第十七回 [銀河極小戦争]
第 十 七 回
宇宙船に戻ったナルホーたちはメモリースティックの解析を急いでいた。
人工知能を用いて帳簿の中に隠された暗号や隠しファイルを探し求めたが、何の成果も挙げられていなかった。
「もう一度解析しろ!」ナルホーが人工知能『モアブ』に命じた。モアブは指示通り、七千五百二十三回目の解析を始めた。
(クソッ!何故、何も出てこない?)
「ナルホー様。」部下の一人が彼の前で立ち止まった。「アニプラ様から通信が入っています。」
ナルホーは焦る気持ちを隠しながら、タブレットでアニプラの通信を受け取った。
「どうされましたか?アニプラ様。」
「解析の結果は出たか?」
「いえ、まだです。予想よりも暗号が複雑でして、解読に時間が掛かっています。」
「そうか…。カズヤン様から連絡はあったか?」
「いいえ、ありません。」
「ならいい。また後で連絡する。」
通信が途絶えた。
(このままではアニプラ様に殺される。メモリースティックがダメなら、あの逃げた二人を―)
衝撃が宇宙船を襲った。
ナルホーがバランスを崩して尻餅を付き、彼の部下もバランスを崩して転んだり、慌てて壁や柱に掴まったりする者がいた。
「何事ですか!」ナルホーが近くにいた部下に尋ねた。
「む、無人機が…大量の無人機が―」
報告していた部下の前にあったガラスを突き破り、大きさ五十センチの無人偵察機が彼の胸に突き刺さった。
ナルホーは伏せ、タブレットで宇宙船のレーダーを確認した。画面を埋め尽くすように無数の青い点が表示されている。
(襲撃ッ?)
***
「始まったよ。」
ナルホーたちの乗る宇宙船から二十五キロ離れた場所にいたエヌラがミアツから連絡を受け取った。
「出入り口に武装した警備が二人、中に二十人はいるよ。本当にやるの?」ミアツの心配そうな声が、右耳に差し込んだイヤフォンから聞こえてきた。
「ここまで来たら退けねぇてばさ。」そう言うとエヌラはイヤフォンを外し、地面に落とした。
耳を突き刺すような雑音が聞こえ、不快に感じたミアツがヘッドフォンを外した。
(死なないでよ…)
一方のエヌラは深呼吸して、道路を挟んだ向かい側にある犬人間種が経営しているクラブを見た。煌々と光るピンク色の看板の光を浴びている彼は、まだ引き返す余裕があると思っていた。だが、ナマズのことを思うとスペース・ア・ゴー・ゴーへの怒りが強くなった。
「力を貸してくれ…」エヌラが呟いた。
(ゴドー村の時より少ない人数じゃないか。俺の助けはいらないと思うぞ。)
「あの時からもう四年経ってる。腕も鈍ってる…」
(そうなると、〝乗っ取る〟ことになるぞ。)
「時間がないんだ。早く済ませよう。」
(分かった。)
その声が聞こえたと同時にエヌラの意識が飛んだ。
宇宙船に戻ったナルホーたちはメモリースティックの解析を急いでいた。
人工知能を用いて帳簿の中に隠された暗号や隠しファイルを探し求めたが、何の成果も挙げられていなかった。
「もう一度解析しろ!」ナルホーが人工知能『モアブ』に命じた。モアブは指示通り、七千五百二十三回目の解析を始めた。
(クソッ!何故、何も出てこない?)
「ナルホー様。」部下の一人が彼の前で立ち止まった。「アニプラ様から通信が入っています。」
ナルホーは焦る気持ちを隠しながら、タブレットでアニプラの通信を受け取った。
「どうされましたか?アニプラ様。」
「解析の結果は出たか?」
「いえ、まだです。予想よりも暗号が複雑でして、解読に時間が掛かっています。」
「そうか…。カズヤン様から連絡はあったか?」
「いいえ、ありません。」
「ならいい。また後で連絡する。」
通信が途絶えた。
(このままではアニプラ様に殺される。メモリースティックがダメなら、あの逃げた二人を―)
衝撃が宇宙船を襲った。
ナルホーがバランスを崩して尻餅を付き、彼の部下もバランスを崩して転んだり、慌てて壁や柱に掴まったりする者がいた。
「何事ですか!」ナルホーが近くにいた部下に尋ねた。
「む、無人機が…大量の無人機が―」
報告していた部下の前にあったガラスを突き破り、大きさ五十センチの無人偵察機が彼の胸に突き刺さった。
ナルホーは伏せ、タブレットで宇宙船のレーダーを確認した。画面を埋め尽くすように無数の青い点が表示されている。
(襲撃ッ?)
