So-net無料ブログ作成
前の10件 | -

最終回 [銀河極小戦争]

最 終 回








 スペース・ア・ゴー・ゴーに対する攻撃は全銀河に衝撃をもたらした。

 カズヤンはアニプラに説明を求めようとしたが、部下はクラブで死亡しており、彼の腹心であるナルホーが代わりに応じた。

 「何事なんだねぇ!」顔に汗を浮かべたカズヤンがナルホーを怒鳴りつけた。

 「申し訳ありません。アニプラ様が席を外している間に何者かがドローンで攻撃を―」

 「それは知ってるつうのォ!」カズヤンが部下の話を遮って再び怒鳴った。「その理由が知りてぇんだよぉ〜」

 このやり取りを予想していたナルホーは怯んでいなかった。最初の発言はアニプラに責任を負わせ、自身に降りかかるであろう処刑を逃れるためのものであった。

 「犯人に目星はついております。そして、現在追跡中です。」とナルホー。
 
 「ホンマかいなァ!んじゃ、ソイツの写真を全銀河に流さんかいな!俺に逆らったらこうなるつう、見せしめみしたるぅ!」

 「直ちに取りかかります。」

 「んじゃ、今日からお前が探し屋部隊の指揮を執れ。ええな?」

 「ありがたきお言葉―」

 ナルホーの返事を聞く前にカズヤンは通信機の電源を落とした。



***




 ナマズの死体を引き取るため、ミアツは一足先に死体安置所に来ていた。

 スペース・ア・ゴー・ゴーに姿を見られないように彼女は、帽子を目深にかぶって通りを歩く人と目を合わせないようにした。
 
「待った?」

 背後から声をかけられてミアツは驚き、素早く背後に視線を向けた。そこには黄色い歯を見せて笑うエヌラがいた。

 (生きてた!)スケべ男の死を予期していたミアツは喜んだ。

 「アイツらはどうなったの?」

 「ナマズの仇は取ったよ。んで、ここにいた?」エヌラが死体安置所の入り口を見た。

 「これから確認するところ。ここにいなかったら、ナマズさんはアイツらに囚われてるかも…」

 「病院の確認は?」

 「したけど、手がかりなし。」

 「じゃ、行くしかねぇてばよ!」
  二人が受け付けに問い合わせると、カウンターにいた男が眉をひそめた。ミアツは男が何か知っていると思い、カウンターに両手を置いて身を乗り出した。

 「ここにいるんですね。」

 「いましたよ。でも、廃棄処理場に送りました。」

  エヌラとミアツは驚いて口を大きく開けた。
 
 「あの人は人ですよ!」ミアツはスペース・ア・ゴー・ゴーの非道さに苛立った。
 
 「人?」受付の男が聞き返した。「あれはアンドロイドですよ。」

  「そんなバカな…」エヌラが両膝から崩れ落ちた。

 「何かの手違いじゃないんですか?」とミアツ。

 「ちゃんとスキャンしましたよ。人間ぽかったですが、あれは正真正銘のアンドロイドでした。」
 
 ミアツは混乱しながらもしゃがみ、エヌラの肩に手を乗せた。「廃棄処理場に行ってみよ。」
 
 「んだなす…」

 廃棄処理場に着いた時、ナマズの死体が入ったカーゴの焼却が行われようとしていた。ギリギリのところでミアツがそれを中断させ、エヌラがナマズの死体をカーゴから掘り起こした。

 「ナマズよぉ〜」エヌラの目に涙が浮かんだ。
 
 その間にミアツはナマズのうなじを指で触れ、アンドロイドのメモリーディスクが収められているスイッチを探した。彼女はそれが無いことを祈りながら指先の感覚を研ぎ澄ませた。そして、見つけたくない物に触れ、心臓を締め付けられた。固唾を飲んでミアツはスイッチを押し、その少し上から小さな半円状の物が飛び出してきた。

 「この中にナマズさんの―」口を開いたものの、ミアツはメモリーディスクを見て絶句した。中身が入っていなかったのだ。

 「どったんだよ!」とエヌラ。

 「メモリーがない。抜かれてる…?」

 「抜かれてるって…こんな時に下ネタかよ!」エヌラがミアツの肩に軽くパンチを入れた。

 「中身がないの!アイツらが盗んだに違いないッ!」

 「何のために?」エヌラが不思議そうにメモリーディスクを見た。

 「私たちを探すために決まってるでしょ!」

 「にしては、時間がかかり過ぎじゃねぇ?あんだけ派手に動いた後だぜ。」
 
 (確かに…捜索している割にはナマズさんの死体にすんなり近づけた。だとしたら、ナマズさん自身がメモリーを消去した?でも、ディスク自体がない。もしかして、初めから入ってなかったの?)

 「アイツらが俺たちを探しているなら、逃げなきゃ不味いんじゃねェ?」

 「でも、できればナマズさんのメモリーだけでも…」ミアツは念のためにナマズのうなじを探り、ディスクが引っ掛かっていないか確認した。しかし、何も見つからなかった。

 (メモリーディスクがなければ起動はできない。)ミアツは考えた。(遠隔操作なら起動できるかもしれない。でも、誰が何の目的で?)

 「おい!急ぐぞい。」エヌラがナマズの死体を持ち上げた。「追手も迫ってるらしいし、ナマズの謎もあるみたいだし…」

 「そ、そうね…」様々な憶測が頭の中を駆け巡り、ミアツは適当に返事を返した。

 二人は急いで廃棄処理場を後にした。











第一章『銃使い』 完
nice!(0)  コメント(0) 

WNロス [News]

 巷で『WNロス』というワードが広まっていますよね?

 某SNSサイトのトレンドにも上がった、あのワードですよ。

 意味を説明しなくても、我々…いや、この銀河系に住む人なら分かると思います。はい。

 最近、WNが活動記録を公開せず、一部では「三途の川を渡った説」も出てくるほどでした。この『WNロス』については、多くの考察サイトや動画があるので興味のある方は見てみることをお勧めします。私も色々とサイトや動画を見ていますが、結構、あり得そうな説が多く、多くが1000年に一年の逸材であるWNを心配しているのです。

 ちなみに、これらの考察サイトや動画を見る時は涙腺が崩壊する可能性があるので、ボックスティッシュ5つは必要になると思うのでご注意を!

 一部では最近流行っているウィルスに感染したとの話しもありますが、Nと親しい人物のツイートによれば、「アイツ(注:N)は自分探しの旅に出ている。俺は旅から帰ってきたアイツが、すげぇ音楽を作るって信じてるってばよ!」だそうです。

 自分探しの旅って、なんか憧れますよね。これって、現実逃避…いや、その…これって自分自身との対話ですよね?ね?そうだよね?嘘だと言ってよ、バーニー!

 さて、今後は公式なWNサイト情報よりもSNSサイトなどにある、断片的なWN情報から考察的な記事を書いてしまうかもしれません。

 それでも、WNのファンであることに変わりはないので、皆さんと一緒に応援したいと思っています。

 私と同じ志を持つ同志は、高評価とチャンネル登録をお願いします!

(言ってみたかっただけとです…)

 それじゃ!


DSC_0004.JPG 












<以下は特に読まなくて良いですよ…>

 恒例?のハヤオ関連記事です。

 最近は忙しく、ハヤオの物語にブログを乗っ取られていました。

 さて、『銀河極小戦争』ですが、こちら第1話?第1章?は今週で終わります。

 こちらの続きはブログ公開はおそらく年末か来年になるでしょう。気になる方は4月か5月の末にハヤオに強制的に行わせる予定の某通販サイトのセールでゲットできるでしょう。

 キンドルのスマホアプリとそのサイトのアカウントがあれば、読めるので問題ないかと…

 一時期(たぶん『S.N.A.F.U.』の打ち切りを宣言した頃?)、ブログのアクセスが上がって、ハヤオが「俺に続きを書けって、みんなが言ってるんだ!」と妄言を吐くようになりました。

 「おじいさん、お薬のお時間ですよ」と言って黙らせていますが、もうすぐ6話目が書き終わるとか言ってます。

 ゴミみたいな内容なので、胸内に秘めて置いて欲しいものです。

 んで、先ほど4月か5月って言いましたが、ハヤオ曰く、「それまでに8話まで書くかも?」と言っていたので、「できなかったら、ブログから消えてもらうでぇ〜」と言いました。

 これぞまさに「WNブログ浄化作戦」です。

 今月の末には『S.N.A.F.U.』の第5話(後編)が再公開し、翌月末に第6話(前後編)を予定してます。

 だから、WNブログへのアクセスは控えてください!

