最終話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
最終話「ユウタ、永訣!!」
イルボーヌス・武田を倒したユウタは使用した軽トラックをレンタルDVD店の駐車場の端に止め、バイト先の知り合いに紹介してもらった神戸という男に会うため待ち合わせ場所に向かった。そして、彼は居酒屋で会った神戸からある物を購入し、大型スーツケースに入っていたそれをコインロッカーから取り出した。
(完璧だ…)
その時、ユウタの携帯電話が震えて彼は画面を確認する。そこには『クソ野郎・ケンちゃん!!』とある。
(さて、ショータイムの時間だ!)
「もしもし?」渋い声でユウタが電話に出る。
「おっさん。アンタの言ってたイルボなんとかつう男が病院に運ばれてきたぜ。手遅れみたいだけど…」
「残念だ。それで奴に会いに来た男はいるか?」ユウタがレンタルした乗用車にスーツケースを入れて言う。
「アンタの言ってた沢辺つう男か?いや、まだ来てない。」
「そうか。ミクは待機してるのか?」
「あぁ。沢辺が来たらイルボなんとかの親戚つう設定で近づければいいんだろ?」
「そうだ。」
「金は?いつ貰えるんだ?」
「仕事が終われば払う。急いでるから、沢辺が来たらメールかLINEで知らせてくれ。」そう言って、ユウタは一方的に電話を切った。
電話を受けるなり、沢辺はアパートから飛び出してイルボーヌス・武田が搬送された病院へ急いだ。それを車の中から見ていたユウタはニコニコ動画を見ながら、ケンからのメッセージを待った。数十分後にケンから「沢辺が来た」とのLINEメッセージを受け取り、彼はスーツケースを持って元上司の部屋に向かった。
一方、病院では沢辺とイルボーヌス・武田の親戚を名乗るミクが出会って、亡くなった男について適当なことを話していた。沢辺もイルボーヌス・武田のことはあまり知らず、ミクのデタラメも真実のように聞こえた。
「私はちょっと…イルボーヌスの両親とはあまり仲良くないので、そろそろ帰りますね。」とミクが言う。
「なら、送りますよ。」下心を込めながら沢辺が言う。
「お願いします。」
ミクの演技力はアカデミー賞並みであったか、若しくは沢辺がバカなのか、二人が沢辺のアパートに向かうのをユウタは見守っていた。
(下準備は整えた。あとはケンとミクの活躍に期待しYOぉ!)
そう彼が考えていると、金属バットを持ったケンが沢辺のアパートに近づこうとしていた。彼はミクとの結婚を考えており、今回は利益を独占するためにミクと二人でユウタの作戦を実行しようとしたのだ。ミクはユウタの関与を知らされておらず、ケンは「美味しい仕事が入った」としか告げてなかった。
予めケンはユウタから沢辺の住所を知っていたので、沢辺が最愛の女性と部屋に消えるのを見ると間を開けずに沢辺宅のドアをノックした。
「どなたかな?」沢辺がドアを開けた。
すると、ケンはドアを勢い良く押して、沢辺を部屋の奥に突き飛ばした。
「な、何だね?君ッ!?」と禿げ頭の元教頭が叫ぶ。
「ミクッ!何所だ!?」
「ケンちゃん!!」
盗聴器越しにこのやり取りを聞いていたユウタはニヤニヤしていた。
(これで終わりだYOォ…)
「てめぇ、俺の女に何して―」
ミクの安全を確認したケンは沢辺の方を見る。しかし、そこに男はいなかった。
「キャーーーーーーーー!!」ケンの交際相手が悲鳴を上げた。
何事かとケンが視線を動かすと、拳銃を持った沢辺がいた。彼が持っているのは中国製の偽トカレフであり、東京に仕事の拠点を移してから護身用に持っていたのだ。
「おどりゃ、調子にのりおってよぉ…」沢辺の拳銃を持つ手は震えていた。恐怖からではなく、怒りからであった。
事態はケンが想像してよりも厳しいものであった。ユウタの話しでは、沢辺は気の弱いエロオヤジであったが、実際は違法拳銃を持つイカれた野郎であった。
「ミク、逃げろ。」沢辺から目を離さずにケンが言った。
「でも…」目を潤ませながらミクが言う。
「いいからッ!!」
(すげぇ、ドラマチックじゃんかYO!さっさと沢辺も撃っちゃえYO!つうか、ユー、撃っちゃえYOOOOOOOOOOOOOOォ!!!!!!!!!!!!!)
昼ドラの視聴者のような感覚に陥っているユウタはこのようなことを考えていた。
ミクは靴も履かずに部屋を飛び出し、ケンと沢辺はずっと睨み合った。
「おどれだけでもヤるぞ…」と沢辺。
「やってみ―」
その時、沢辺が引き金を引いた。撃針が雷管を叩き、その摩擦によって生じた火花が薬莢内の火薬に引火し、膨張したガスが薬莢内を満たしてそれが弾丸を押し出す。弾丸は銃身を通って銃口から飛び出して、その際にパッと燃焼時に発生した火も銃口から出た。
地球全体が揺れる様な大きな衝撃が起こると同時に炎が沢辺のアパートの窓を突き破り、破片と火の粉を周囲にばら撒く。
「デュフッ、デュフッ、デュフフ、デュフフフ、デュフフフフフフフフフフフフフゥ!フゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」ユウタは声を上げて笑った。
彼は沢辺が病院に行っている間に部屋に液化石油ガスのボンベと盗聴器を設置してきた。ガスは神戸という男に頼んで、着臭前の物を入手したのでガスの元栓を開けても腐った玉ねぎのような鼻を突く臭いはしなかった。ゆえに沢辺もケンも部屋に可燃性のガスが充満していることに気付けなかったのだ。
「デュフフ…愉快。愉快。でも、まだ仕事は残ってるYO…」
沢辺宅から400メートル離れたスーパーマーケットの横でミクは身を丸めて座っていた。彼女の交際相手とはここで落ち合うことになっているのだ。正直、爆発音を聞いた時からケンの死を予感していたが、彼女はそれを認めたくなった。
(ケンちゃんは絶対に来る。絶対に…約束したもん…)
「ミク…?」
自分を呼ぶ声がして彼女は顔を上げる。そこにはホームレスのような恰好のユウタがいた。しかし、ミクはもうユウタのことなど憶えていない。
「誰?」
「僕だYO。ユウタだYO。」
「ユウタって…あのおっさんの?」
男の正体を知ってミクは恐怖をした。彼女はユウタにずっと追われていたのかと思い、逃げ出そうと立ち上がる。
「待って、ミク。話しがあるんだYO!君の彼氏のことだYO!!」
走ろうとしていたミクは足を止める。「ケンちゃんはどこにいるの?」
「彼は君を置いて逃げたよ。金を独り占めするつもりさ。」
「嘘よ!ケンちゃんは―」
ミクがユウタの話しに夢中になった時、ゲスいユウタは彼女を突き飛ばした。突き飛ばされるとミクは道路に飛び出し、運悪くやってきた2トントラックに轢かれてしまった。即死であった。
何事も無かったかのようにユウタはスラックスのポケットに両手を入れ、その場から歩き去った。
この時、ユウタの頭の中である曲がかかっていた。それはゲスの極み乙女の『ロマンスがありあまる』であった。そして、ふと彼は思い出した。
「今日はバトルソウルの新シリーズ『灼熱のホラッチョ編』の発売日だ!買いに行かないと!!」
ユウタはカードを買うために走り出した。そうメロスのように…
完
長い間、ご愛読ありがとうございました!