***
「始まったよ。」
ナルホーたちの乗る宇宙船から二十五キロ離れた場所にいたエヌラがミアツから連絡を受け取った。
「出入り口に武装した警備が二人、中に二十人はいるよ。本当にやるの?」ミアツの心配そうな声が、右耳に差し込んだイヤフォンから聞こえてきた。
「ここまで来たら退けねぇてばさ。」そう言うとエヌラはイヤフォンを外し、地面に落とした。
耳を突き刺すような雑音が聞こえ、不快に感じたミアツがヘッドフォンを外した。
(死なないでよ…)
一方のエヌラは深呼吸して、道路を挟んだ向かい側にある犬人間種が経営しているクラブを見た。煌々と光るピンク色の看板の光を浴びている彼は、まだ引き返す余裕があると思っていた。だが、ナマズのことを思うとスペース・ア・ゴー・ゴーへの怒りが強くなった。
「力を貸してくれ…」エヌラが呟いた。
(ゴドー村の時より少ない人数じゃないか。俺の助けはいらないと思うぞ。)
「あの時からもう四年経ってる。腕も鈍ってる…」
(そうなると、〝乗っ取る〟ことになるぞ。)
「時間がないんだ。早く済ませよう。」
(分かった。)
その声が聞こえたと同時にエヌラの意識が飛んだ。
第十六回 [銀河極小戦争]
第 十 六 回
「ふぅーん…」ナルホーがタブレットを覗き込んだ。「どうやらメモリースティックは彼の物だったみたいですね。」
スティックの中には、車の所有者が勤めるカフェの帳簿のコピーが収められていた。探していた物だと思っていたナルホーにとって、これは苛立たしい結果であった。彼は全部の歯を抜かれて口の周りが血だらけになっている男を睨みつけた。男は激痛に悶え、口を手で覆って身を丸めていた。その時、ナルホーは帳簿の中に設計図のヒントが、隠されているかもしれないと思った。
「船に戻って詳細な調査を行う必要がある。」ナルホーが近くにいた部下に言った。
「直ちに撤収の準備を始めます。」部下の一人が応えた。
「それから、アニプラ様の邪魔をしないよう、これからは私に連絡して下さい。」
「了解。」
「それとこの男はもう用済みですから、後片付けを宜しくお願いします。」
ナルホーは乗って来たスピーダーの後部座席に乗り込み、タブレットで自動運転機能を入れると目的地を入力して目を閉じた。
***
絶望の淵に立たされたミアツはソファーに腰掛けて壁を見つめていた。
(もう終わりだ…)
ブザー音が室内に響いた。
突然のことにミアツの体は固くなり、心臓が縮まるような感覚を得ると同時に呼吸が浅くなった。
再びブザー音が室内に鳴り響く。
部屋の呼び出し音であることは分かっていたが、彼女はドアの向こう側にいるのがアニプラとその部下だと想像して震えた。
(殺されるッ!)