 お願いします!

 それじゃ!
nice!(0)  コメント(0) 

第十八回 [銀河極小戦争]

第 十 八 回








 今度の目覚めは清々しかった。〈彼〉は懐かしい重みを腰に感じてニヤリと笑った。

 「リハビリになる相手だといいな…」そう呟きながら〈彼〉は道路を渡り、クラブの入り口前に立った。ドアの前に立つ黒いスーツを着た犬人間二人が〈彼〉を睨みつけた。

 「ここはお前の来る場所じゃない。」警備の一人が言った。

 「ここにアニプラっていう奴がいると聞いたんだ。」

 アニプラの名を聞いた途端、犬人間たちの目つきが変わった。

 そして、それと同時に〈彼〉は右手にいた犬人間の喉に拳を打ち込んだ。素早い攻撃に反応できず、また喉仏を潰されたことで呼吸困難に陥った。

 もう一人の犬人間は上着の下に隠していた拳銃を掴み、急いで目の前にいる男に向けようとした。だが、銃を向ける前に〈彼〉が股間に蹴りを叩き込んだ。犬人間は激痛に前屈みになり、気が付くと右手に握られていた拳銃が消えていた。慌てて上を向いたが、〈彼〉の顔を見る前に光線弾が犬人間の頭を撃ち抜いた。

 <彼>は喉を抑えていた犬人間の横を通り過ぎる直前、思い出したように生き残っていたもう一人の頭を撃ち抜いた。

 「トロいな…」

 入り口を抜けると大きなホールに出た。そこには迎えのスピーダーを待つ犬人間が多数おり、〈彼〉の姿を見ると全員が動きを止めた。

 「おい、アンタッ!」サングラスをかけた大柄の犬人間がやってきた。「ここはアンタの来るような場所じゃないよ。」

 「そうかな?」〈彼〉は大柄の犬人間の胸と頭部に光線弾を叩き込んだ。

 銃声が鳴り響くと、ホール内に悲鳴が木霊し、その場にいた犬人間たちが一斉に出口に向かって走り出した。

 その様子を監視カメラ越しに見ていた監視係がタブレットの通信ソフトを使い、クラブの地下で待機している傭兵に連絡した。この傭兵たちはクラブに雇われた〈人間〉で構成された部隊であり、犬人間種はいなかった。十人の傭兵たちが短機関銃を手に取って地上に続く階段を上がり始めた。

 一方、〈彼〉は待合ホールを抜けてダンスホールに入った。大音量の音楽が鳴り響いているため、そこにいる客たちは外の銃声に気付いていなかった。〈彼〉は視線を走らせ、ミアツの見せてくれた写真の犬人間を探し求めた。ふと顔を上げて見ると、ダンスホールを見下ろすように設置されたテラス席があり、そこにアニプラの姿があった。その犬人間は両隣にいる着飾ったメスの犬人間と談笑し、〈彼〉の存在に気付いていなかった。

 訓練によって研ぎ澄まされた感覚が〈彼〉に警告を与えた。左右に視線を配ると、短機関銃を巧みに上着の下に隠した男たちの存在に気付いた。その男たちは犬人間種ではなく、〈彼〉と同じ純人間種であった。

 (傭兵か?)自然と胸が躍り、〈彼〉は右手に持つ奪った拳銃の銃把を強く握った。

 傭兵たちも〈彼〉の存在に気付いた。

 「フェルン、二時の方向。ボング、お前は一一時の方向だ。静かに終わらせろ。」ダンスホールの隅で様子を見ていたリーダーが、部下の頭部に埋め込まれているチップにメッセージを送信した。それを受信すると傭兵たちは静かに標的との距離を詰め始めた。

 <彼>は迷いを見せず、余裕の表情を浮かべて左へ歩き出した。

 近づいてくる相手の動きを注視しながら、フェルンは短機関銃を撃てるように上着の裾に右手を置いた。彼の数メートル背後を歩いていた男も同様の態勢を取った。

 フェルンとの距離が二メートルと迫った瞬間、〈彼〉が躍っていた客を押し退けて発砲した。光線弾はフェルンの胸に命中し、被弾した男は驚いたものの、防弾ベストで守られていたのでケガはなかった。しかし、フェルンが驚いている間に〈彼〉は撃った男の背後にいた傭兵の頭部を撃ち抜いた。

 (死ねッ!)フェルンが短機関銃を取り出した。

 その直後、〈彼〉が銃口でフェルンの喉を突いた。次に相手の短機関銃を掴み、左肩越しに背後を確認すると左脇の下で銃を構え、近づいてくる二人の傭兵の頭部を撃ち抜いた。背後の脅威を排除すると、〈彼〉は右肘を下からフェルンの顎に叩き込み、追い打ちをかけるように銃底で相手の鼻を砕いた。フェルンが床に落ちると〈彼〉は相手の頭を撃ち抜いた。

 ようやく異変に気付いた客たちが悲鳴を上げ、逃げる客が増えた。しかし、泥酔している客たちは、これが新しいパフォーマンスだと思って拍手を送った。

 「全員で奴を止めるぞ。」傭兵のリーダーが新しいメッセージを部下に送った。

 その時、下の状況に気付いたアニプラが両隣にいたメス犬を押し退け、壁のフックにかけていたガンベルトから回転式弾倉の散弾拳銃を手に取った。

 (良い度胸じゃねぇか!)

 アニプラはテラスから襲撃者に銃口を向け、撃鉄を親指で下ろした。引き金を絞ろうとした時、標的が視界から消えた。

 (なッ!)

 <彼>は四メートル先にいた傭兵に接近していた。巧みに逃げ惑う客を盾にして前進し、相手が〈彼〉との距離が急激に縮まったことを知るや否や、〈彼〉は素早く引き金を絞った。光線弾が傭兵の右手に命中し、その手に握られていた短機関銃の銃把もろとも粉砕した。

 激痛に呻く傭兵との距離をさらに縮めて〈彼〉は右膝で相手の股間を蹴り上げた。傭兵は形容し難い痛みに悲鳴を挙げるも、〈彼〉はそれを無視して左手で相手の短機関銃のスリングを掴んで引き寄せた。

 彼らの二メートル先にいたもう一人の傭兵が狙いを定めようとしたが、〈彼〉が仲間を盾にしたので移動する必要があった。

 その隙に〈彼〉は振り返って敵影を探した。逃げる客と逆方向に進む男二人を発見し、素早く銃口を向けて引き金を絞った。だが、何も起こらなかった。

 (オーバーヒートか…)

 <彼>は銃を捨て、再び盾にしている傭兵の股間を蹴り飛ばして相手の拳銃をホルスターから奪った。数発の光線弾が鼻先をかすめ、〈彼〉の額に青筋が浮かんだ。

  (これだから光線銃は好かんッ!)

 目にも止まらぬ早さで〈彼〉は発砲してきた背後から迫る傭兵二人の頭部を撃ち抜いた。そして、盾にしている傭兵に銃を向けて引き金を絞った。男の鼻から下が吹き飛ばされ、傭兵が床に崩れ落ちた。

 盾が消えたことで視界が広くなり、二メートル先から〈彼〉を狙っていた傭兵の姿が見えた。〈彼〉は迷うことなく、その傭兵の頭を撃ち抜いた。

 その頃、ホールには〈彼〉と二人の傭兵、酔い潰れた数人の客しかいなかった。テラスにいたアニプラは侵入者の動きを見て、少年の頃のことを思い出していた。それは〈彼〉の動きが、かつてみた隻腕のガンスリンガーに似ていたからであった。

 そう思った時、〈彼〉が目にも止まらぬ動きで銃を持ち上げ、ホールの隅にいた傭兵二人の頭部を撃ち抜いた。

 〈彼〉がテラスにいるアニプラを見上げる。口角が少し上がり、その様子を見たアニプラの首筋に悪寒が走った。

 (クソッタレがッ!)アニプラはテラスの窓を銃で砕き、ホールにいる〈彼〉に銃を向けた。

 「面白い銃だな…」〈彼〉がアニプラの銃を見て呟いた。

 「何者だ?」と犬人間。

 「復讐代理人ってとこかな?」

 「ふざけるなッ!」

 アニプラが発砲した。しかし、弾は〈彼〉の足元に着弾した。

 (下手くそ…)そう思いながら〈彼〉はアニプラの胸に光線銃弾を撃ち込んだ。

 被弾したアニプラは衝撃で弾き飛ばされ、背後のソファーに崩れ落ちた。胸から血が噴き出し、咳き込んだ際に口から血を吐いた。

 (ば、バカなッ!) 落とした拳銃に手を伸ばしたが、それは遥か遠くにあるように感じられた。必死になって手を伸ばすも距離は縮まらない。その時、誰かが彼の銃を持ち上げた。