8月と9月に『返報』を公開する予定!今年かどうかは分からんけど…
第9話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第9話「ユウタ、反撃!!」
借金してまで購入したベンツを月極駐車場に入れると、遠藤は尾行を警戒しながら駐車場を後にして200メートル程離れたボロアパートの一室に近づく。鍵を取り出しながら何度も背後に目を配り、尾行がいないと確認するや否や部屋に入った。
ゴミとバトルソウルのカードが散乱する自分の部屋に入ると遠藤は倒れるようにしてベッドに身を沈める。
「あれだけ喋って10万とかふざけてるぜ。全くよ~前はもっと弾んでくれたつうのに!」悪態つくと、遠藤は疲れて眠りに落ちた。
目覚めると遠藤は卓袱台にガムテープで縛りつけられていた。両手はテーブルの脚に、腰はテーブルの真ん中にガムテープでしっかりと固定され、脚は閉じられないよう洗濯竿に股を開いた状態で固定されている。
「金持ちのフリをしてるのは何となく気付いてたけど、それを表面的に続けるためだけに執拗に尾行を確認するのは変だと思ったんだYO。」ユウタが言う。「アンタのことだから、家に稼いだ金を隠してるかもしれないと…」
「ゆ、ユウちゃんか?金なんて持ってないぞ!」遠藤はユウタの主張を否定する。ユウタの声は聞こえるが、背後にいるために中年男はかつて騙した男の顔が見れない。
「なら、屋根裏にある金庫は何なんだYO?」ユウタの質問は続く。「暗証番号を言えば、命だけは助けてやろうかと思ってるYO。」
「ぶっ殺すぞ!!」
「そうかYO…」静かにそう言うと、ユウタは持っていた大型水鉄砲を構える。「残念だ…本当に残念だYOッ!!!」そして、遠藤の尻に狙いを定めると引き金を絞った。
ユウタはこの拷問の効力を知っている。中学と高校の吹奏楽部でこの拷問を受けてきたユウタにとって、大型水鉄砲の水圧を至近距離で浴びることは快楽と激痛をもたらす儀式の一つであった。
それはさて置き、あまりにも屈辱的な行為に遠藤は金庫の暗証番号を漏らした。ユウタはそれをメモして冷蔵庫に磁石で張付けると、上着の下に隠していたウェストポーチを取り出して金庫を開けた。中には800万円あった。ユウタはその半分を取ると金庫を閉め、卓袱台に縛り付けられている遠藤を見る。
「おい!早く俺を解放しろ!」と遠藤が言う。
「まだだ。明日の朝には植松がここに来るからな。」
「どういうことだ?」
「植松も金を取り戻しに来るYO。それにアンタを辱めるために…グッバイ、ブラザー!おっと、英語を使ってしまったYO…」
遠藤が叫ぶ中、ユウタはボロアパートを後にして久々に風俗で遊びことにした。携帯電話を見ると沢山の不在着信があり、それは部下の身を案じた佐久間からの着信であった。
(うぜぇオヤジだな。メシを奢ったくらいで調子に乗りやがってYO~)
大金を得たユウタはご機嫌であり、風俗で56万円も浪費してしまった。最高の気分であるユウタが繁華街を歩いていると、見覚えのある男とすれ違い、その男はパチンコ店へ入っていた。
(あの野郎は…ケンちゃんじゃねぇか~野郎、こんなところで―)
その時、ユウタの頭に壮大計画が浮かび上がった。全てはカードゲーマー時代に培ってきた経験である!と彼は思っていた。ユウタは込み上げてくる笑みを抑えながら、ミクの交際相手であるケンちゃんの後を追ってパチンコ屋に入った。
「あぁー!あぁー!あぁー!」イルボーヌス・武田が叫ぶ。
「まだだ!まだ終わらんぞ!」沢辺が額に汗を浮かべながら言う。
二人は“お楽しみ”の最中であった。これで何度目になるのか、彼らにとって『ラウンド数』という概念は無かった。あるのは『楽しみ』だけである。
テレビ画面に『K.O.』の文字が表示され、イルボーヌス・武田はコントローラーを床に叩きつけた。
「また負けたぞよ。」
「まだまだ弱いな、イルボーヌス・武田。」
この男たちはブックオフで買い漁った格闘ゲームを日が暮れるまでプレイしていた。金はユウタのような無知な債務者から巻き上げれば良い。抵抗する者たちはイルボーヌス・武田が制裁を加え、最後に『もっと酷い目に遭うかもねぇ~』という決め台詞を残す。残念ながら、ユウタは沢辺の介入があったためにこの名言を聞くことができなかった。
「ダディー」イルボーヌス・武田が言う。「酒がねぇずら。買ってくるから、カネをくれ。」
沢辺はポケットから札束を取り出して3万円を相棒に渡す。「暗くなってきたから気を付けるんだぞ。」
「わーってるずら。行ってくるずら。」
イルボーヌス・武田は札を握りしめて近所のコンビニへ走った。そして、その道中、彼は軽トラックに轢かれた。その衝撃は大きく、彼は3メートル先まで吹き飛ばされた上にアスファルトの地面に叩きつけられた。
「大丈夫か?」軽トラックの運転手が血だらけになっているイルボーヌス・武田に尋ねる。折れた肋骨が肺に突き刺さったため、イルボーヌス・武田は呼吸が上手くできず、喋ることもできない。
「酷いな…」そう言うと軽トラックの運転手である滝川ユウタは、上着のポケットからライター用オイルを取り出す。「アンタだったら軽トラくらい、軽々と避けられると思ったのにYO…俺の期待を裏切りやがってぇYOォォォーー!!!!!!!!!!!!!!」
ユウタはオイルをイルボーヌス・武田の体に注ぎなら、「オラ、オラ、オラ、オラ、オラ、オラララララッ!!!」と行為にそぐわない声を上げる。彼は最後にマッチ箱を取り出し、それをイルボーヌス・武田の横に置く。
「これは俺からの情けだYO!苦しいなら、それで自決するんだ!」
理由は分からないが、イルボーヌス・武田はユウタのゲスい行為に感動していた。
(なっ、なんてやさしい人なんだぁ~!!)
「あばYO!」
ユウタは再び軽トラックに乗り込み、イルボーヌス・武田は自決しようとマッチ箱に手を伸ばそうとする。息苦しくて体を動かそうにも、体は言うことを聞かない。どうにかして右腕を動かした時、ユウタの乗る軽トラックが再びイルボーヌス・武田を轢いた。これは故意ではなく、事故であった。
「あっ、やっちまったYO!まぁ、いいかぁ~」
そして、ユウタは次の標的を倒すための行動に移り始めた。そう、沢辺を倒すために…
第8話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第8話「ユウタ、決断!」
ブリーフ姿で戦争法案(平和安全法制)反対デモに参加したユウタはその日から英雄となり、マスコミ各社は彼を『ブリーフ姿の革命家』と呼んだ。
ある情報番組に出演していた芸能評論家はこう述べている。「あの歴史的な集会に彼(ユウタ)の存在は不可欠でしょう。そう、彼はまるでメシアだった。私もあの現場にいたから分かるんですよ。日本の民主主義は彼のような革命家によって守られると私は思います。そう思うでしょ?」
ユウタはある意味で有名となって取材を受けるようになり、本の出版やドキュメンタリー作成の申し出まであった。まさにピンチを逆手に取ったのだ!
(よっしゃぁー!!これで俺も有名人だぁ!金持ちだ!誰も俺をバカにできないぜぇ!イエェイ!!)
しかし、いいことばかりではなかった。テレビ報道によって彼を探していた人々が次々と行動を始めたのだ。
インターホンが鳴ると同時にノック音が聞こえた。
ユウタは目を擦りながら隣で寝ている女性を起こさないようにベッドから降りた。この女性はユウタ主催の反政府デモ集会で出会った女性17号であった。つまり、彼は自分の地位を利用して女性漁りをしているのである!
バスローブを羽織ったユウタの耳に驚くべく声が聞こえてきた。「警察です。少し伺いたいことがあります。」
(なっ、なっ、なんやてぇー!!!サツが何のようだ?まさか、この前寝た女が警察に通報したのか?いや、もしかするとこの前、歩道でオ○ニーしたのがフライデーされたからか?いやいや、もしかするとABEが俺を脅威と見て始末しに来たのかもしれない。そうだ。違いない。それしかない。どうすればいい?)
「どうしたんですか、ユウタさん?」ベッドで寝ていた女性が問いかけてきた。
「何でもねェ!」咄嗟にユウタは怒鳴ってしまった。
これを聞いたドアの前にいた刑事は大声で「いるならドアを開けてもらえませんか?」と言った。
(クッソーメン!やっぱり揖保の糸…冷静になるんだ。)
カードゲーマーとしての才能をユウタは生かして戦術を練り始めた。
(これしかあるまい…)
ユウタは床に落ちていた服を着ると、寝ている女性の財布から現金を抜き取ってベランダに出る。そして、隣のベランダからベランダへと移動して非常階段まで行き、全力で一階まで走った。彼はまだベランダを利用した移動がバレていないと思っていたが、アパートの裏手に待機していた捜査官はそれを目撃していて追跡を始めていた。それでも悪運の強いユウタはタクシーを捕まえて難を逃れた。
都合のいい女4号の家に隠れたユウタであったが、おつかいに行くよう言われて近くのコンビニに向かった。もちろん変装は忘れていない。白銀のカツラに油性ペンで書いた顎髭は完璧にユウタを別人に変えていた!しかし、これは別の意味で注目を集める格好でもあった!そして、ユウタは最悪な相手に捕まってしまう。
「滝川さんっ!」買い物を終えたユウタを誰かが呼び止めた。
振り向くとそこには二人の男がいて、その一人にユウタは見覚えがあった。元上司の沢辺であった。変装しているユウタは知らん振りをして逃げようとしたが遅いことに気付いた。彼は沢辺の声に反応してしまったからだ!