「おい!いるんだろ?開けろってばよ。」
エヌラの声を聞いた途端にミアツの体に走っていた緊張が解けた。彼女は走ってドアのロックを解除した。分厚いドアが開き、エヌラの姿が見えた。自然とミアツの顔に笑顔が浮かぶ。
「忘れ物した。」そう言ってエヌラがミアツを押し退けて部屋に入った。
ミアツは彼の態度に失望したが、一人でいるのが寂しかったのであまり気にならなかった。彼女はエヌラの後を追い、彼が部屋を去る前に一緒に行動しようと言おうとした。
すると、フェイスタオル、歯ブラシ、綿棒を持ってエヌラがバスルームから出てきた。
「ねぇ…」ミアツが話し掛けた。
エヌラは彼女を無視して椅子を革袋の置かれた机の隣に置いた。椅子に座ると彼はフェイスタオルをテーブルに広げ、色褪せた革袋から2丁の拳銃を取り出した。これを見たミアツは驚き、目を見開いてエヌラの動きを見守った。
まずエヌラは回転弾倉式拳銃を手に取り、慣れた手つきで回転弾倉の斜め下にあったボタンのような物を人差し指で押した。銃身と回転弾倉がお辞儀をする様に折れ、埃で汚れた中身が見えた。綿棒を手に取ってエヌラは回転弾倉の汚れを拭き取り、次に銃身の中の汚れも綺麗に拭き取った。
ミアツが見守る中、エヌラは黙々と作業を続けた。この時になってやって彼女は、エヌラが掃除している拳銃が他の物と違うことに気付いた。勿論、彼の銃が旧式の火薬拳銃であることは知っていたが、その拳銃には二つの銃身が上下に並んでおり、ミアツは似た拳銃を見たことがなかった。上の銃身は長くて細いが、下の銃身は太くて上の銃身よりも短いのだ。
不思議な銃に見惚れている間にエヌラは掃除を終え、次に短い銃身が上下に並んだ拳銃を手に取った。こちらも先ほどの銃同様に銃身が折れて下を向き、エヌラが新しい綿棒を使って汚れを拭き取った。
「その銃をどうするの?」とミアツ。
「決まってるだろ。」エヌラが革袋を引っくり返して、テーブルの上に数発の銃弾を落した。小さな銃弾が5つ、大きな散弾銃用の銃弾が3つ。
「どうするのさ?」ミアツは苛立った。
「ナマズの仇を取りに行く。」エヌラが掃除した拳銃に弾を込めて言った。
ミアツは驚いてすぐ口を開くことができなかった。しかし、どうにか気を落ち着かせて口を開いた。
「そんなの無理だって!相手はあの探し屋だよッ!逃げた方がいいって!」
「じゃ、逃げろよ。俺は行く。」椅子から立ち上がり、エヌラは回転式弾倉銃をベルトの左側に差し込んだ。銃把の底部が正面を向いており、素早く抜くには向いていないように見えた。もう一丁はベルトの腰部分に差し込んだ。
「アイツらのいる場所が知りたい。心当たりはあるか?」エヌラがミアツを見た。
「調べれば分かると思うけど…止めた方が良いって。アイツらは下手な軍隊より強いんだよッ!」
「そんなの知ったこったねぇてばよォ!これ以上、大切な物を失う訳にはいかねぇんだッ!」
ミアツはエヌラの勢いに押された。
(コイツ、こんなキャラだったっけ?)
「調べれば分かるって言ったけど、どうなんだい?分かるんかい?」エヌラが尋ねた。
「あれだけの有名人だから、ニュースとか動画投稿サイトを見れば、居場所が特定できるかも…」
「んじゃ、頼むってばよ。」
「ふぅーん…」ナルホーがタブレットを覗き込んだ。「どうやらメモリースティックは彼の物だったみたいですね。」
スティックの中には、車の所有者が勤めるカフェの帳簿のコピーが収められていた。探していた物だと思っていたナルホーにとって、これは苛立たしい結果であった。彼は全部の歯を抜かれて口の周りが血だらけになっている男を睨みつけた。男は激痛に悶え、口を手で覆って身を丸めていた。その時、ナルホーは帳簿の中に設計図のヒントが、隠されているかもしれないと思った。
「船に戻って詳細な調査を行う必要がある。」ナルホーが近くにいた部下に言った。
「直ちに撤収の準備を始めます。」部下の一人が応えた。
「それから、アニプラ様の邪魔をしないよう、これからは私に連絡して下さい。」
「了解。」
「それとこの男はもう用済みですから、後片付けを宜しくお願いします。」
ナルホーは乗って来たスピーダーの後部座席に乗り込み、タブレットで自動運転機能を入れると目的地を入力して目を閉じた。
***
絶望の淵に立たされたミアツはソファーに腰掛けて壁を見つめていた。
(もう終わりだ…)
ブザー音が室内に響いた。
突然のことにミアツの体は固くなり、心臓が縮まるような感覚を得ると同時に呼吸が浅くなった。
再びブザー音が室内に鳴り響く。
部屋の呼び出し音であることは分かっていたが、彼女はドアの向こう側にいるのがアニプラとその部下だと想像して震えた。
(殺されるッ!)