 「コイツはもらうぜ…」〈彼〉が回転弾倉の中身を確認した。

 (やはり散弾か…)

 瀕死のアニプラを見下ろし、手首のスナップを利用して弾倉を元の位置に戻した。〈彼〉は自然な動きで銃を左手に持つと、ベルトの左側に差し込んでいた拳銃を抜いて振り返った。

 背後に立っていた人物は黒いローブを着ており、フードを深く被っていたので顔が見えなかった。その人物は大きな鎌を背負っており、〈彼〉は黒衣姿の人物がアニプラの部下ではないと予想した。

 「こっちのエヌラは素早いな。」フードの奥から男の声が聞こえてきた。

 「俺はあの臆病者じゃねぇよ。」

 「ガンスリンガーの方か?」

 男の問いに〈彼〉は驚いたが、それを顔に出すほど間抜けではなかった。

 「だとしたら、どうする?」

 「私にとっては好都合だ。また会おう、ガンスリンガー…」

 そう言うと黒衣の男は煙のように姿を消した。

 (エヌラの意識と混線した影響か?いや、そうなら気づいてるはずだ。どっちにしても、気にいらねぇ野郎だ…)

nice!(0)  コメント(0) 

第十七回 [銀河極小戦争]

第 十 七 回








 宇宙船に戻ったナルホーたちはメモリースティックの解析を急いでいた。

 人工知能を用いて帳簿の中に隠された暗号や隠しファイルを探し求めたが、何の成果も挙げられていなかった。

 「もう一度解析しろ!」ナルホーが人工知能『モアブ』に命じた。モアブは指示通り、七千五百二十三回目の解析を始めた。

 (クソッ!何故、何も出てこない?)

 「ナルホー様。」部下の一人が彼の前で立ち止まった。「アニプラ様から通信が入っています。」

 ナルホーは焦る気持ちを隠しながら、タブレットでアニプラの通信を受け取った。

 「どうされましたか?アニプラ様。」

 「解析の結果は出たか?」

 「いえ、まだです。予想よりも暗号が複雑でして、解読に時間が掛かっています。」

 「そうか…。カズヤン様から連絡はあったか?」

 「いいえ、ありません。」

 「ならいい。また後で連絡する。」

 通信が途絶えた。

 (このままではアニプラ様に殺される。メモリースティックがダメなら、あの逃げた二人を―)

 衝撃が宇宙船を襲った。

 ナルホーがバランスを崩して尻餅を付き、彼の部下もバランスを崩して転んだり、慌てて壁や柱に掴まったりする者がいた。

 「何事ですか!」ナルホーが近くにいた部下に尋ねた。

 「む、無人機が…大量の無人機が―」

 報告していた部下の前にあったガラスを突き破り、大きさ五十センチの無人偵察機が彼の胸に突き刺さった。

 ナルホーは伏せ、タブレットで宇宙船のレーダーを確認した。画面を埋め尽くすように無数の青い点が表示されている。

 (襲撃ッ?)




***





 「始まったよ。」

 ナルホーたちの乗る宇宙船から二十五キロ離れた場所にいたエヌラがミアツから連絡を受け取った。

 「出入り口に武装した警備が二人、中に二十人はいるよ。本当にやるの?」ミアツの心配そうな声が、右耳に差し込んだイヤフォンから聞こえてきた。

 「ここまで来たら退けねぇてばさ。」そう言うとエヌラはイヤフォンを外し、地面に落とした。

 耳を突き刺すような雑音が聞こえ、不快に感じたミアツがヘッドフォンを外した。

 (死なないでよ…)

 一方のエヌラは深呼吸して、道路を挟んだ向かい側にある犬人間種が経営しているクラブを見た。煌々と光るピンク色の看板の光を浴びている彼は、まだ引き返す余裕があると思っていた。だが、ナマズのことを思うとスペース・ア・ゴー・ゴーへの怒りが強くなった。

 「力を貸してくれ…」エヌラが呟いた。

 (ゴドー村の時より少ない人数じゃないか。俺の助けはいらないと思うぞ。)

 「あの時からもう四年経ってる。腕も鈍ってる…」

 (そうなると、〝乗っ取る〟ことになるぞ。)

 「時間がないんだ。早く済ませよう。」

 (分かった。)

 その声が聞こえたと同時にエヌラの意識が飛んだ。

nice!(0)  コメント(0) 

S.N.A.F.U. (5) 前編 [S.N.A.F.U.]

 男は蛇口を捻って浴槽に水を溜めた。

 「本当に可愛い子だった…」蛇口から出る水を見つめながら男は口を開いた。「3歳の誕生日に買ってあげた人形を大事にして、自分はその人形のママだと言っていた。小学校に上がると流石に人形のママだとは言わなくなったが、大事にしていた。寝る時はいつも一緒で…」

 そう言うと男は腕時計に目を向けた。21時。

 「いずれはその人形と別れる時が来ると思っていた。それが大人になることだ。そして、その姿を見届けることができると思っていた。〝あれ〟が起きるまで…」

 男は浴槽の中へ視線を向けた。そこには頭をバスタオルで覆われ、ガムテープで首元を固定された男性がいた。両手足の腱は切られており、浴槽に溜まる水と血が混ざり合った。水の量は次第に増え、バスタオルが水分を吸収して浴槽の中にいる男性は呻き声を上げた。

 「高台に逃げていれば、娘は助かったかもしれない。他の子供たちも…」黒い襟付きシャツにダークグレーのジーンズ姿の男は再び話し始めた。「教育のプロであって、防災のプロではないらしいが、自分たちの過ちをそんな言葉遊びで片付けられてもらっては困る。人として、成すべき事があるだろう?」

 浴槽の中にいる男性は必死にもがいた。濡れたバスタオルが鼻と口を塞ぎ、呼吸ができなくなってきたのだ。

 「何のための先生なのか?何のための学校なのか?それを思い出して欲しい。」自分の言葉が届いていないと思いながらも、浴槽の端に腰掛ける男は溺れ死にそうになっている男性を見つめた。

 バスタオルも、着ている服も濡れて水の中に沈んでいたが、男性は必死に全身を動かして生きようとしていた。黒い襟付きシャツ姿の男はそれを見て微笑んだ。

 もがき苦しむ男性の勢いは次第に小さくなり、何度か激しく痙攣した後に動かなくなった。それを見ても浴槽の隅に腰掛ける男は動こうとせず、腕時計でしっかり5分計ってから立ち上がった。

 蛇口を捻って水を止めて立ち上がると、男は溺死体を再び見下ろした。少しは気が晴れるかと思ったが、残ったのは虚しさだけであった。

 彼は浴室を後にし、リビングでビニール袋を被せられ、ガムテープで椅子に縛り付けられている二人の女性に近づいた。一人は溺死した男の妻、もう一人は高校生くらいの年頃の娘であった。

 足音に気付くと二人は呻き声を上げ、両足をバタつかせて床を蹴った。彼女たちの口はガムテープで塞がれているため、必死に助けを求めてもその声は誰にも届かない。

 男は何も言わずにテーブルに置いていたガムテープを取り、女性たちの頭に被せられていたビニール袋の口をガムテープでしっかり止めた。呼吸する度にビニール袋が膨張と収縮を繰り返し、バタつかせる脚の勢いが増した。ガムテープをテーブルに戻した男は、ゆっくりと2つの椅子を倒してもがき苦しんでいる二人の女性を見下ろした。

 女性たちは必死に両脚を振って宙を切り、ガムテープで固定された上半身を動かし続けた。必死の抵抗によって椅子は横に倒れたが、酸素を得ることはできなかった。

 窒息死寸前の二人を横目に男はソファーに腰掛け、スマートフォンを見た。そこで彼は不在着信を確認した。男が電話をかけ直して呼び出し音に耳を傾け始めると、二人の女性の動きが小さくなり始めた。

