら言った。

 三人はうな垂れている中年男に目を向けた。

 「無駄でしょう。」SAT隊員が再びパソコンに向き合った。ネズミ取りの捜査官たちは中島の態度に不信感を抱いた。

 「どうしてですか?」野村が尋ねる。

 「彼はこういう状況に慣れてる。この手のタイプは長期戦を好みます。まぁ、手荒な真似をして吐かせるのも手ですが、正確な情報を喋ってくれる保証はないです。確実なのは、今ある情報を元に行動することだと思いますよ。例え、罠であっても…」

 「一理あるが、それでも吐かせるべきだ。」大多和が食って掛かった。

 「それならネズミ取りさんの自白剤などを使うべきです。ここには無いけど…」

 中島の意見を聞いて大多和が野村と向き合った。「どうせ支局に戻るんだ。この男と一緒に戻って情報を聞き出してこい。それからSATに応援要請を出して出動準備を完了させてくれ。」

 野村は下唇を噛んで喉まで出かかっていた言葉を抑え、命令に従うことにした。若い捜査官は中島と共に佐藤の腕を掴んで立ち上がらせ、乗用車の後部座席に中年男を押し込んだ。

 「現場で待ってますよ。」運転席に乗り込んだ野村に中島が笑みを浮かべて声をかけた。

 野村は表情を変えずに「すぐに合流します」と言って駐車場を後にした。そして、彼と入れ替わるようにしてすぐ、1台の黒いバンが駐車場に入って来た。

 大多和と中島が腰のホルスターに収められた拳銃に手をかけたが、バンから下りてきた4人を見て手を離した。

 「遅くなってすみません」額に大きな絆創膏を付けたSAT隊員の荒井が言った。彼は守谷たちの襲撃で負傷したが、ホテル入り口付近の爆発で亡くなった仲間と拉致された西野のことを知ると、大多和に頼み込んで救出作戦のメンバーに組み込んでもらった。また、荒井は信頼できる同僚3人を連れてきた。

 「全然だ。装備は整えてあるな?」と大多和。

 「はい。」荒井がはっきりとした口調で返事した。

 「んじゃ、すぐにでも行けそうですね。」大多和の隣に並んで中島が言った。

 中島の姿を見るなり、4人のSAT隊員の表情が硬くなった。大多和は何が起こったのか分からず、隣のSAT隊員を見た。しかし、中島はただ笑顔を浮かべているだけだった。

 「洞爺湖ではお世話になりました!」荒井の横にいた桑野という隊員が一礼し、他の三人も彼に倣った。

 大多和は益々混乱したが、中島は相変わらず笑みを浮かべていた。








 意識を取り戻して目を開けようとした時、後頭部に激痛が走り、呻きながら西野は再び目を閉じてしまった。彼は痛む場所に触れようとしたが、両手の自由が効かない。しかし、脚は縛られていない。目をゆっくりと開けると、両手が縄で椅子の肘置きに固定されているのが見えた。

 「起きたか?」正面から守谷の声が聞こえてきた。

 西野が顔を上げようとした時、再び後頭部に激痛が走った。この時、彼は正面に座る守谷の姿を見た。蛍光灯が煌々と光る部屋は狭く、机と椅子が部屋の壁に積み上げられている。ふと目についた窓を見ると、拘束されている自分の姿が窓ガラスの反射で映っていた。外はもう暗く、窓の向こう側がどうなっているのか分からなかった。

 「焦るなよ。時間はたっぷりある。三須も議員を始末したら、こっちに来る。」

 “三須!?”

 「お前たちは死んだはずだ!」ネズミ取りの捜査官が激痛に耐えながら言った。

 「書類上な…」

 「俺はお前が死ぬのを見た。」

 それを聞いて額に小さな切り傷を持つ男が笑い出した。

 「なら、俺は幽霊か?」そう言うと、守谷は左拳を西野の左頬に叩き込んだ。衝撃の強さに捜査官の視界がぼやけた。「確かに俺はお前に撃たれ、そして、輸送機から落とされた…しかし、運が良く三須たちに救われた…」

 西野はまだ衝撃から立ち直れていなかった。ゆえに守谷が話しを続けた。

 「あの時から俺たちはお前への復讐を考えていた。しかし、三須は簡単な報復では物足りないと思い、前回よりも多くの資金と武器、人員の調達に動いた。計画はアイツが作り、俺がそれを実行した。お前を探し出すために三須は警察に入り、最終的にはお前も所属している組織に入った。俺がせっせと武器を買っている間にな…」

 “三須がネズミ取りに?”ようやく意識がはっきりしてきた西野が心の中で呟いた。

 「有り得ない。三須が簡単に入れるような―」

 「『背乗り』って奴で簡単に新しい身分が手に入ったのさ。」捜査官を遮って守谷が言った。「お前らの組織は警察よりも広いネットワークを持っていたらしく、三須はお前も同じ組織にいることを突き止めた。そして、そこで潜入捜査と小田完治の詳細を知った…」