「おい!いるんだろ?開けろってばよ。」
エヌラの声を聞いた途端にミアツの体に走っていた緊張が解けた。彼女は走ってドアのロックを解除した。分厚いドアが開き、エヌラの姿が見えた。自然とミアツの顔に笑顔が浮かぶ。
「忘れ物した。」そう言ってエヌラがミアツを押し退けて部屋に入った。
ミアツは彼の態度に失望したが、一人でいるのが寂しかったのであまり気にならなかった。彼女はエヌラの後を追い、彼が部屋を去る前に一緒に行動しようと言おうとした。
すると、フェイスタオル、歯ブラシ、綿棒を持ってエヌラがバスルームから出てきた。
「ねぇ…」ミアツが話し掛けた。
エヌラは彼女を無視して椅子を革袋の置かれた机の隣に置いた。椅子に座ると彼はフェイスタオルをテーブルに広げ、色褪せた革袋から2丁の拳銃を取り出した。これを見たミアツは驚き、目を見開いてエヌラの動きを見守った。
まずエヌラは回転弾倉式拳銃を手に取り、慣れた手つきで回転弾倉の斜め下にあったボタンのような物を人差し指で押した。銃身と回転弾倉がお辞儀をする様に折れ、埃で汚れた中身が見えた。綿棒を手に取ってエヌラは回転弾倉の汚れを拭き取り、次に銃身の中の汚れも綺麗に拭き取った。
ミアツが見守る中、エヌラは黙々と作業を続けた。この時になってやって彼女は、エヌラが掃除している拳銃が他の物と違うことに気付いた。勿論、彼の銃が旧式の火薬拳銃であることは知っていたが、その拳銃には二つの銃身が上下に並んでおり、ミアツは似た拳銃を見たことがなかった。上の銃身は長くて細いが、下の銃身は太くて上の銃身よりも短いのだ。
不思議な銃に見惚れている間にエヌラは掃除を終え、次に短い銃身が上下に並んだ拳銃を手に取った。こちらも先ほどの銃同様に銃身が折れて下を向き、エヌラが新しい綿棒を使って汚れを拭き取った。
「その銃をどうするの?」とミアツ。
「決まってるだろ。」エヌラが革袋を引っくり返して、テーブルの上に数発の銃弾を落した。小さな銃弾が5つ、大きな散弾銃用の銃弾が3つ。
「どうするのさ?」ミアツは苛立った。
「ナマズの仇を取りに行く。」エヌラが掃除した拳銃に弾を込めて言った。
ミアツは驚いてすぐ口を開くことができなかった。しかし、どうにか気を落ち着かせて口を開いた。
「そんなの無理だって!相手はあの探し屋だよッ!逃げた方がいいって!」
「じゃ、逃げろよ。俺は行く。」椅子から立ち上がり、エヌラは回転式弾倉銃をベルトの左側に差し込んだ。銃把の底部が正面を向いており、素早く抜くには向いていないように見えた。もう一丁はベルトの腰部分に差し込んだ。
「アイツらのいる場所が知りたい。心当たりはあるか?」エヌラがミアツを見た。
「調べれば分かると思うけど…止めた方が良いって。アイツらは下手な軍隊より強いんだよッ!」
「そんなの知ったこったねぇてばよォ!これ以上、大切な物を失う訳にはいかねぇんだッ!」
ミアツはエヌラの勢いに押された。
(コイツ、こんなキャラだったっけ?)