「探しましたよ。」距離を詰めながら沢辺が言う。「あなたの両親に聞いたら東京に行ったと教えてくれました。でも、場所が分からなかった…」
「何故、ここに?」とユウタ。
「借金ですよ。あなたは私から50万借りてるんですよ。それに利息が30万もあるんだ。早く返して下さいよぉ~」
(そうだ!コイツから金を借りてたんだっけ…でも、どういうことだぁ?利息が30万?)
「そんなの払えるわけないだろうがいぃ!!」ユウタは吠えた。
「それじゃ仕方ないねぇ~。やっておしまい、イルボーヌス・武田!」
沢辺がそういうと彼の背後で待機していた男が現れてユウタの顔面にパンチを喰らわせた。強烈なパンチにユウタは「ヒデブッ!」と言って転んだ。色黒のイルボーヌス・武田は続けてユウタの上に乗ってマウントポジションを取ると、変装していたユウタの顔が腫れあがるまで殴り続けた。
「うぅほぉーーーーーーーー!!!!!!」イルボーヌス・武田の雄叫びが夜の市街地に響いた。「ヤっていいの?コイツ、ヤっていいの?」色黒のイルボーヌス・武田がギラギラした双眸を沢辺に向ける。
「ダメだ。変な病気を持ってるかもしれないだろ?」
「そうか。そうだね。じゃ、どうするの?」
「ほっとけ。それよりホテルに帰って“お楽しみ”の続きをするぞい。」
「やっほぉーーーーーーーいいいいいいいいぃ!!」
二人はユウタを残して去って行った。かろうじて意識のあったユウタは這ってコンビニまで戻って救急車を呼んでもらおうとしたが、病院に行けば警察に捕まると予想して踏みとどまった。
(どうなってんだってばよ…?一体…)
身を丸めてユウタは泣くしかなかった。
それから9ヶ月が過ぎた。ユウタは逃亡し続けながら、アルバイトをして沢辺に増え続ける借金を細々と返している。給料の8割が借金の返済に消え、毎日ギリギリの生活を強いられているのだ。それでもアルバイト先の上司・佐久間は苦しんでいるユウタに食事を奢ったりしていた。
その日もユウタは佐久間に連れられて小さな定食屋に来ていた。
「いつもいつもありがとうございます、佐久間さん。」ユウタが頭を下げる。
「気にすんじゃないよ、ヨウちゃん。」笑顔で初老の男が応えた。
ユウタは職場で川村ヨウと名乗っており、数か月前に上京してきたと嘘をついていた。
何気なくユウタはカウンターの隅に置かれていた中型テレビを見た。画面にはバラエティー番組が流れており、内容は「奇跡の大富豪たち」というものであった。
(俺はスターだったのに…反政府デモのスターだった。もしかしたら、コイツらみたいな金持ちになれ―)
その時であった!ユウタの目にある人物が映った。当時より少し太っているが、あの特徴的な顔を忘れることなどできない。
(エンドゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
そう!西野と植松と言うフリーターから計100万を騙し取った男である!!ユウタは穴が開くほどテレビを見つめた。
「たまたま、投資した企業の業績が伸び始めましてね。それからカードゲーム『プレイ・ザ・ギャザリング』を中国限定で発売したら…ブゥオンと売れたんですよ。時代はやっぱりチャイナですよ。おっと、失礼。英語が出てしまった。」テレビに映る遠藤が言った。
(あの野郎!山分けするとか言っておきながらーーーーーーーーーーーぁ!!!!!!)
「遠藤さんのようになるためには、どうすればいいのでしょうか?」番組司会者が金色のスーツに身を包む遠藤に尋ねる。
「そうですね。見極める力だな。私の知り合いに幼稚なカードゲームに夢中になっている男がいましてね。この男はついこの前までブリーフ姿で反政府デモに参加してた。」
(ブリーフ姿?って、それ…俺の事じゃねェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーかよぉぉぉぉ!!)
「彼にように藪から棒に行動する男は失敗する。だけど、私のように計画的に行動できる男は成功する。ビジネスもセイムだよ…おっと、また英語を使ってしまったよ。ははははっ。」
「凄い人もいるなぁ~」佐久間が酒を飲み、ユウタの方を向く。しかし、そこに部下の姿はなかった。
(来週は身勝手ながらお休みを頂きます。次回は6月2日と3日です。)
第7話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第7話「ユウタ、消沈!!」
人気の少ない居酒屋のカウンター席の端に二人の男が並んで座っている。一見、仕事を終えて雑談を交わしている中年男性二人組にしか見えない。
「金は?」作業服姿の男が開口一番に言った。
ユウタは何も言わずに埃と煤で汚れた深緑色の上着のポケットから8万円を取り出して男に渡す。40第半ばに見える作業服姿の男は疑い深く紙幣の枚数を数える。一方、ユウタは男の胸のポケットに刺繍で入れられた名前を見る。そこには神戸とある。
「確かに…」神戸は金をスラックスのポケットに乱暴につっこむと、上着のポケットから黄色い「5」と書かれたプレート付きの鍵を取り出してそれをテーブルの上に置く。「この通りにコインロッカーがある。アンタの荷物はそこだ。」
「分かった。」
鍵を取って店を後にすると、ユウタはコインロッカーがある場所に向かった。ロッカーの番号を確認して開錠し、中を確認すると大型のスーツケースが入っていた。鞄の中を携帯電話の明かりを使って確認するなり、ユウタはジッパーを閉じてスーツケースをロッカーから引きずり出した。
全裸で正座するユウタ。彼を囲うようにして座る男3人。浴槽で鼻歌を歌うミク。
「アンタ、最低な野郎だぜ!」2サイズは大きであろうスエットシャツを着た男が言った。この男がミクの彼氏:ケンちゃんである。「聞いてんのか?」
ユウタは恐怖のあまり何も言えなかった。
「おい、コラッ!」ケンの隣にいた男がユウタを怒鳴りつける。
「で、でも、ぼ、ぼ、ぼきゅはミ、ミクに彼氏がいる…だ、なんて…しら―」
「何言ってんだ、お前?俺の女を襲いやがってよ~ホントだったら絞めてるところだぜ。」ケンはジーンズから煙草を取り出して火を付けた。「それにミクはまだ17だ…」
「えっーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!?????????」ユウタは部屋に響き渡るほどの大きな声を上げた。
(オレェ、JKとヤったの?すげぇじゃん。快挙じゃん!俺は青春を取り戻しているんじゃない?そうだよ。そうに違いないィーーーーーー!!)
「黙れ」ケンがユウタの右頬に平手打ちを浴びせる。「未成年相手に何やってんだよ、おっさん。ちっとは反省しろよ。」
「でもさ~」ユウタは友達感覚でケンに話しかけた。「お前にも非があるんじゃね?ミクはお前に愛想つかしたんだよ。彼女は愛に飢えていたのさ。だから―」
その場にいたユウタ以外の人間全員が笑った。ユウタはそれが理解できなかった。
(コイツら、俺が正論を言ったから精神が崩壊したのか?)
「アンタって底なしのバカだね!」着替えを済ませたミクが現れた。「自分のやったこと自覚してないでしょ?」
ユウタの思考は固まった。(どうして?ミク?君は俺の嫁になる女なのに?子供も二人ほど作って、ほどほどに浮気してから三人目を作って、それからそれから―)
「どう落とし前をつけるつもりだ、おっさん?」ケンがユウタの顔を覗き込みながら問いかける。
「お金ですか?それでいいですか?口座に200万程度あるので、それでいいですか?」ユウタ自身、自分で言ったことが信じられなかった。
「アンタがそう言うんなら、それで手を打とうぜ…」
(俺は負けたんだ…この駆け引きに…ミクを助けることができなかった。コイツらはミクを騙し、俺のような良心的なイケメンを狩っているのだろう…)
「早く服を着ろよ、おっさん!」
ユウタの左隣にいた青いニット帽をかぶった男が言った。ユウタはゆっくりと立ち上がるとブリーフを掴んだ。彼が着替えを始めると三人の男たちは一斉に携帯電話を取り出して雑談し始め、髪を乾かしたミクもその三人に加わる。
(雑魚どもめッ!!)ブリーフ姿のユウタはエナメルバッグを抱えてドア目がけて走り出した。彼は4人が着替えを始めれば隙を見せると考えたのだ。これはカードゲーマーとして経験を基にした戦術である!としておこう。
ユウタが走り出すと4人は呆気に取られたが、すぐに下着姿の男を追いかけた。4人が動いた時、ユウタはドアを開けて廊下に飛び出す。
走るユウタ。彼を追う男3人女1人。
奇跡的にもユウタはどんどんと追手との距離を伸ばしてエレベーターホールに近づく。
(俺の勝ちだぁーーー!!!)