 「石田です。」呼び出し音が切れたと思うと男が応えた。

 「もうすぐ終わる。明日には着くと望月に言ってくれ。」そう言って男は電話を切ろうとした。

 「待ってください。野間さんは東京へ行ってください。」電話を切られると思った石田という名の男が早口で言った。

 〝東京?〟

 「野間さんの探していた人が見つかったそうです。」

 これを聞いて男は口元を緩めた。

 「東京には倉木がいますので、彼が案内します。」

 「分かった。」

 そう言うと、野間秀利は完全に動かなくなった女性2人の横を通り過ぎて部屋を後にした。



***



 弾倉をG19に入れると、浦木淳は両腕をしっかり伸ばして構えた。

 両目をしっかりと開けて照門の間に照星を置き、狙いを的の中心に合わせる。そして、伸ばしていた右人差し指を引き金に掛けて軽く絞った。

 銃口から小さな火が飛び出し、スライドが後退して銃が小さく跳ね上がった。空薬莢が飛び出すや否や、捜査官は素早くもう一度引き金を絞った。銃は同じ運動を繰り返し、浦木の手の中で小さく動いた。初弾は中心の少し左下、次弾は中心から大きく離れた左上に命中した。

 「もう一度やってみろ。」彼の後ろにいた半田弘毅が言った。二人ともヘッドフォンを付けていたので、大きな声で話す必要があった。半田の横には弾倉に銃弾を詰め込む井上大輔と新川真衣がいた。

 池袋で起きた銃撃事件から射撃の腕を向上させる必要がある、と日本対テロセンター(JCTC)の上層部は判断し、月に1回の射撃訓練を各課に命じた。今日は半田班と園田班が訓練する日であり、園田班は既に訓練を終えていた。

 浦木は再び狙いを定めて二度引き金を引いた。だが、意識して銃弾を同じ所へ撃ち込もうとしても上手くいかなった。

 「引き金を引くのが早いんだよ。」スライドの後退したG19と銃弾のぎっしり詰まった弾倉を持った井上が浦木の左に並んだ。「反動で銃口が上に向いた時に引き金を引いちゃうから、二発目が上に行くんだ。焦らずに一度引いたら、ほんの少し待って引いた方がいいんだ。」

 「または反動を考慮して狙いを下に置く方法もある。」半田が説明を付け加えた。「しかし、実際の撃ち合いになったら、そこまで考える余裕はない。訓練の時についた癖は、必ず実戦にも出る。だから、癖をつけろ。」

 「了解ッ!」井上と浦木は半田の激励に応えた。

 新川は浦木の右隣に立って弾倉をG19に入れ、しっかりと両腕を伸ばして構えた。狙いを定めて引き金を絞り、銃が小さく跳ねて空薬莢を吐き出した。銃弾は中心から大きく外れて右に逸れていた。

 「力を抜いて撃つんだ。」女性捜査官の様子を見て半田が言った。

 確かに新川の体は緊張から強張っていた。その原因は銃ではなく、隣にいる浦木が気になっていたからであった。
 「はいッ!」大きな声で新川は返事をして再び引き金を絞った。しかし、銃弾は同じように右に逸れた。

 「仕方ない…」井上が拳銃に弾倉を差し込み、左手で弾倉の底を叩いた。「ここは二人にお手本ってヤツを見せてあげよう。」ぎっしりと銃弾の詰め込まれた弾倉がG19に収まり、捜査官はスライドを引いて初弾を薬室に送り込んだ。「しっかり見ててよ、新川ちゃんに浦木ちゃん!これがプロの技ってヤツよ!」井上が素早く拳銃を構えて引き金を二度引いた。

 しかし、G19は動かなかった。

 〝え?不発?〟井上は再び引き金を引いたが、拳銃はピクリとも動かなかった。彼は素早くスライドを引いて薬室の銃弾を弾き出した。

 「何を見ろって?」新川が冷たい視線を井上に向けた。

 「今のはたぶん余興ですよ。」浦木が言った。

 「まぁ、そんなトコ。」井上は耳を赤くして答えた。

 「いいから早く撃て。」見かねた半田が急かした。

 「はいッ!」そう応えると井上は再び狙いを定めた。

 すると、射撃場に着信音が響いた。

 「井上、ちょっと待て。」半田が部下に命じて電話に出た。

 もう少しで引き金を引こうとしていた井上は急いで人差し指を伸ばした。

 5班の班長は何度か相槌を打ってスマートフォンを上着の内ポケットに入れた。

 「訓練は中止だ。会議室に行く。」そう言って半田は使用した銃を持って射撃場の出口に向かった。

 「俺の見せ場はどうなるんですか?」納得のいかない井上が叫んだ。

 「来月までお預けじゃない?」上司の後を追う新川が振り返って言った。

 「楽しみにしてます。」浦木も新川に続いた。

 「タイミング悪過ぎッ!」



***



 地下鉄のホームにあるベンチに腰掛けて桑原俊樹は頭を壁につけた。だいぶ疲れていたが、彼の注意力は全く落ちていなかった。

 彼は先週から5つの駅を時間を少しずつ変えて行き来し、乗客の姿に視線を走らせていた。1週間乗りつづけていても、時間を変えているので毎日見る人物はほとんどいない。それに彼は通勤時間を避けて行動していた。

 反対側のホームへ視線を送ると、仲間の姿が見えた。桑原の仲間はスマートフォンを片手に壁にもたれて視線を左右に送っている。

 〝いつになったら、成果が出るのやら…〟

 駅のホームに車両の到着を告げるアナウンスが流れた。

 桑原は壁から頭を離し、ホームに視線を走らせた。人の数はまばらで、気になる行動をとる人間がいれば分かる状況であった。

 車両が風と共にやってきた。全身に強い風を浴びた桑原が立ち上がろうとした時、彼の左3メートル前方にいた男が鞄から500mlのペットボトルを取り出した。

 それはラベルが取り外されており、中は無色透明の液体で満たされていた。その男は車両のドアが開く寸前にペットボトルをホームの壁際に置いた。



***



 会議室のドアを開けると第1課4班の班長、稲見哲治がオフィス椅子に腰掛けていた。彼は一足先に会議室に来ていた柄沢一雄と増井仁美と向き合っていた。

 「忙しいところ、すまないね。」白髪頭の稲見が半田を見るなり言った。

 「こちらこそ遅くなってしまいました。」半田は柄沢の隣にあった椅子に座り、新川は増井の隣に腰掛けた。

 椅子がなくなったので井上と浦木は半田の後ろに立って話しを聞くことにした。

 「もっと大きな部屋を用意すべきだったね…」稲見は二人の捜査官に視線を送った。

 「お気になさらずに。」浦木が一礼した。

 〝1課の用事って何?〟井上は疑問を抱いたが、それを口に出すことはなかった。

 「それでは本題に入りたい。高橋勇人という男性を覚えていますか?」稲見は身を乗り出して半田を見た。

 その名前を聞いても第3課5班の班長はピンと来なかった。

 「およそ1ヶ月前の事件ですからね。覚えていないかもしれません。」期待した反応が得られなかった稲見は椅子の背もたれに体を預けた。「以前、北朝鮮関連だと疑われていた、ペットボトルの遺棄事件がありましたよね?高橋はその容疑者でした。」

 ようやく半田は思い出したが、あの事件は右翼担当の1課に引き継がれた後に解決されたと聞いていた。井上たちも事件の内容を聞いて思い出したが、高橋勇人の顔を思い出すことはできなかった。しかし、ただ一人、新川は高橋の顔を覚えていた。

 浦木が駆けつけていなければ、彼女は高橋に殺されていた可能性があった。また、射殺された高橋の顔が彼女の脳裏に焼き付いており、夢に出てくる日が続いていた。ようやく忘れることができていたのに、再びあの顔を思い出して血の気が引いた。

 「あの事件は解決したはずですよね?」と半田。

 「そう思っていました。つい1週間前までね…」稲見はタバコが欲しかったが、会議室は禁煙であるために仕方なく飴を口にした。口元を何かで満たしておけば、ある程度のニコチンへの欲求を抑えることができた。