「調べれば分かるって言ったけど、どうなんだい?分かるんかい?」エヌラが尋ねた。
「あれだけの有名人だから、ニュースとか動画投稿サイトを見れば、居場所が特定できるかも…」
「んじゃ、頼むってばよ。」
第十五回 [銀河極小戦争]
第 十 五 回
目覚めると白い天井が見えた。
柔らかい枕とマットレス、滑らかなブランケットに包まれた状態は非常に心地よかった。ふと左に視線を送ると、椅子に座るミアツが見えた。
「きゃー、ケダモノォー!もうお嫁に行けなぁーい!」エヌラが起き上がって奇声を上げた。
ミアツは椅子から立ち上がって、エヌラの頬に往復ビンタを喰らわせた。強烈なビンタを受けたエヌラは呆気に取られ、自分を殴った女性の顔を見つめることしかできなかった。
(な、何で?)
ミアツの目は赤く腫れており、先ほどまで泣いていた様に見えた。彼女は両手で潤んだ目を擦ると、早足でバスルームに入って行った。
(ここってホテル…?まさか!あの女、やっぱり俺に気があったのか…)エヌラはベッドから降りて部屋を見回した。
大きい窓から外の景色が良く見え、室内に置かれた家具は全て高級品であった。
(雰囲気でスイッチが入るタイプだったのか…。なるほどねぇ~)
勘違い変態男は立ち上がってミアツの後を追ってバスルームへ行こうとしたが、その途中で円形テーブルの上に置かれた革袋を見つけた。
「ナマズ…」エヌラがやっと同棲相手のことを思い出した。彼は急いでバスルームへ向かい、もうすぐ辿り着くところでミアツが出てきた。
「どうしたのよ?」とミアツ。
「ナマズは?ナマズは何所に?あの後、何があったんだ?」ミアツの両肩を掴んでエヌラが尋ねた。
「ナマズさんは…」ミアツが俯いた。
「一体何があったんだよ!」エヌラが強く彼女の肩を揺すった。
「スペース・ア・ゴー・ゴーに襲われたの。逃げる途中でナマズさんが負傷して…もしかしたら…殺されたかもしれない…」
エヌラの顔から血の気が引いた。「スペース・ア・ゴー・ゴーって、あの盗賊団か?何でアイツらに狙われるんだよ!」
「ごめんなさい…」体を震わせてミアツが床に崩れ落ちた。「私のせいなの…」
エヌラは状況が掴めず、座り込んだミアツを見ることしかできなかった。
「アイツらが私の勤める研究所を襲撃してきたの。」ミアツが語り始めた。「目的は研究中の兵器の設計図で、局長は私に設計図を持たせて逃がしてくれたの。」
仕方なくエヌラも床に座り込んでミアツの話しに耳を傾けた。
「脱出ポッドを使って逃げてきたけど、追手を警戒してボディーガードを雇ったの。それがアナタだった…」ここでミアツが言葉を詰まらせた。「アナタとナマズさんを巻き込むつもりはなかったの…ごめんなさい…」
「じゃ、狙われてるのはお前で、俺じゃないんだ…」エヌラは立ち上がり、部屋の出口に向かって歩き出した。
「何所に行くの?」とミアツ。
「逃げるのさ!俺とお前は全く無関係だからな!」
ミアツは言い返すことができなかった。去ろうとしている男の言っていることは正しく、ナマズの死に罪悪感を持っている彼女はエヌラを呼び止めることができなかった。
廊下に出たエヌラであったが、これから何所へ向かえばいいか分からなかった。
(このままでいいのか?)頭の中から声が聞こえてきた。
「うるさい!」エヌラが誰もいない廊下で怒鳴った。
(お前はいつも失ってばかりだ。コールも、ランバートも、ナマズも、お前が弱いから死んだ。)
「違う!俺のせいじゃないッ!」
(逃げ続けても無駄だ。)
「もう殺し合いなんて懲り懲りなんだよ…」
(お前が求めていなくても、暴力を好む連中はゴロゴロいる。)
「他の奴らの事なんてどうでもいいッ!」
(お前のために命を投げ出した〝バカ〟がいたことを忘れるなよ。アイツらのお陰で〝俺たち〟は生きてるんだ…)
エヌラは歯を食い縛って赤い絨毯の敷かれた床を見た。
(別に復讐を強制している訳ではない。逃げることも時には必要だが、立ち向かわなければならない時もある。)
「ずっと出てこなかったのに、こんな時に限って…」そう呟きながら、エヌラはミアツのいる部屋へ引き返した。
目覚めると白い天井が見えた。
柔らかい枕とマットレス、滑らかなブランケットに包まれた状態は非常に心地よかった。ふと左に視線を送ると、椅子に座るミアツが見えた。
「きゃー、ケダモノォー!もうお嫁に行けなぁーい!」エヌラが起き上がって奇声を上げた。
ミアツは椅子から立ち上がって、エヌラの頬に往復ビンタを喰らわせた。強烈なビンタを受けたエヌラは呆気に取られ、自分を殴った女性の顔を見つめることしかできなかった。
(な、何で?)