ここでユウタはある決断を迫られた。逃げる彼の前に部屋の掃除を終えた清掃員が現れ、その中年女性は片手に黄色い何かを持っていた。清掃員はそれを廊下の脇に置いていた清掃用具入れに投げ捨てるも、その黄色い物体は廊下の真ん中に落ちた。ユウタはその物体が何か分かった。それはバナナの皮であった。
追われる身のユウタは決めなければならなかった。「真剣に逃げる」または「笑いを取る」。
バナナの皮との距離は近づいて行く。
(ええいぃ!何を迷っているんだ!)
危機に瀕した獣の様に神経を研ぎ澄ますユウタは迷わず決断を下した。そう、彼は正しい選択を選んだ。
ブリーフ姿でコンビニまで連れて来られたユウタは渋々、そこのATMで100万円を両親の口座から引き下ろした。ATMの引き出し制限があるため、一度に200万を取り出すことはできない。ゆえに日付が変わると同時にもう100万を引き出すよう命令されている。
ケンの車で一行は別のATMがあるコンビニへ向かい、日付が変わるとすぐユウタは再び100万円を引き出した。札束を取り出し口から抜こうとした時、タッチパネルに数滴の滴が落ちる。ユウタは自分の涙だと思ったが、実際は鼻水であった。自分が哀れで仕方なかったのだ。
永遠の愛を誓うものだと思っていた女性が男たちと組んで美人局を行い、ユウタは愚かにも両親が必死に貯めていた大金の大半を失おうとしている。
「今度から気を付けろよ、おっさん。」そう言うと、金を受け取ったケンたちはブリーフ姿のユウタを残して去って行った。
どれほどの時間を歩いたのか、気が付けば辺りは黎明の色に染まっていた。ユウタはまだ某インターネット掲示板や複数のSNSサイトで『徘徊するブリーフ男』として有名になっていることなど知らない。しばらく歩き続けていると、ユウタはラップ音楽を耳にして自然と彼はそちらへ歩を進める。
「戦争法案、絶対反対!」
このリードコールを聞いた群衆が同じフレーズを繰り返す。
「ABEを許すな!」
この群衆を遠くで見ていたユウタは何故か吸い寄せられるように、国会前で行われているデモの群衆に近づいた。
(そうだ。俺の人生が狂い始めたのはABEのせいだ。アイム・ノット・ABE。そうだ。彼らは正しい!ABEが全ての元凶だ!奴がいるから俺は職を失い、美人局にも遭い、カード大会の予選で負けたんだ!!彼らの仲間になろう!日本を変えるんだ。民主主義だ!立憲主義を暴走するABEから守るんだぁ!!)
「うおおおおおーーーーーーー!!!!!!!」
ユウタは走った。そう、彼は日本を変えるために立ち上がったのだ!
ご愛読ありがとうございました。
来週の金曜日から『革命家・滝川ユウタ!!』が始まる!かも…
(次回もいつもと同じタイトルで5月20日に公開します。)
第6話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第6話「ユウタ、感激!!」
グレーのニット帽に2サイズは大きいであろうスエットシャツ姿の若い男は「出る」と予想した場所に座ると慣れた手つきで千円札を投入口に入れた。ハンドルに右手を添え、彼は色褪せたジーンズのポケットから煙草を取り出す。男にとってパチンコは生活の一部であった。
再び千円を投入しようとした時、左隣の席に男がやってきた。横目で見ると、ボサボサの髪に髭面の鼈甲眼鏡をかけた男が見えた。着ている服は埃と煤で汚れた深緑色の上着、黄ばんだ白いシャツに皺だらけのベージュのスラックスというみすぼらしい恰好であった。
(汚ねぇな…)
「一人か?」みすぼらしい姿の男が言った。
突然のことに若い男は驚いたが、ゆっくり隣の男へ顔を向ける。一瞬、若い男は誰だか分からなかったが、相手の目を見ている内に鼈甲眼鏡男の正体に気付いた。
「関係ねぇだろ!」
みすぼらしい姿の男は何も言わず、100万円の札束をパチンコ台の下皿に放り投げた。大金を見て若い男は素早くそれを手に取って両脚の間に隠した。
「何考えてんだ!?」
「お前に仕事だ。やり遂げれば、もう100万やる。」
札束を穴が開くほど見つめている若い男は突然の申し出に混乱したが、願っていてもいないこの機会を無駄にしようとは思っていない。
「仕事って何だ?」札束をジーンズのポケットに入れて若い男が尋ねた。
みすぼらしい姿のユウタの顔に不気味な笑みが広がる。「お前が俺にしたことをある男にして欲しいんだ。」
9ヶ月前…
待ち合わせ場所にやってきたのはユウタが想像していた理想的な女性であった。茶色のロングヘアーに大きな双眸、筋の通った鼻、ピンク色の口紅に染まった唇、白い肌。機械的な程に整えられた顔立ちにユウタは言葉を失った。彼は顔の次に彼女の体へ視線を動かす。白いブラウスの上に紅いカーディガンを羽織り、薄ピンク色の花柄スカートを履いている。
(こ、こ、こ、これが、ミ、ミ、ミ、ミ、ミック・ジャガー!!!????)
「ユウくん…だよね?」異臭を漂わせる奇抜な服装のユウタに近づいてミクが言った。
「そ、そ、そうでちゅ!!」狼狽えたユウタは舌を噛んでしまった。
(い、いきなり、や、やっちまったぁーーーー!!)
彼の脳内ではクールに自己紹介をしてホテルに連れ込む予定であったが、いきなり舌を噛むというアクシデントに見舞われた!ここで彼はプランBに移行することにした。
「君がミクかい?思っていたよりもきゃわいいね。そうだ、お茶でもどうでしゅか?」
お茶!これがユウタのプランBであった。彼が飛行機の中で読んだ恋愛マニュアル本の中にこう書いてあった:「食事やお茶も『前戯』なり」。
(そう!お茶で俺のファースト・インプレッションをチェンジ!そして、その勢いでホテルにゴー!イエス!ウィー・キャン!イエス!高○クリニックゥ!!これぞ、パーフェクト・プランだッ!!)
二人は近くにあったカフェに入り、ユウタの考える『前戯』が始まろうとしていた。しかし、彼が話すことはバトルソウルとセタモツ2の話しばかりでミクに話す暇を与えない。彼女は彼女で熱弁するユウタを他所にテーブル下で携帯電話をいじっていた。
途中、ミクが熱弁するユウタの手を掴んだ。「ユウくん…そろそろ行かない?」
(キィーーーーーーーーーータァーーーーーー!!!)
「喜んでいぃ!!」
「ポッ、ポォー!」
天に昇るような気持ちを噛み締めることができず、ユウタが奇声を上げた。行為を終えるとユウタは余韻に浸り、もうこれ以上求めるもとはないと思っていた。ふと隣にいるミクを見ると、彼女は行為中も度々見ていた携帯電話をいじっている。
(ふふっ。きっとミクは俺との行為をブログにアップしているんだろう。ヤっている最中はツイートもしていた様だし。この女、完璧に……俺に惚れ込んでいやがるぜッ!!)
「ねぇ、ユウくん?」とミクがベッドから出てバスローブを羽織る。
「どうした、ミク?」
「ちょっと困ったことになっちゃった…」
何事かとユウタは上体を起こす。「どういうこと?」
「友達からLINEが来て、彼氏が私を探しているらしいの。」
(な、何?か、か、かれ、かれし?カレシ?枯れ死?彼氏?今、彼氏って言った?いや、おそらくカレーと言いたかったのだろう。そうだ!カレーを彼氏と言い間違いに違いなッ!!)
「カレーが食べたいの?」とユウタ。
「はぁ?彼氏が私のことを―」
ドアを叩くけたたましい音が聞こえてきた。ユウタとミクは驚いて飛び上がり、石のようにじっと動かずにドアを見つめる。
「おい!ミク!いるんだろ!?開けろッ!」ドアの向こう側から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「大丈夫だよ、ミク。静かにしていれば―」
「ごめんね、ケンちゃん!」ミクはユウタを無視して外にいる彼氏に向けて言った。
(何喋りかけちゃってるのよ、このバカ女はぁーーーーーー!!!!)