 「また見つかったということですか?」目の前に座る男の言葉の意味を察して半田が尋ねた。

 「そうです。ペットボトルの内容物も君たちが捜査していた時と同じ物でした。」

 「模倣犯ですか?」と柄沢が訊いた。

 「いや、あの情報はメディアに流していないから模倣犯の線は薄い。もし、模倣犯だとしたら、俺たちの中にいるかもしれない。」鋭い視線を稲見は目の前に並ぶ6人に向けた。

 柄沢、増井、新川はたじろいだが、半田たちは何の反応も見せなかった。

 すると、稲見が笑みを浮かべた。「冗談だよ。我々は高橋に仲間がいたと考えている。最近では北朝鮮だけでなく、韓国との関係も悪化しているから、右翼の動向が気になるところでね。そこで半田さんの所で小さなことでもいいから、知っていることはないかと思って来てもらったんだ。どんな些細なことでも構わないから。」

 「もう一度、報告書類を読み直してからでもいいでしょうか?」半田が申し出た。「時間も経っているので、当時の記録を見直せば何か思い出すかもしれません。」

 「勿論です。焦らせる気はありません。しかし、犯人の目的が分かりませんからねぇ〜」稲見は半田の返事を好まなかった。「もしかしたら、大規模なテロ攻撃の予行演習をしている可能性もある。」

 「そう時間は掛かりません。」そう言って半田は立ち上がった。「失礼します。」

 「ご協力に感謝します。」

 班員全員が出ると、浦木は稲見に一礼して会議室のドアを閉めた。



***



 桑原は男の後を追いかけた。

 車両に乗り込んですぐ捜査官は同じく駅の構内にいた仲間にメッセージを送り、隣の車両に乗る黒いパーカー姿の対象者を視界の隅に置いた。

 〝井上ちゃんの尻拭いをすることになるとはね…〟桑原は視線をスマートフォンに向け、車で地上を移動する仲間のメッセージを確認した。

 桑原と井上は銃器対策課時代の同期であり、ほぼ同時期にJCTCに入局している。入局後も交流は続け、今回の事件についても公式な書類による引き継ぎの後も井上からスパーリング中に色々と聞いていた。

 〝それにしても何のためのペットボトルなんだ?〟

 スマートフォンが振動し、桑原が視線を落とす。

 <もうすぐ次の駅に到着。マルタイの動きは?>

 同僚の佐野からメッセージが入った。

 <動きはない。移動の準備をしてくれ。>

 返信すると桑原は顔を上げて対象者の姿を確認した。しかし、そこに男はいなかった。焦らずに視線を走らせると、男は桑原のいる反対側の車両に向かって歩いていた。

 〝降りる気か?それとも気づかれたか?〟

 捜査官が立ち上がろうとした時、彼の隣に長身の男が腰掛けた。対象者に気を取られていた桑原はその男を無視しようとしたが、腰に固い物体を押し付けられて動きを止めた。

 桑原の隣に座る男は両腕を組む姿勢を取り、左手に持ったスタンガンを捜査官に押し付けた。彼は隣にいるスーツ姿の対テロ捜査官と目が合うと口元を緩めた。

 突然のことに坊主頭の捜査官は混乱して身動きが取れなかった。彼は腰に押し付けられている物が銃なのか、スタンガンなのか判断することができずにいた。それにこの近距離で攻撃を避けるのは難しい状況であった。

 「はじめまして。」20代半ばに見える長身の男が明るい声で言った。薄水色の襟付きシャツにカーキ色のスラックス姿で、手に武器を持っていなければ好青年に見える。「次の駅で一緒に降りませんか?」

 桑原は再び対象者の方へ視線を向けた。そこに追っていた男の姿はもうない。

 「彼も次の駅で降ります。仲間がいるなら呼んで下さい。ぜひ、お話ししたいことがあるので…」捜査官の返事を待たずに男が言った。

 再び横に座る男を見て桑原はゆっくりと小さく頷いた。

 「安心してください。僕たちの目的は話し合いであって、争いではありません。」

 次の駅に到着するアナウンスが流れた。

 桑原は警戒しながらも次の駅で待機していた仲間にメッセージを送ることにした。

 <待機>

 「失礼しました。」男は捜査官に押し付けていたスタンガンを離し、スラックスのポケットに入れた。「こうでもしないと、話しを聞いてもらえないと思いましてね。」

 車両が駅に到着し、ドアが開いた。桑原と男は同時に立ち上がると車両を降りた。



***



 報告書に目を通しながらアクビをする井上を見た途端に浦木もアクビに襲われた。

 「アクビって伝染するのかね?」と井上。

 「そうかもしれないですね。」浦木は再び報告書に戻った。

 「お二人だけですよ。」浦木の隣にいた増井が言った。彼女は昨日から柄沢と一緒に脅迫メールの送信者の痕跡を追跡していた。

 「増井ちゃんもこの前、俺に釣られてアクビしてたじゃん!」井上が報告書が収められた書類挟みを机に置いた。
 「たまたまですよ。」童顔の女性分析官はパソコンのモニターから顔を上げた。

 いつもであれば、新川が会話に割って入るのだが今日は違った。彼女は蒼白な顔をして高橋勇人に関する報告書に目を通していた。

 「大丈夫ですか?」新川の斜め横に座る浦木が女性捜査官の様子を案じて尋ねた。

 新川は顔を上げて無理に笑顔を作った。「大丈夫ですよ。」

 「疲れてたら無理しないで下さいね」増井が正面に座る新川の顔を見て心配になった。

 「ちょっと席外すね。」そう言って新川は立ち上がった。

 「大丈夫、新川ちゃん?」井上も同僚の身を案じた。

 「大丈夫だって…」スマートフォンも持たずに女性捜査官はオフィスを後にした。

 「あれかな?」井上が身を乗り出して声を小さくした。「これは女の子の日ってヤツ?」

 「井上さん、それセクハラですよ!」増井は井上に鋭い視線を向けた。

 「何でよ!事実でしょ?」弁解しようと井上が声を大にした。

 「本当であっても口に出すことじゃないです。セクハラ相談ダイヤルに通報しておきます。」

 「それだけはやめてぇ〜」

 二人を他所に浦木は新川の身を案じていた。彼は半田と課長が高橋勇人の件で、新川が軽いショック状態に陥っている可能性があると話しているのを聞いており、今回の報告書の見直しが症状を悪化させると考えた。

 「何か思い出したか?」半田がオフィスに入ってきた。

 「報告書にある情報以外は特に…」井上は机に置いていた書類挟みを人差し指で軽く叩いた。浦木も頷いて井上に同意した。

 予想通りの答えが来たので半田は驚かなかった。

 「本当に関連があるんですか?」と井上。「もしかしたら、たまたま似た事件だとか?」

 「さっき科捜研に行って押収された水の成分を見てきたが、高橋勇人が関わっていたとされる事件で押収されたペットボトルにあった水と完全に一致していた。つまり、高橋に仲間がいた可能性、もしくは彼もただの雇われだった可能性がある。」半田は自分の机に向かって歩き出した。

 「目的は何ですか?ただのイタズラにしか見えないですかが…」浦木が半田の後ろ姿を目で追った。

 「それは1課が調査するだろう。イタズラと言うが、あの事件に関与した疑いのあった韓国情報部の職員が負傷し、その仲間と思われる人物が死亡している。これをただのイタズラと考えるのは難しい。」半田はデスクトップコンピューターの電源を入れた。

 「色々と変な事件でしたもんね。でも、ウチの管轄じゃないんだからもう無視でいいでしょ?」井上は報告書を閉じた。

 「だといいですね…」浦木は妙な胸騒ぎを覚えていたので曖昧な返事をした。



***



 桑原と男は並んで地下鉄の出口から地上に出た。

 捜査官は同僚の視界に入るように移動し、少しでも異変を感じ取ってもらいたかった。

 「どこに行く気だ?」右耳に差し込んでいた小型無線機から車両で待機していた同僚の声が聞こえてきた。桑原の同僚である佐野は自分の乗る車の横を通り過ぎた捜査官を見て不思議に思ったが、尾行対策だと思って深刻に考えなかった。