ミアツの目は赤く腫れており、先ほどまで泣いていた様に見えた。彼女は両手で潤んだ目を擦ると、早足でバスルームに入って行った。
(ここってホテル…?まさか!あの女、やっぱり俺に気があったのか…)エヌラはベッドから降りて部屋を見回した。
大きい窓から外の景色が良く見え、室内に置かれた家具は全て高級品であった。
(雰囲気でスイッチが入るタイプだったのか…。なるほどねぇ~)
勘違い変態男は立ち上がってミアツの後を追ってバスルームへ行こうとしたが、その途中で円形テーブルの上に置かれた革袋を見つけた。
「ナマズ…」エヌラがやっと同棲相手のことを思い出した。彼は急いでバスルームへ向かい、もうすぐ辿り着くところでミアツが出てきた。
「どうしたのよ?」とミアツ。
「ナマズは?ナマズは何所に?あの後、何があったんだ?」ミアツの両肩を掴んでエヌラが尋ねた。
「ナマズさんは…」ミアツが俯いた。
「一体何があったんだよ!」エヌラが強く彼女の肩を揺すった。
「スペース・ア・ゴー・ゴーに襲われたの。逃げる途中でナマズさんが負傷して…もしかしたら…殺されたかもしれない…」
エヌラの顔から血の気が引いた。「スペース・ア・ゴー・ゴーって、あの盗賊団か?何でアイツらに狙われるんだよ!」
「ごめんなさい…」体を震わせてミアツが床に崩れ落ちた。「私のせいなの…」
エヌラは状況が掴めず、座り込んだミアツを見ることしかできなかった。
「アイツらが私の勤める研究所を襲撃してきたの。」ミアツが語り始めた。「目的は研究中の兵器の設計図で、局長は私に設計図を持たせて逃がしてくれたの。」
仕方なくエヌラも床に座り込んでミアツの話しに耳を傾けた。
「脱出ポッドを使って逃げてきたけど、追手を警戒してボディーガードを雇ったの。それがアナタだった…」ここでミアツが言葉を詰まらせた。「アナタとナマズさんを巻き込むつもりはなかったの…ごめんなさい…」
「じゃ、狙われてるのはお前で、俺じゃないんだ…」エヌラは立ち上がり、部屋の出口に向かって歩き出した。
「何所に行くの?」とミアツ。
「逃げるのさ!俺とお前は全く無関係だからな!」
ミアツは言い返すことができなかった。去ろうとしている男の言っていることは正しく、ナマズの死に罪悪感を持っている彼女はエヌラを呼び止めることができなかった。
廊下に出たエヌラであったが、これから何所へ向かえばいいか分からなかった。
(このままでいいのか?)頭の中から声が聞こえてきた。
「うるさい!」エヌラが誰もいない廊下で怒鳴った。
(お前はいつも失ってばかりだ。コールも、ランバートも、ナマズも、お前が弱いから死んだ。)
「違う!俺のせいじゃないッ!」
(逃げ続けても無駄だ。)
「もう殺し合いなんて懲り懲りなんだよ…」
(お前が求めていなくても、暴力を好む連中はゴロゴロいる。)
「他の奴らの事なんてどうでもいいッ!」
(お前のために命を投げ出した〝バカ〟がいたことを忘れるなよ。アイツらのお陰で〝俺たち〟は生きてるんだ…)
エヌラは歯を食い縛って赤い絨毯の敷かれた床を見た。
(別に復讐を強制している訳ではない。逃げることも時には必要だが、立ち向かわなければならない時もある。)
「ずっと出てこなかったのに、こんな時に限って…」そう呟きながら、エヌラはミアツのいる部屋へ引き返した。
第十四回 [銀河極小戦争]
第 十 四 回
しばらく順調に歩き続けていた〈彼〉であったが、突然の頭痛に襲われて歩くスピードを落とした。頭痛は次第に激しくなり、吐き気を催すほど強さを増した。
(クソッタレめッ!)