「ミク!早く出てこいよ!!」
「できないよ…だって、ケンちゃん…怒ってるでしょ?」ミクの声は震えていた。泣いているのだろうと、ユウタは思った。
(このバカ女!何、会話しちゃんってんの?いや、待て。待てよ、ユウタ。ここで俺がミクを守れば、二回戦に突入できるかもしれない!そうだ!それにミクは俺を惚れ直すだろう!いや、惚れる!間違いなく俺の虜になるぅ!!)
「俺は怒ってない。俺が怒ってる相手は…お前を騙してホテルに連れ込んだ野郎だ!!」
この言葉にベッドから降りようとしていたユウタは固まった。(もしかすると、ミクよりも俺が酷い目に遭うんじゃねェ?それはイヤだ。イヤだ!イヤだぁーいぃ!!)
「開けちゃだめだよ、ミク。アイツは嘘ついてる!きっと俺を殴る!そして、君も殴る!言い切れる!俺たちを殴るよ、アイツッさァ!」全裸であることを忘れてユウタはミクの両肩を掴んで必死に説得した。全ては自分の身を守るためである。
「で、でも…」ミクが俯く。
「開けるんだ!ミク!俺はお前のことを心配しているんだ!」ミクの彼氏であるケンが叫ぶ。
「違う!アイツは―」
必死の説得にも関わらず、ミクはユウタを突き飛ばしてドアへと走った。全裸のユウタはベッドの上に倒れるも、素早く立ち上がってミクの後を追う。ミクまでの距離は約1メートル。タックルすれば彼女を止められるかもしれない。しかし、決断が遅すぎた。バスローブに身を包むミクはドアの錠を解除した。
これを見たユウタはその場に崩れ落ち、ミクの手でドアが開かれると彼は悲鳴を上げた。
「いやぁあああああああーーーーーーーーん!!!!!!」
第5話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第5話「ユウタ、奮闘!!」
観客の多くはイカ帽子の男がバトルソウルの王者・コスモだと思い、固唾を飲んで勝負帽子を被ったユウタとその対戦相手の戦いを見守っている。
対戦相手は予選でコスモと戦うことになったと信じ、初めから全力で攻撃を仕掛けることにした。しかし、コスモの試合を分析してきた彼はこの考えを改めた。
(コスモの十八番は『ソニック・バースト』。つまり、序盤はこちらに攻撃を許すが、中盤から終盤にかけて重い攻撃をかけてくる。)
カッコいい名前を付けているが、要するに「人海戦術」のことである。とあるカードゲーマーのブログ記事を引用すれば、「コスモは弱いモンスターを召還しては墓地(注:倒されたモンスターや魔術師を送る場所)に送り、対戦相手が油断したところで『グレイブ・ディガー』(注:墓地に送られたモンスターたちを全部蘇らせる魔法カードらしい)を使う。これでコスモは今まで犠牲にしたモンスターたちを復活させ、完膚なきまでに対戦相手を砕く。まさに神業!!」らしい。
しかしながら、ユウタのデッキは『デストロイヤー』と言われる相手のデッキを破棄する物であり、彼の対戦相手が予期しているものとは全く別物であった。これの特徴は何かと言えば、ゲームのルール上、プレイヤーは自分のターンにデッキ置き場からカードを一枚取らないといけない。もし、デッキ置き場にカードが無くなれば、フィールド上にモンスターや魔術師がいたとしても無条件で負けとなる。つまり、ユウタはデッキ破壊のカードを使用して対戦相手のデッキ置き場を空にすれば勝つことができるのだ。
(キターーーーーッ!!!!)デッキ破壊のモンスターの引き当てた時、ユウタは勝利を確信した。
「残念だが、俺の勝ちだ…」かすれそうな声でユウタが言った。
この言葉に彼の対戦相手、そして、彼らの戦いを見守る人々は驚嘆し、鳥肌を立ててユウタの動きに注目する。ユウタは込み上げてくる歓びを抑えながら、デッキ破壊のモンスターを召還した。
大会限定販売のグッズに5万円を費やし、ユウタは予選落ちした悲しみを忘れようとした。彼の対戦相手は、ユウタが『ソニック・バースト』をかけてくると予想して召還していた全てのモンスターでユウタの希望であったデッキ破壊モンスターを粉砕した。それが終わりの始まりであった。ユウタは次のデッキ破壊モンスターを引こうとしたが、その前に敵の一斉攻撃を受けて敗北した。彼をコスモだと思っていた人々は落胆し、勝負が終わるなりユウタに罵声を浴びせた。
この屈辱を次の大会で晴らすために新しいカード250枚と抱き枕2つを購入したユウタは大会会場を後にして、付近のカフェで一休みすることにした。周囲の目を気にせずに抱き枕を椅子に立てかけ、予選敗退した男はアイスコーヒーに大量のガムシロップを投入する。その量は24個。既にそれはコーヒーではなく、ガムシロップ汁になろうとしていた。
ガムシロップ汁を啜りながら、ユウタは大会のことなど忘れてLINEに目を通した。ミクからの「早くユウくんに会いたいなぁ~」や「今夜は忘れられない夜にしようね。」などのメッセージが届いていた。
“うっ、うおおおおおおおおーーーーー!!!”ユウタの興奮は頂点に達していた。血液が一気に下半身へと流れ、思考は「エロ」に占領された。
「これから決勝だから、もしかすると遅れるかもしれない。それでもいいかい?」ユウタはメッセージの内容を朗読しながら打ち込んだ。嘘をついても彼の心が痛むことなどない。ただ、ミクの前でカッコいい振りがしたいのだ。
すると、ミクからすぐに返事が返ってきた。「わかった。ユウくん、頑張ってね♡」
ユウタは思った。(ミクを嫁にしよう。彼女が俺の運命の人に違いなーーーーいッ!!!)
太陽が眠りに着くまで、勘違い男・ユウタは一度ホテルに戻って荷物を置くと昼寝をした。「夜の戦い」に備えるためだ。
「もうすぐだよ、ミク…」そうひとり呟くと、ユウタは野比のび太のように恐ろしいほど早いスピードで眠りについた。
5回目のシャワーを終えたユウタは地元の香水ショップで購入した安いオーデコロンを一本まるごと体に塗った。香水など使ったことのない彼にとって全身にオーデコロンを塗ることが大人の嗜みだと勘違いしているのだ。
その後はヘアーワックスを使ってオルーバックスタイルに変更し、ユウタの青白く広い額が現れた。続いて鼻毛を整え、眉毛の長さも整える。しかし、途中で左眉毛を切り過ぎて油性ペンで眉毛を書かなければならなかった。
「イケてるぜッ!」鏡の前でポーズを取りながらユウタが言った。そのポーズとは左手を腰に置き、右手は反時計方向に回すという奇妙なものであった。まさに変態そのものである。
残る準備は服の着用である。新品の白いブリーフとタンクトップを身に着けると、「しまむら」で購入したピンク色のチノパンに黒い上着を羽織る。靴は紺色のニューバランスであり、もちろん靴下は履いていない。あるトレンディー俳優をリスペクトしているからだ。仕上げとしてユウタはベッドサイドのテーブルに乗せていた黒いテンガロンハットを頭に乗せた。
「おおぉー!!」姿見に映る自分を見てユウタは驚いた。「このイケメンは誰だ?」再び変態ポーズを取りながら鏡に向かって尋ねる。「それは滝川ユウタ様です!」彼は裏声を使って言った。眠れる森の美女に出る魔女の真似であったが、29才の男がやることではなかった。
「でゅふっ。でゅふふっ。でゅぶふふっ。ふふふふふふふふっ。あはははははははっ!!」ユウタが狂ったように笑い出す。「完璧だ!俺はもう立派なトウキョウ人だ!!ははははははっ!!」
勘違いに気付けていない滝川ユウタという男は待ち合わせ場所の渋谷に向かった。彼はここで踏みとどまるべきであった。しかし、そうしていればユウタは美味しい思いをすることもできず、そして、最終決戦のための切り札を見つけ出すことはできなかったであろう。いずれにせよ、ミクとの出会いはユウタの人生を180度変える出来事になる!