 「俺と議員を狙ったテロでどれだけの命が失われたと思ってるんだ!」思わず西野が怒鳴った。

 「必要な犠牲だ。それに数で人の価値を決めるのは良くないぞ、小林…」守谷はワザと西野をかつての偽名で呼んだ。「人の価値はその人間の知性で測られるべきだ。」

 その理不尽な考えに西野は絶句した。

 「三須はお前を信頼していた。もしかすると、俺よりもお前に肩入れしていたかもしれない…」言葉を失っている捜査官を見た守谷は話しを続けることにした。「そんなアイツも、今じゃお前を殺したがってる。」

 「み、三須もここに、北海道にいるのか?」西野が言葉を詰まらせながら訊いた。

 すると、額に切り傷を持つ男がニヤリと笑った。「アイツはずっとお前の側にいたよ。」








 支局の駐車場に車を入れた野村は急いで後部座席にいる佐藤を降ろそうとした。彼はできるだけ早く中年男を他の捜査官に任せ、黒田との話しを終わらせたかった。

 佐藤の左腕を掴んで引っ張ろうとした時、背後から駆け寄ってくる足音を聞いて野村が振り返った。そこにはタブレットを持った奥村がいた。彼女は監視カメラで野村の到着を確認すると、駐車場まで走って来たのだ。

 「どうした?」と野村。

 小太りの女性分析官は肩で息をしており、捜査官が尋ねてもすぐに応えられなかった。

 「大丈夫か?」野村が中年男から手を離して奥村に近づく。

 「の、野村さんに、見て、欲しい物が、あります。」呼吸を整えながら女性分析官が言った。彼女はタブレットを持ち上げて画面を野村に見せ、野村は渋々その画面を覗き込んだ。「黒田さんに、水谷さんの行動記録を、調べるよう言われて、調べたんですが、不審な点は何も無かったんです。」

 「それで?」若い捜査官は話しの内容が掴めず、急いでいるにも関わらず話しを引き延ばす奥村に苛立った。

 「何度も何度も、似た様なことを言われるので、支局長が疲れておかしくなったと思って、逆に支局長の記録を調べたんです。そしたら、通信記録を消したり、逃亡後に死亡した堀内という男のいた、拘束室の監視映像を、改竄してる形跡があったんです!」

 「何故、そんなことを?」

 「もしかしたら、支局長は昇進の障害となる証拠を消しているのかもしれないです。または支局長がテロリストの―」

 唾を吐くような音が3度、地下駐車場内に響いた。その後、奥村に覆い被さるようにして野村が倒れた。女性分析官は突然のことに驚き、野村を支えようとしたが、彼の重さに耐えきれずに尻餅をついてしまった。好意を寄せていた相手が倒れ掛かってきたため、奥村の意識は野村に注がれ、顔を赤くしながら彼女の膝上に頭を置いて倒れている捜査官の顔を見た。

 「に、逃げ…ろ…」消え入りそうな声で野村が言った。上着の下に防弾ベストを着ていたので無傷ではあったが、銃弾を受けた背中に激痛が走っていた。

 「えっ?」奥村が聞き返そうと顔を野村に近づけた。

 ちょうどその瞬間、彼女の胸を2発の銃弾が襲った。被弾した女性分析官は衝撃に押されて背中から地面に叩きつけられた。呼吸困難に陥った奥村は口から血を吐きながら、苦しみと戦った。

 「余計なことを…」野村の背後から親しみのある男の声が聞こえてきた。その声の主はゆっくりと二人に近づき、奥村の頭に2発の銃弾を撃ち込んだ。

 ここでようやく野村は二人を撃った男の姿を見た。

 “小木さん…?”

 消音機付きの拳銃を持つ小木は奥村のタブレットを拾おうと身を屈めた。この隙に野村はホルスターに手を伸ばして拳銃を握った。

 再び唾を吐くような音が駐車場内に響き、後頭部から進入した銃弾が野村の頭部を貫通した。タブレットに気を取られていた小木は突然のことに驚き、拳銃を野村の死体に向けた。

 「ちゃんと頭を撃て。」小野田が鋭い眼光を小木に向けた。次に彼は消音機付きの拳銃を乗用車に乗っていた佐藤に向け、素早く3度引き金を絞った。2発が中年男の胸に命中し、最後の1発が頭部を捉えて後部座席が血で染まった。

 「あ、あぁ…」小木は小野田の勢いに圧倒された。

 「議員の行き先が分かった。急ぐぞ。」

 二人は予め用意していたグレーのSUVに乗り込んでその場を後にした。

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