 「仲間は一緒じゃないんですか?」桑原の横に立つ長身の男が尋ねた。

 「これから合流する。」

 二人のやり取りは雑音混じりであったが、佐野の耳に届いてた。

 〝どうやら対象者と接触したみたいだが…桑原らしくない。危険な状況にあるということか?〟

 佐野は車を降りて同僚の後ろ姿を探して歩道へ出た。

 「桑原が対象者と行動している模様。詳細は不明。」移動しながら佐野が右耳に差し込んでいる小型無線機に向けて言った。

 「桑原との通信は?」無線機から上司である稲見の声が聞こえてきた。

 「試みましたが、応答しません。現在、二人を尾行しています。」

 「そっちに応援を送る。通信を切るなよ。」

 「了解。」

 一方の桑原は横を歩く長身の男は人通りの少ない場所へ誘導していた。彼の目的は男とその仲間を拘束することである。

 「この先に車がある。」狭い路地を捜査官は指差した。「そこで仲間が待ってる。お前の仲間は?」桑原は男と共に路地に入り、捜査官は素早く路地に視線を走らせた。

 真っ直ぐと伸びた路地の長さは8メートル程で、所々に自転車が置いてあり、その近くに空のペットボトルやお菓子の袋ゴミがあった。

 「私の仲間は−」

 男が口を開くと同時に桑原は左隣に並ぶ長身の男に体当たりして壁に叩きつけた。突然の攻撃に不意を突かれた男は左肩を強打して小さく呻いた。桑原は左手で相手の胸を抑えつけ、右手でG19拳銃を抜いて長身の男に突きつけた。

 「お前の仲間は何所だ?」捜査官は距離を開けて拳銃を両手で構えた。「地下鉄に乗っていた男だ。」

 「彼ならもうすぐ来ますよ。」銃を向けられても男は動じていなかった。

 「高田、聞こえてるか?」桑原が通信機に向けて尋ねた。

 「はい。」右耳の通信機から本部にいる分析官の声が聞こえてきた。

 「佐野に俺の現在位置を知らせてくれ。それに応援要請を出してくれ。」

 「分かりました。」

 分析官の声を聞いて一安心した桑原であったが、周辺警戒のために左右を確認した時に右側から接近してくる小柄の男を見つけた。その男は地下鉄駅ホームにペットボトルを置いた人物であり、黒いパーカーに黒のデニム姿で深緑色のメッセンジャーバッグを右肩から下げていた。

 「彼が私の仲間です。」長身の男が言った。

 桑原はゆっくりと近づいてくる男に注意を払っていたが、銃は長身の男に向けていた。

 〝早く来い、佐野ッ!〟

 黒いパーカーを着た小柄の男との距離が徐々に縮まり、捜査官は焦りを感じた。

 「止まれ!」桑原が接近してくる男に呼びかけた。しかし、男は歩調を緩めなかった。

 距離が4メートルに迫った。

 「止まれッ!」捜査官は銃口を黒いパーカー姿の男に向けた。

 それを確認するなり、長身の男は桑原の左膝裏を蹴り飛ばしてスタンガンを取り出した。スタンガンを捜査官のうなじに押し付けて男がスイッチに指を伸ばすと、桑原は右足を軸に右へ回転して電撃を回避した。そして、彼は銃口で長身の男の右手を殴り、スタンガンを地面に落とさせた。続けて相手の右膝裏を蹴り飛ばし、片膝を突かせると再び銃口を黒いパーカー姿の男に向けた。

 銃を相手に向けると同時に深緑色の鞄が桑原の顔に直撃した。急いでそれを払い除けたが、黒いパーカーを着た小柄の男は目前に迫っていた。黒いパーカー姿の男は桑原の拳銃を左手で掴み、右手に逆手で持った片刃の細いナイフを振り上げて捜査官の右手首を切り裂いた。

 素早く切られたために痛みよりも摩擦による熱を先に感じ、傷口も浅かったので銃を落とすことはなかった。傷よりも重要な問題はナイフであった。

 黒いパーカー姿の男は右手首を返し、ナイフの刃を捜査官の首に向けて振り下ろした。

 桑原は刃先が首に触れる寸前に左手で相手の腕を掴んだ。ようやく右手首の傷が疼き、痛みが次第に手首から込み上げて来た。それでも彼は拳銃を握る手の力を抜かず、右膝蹴りを繰り出した。蹴りは相手の股間に向けられていたが、それは相手の左脚で軌道を逸らされた。それでも捜査官は諦めず、右踵で黒いパーカー男の右足を踏みつけた。

 顔を歪めた黒いパーカーを着た小柄の男は掴んでいた銃から手を離し、ナイフの柄を左手で叩きつけてナイフの刃を捜査官の首に深く刺し込んだ。



***




 「ただいま。」

 帰宅した際の癖で口にしてしまうが、誰も彼の言葉に答える者はいなかった。帰りは早い方で、夕飯を家族で食べることが多い。それでも家族仲はあまり良いとは言えない。

 新居に引っ越してもう6年になり、ローンもまだ残っている。妻は韓国ドラマに夢中で、最近ではオンラインの動画サービスサイトに登録して毎日見ている。中学校に進学した息子は去年の誕生に買ってあげたゲーム機で遊んで、なかなか部屋から出てこない。家族が揃うのは朝食と夕飯の時だけになっていた。

 〝昔はもっと明るい家だったのにな…〟

 リビングに向かって歩き出したが、今日はいつもと違ってテレビの音が聞こえなかった。家に入るなり、いつもならドアを開けた途端に妻が見ている韓国ドラマの音楽が聞こてくる。明かりが点いているので、留守は考えられない。

 〝寝てるのか?〟

 スーツ姿の男性がリビングに入ると、椅子にガムテープで縛り付けられた妻と息子の姿を確認した。二人の口はガムテープで塞がれており、家主を見ると呻きながら体を椅子の上で大きく動かして助けを求めた。

 「お前たち…」突然のことに男性は言葉を失った。

 「お邪魔してます。」

 背後から声が聞こえて男は飛び上がり、急いで振り返った。そこに背の高い細身の男がおり、左手にはガムテープのロールが握られていた。黒襟付きシャツにダークグレーのジーンズ姿の男は、無表情で男性の顔を見つめた。

 「どうぞ、リビングへ。」男が男性に室内へ行くよう促した。

 しかし、突然のことに驚き、恐怖している男性は動けなかった。

 〝強盗か?何で私の家なんだ?隣の家の方が−〟

 「大丈夫ですか?」黒い襟付きシャツを着た男は男性の顔を覗き込んだ。

 男性は小さく頷いた。それでも恐怖のあまり両脚が震えて動けなかった。

 「安心してください。私が話したい相手はあなたではなく、奥様の方です。」

 〝妻?浮気相手か?そうだ。そうに違いない!あのバカ、変な男に唆され−〟

 男は右親指と人差し指の間にできたVの字部分で男性の喉を殴った。この一撃で喉仏が潰れて呼吸困難に陥り、男性は両手で喉を抑えて床に両膝を突いた。リビングにいた男性の妻と息子はガムテープで塞がれた口から悲鳴を漏らし、涙を流して崩れて落ちた家主の背中を見ることしかできなかった。

 呼吸困難に陥っている男性の横を通ると、黒い襟付きシャツ姿の野間秀利は男性の着ているスーツの襟を掴んでリビングまで引っ張った。男性を家族の前まで引きずると、野間はガムテープで男性の両手足を縛り、ダイニングテーブルの上に置いていたライターとヘアスプレーを取って3人と向き合った。スーツ姿の男性は必死に呼吸を整えようとしていたので、野間の表情を見る余裕はなかった。だが、彼の妻と息子はこのような状況でも笑みを浮かべる野間を見て恐怖していた。

 「探しましたよ、早坂先生。」野間が口を開いた。「私のことを覚えていますか?」

 椅子に縛り付けられている中年女性は首を横に振った。これを見て野間は落胆し、右手に持っていたヘアスプレーを小さく振り始めた。

 「私のことは覚えていなくても、娘のことは覚えてるくれているはずですよね?野間結衣という女の子です。」

 中年の女性は困惑した表情を浮かべただけで、野間の期待する反応を見せなかった。

 「あなたにとって、あの子の死はもう遠い過去のことですか…」野間はライターに火を点け、呼吸を整えて落ち着き始めていた男性の右耳を炙った。

 激痛に男性は体を一度強張らせたものの、すぐに低い呻き声を出して火から逃げようともがいた。喉仏が潰れて上手く声が出ず、空気の漏れるような音しか口から出てこない。逃げようとすると、野間が男性の首を掴んだ。異臭が室内に充満し、喉を潰された男性の小さな悲鳴が椅子に縛り付けられた彼の家族の耳に響いた。男性の耳が赤くなって大きく腫れ上がると野間はライターの火を消した。