第4話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第4話「ユウタ、上京!!」
「困った物ですな~」ユウタが校長室を去ると教頭がすぐ口を開いた。彼は重々しい空気から逃げたかった。
「ところで沢辺きゅん…」校長はまだ外を眺めている。「高野先生とヤってるってホント?」
夕日を浴びて輝いている禿げ頭に汗が浮き上がった。暑さからではなく、校長の問いかけによって起こった反応であった。
「な、何をおっしゃっているんですか?」教頭が校長の方へ体を向けて言った。
「あのヤリ○ンとヤってんのかって聞いてんのぉ~」
教頭はたじろいだ。この校長の問いにどう答えるべきなのか、彼は色々と思考したが100パーセント良い回答は見つからなかった。そして、代わりに無言で貫くことにした。
「沢辺きゅん…」校長は教頭の隣に移動し、毛深い禿げ男の手を握った。「どうして、僕を裏切ったりしたんだい?寂しいよぉ…」
「許してくれ!!」
これ以上、言葉を交わすことは無駄だと思った教頭は校長に抱きついた。熱い抱擁を交わす二人は、ユウタにその様子を盗撮されているとは夢にも思っていなかった。
「久しぶりだね、滝川先生…」テンガロンハットを被った沢辺が言った。
ユウタは黙って元上司を見つめる。
「安心してくれ。私も辞職したんだ。誰かが私と校長の密会現場の写真をリークしたからね…」
ユウタは何も言わない。
「滝川先生…いや、今は滝川さんかな?あれをやったのは君か?」
「知らないですよ。急いでいるので、また今度にしてもらえますか?」
「こんな真夜中に?どこに行くんですか?」沢辺はねちねちと質問を繰り返す。
「どこでもいいじゃないですか…それではッ!」
ユウタが車を走らせようとすると、沢辺は大きな音を立ててパッソに窓枠を掴んでユウタの動きを止める。
「実はですね~前の職を辞めてから、私は金融屋になったんですよ。風の噂で滝川さんがお金に困っていると聞いてねぇ~」
「間に合ってます!」ユウタはこの場から逃げ出したくて仕方が無かった。
「いつでも貸しますよ。いくらでも構いません…」
(いくらでも?)
沢辺の誘いはとても魅力的であった。すぐにでも50万円を用意して遠藤に投資しないといけない。両親の300万から50万を引き出そうと考えていたが、もしかしたら両親が引き出し制限をかけているかもしれない。となれば、億万長者になる道が断たれる。
「50万…50万円貸してもらえますか?」
「もちろん…」黄ばんだ歯を見せて笑うと、沢辺は赤い色のウェストポーチから札束を取り出した。彼はプルプル震え手で札の数を確認するとそれをユウタに手渡した。
「ありがとうございます。」
「利息は10日で6割です。期限はしっかり守って下さいよ、滝川さん…」そう言うと、沢辺は幽霊のように姿を消した。
大金を手にしたユウタの耳に利息という言葉は届いていなかった。彼は遠藤の家へ急いだ。億万長者になると信じて…
東京。
そこは29年間故郷から離れたことのない滝川ユウタにとって異国のように見えた。まだ空港にいるにも関わらず、彼は東京に圧倒されている。
(人ッ!人ッ!人ッ!人ッ!人が多いッッッッ!!!!!!!!!)
彼は早足で歩く人々に恐れ、キャリーバッグを引いて壁に張り付く。
(こ、こ、こ、こ、こ、これが!トォーキョウゥ!!!!!!)
あまりの人の多さに嘔吐に襲われたユウタはしゃがみ込み、困った時にいつも唱えている呪文を口ずさんだ。
「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、テクマクマヤコン…」
「大丈夫ですか?」空港職員の女性がしゃがみ込んでいるユウタに尋ねた。
呪文に夢中になっていたユウタは突然のことに驚き、飛び上がって前屈みになっていた女性職員の顔面に頭突きを喰らわせた。強烈な頭突きを受けた女性は両手で鼻を抑えて後退し、急いで鼻の下に触れて出血の有無を確認する。彼女の指には真っ赤な血が付着していた。
「ひっ!ひいぃぃぃーーーーー!!!!」ユウタが悲鳴を上げて走り出す。
誰も彼を止めようとはしなかった。泣きながらキャリーバッグを雑に引きずるユウタは狂気に包まれており、常人にできることは見守ることだけであった。
外に出たユウタはタクシーに飛び込み、「ここに行ってけれ!!」と宿泊予定のホテルの名前が書かれたメモ用紙をタクシーの運転手に渡す。運転手はホテルを確認するとメーターのスイッチを入れ、タクシーをゆっくりと走らせた。
見知らぬ都会の恐怖に怯えているユウタは体を震わせ、魔法の呪文を唱えて不安を拭おうと試みた。その中、携帯電話が新着メッセージの受信を告げた。画面を見るとそこにはミクからのメッセージがあった。
「今夜だね♡」。
これを見た途端、ユウタを支配していた恐怖は嘘のように消えた。そう、彼は東京に来た理由を思い出したのだ!
(俺はミクに会いに来たんだ。そして、バトルソウルの頂点に立つ!!)
ユウタは腕時計に目を配る。時刻は10時09分。大会まであと3時間51分!!
(まずはホテルに行ってデッキを作ろう。会場には30分もあれば行ける。つまり、2時間半も余裕がある。イケル!)
「イケるぞー!!」
タクシー内であるにも関わらずユウタは叫び、甲高い声で笑い始めた。
(俺は東京で成功するッ!!!そして、ミクと結ばれるんだァーーーー!!!!)
妄想を膨らませるユウタを他所にタクシードライバーは外れクジを引いたと思っていた。
(変なの拾っちゃったよ、もぉ~)
第3話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第3話「ユウタ、挑戦!!」
「滝川先生、ちょっと…」
放課後の廊下を歩いていたユウタが教頭に呼び止められた。
「はい?」
教頭に促されるままユウタは校長室に入って革張りのソファに座る。薄毛頭の教頭は真向かいのソファに座り、数分後に先月調整したばかりのカツラを着用した校長が現れた。
「実はね~」校長が自分の机に片手をついて窓の外を眺めながら言う。彼は一切ユウタを見ようとはしなかった。「生徒の保護者から苦情が来たんだよ。」
「へぇ?」ユウタに心当たりはあったが、あえて白を切った。
(これは何かの間違いだ…そうに違いない。あれがバレるはずなど…)
「白を切るつもりかっ!!」教頭が唾を飛ばしながら怒鳴った。この声は壁一つ挟んだ職員室にも響いていた。
「本当に何のことだか分かりません。」とユウタ。
「本当に知らんのかね?」校長はまだ外を眺めている。
「はい…」
「沢辺きゅん…」校長が教頭をアダ名で呼ぶ。「あれを出してくれたまえ…」
教頭は渋々上着の内ポケットから四つに折られた紙を取り出してそれを机に置いた。ユウタが紙を取り上げると開いて中身を見る。そして、固まった。
(こ、こっ、こっ、これはぁ!!!!!!)
目を大きく見開き、紙を持つ両手は震えて心臓が強く締め付けられるような思いを感じた。
(間違いない!これは俺のチ○ポだっ!!!!!)
「君がその写真を…生徒たちに送ったんだろ?」教頭は驚愕しているユウタの表情を見ながら尋ねる。「何でこんなことをしたんだね?」
ユウタは何も言えない。
「騒ぎが大きくなる前に教師を辞めるんだ。滝川先生…それしか道はないよ~」校長は終始ユウタを見ようとしなかった。
(コイツら悔しいんだ。俺の方が大きいから…)
ユウタの思考は完全に別次元にいた。そして、数日後に彼は辞職を申し出た。カードゲーマーへの道は彼自身の局部流出写真が発端となったのであった。
遠藤の演説を聞き終えたユウタと植松はそれぞれの帰途につく前に消費者金融のATMに立ち寄った。植松はそこで計50万を借り、すぐそれを遠藤に手渡した。全てはカードゲーマー歴42年の遠藤が開発中の新カードゲーム「プレイ・ザ・ギャザリング!」への投資であった。この話しに大きな期待を持った植松は50万などすぐ返済可能な額であり、億万長者になるのも夢ではないと思っていたのだ。
資金を用意できた植松とは対照的にユウタは一銭も借りることができなかった。彼に資金を融資してくれる会社はもう存在しない。あるとすれば、「闇」の方しかない。
「なんとかしねぇと、ミクにも金が送れなくなるぅ~」頭を抱え込みながらユウタは消費者金融のATMの前でうずくまってしまった。「遠藤さんのカード話しはオイシ過ぎる。投資枠はあと二つだと言っていたし、急がないと儲かるチャンスが………そうだっ!」
ユウタは財布の中身を確認する。2,471円。彼の全財産である。
「パチンコで増やす!」
思いついたらとことんやるのがユウタの長所であった。彼は手遅れになる前に近所のパチンコ屋に駆け込み、そして、わずか6分で二千円を使い切ってしまった。
「ぎゃーーーーー!!!!!どうすればいいんだってばよぉぉぉぉー!!!!」パッソのハンドルを何度も叩きながら、ユウタは奇声を上げた。絶望という言葉しか見つからない。彼は局部の写真を生徒全員に送信してバレた時の気分と同じ苦しみを味わっている。実際は目当ての女子生徒だけに送ろうとしていたが、間違ってグループに送信してしまったのだ。バカな男である。
その時、ユウタの携帯電話が新着メッセージの受信を告げるために振動した。彼が携帯電話を見るとミクからの「通話できる?」という一文が表示されている。深く考えることもなく、ユウタはミクに電話をかけた。
(ミク。俺のミク。君は俺のオアシスさぁ~)
「ユウくん?」受話口から若い女性の声が聞こえてきた。
「そうだよ。俺だよ、ミク。」ユウタは完全にミクと言う顔も見たことも無い女性に惚れ込んでいた。
「入金がまだみたいなんだけど?」
ユウタは心臓を締め付けられる思いであった。(入金をすっかり忘れてた!!!)