「ちょっと待ってよ!」ミアツが〈彼〉の右肩に触れた。
すると、糸の切れた人形のように〈彼〉は地面に崩れ落ち、そのまま目を閉じて動かなくなった。
これを見たミアツは動揺し、歩行者の中にも心配して立ち止まる人が何人かいた。助けを求めることもできたが、ミアツはアニプラから逃げるために自力で〈彼〉の体を起こし、走行中の無人タクシーを捉まえて乗り込んだ。
「どちらまで行かれますか?」フロントガラスに文字が表示されると同時に、音声が聞こえてきた。
「ここから近い宿泊施設に行って!」とミアツ。
「付近に宿泊施設が12件あります。どちらに―」
「その中で一番セキュリティーがしっかりしてる場所にして!急いでッ!」
「かしこまりました。」
無人タクシーは最短ルートを通って、襲撃された地点から三百メートル離れたホテルに到着した。ミアツはドアに設置されている小さな赤い四角形に腕時計を近づけ、数秒経つと四角形が煌々と光ってドアが開いた。
「ご利用ありがとうございます。」
ミアツは急いで<彼>をタクシーから降ろし、ホテルのドアで待機していた人型ロボットを呼んだ。ドアマン・ロボットは軽々と<彼>を持ち上げてホテル内へ運んだ。
***
ナマズの死体を車から降ろし、アニプラの部下たちが車内を徹底的に調べ上げた。
車のあらゆる部品を透視スコープで検査したが、目を引く隠しポケットなどはなかった。質素な車内にあったのは、小さなフラッシュメモリーだけであった。他の発見といえば、車に付けられていた番号から所有者が判明したくらいであった。この所有者は大型商業施設『癒着』のカフェに勤める男性であった。
「そいつを連れて来い。」アニプラが隣にいた男に言った。
男は3つに折り畳むことができるタブレット端末を取り出し、施設内を捜索していた仲間に車の所有者の情報を送った。
「それでメモリースティックの中身は?」アニプラが同じ男に尋ねた。
「暗号化されているため、解析に時間が掛かっています。しかし、これだけの暗号がされているということは、これは間違いなく例の物でしょう。」
「そうか…」犬人間の口元が緩んだ。
(ようやく休みがもらえそうだな…)アニプラはカズヤンに急いで報告を済ませ、犬人間種が運営しているクラブへ行こうと考えた。(しかし、逃げた二人を追う必要もあるな。それはナルホーたちに任せるとするか…)
「ナルホー。」アニプラが隣にいる男を見た。「俺はカズヤン様にこの事を報告する。お前はここで指揮を執り、逃げた二人を捕まえろ。」
「分かりました。」
アニプラはその場を後にしようとしたが、ナルホーが彼を呼び止めた。
「アニプラ様!その二人は生け捕りにすべきですか?」
犬人間が肩越しに部下を見た。「お前の好きにしろ。」
「ありがとうございます。」ナルホーは歩き去るアニプラの背中に向けて一礼した。
右頬に火傷を持つナルホーは商業施設の監視カメラの映像にアクセスし、エヌラたちの姿を探し求めた。彼の使用した人工知能は与えられた情報を基に、それと一致する人物を映像から抽出した。
作業に夢中になっていた彼の許に、二人の男に連れられたタキシード姿の男がやって来た。
「彼が車の所有者ですか?」タブレットから顔を上げずにナルホーが言った。
「はい。」男の一人が答えた。その頃、壊れた自分の車を見たタキシードの男は唖然としていた。
「では、まず歯から抜いて行きましょう。」
しばらく順調に歩き続けていた〈彼〉であったが、突然の頭痛に襲われて歩くスピードを落とした。頭痛は次第に激しくなり、吐き気を催すほど強さを増した。
(クソッタレめッ!)