 「人との結びつきを大切にする優しい子になってもらいたくて、結衣と名付けた。本当にいい子だった…立派な大人になって、その成長を見守ることができると思っていた。」野間は立ち上がって中学校に進学したばかりの男の子の後ろに移動した。「あの子も生きていたら、この子と変わらない年だったかもしれない…」男の子の肩を軽く叩いて野間は言った。「あの災害は不可避だった。でも、その後の対応は全て人災だ。あなた方がしっかりしていれば、あの子は死なずに済んだはず…」そう言うと野間はライターとヘアスプレーをテーブルの上に置いた。

 恐怖に震える3人に野間の話しを聞く余裕はなかった。彼らは助けを求めていた。

 「あなた方も恐怖を感じていると思いますが、娘の感じた恐怖はあなた方のを上回っていたでしょう。混乱する住民、崩壊した建物、サイレン、押し寄せる波。生き残った子供の証言では、あまりの怖さでしゃがみ込み、動けなくなった子供もいたらしい。おそらく…」野間は声を詰まらせた。「あの子も酷く怯えていたでしょう…私はあの子を助けることができなかった。目を閉じるたびにあの子の姿が見える。しゃがみ込んで私と妻を呼ぶあの子の姿が…」

 耳に火傷を負った男性が一人でしゃべり続けている野間を見上げて口を開いた。「何かの間違いだ」と言いたかったが、喉仏が潰れているのではっきりと言葉を発することができなかった。

 「これは娘のためのじゃない。」野間は男性を無視した。「そこは誤解しないでいただきたい。あの子はこのようなことは望まない。全ては私自身のためです。」野間は中年女性の両肩に手を乗せ、女性は泣きながら必死に何かを訴えていた。だが、その訴えもガムテープで口が塞がれているので野間には理解できない。

 「安心して下さい。あなたは最後です。あなたには旦那さんと息子さんの最期を見守る役割がありますからね。」



***



 帰宅するとリビングでテレビを見ている両親に「ただいま」と声をかけた。新川は母親の返事を聞く前に自分の部屋に入り、鞄を床に置くとベッドに倒れ込んだ。

 〝やっぱ私には無理だったんだ…〟彼女は枕に顔を埋めて咽び泣いた。 

 忘れかけていた高橋勇人の顔を思い出すと吐き気を催し、何度もトイレに行って仕事にならなかった。上司と同僚たちが心配して早退を促したが、新川はそれを断って仕事を続けた。下手に早退して両親が心配することを彼女は恐れていた。

 大学を卒業すると新川は発足して間もないJCTCの採用試験を両親の反対を押し切って受けた。受験の理由は当時の交際相手がJCTCの試験を受けたからであった。結果、新川は採用されたが、彼女の交際相手は一次試験も通過することができなかった。

 これといって卒業後に目標のなかった彼女はそのままJCTCに入局し、基礎訓練を受けた後に第3課の2班に配属された。しかし、5班に欠員が出たために補充要員として配置換えされた。

 「真衣ちゃん」ドア越しに母親の声が聞こえてきた。

 新川は起き上がって涙を拭い、鼻水をすすった。

 「ご飯は?」母親が尋ねた。

 「食べる!」新川は泣いていたことを隠そうとするかのように大きな声で答えた。

 彼女は両親に仕事で悩んでいることを打ち明けたくなかった。父親と母親に心配かけたくない気持ちと再就職先への懸念が常にあった。特殊な仕事であり、公表できる情報も少ない。下手すれば、企業に内偵調査と疑われる可能性もある。

 〝彩香に相談してみよう…〟

 新川は同じ課の同僚に明日相談することを決めるとベッドから立ち上がった。

 〝浦木さんにも相談してみようかな…?いや、まずは彩香に相談して、それから…いや、でも、いきなり相談なんてしたら変だよね。〟

 「ご飯が冷めちゃうよ!」母親がリビングから叫んだ。

 「今行く!」新川は着替えを済ませて部屋を出た。

 〝浦木さんと二人っきりになるチャンスができたら相談してみようっと。〟



***



 その報せを聞いた瞬間、井上の額に青い筋が浮かび上がった。しかし、すぐに悪い冗談だと思って目の前に立つ第1課4班に所属する佐野の左肩を軽く殴り、相手が笑みを浮かべることを期待した。

 「急いで病院に搬送したんだが…」佐野が俯き、鼻水をすすると顔を上げて井上を見た。「間に合わなかった…」第1課に所属する捜査官の両目は赤く、その声は少し震えていた。

 「間に合わなかったって…何があったんだよ?」井上は戸惑った。

 佐野は答えるのを躊躇った。偶然、通勤途中に井上と遭遇して桑原のことを聞かれ、彼は思わず同僚の死を井上に伝えてしまった。

 「言っただろう」佐野が言葉を探りながら口を開いた。「職務中の殉職なんだ。」

 「俺が聞いてるのはそこじゃない。桑原に何があったか聞いてるんだ。アイツが死ぬわけねぇだろ!」怒りで額に青筋が浮かび、井上の心拍数は上昇した。

 「対象者を追跡していたんだ…」第3課5班に所属している捜査官の勢いに圧倒されて佐野は話し始めた。「その途中で桑原が対象者と接触して拘束したらしいが、その途中に対象者の仲間が現れて首を刺された…」

 「二人で行動してなかったのか?」と井上。

 「俺は車両で待機していて、合流しようと桑原の後を追ったが、場所に着いた時にはもう…」佐野は血だまりの中でうつ伏せに倒れる桑原の姿を思い出して吐き気を覚えた。すると、井上が彼の胸ぐらを掴んだ。井上の右手は震えており、鋭い視線を佐野に向けていた。その視線に耐え切れず、第1課の捜査官は視線を逸らした。

 井上は何も言わずに突き放すように手を離してその場を後にした。

 緊張から解放された佐野は早足でエレベーターホールに向かう井上の後ろを姿を見た。第3課に所属する捜査官は、エレベーター横にある非常階段のドアを通り抜けて佐野の視界から消えた。自分の無力さから佐野は自分を惨めに思い、胸ぐらをつかまれた時に罵倒された方が良かったとさえ思った。

 〝桑原…ごめん…〟佐野は俯いて目を閉じ、その際に涙が頬を伝った。

 井上は自分のオフィスに入るなり、半田の姿を求めた。そして、パソコンと向き合う上司を見つけると早足で近づいた。

 彼の存在に気がつくと半田は視線を井上に向けた。すぐに異変を察知したが、彼は平静を装ってパソコンのモニターに戻った。

 「班長…」井上が上司の隣に立って言った。

 「どうした、井上?」部下を見ずに半田が尋ねた。

 「もう一度、あのペットボトルの事件の捜査をウチの班でやらせて下さい。」

 「あれは1課の事件だと−」意外な言葉に驚き、半田は視線を部下に向けた。

 「お願いしますッ!」上司の言葉を遮って井上は深く頭を下げた。

 オフィス内にいた職員全員が井上と半田を見ていた。誰も井上がこのように頼みごとをしていることを見たことがなく、その鬼気迫る勢いに目を奪われていた。同じ班の柄沢、増井、新川、浦木でさえも呆気に取られて井上の姿を見ていた。

 「井上。」半田が頭を下げている部下と向き合った。「あの事件はもう1課の管轄だ。俺たちにできることはない。」
 そう言われても井上は頭を上げなかった。

 「お願いです。無茶なのは分かってます。でも、今回だけ、今回だけでいいのでウチの班で捜査させて下さいッ!」井上は深く頭を下げたまま訴えた。

 困った半田は椅子から立ち上がった。「ついて来い…」

 ようやく井上は頭を上げ、半田と共にオフィスを後にした。

 「どうしたんですかね?」増井が誰となく尋ねた。

 「ちょっと様子が変だったな…」半田と井上が去るのを確認すると柄沢が言った。

 「かなり変でしたよ。」と新川。

 「そうですね…」浦木は新川に同意した。

 休憩所に着くと半田は井上にソファーに座るよう促し、自動販売機の前へ移動した。

 「コーヒーでいいか?」ソファーに腰掛けた部下に半田が尋ねた。

 「はい…」

 第3課5班の班長は井上に無糖の缶コーヒーを渡して部下の隣に腰掛けた。

 「何があったんだ?」缶コーヒーのプルタブを引き起こして半田が言った。

 「一度は自分たちで捜査した事件でしたし、1課から犯人扱いされて納得できないからです。」両手で缶コーヒーの冷たさを感じながら井上は言った。彼は桑原の話しをすれば、私情を持ち込むなと言われると思い、最もらしい理由を述べようとした。