「すぐに振り込むよ!8万円だよね?」
「今回だけ10万振り込んでくれる?おねが~い!!」
「何かあったの?」ユウタが心配して尋ねる。
「ユウくんに会うために可愛い服を買っちゃったからお金がないの~ね?お願い、ユウくん!」
「それは大変だ!すぐに振り込むよ!!ミク、頑張るんだよ!」
「うん!ありがとう、ユウくん!!待ってるからね!」
そして、電話が切れた。
(そんなに俺と会うのが楽しみなのか…待っていろよ、ミク!俺がお前を救ってやるぅ!!)
金欠であるユウタはここである名案を思い付き、パッソを走らせた。
(300万ッ!!!!)
両親の寝室で発見した通帳の預金額を見てユウタは度肝を抜かれた。彼の予想では50万程度の預金であったが、現実はその6倍であった。
(これだけの金を持っているのに、黙っていやがってぇ~)寝ている両親を一度睨み付けると、通帳と印鑑をポケットに入れる。(安心してくれ。俺がこの金を有効的に使うからよ!増やしたらすぐに返す!!あばよ、父ちゃん、ママ!!)
ミクに会うと決めた時から荷造りを整えていたユウタはキャリーバッグと愛用のエナメルバッグをパッソに積んだ。名残惜しそうに実家を見つめ、目頭が熱くなるのを感じながらユウタはパッソに乗り込む。
(この金を増やしたら帰って来るぜ!それまでは生きてろよっ!!)
Rにギアを入れて後方を確認しようとルームミラーを見た時、ユウタは人影を見つけてシートから飛び上がった。暗闇の中にいるその影はパッソに近づき、ブレーキランプがその人物の姿を浮かび上がらせる。
「久しぶりだね、滝川先生…」
第2話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第2話「ユウタ、炎上!!」
ユウタは帰り道の途中、漫画喫茶に立ち寄ってナルトの24巻だけを持って個室に入った。この巻に思い入れのあるユウタは不安なことがあると、ナルトの24巻だけを読んで不安を払拭しようとする妙な癖があった。
「どうすればいいんだってばよぉ~」本を机に置いてユウタが呟いた。不安は一向に解消されないのだ。
(放火は犯罪だよね?それに加担したら、俺も犯罪者…。ばっくれるか?いや、あの遠藤って野郎は強面だから、ばっくれたら何かされそうだな…適当に参加するフリして帰るか。そうだ!そうしよう!!)
得意の現実逃避に逃げたユウタは恒例のエロ動画漁りとバトルソウル関連サイトの巡回を始めた。約束の時間が来るまで、彼は漫画喫茶で過ごすことにしたのだ。
何度かミクからLINEを通してメッセージが入り、夢中になってリレーをしていると遠藤から電話がきた。
「はい?」とユウタ。
「そろそろ時間だ。来い。」
電話が切れた。携帯で時間を確認すると既に20時を回っていた。8時間程漫喫にいたユウタは時間を忘れてエロ動画を閲覧しながら、ミクとチャットを楽しんでいたのだ。
「運命の時だってばよ…」
ユウタは漫喫を出るとパッソに乗って待ち合わせ場所へ向かった。
盗んできた灯油をチキチキドン店内に撒き散らす猫背の男。彼の名は植松弘でユウタと同じ29才のフリーターである。全ての灯油を撒くと彼は容器を放り投げ、携帯電話を取り出して店内を撮影する。植松は総額27万円をこの店に注ぎ込んだ。全てはレアカードを手に入れるためであった。
一方で遠藤は口を開けて店内を眺めていたユウタにマッチ箱を渡し、火を付けるよう言った。手渡されたマッチ箱をユウタは感慨深く見つめる。
「ユウちゃん…やるんだ!」遠藤がユウタの背中を押す。
「あぁ…」ユウタはマッチ棒を箱から取り出した。植松はその様子を携帯電話で撮影している。
マッチ棒を擦る度にユウタは棒を折り、火が付いたかと思えば彼は「熱い!」と言って息を吹きかけて火を消した。遠藤と植松はユウタの不器用さに呆れて物も言えなかった。
「貸せ!」遠藤がマッチ箱をユウタから奪って火を付ける。「こうやるんだよ!!」
慣れた手つきで火を付けると、遠藤は既に灯油が撒かれている床に投げつけた。火は見る見る内に広がり、その勢いが止まることはなかった。
「行くぞ!」遠藤が走って出口を目指す。植松もそれに倣う。しかし、ユウタは違った。彼は火の勢いに魅了されていた。
「すげぇ~」
その時、破裂音がして火の粉がユウタの左腕に降り注いだ。
「あちぃぃぃぃってばよ!!」
左腕を振り回しながら、ユウタはやっと出口まで走った。外に遠藤と植松の姿はなかった。彼らはいち早く現場から立ち去ったのだ。
「クソッ!」
ユウタは急いでパッソに乗り込んで車を走らせる。三人はこの後、遠藤宅で反省会を行うことになっている。しかし、ユウタも植松も遠藤の真の狙いをまだ知らなかった。
パッソを付近のコンビニに停めるなり、その裏手にあるボロアパートに走った。遠藤の住む部屋に辿り着くと数回ノックして室内に入る。ドアをロックして振り返るとバットを持った遠藤がいた。
「ひぃー!!」
ユウタが悲鳴を上げると、遠藤はユウタの口を左手で覆った。「静かにせんかい。早くこっちに来い。」
奥に入ると植松が煙草を吸いながら薄ら笑いを浮かべている。「あの悲鳴はユウちゃんかい?情けないねぇ~」
苛立ちながらもユウタは植松の隣に座る。用心していた遠藤は護身用のバットを壁に立てかけ、ユウタと植松の向かい側にある座椅子に腰を下ろす。
「さて、本題に入る。バトルソウル自警団の初ミッションの反省会を行う!」
(バトルソウル自警団?)ユウタは笑いそうになったが、その気持ちを抑えた。
「もう世界は安全な場所ではない。それは俺たちのシマでも同じだ。」遠藤がポロシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、火を付けるとじっくりと味わって煙を吐いた。この演出は遠藤の一番のお気に入りである。
これにうんざりしているユウタと植松は苛立ちながらも、忍耐強く次の言葉を待っている。
「そこで俺は自警団の設立を思いついた!しかし、そのためには金が要る。大量のな…」
「自警団であれば、そんなに資金を気にしなくてもいいのでは?」と植松が素朴な疑問を遠藤にぶつける。
「あまーーーーーい!!!」子役上がりの女優と離婚したお笑い芸人の懐かしいフレーズを思い起こさせるような声で遠藤が言う。「世の中は金だよ、植ちょん。何事にも金がいる!!カネ、カネ、カネ、カネ、カネッ!!!!!!!!」
ユウタと植松は遠藤の演説に圧倒され、何故だか分からないがニート歴42年の遠藤という中年男の主張が正しいように思え始めた。
「とは言えども…」遠藤は再び煙草を深く吸い、煙を吐いて間を置く。「金はそんな簡単には手に入らない。だから、俺は画期的なアイデアを思い付いた…」
遠藤の鴨となった二人は身を乗り出して浅黒い肌の大男を見つめる。
「新しいカードゲームの作成だ!」
この時、ユウタは雷に打たれたような錯覚に陥った。そして、何故今までカードゲームを自らの手で作ろうとしなかったのか、と自問自答した。
「カードゲームの作成で俺たち自警団の資金を作り、それと同時に悪質なカードゲームの殲滅を行うのだ!」
「では、既にカード計画はあるんですね?遠藤氏。」植松が興奮しながら尋ねた。
「もちろんだ。デザインは俺の専門学校時代の友達が既に取り込んでいる。設定は漫画家であるアラモンさんの下で2日間働いたことのある友達がやっている。そして、全ての指揮を取っているのが俺だ!」
中年男の演説に圧倒されているユウタと植松は何の疑いも持たず、ただただ遠藤の話しに聞き入っていた。典型的な詐欺の手口に嵌っているとは知らずに…
第1話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]
第1話「ユウタ、参上!!」
5日前…
爪楊枝で歯の間に詰まった肉片を取りながら、アライグマの帽子をかぶった男は携帯電話の画面に食入っている。
アライグマの帽子と言っても、本物の毛皮と尻尾を使った物ではなくてアライグマの頭を模した安物である。彼は似たような帽子を20種類以上は持っており、下着の数よりも帽子の数が多い。
男の名前は滝川ユウタ。去年不祥事を起こして解雇され、以後、実家で新たな職も探さずにカードゲームにのめり込んでいる。一見、ニートになってしまったようにも見えるが、実際は違った。ユウタはガードゲームで生計を立てる方法を考えていたのだ!