「ちょっと待ってよ!」ミアツが〈彼〉の右肩に触れた。
すると、糸の切れた人形のように〈彼〉は地面に崩れ落ち、そのまま目を閉じて動かなくなった。
これを見たミアツは動揺し、歩行者の中にも心配して立ち止まる人が何人かいた。助けを求めることもできたが、ミアツはアニプラから逃げるために自力で〈彼〉の体を起こし、走行中の無人タクシーを捉まえて乗り込んだ。
「どちらまで行かれますか?」フロントガラスに文字が表示されると同時に、音声が聞こえてきた。
「ここから近い宿泊施設に行って!」とミアツ。
「付近に宿泊施設が12件あります。どちらに―」
「その中で一番セキュリティーがしっかりしてる場所にして!急いでッ!」
「かしこまりました。」
無人タクシーは最短ルートを通って、襲撃された地点から三百メートル離れたホテルに到着した。ミアツはドアに設置されている小さな赤い四角形に腕時計を近づけ、数秒経つと四角形が煌々と光ってドアが開いた。
「ご利用ありがとうございます。」
ミアツは急いで<彼>をタクシーから降ろし、ホテルのドアで待機していた人型ロボットを呼んだ。ドアマン・ロボットは軽々と<彼>を持ち上げてホテル内へ運んだ。
***
ナマズの死体を車から降ろし、アニプラの部下たちが車内を徹底的に調べ上げた。
車のあらゆる部品を透視スコープで検査したが、目を引く隠しポケットなどはなかった。質素な車内にあったのは、小さなフラッシュメモリーだけであった。他の発見といえば、車に付けられていた番号から所有者が判明したくらいであった。この所有者は大型商業施設『癒着』のカフェに勤める男性であった。
「そいつを連れて来い。」アニプラが隣にいた男に言った。
男は3つに折り畳むことができるタブレット端末を取り出し、施設内を捜索していた仲間に車の所有者の情報を送った。
「それでメモリースティックの中身は?」アニプラが同じ男に尋ねた。
「暗号化されているため、解析に時間が掛かっています。しかし、これだけの暗号がされているということは、これは間違いなく例の物でしょう。」
「そうか…」犬人間の口元が緩んだ。
(ようやく休みがもらえそうだな…)アニプラはカズヤンに急いで報告を済ませ、犬人間種が運営しているクラブへ行こうと考えた。(しかし、逃げた二人を追う必要もあるな。それはナルホーたちに任せるとするか…)
「ナルホー。」アニプラが隣にいる男を見た。「俺はカズヤン様にこの事を報告する。お前はここで指揮を執り、逃げた二人を捕まえろ。」
「分かりました。」
アニプラはその場を後にしようとしたが、ナルホーが彼を呼び止めた。
「アニプラ様!その二人は生け捕りにすべきですか?」
犬人間が肩越しに部下を見た。「お前の好きにしろ。」
「ありがとうございます。」ナルホーは歩き去るアニプラの背中に向けて一礼した。
右頬に火傷を持つナルホーは商業施設の監視カメラの映像にアクセスし、エヌラたちの姿を探し求めた。彼の使用した人工知能は与えられた情報を基に、それと一致する人物を映像から抽出した。
作業に夢中になっていた彼の許に、二人の男に連れられたタキシード姿の男がやって来た。
「彼が車の所有者ですか?」タブレットから顔を上げずにナルホーが言った。
「はい。」男の一人が答えた。その頃、壊れた自分の車を見たタキシードの男は唖然としていた。
「では、まず歯から抜いて行きましょう。」