しかしながら、あまり金銭的に余裕のないユウタは10の消費者金融で計30万円を借りて「バトルソウル」と言うプレイヤー人口の少ないカードゲームのキラカードを買い漁った。
“30万なんて安いもんさ。カード大会で勝ちまくれば、すぐ返済できる!”
彼がバトルソウルを選んだ理由は大人気になる可能性が高いと予想し、そうなれば賞金も高額になるであろうと考えたからである。しかしながら、バトルソウルの大会は全国レベルでも賞金は出ない。ユウタの考察はあまりにも浅はかなのだ。マジック・ザ・ギャザリングのようなカードゲームとなれば世界規模となり、賞金も高額である。一方のバトルソウルは小中学生向けのカードゲームであり、世間の認知度は旧エロマンガ島の存在より低い。
「さて、行くか…」
10メートル離れた場所に設置された『バトルソウル大会』の横断幕に視線を定め、ユウタは黒いエナメルバッグを抱えて車から降りた。車体のあちこちが凹んでいるパッソのドアをロックし、「地元で唯一バトルソウルの大会を開催している!」と謳っているトレーディングカード専門店「チキチキドン」へ歩を進める。
自動ドアを抜けるとルイージのコスプレをした小太りの男がユウタを出迎える。「おぉ、ユウちゃん!!やっぱり来たんだね!」
「まぁ、ちょっと近くまで来たからな」ガラス張りのカウンターに寄り掛かりながらユウタが言う。
近くまで来たと言っているが、実際は車で片道6時間もかけてこの店に来たのだ。
「嬉しいね~。今日も大会に出るのかい?」衣装の色が黄色と紫になればワリオに見える店主が尋ねる。
「今日もやってんのかい?」白々しくユウタが尋ね返す。
「そうさ!もうすぐ全国大会だろ?だから便乗しようと思ってさ!で、出るのかい?」
「仕方ねぇな~」ユウタは鞄から偽ルイ・ヴィトンの長財布を取り出して一万円をカウンターに置く。
この店で行われる大会への参加費は6千円。ここは有名なぼったくりカードショップであり、多くの無知なカードゲーマーたちが被害に遭っている。疎いユウタはこの店に3週間前から通い続けているのだ。
「毎度あり!」店主がお釣りの四千円をユウタに手渡す。
釣りを財布に戻しながら、会場をチラ見する。狭い店内に並べられた2つの長テーブルに椅子が数脚ある。
「どれくらい来るんだ?」とユウタ。
「今のとこはユウちゃんだけだよ。遠藤さんは仕事が終わったら来るとか言ってたね。」店主はさらりと嘘をついた。
「そうかい。それじゃ、俺は先に席を取るとするかな…」
しかし、大会開始時間になっても会場に現れる人はいなかった。5時間待っても、客一人入って来ない。
「ユウちゃん、もう店閉めるよ」私服に着替えた店主が言う。
気付けば夜の8時になっていた。昼の3時には会場に来ていたユウタであったが、LINEで友人たちとチャットしていたので、時間が経つのを忘れていたのだ。
「わかったぜ…」
エナメルの鞄を持って席を立ち、ユウタは店を後にしようとする。自動ドアを抜けようとした時、彼は大会参加費を返してもらおうと振り返る。
「どうしたんだい、ユウちゃん?」と店主。
「参加費を返して欲しい。」
それを聞いた店主の顔つきが変わった。「返せるわけがねぇだろうが!フザケタこと抜かしてんじゃねぇぞ!!」
店主の豹変ぶりに気の小さいユウタは急いで傷だらけのパッソに戻る。彼はこのやり取りを何度も繰り返していた。
“何だよ、あの野郎!調子に乗りやがってよ!俺が本気出したらアイツなんて敵じゃねぇ!!”
携帯電話が振動し、新しいメッセージの受信を伝える。画面を確認するなり、ユウタの顔に笑みが広がった。
“待ってろよ、ミク!俺が助けてやるから!!”
ユウタは消費者金融のATMを目指して車を走らせた。
ユウタの借金は300万を超えようとしていた。
これはバトルソウルへの投資ではなく、オンラインゲーム「セタモツ2」で出会った19才の女性への仕送りが原因であった。彼女の名前はミク。横浜に住む短大生であり、最近は両親とケンカして家出中の身になっている。バイトで貯めた貯金で生活するミクは漫画喫茶で寝泊まりする毎日であったが、ある日、財布の入った鞄を盗まれてしまう。そのことをゲーム中に聞いたユウタは、無職でありながらも月に5万円をミクの口座に送った。
それでも、「ジンバウエのように物価の高い都会に住むミクはもっとお金が必要なはずだ!」と変な思い込みを持ったユウタは、8万円をミクの口座に振り込むようになっていた。彼はまだカードゲーマーとして生計を立てている訳ではないが、ミクにはプロのカードゲーマーで年収は三千万円だと嘘を教えている。
ミクの前で見栄を張る29才のユウタは、5日後に東京でバトルソウルの全国大会に参加することを告げた。すると、ミクは二人で会おうと誘って来た。天にも昇る気持ちでユウタは即返信し、その日の内にホテルと飛行機を予約した。
「父ちゃん、母ちゃん。オラァ、東京に行くだ。」居間でくつろいでいる両親に向かってユウタが言った。
「そうけぇ…」と父。
「トウキョウってどこだえ?」と母。
二人の言葉を聞く前にユウタはLINEに戻ってミクに東京に行く日程を送った。
「そうだ。何かおしゃれな服でも買おう!」
ユウタはパッソに乗って「しまむら」に向かい、そこで黒い上着とピンク色のチノパンを購入した。
“これで俺も都会の男さ…”そう思いながらパッソに乗り込んだ。
その時、誰かが運転席側の窓をノックした。予期せぬ音にユウタは下手なリアクション芸人のように運転席から飛び上がり、その弾みでクラクションを鳴らしてしまった。慌てて外を見るとそこには浅黒い肌をした大男が笑顔を浮かべている。すかさずユウタは窓を開けた。
「遠藤さんじゃないか!」ユウタが先に口を開いた。
「ユウちゃん、元気かい?」遠藤と呼ばれる大男が尋ねる。
「元気さ!それより何で昨日の大会に出なかったんだ?俺はまた参加費を騙し取られたぜ…」
それを聞いて遠藤は腹を抱えて笑った。「まだチキチキドンに行ってるのか?今の主流は「サドンデス」だよ、ユウちゃん。」
「それは何だい?新しいカードゲーム?」
「新しいカードショップさ。今週からバトルソウルの大会もやる。ユウちゃんも来いよ。参加費は無料だし。」
“な、なんだってー!!?”ユウタは驚いた。今まで彼は1万8千円もチキチキドンのほとんど無人のカード大会に出続けていたのだ。
「あ、あ、ありがとう。」
「いいってことよ。それよりよ~ユウちゃん…」突然、遠藤が声のトーンを下げ、ボコボコニ凹んだパッソの窓枠に両手を乗せて顔をユウタに近づける。「ちょっと面白い話しがあるんだが、のらねぇか?」
「えっ?」
「ユウちゃんにその気がねぇらいいけどよぉ~」遠藤がその場から立ち去ろうと動き出した。
「ちょっと待って。面白い話しって何?」
遠藤が黄色い歯を出して笑顔を浮かべた。「今夜、チキチキドンを燃やしに行くのさ…」