 「事件のことじゃない。お前のことだよ。」半田は休憩所にある大きな窓ガラスの向こうに広がる景色を見つめたまま、部下には一切視線を送らなかった。

 虚を突かれた井上は上司の横顔を見た後に俯いた。

 「昨夜殉職した捜査官の話しで局内は大騒ぎだ。亡くなった捜査官は、高橋勇人のように地下鉄駅構内に無色透明の液体入りペットボトルを置く人物を追っていた。彼はお前の知り合いか?」

 井上は小さく頷いた。

 「そうか…」そう言って半田はコーヒーを一口飲んだ。しばらく沈黙が続いた後、5班の班長は重い口を開けた。「こんなことは言いたくないが、諦めろ。」

 その言葉を耳にして井上は缶コーヒーを強く握り締めた。

 「諦めたら、アイツの死が無駄になるじゃないですかッ!」俯いたままた井上が怒鳴った。

 「勝手なことはするなよ。」半田がソファーから立ち上がってオフィスへ戻った。

 取り残された井上は開封していない缶コーヒーをゴミ箱に投げつけ、行き場のない怒りを抱きながら休憩所を後にした。



***



 その喫茶店は閑散としており、小さくジャズ音楽の流れる店内に客は3人しかいなかった。

 店主と思われる薄茶色いのエプロン姿の30代半ばの女性が、カウンターの裏手で手入れの施されたコーヒーミルのハンドルをゆっくりと回している。彼女の斜め向かいには常連客と思われる高齢女性が文庫本を片手にコーヒーを飲んでいた。そして、彼女たちから離れた、店の一番奥にあるテーブル席に二人の男が並んで座って出入り口を見ていた。彼らの顔には不安の色が浮かんでおり、心配した店主の女性はコーヒーのお代わりを尋ねながら体調を気遣う言葉をかけた。

 「大丈夫です。」尋ねられる度に薄水色の襟付きシャツにカーキのスラックス姿の男が答えた。

 その男性の隣にいる黒いパーカーを着た小柄の男は一言も喋らず、ずっと出入り口の方を見つめていた。

 〝変わった人たち…〟そう店主の女性は思った。ただ座っているだけで、害はなさそうな好青年たちに見えたので彼女はゆっくりとコーヒーミルのハンドルを回し続けた。

 ドアが開き、その弾みでドアの上部に設置してあるベルが小さく鳴った。

 「いらっしゃいませ。」店主の女性が笑顔で客を迎えた。「お好きな席へどうぞ。」

 すると、入ってきた客は笑顔を返して店の奥にいた二人組の男の席に向かって歩き出した。

 〝やっぱり待ち合わせだったのね。〟

 グラスに氷を入れて水で満たすと、メニューを持って来店したばかりの客の席へゆっくりとした足どりで向かった。テーブルに近づく前から、先ほどから顔を強張らせていた二人組の顔が青白くなっていることに彼女は気づいた。少し尋常ではない雰囲気に怯えながらも、店主の女性は水の入ったグラスとメニューを来店してきたばかりの男の前に置いた。その時に彼女はその男の顔を見た。二人組の男は対照的にその男の表情は柔らかく、彼女の視線に気づくと口元を緩めた。

 「注文が決まりましたら、お呼びください。」店主の女性はお辞儀してその場を後にした。

 店主がカウンターへ戻るのを確認すると、野間は両手をテーブルの上に乗せた。その動きを見るだけで彼の前に座る二人は怯えて体を強張らせた。

 「派手に動いたな。」向かいの席に座る二人の顔を交互に見て野間は言った。「話し合いの場を設けろと言われていたはずだが…指示が変わったのか?」

 「い、いえ…変更はありませんでした。」薄水色の襟付きシャツにカーキのスラックス姿の男性が小さな声で答えた。

 「俺のせいです。」黒いパーカー姿の男が口を開いた。

 野間の視線が黒いパーカーを着た小柄の男に移り、目が合うと小柄の男は視線を逸らした。

 「飯塚は私を守ろうとしたんです。」薄水色の襟付きシャツを着た島谷が間に入った。「あの男が突然動き出したので…」

 「過ぎてしまったことは仕方がない。しかし、これだけは覚えていて欲しい。彼らと争う必要はないんだ。」野間が諭すように言った。

 「分かりました。」彼の前に座る二人が声を揃えて返事した。

 「本来であれば、望月と合流する予定だったが、少し残ることになりそうだ。」

 「どういう事ですか?」島谷が尋ねた。

 「まだ話し合いの場が作れてない。倉木は別件で動いているから、俺が対話の場を作る担当になった。」野間は水を一口飲んだ。

 「しかし、どうやって?」島谷が再び尋ねた。

 「亡くなった彼の葬儀に行くのさ。敬意を払うため、そして、彼の仲間に会うために。」



***



 ほぼ毎日仮眠室で過ごしていることが半田にバレた増井は、自宅に帰ってゆっくり休むように注意された。

 〝自宅よりこっちの方が落ち着くんだけどなぁ〜〟

 仮眠室の荷物を鞄に入れて右肩にかけると、童顔の女性分析官はエレベーターホールへ向かった。まだ働いている職員もおり、いつもオフィスがほぼ無人になるまで居残っていた増井にとって19時の帰宅はとても新鮮なことであった。

 〝家に帰って何しよう?まずは晩御飯食べて、メールチェックして、明日の予定を確認して、シャワー浴びて、動画見て終わりかな?〟

 しかし、増井はふと思った。

 〝班長は先に帰宅したんだから仮眠室にいてもバレないよね?〟

 彼女はニヤリと笑って仮眠室に引き返した。

 〝コンビニで晩御飯とお菓子買ってこよ。自宅より職場のネットの方が早いし、せっかくだから新川さんに勧められてたアニメでも見てみよう。〟

 鞄から財布を取り出して仮眠室を後にしようとした時、増井の前に大きな壁が現れた。突然のことに驚いた女性分析官は後ずさりして顔を上げた。

 「増井ちゃん、時間ある?」井上が笑顔で尋ねた。

 「驚かさないでくださいよ!」帰宅したはずの同僚を見た増井はまだ驚きを隠せなかった。

 「ごめんごめん。んで、時間ある?もしかして、これからデートだったりして?」

 「違います!本当にセクハラ相談ダイヤルに電話しますよ!」女性分析官は声を尖らせた。「それで何の用ですか?」

 「ちょっと助けて欲しいんだ。」井上の顔から笑顔が消えた。

 その様子から増井は現場捜査官の今朝の行動を思い出して心配になった。

 「どうしたんですか?」

 「東京メトロの監視カメラ映像が見たいんだ。できる?」井上が眉をしかめた。

 「できますけど…」増井が消え入りそうな声で答えた。井上の目的が分からない以上、簡単に彼の願いを引き受けることはできない。

 「見たい場所と時間はだいたい分かってるんだ。ほんの少しでいいから力を貸して。」

 増井は下唇を噛んだ。困っている同僚を助けたい気持ちもあるが、監視カメラの映像にアクセスするには通常上司である半田の許可がいる。それにオフィスのパソコンからログインすれば、JCTCのメインサーバーに記録が残るのですぐにアクセスしたことが発覚する。

 「10分だけで良いから手伝って欲しいんだ。」無言の彼女を見た井上はどうにかして分析官の力を引き出そうとした。

 「規則違反なのは分かってますよね?」増井がようやく口を開いた。

 現場担当の捜査官は頷いた。

 「でしたら、もしバレたらどうなるか分かってますよね?」同僚の顔を見て分析官は念を押すように尋ねた。

 「分かってる。班長にバレたら、俺に脅されてやった言っていいから。」

 「井上さんの処分だけで済む問題じゃないですよ。私も班長も処分を受けるかもしれないんですよ!」増井は井上を止めるべきだと考え、必死に彼だけの問題じゃないことを取り上げた。

 井上は黙って増井の目を見つめ続け、その視線に耐えきれなくなった分析官は俯いた。

 「増井ちゃんにも班長にも、他の人たちには迷惑をかけない。だから、お願い。力を貸してよ。」

 再び下唇を噛んで童顔の女分析官は自分の足元を見た。お気に入りのピンク色のスニーカーに糸くずが付いていた。

 〝断っても絶対諦めないな…〟

 「買い物に行きます。」増井が顔を上げて仮眠室に戻った。

 虚を突かれた現場担当の捜査官は目を見開いて彼女の後を追うも、増井は鞄を持ってすぐに出てきた。

 「材料を仕入れる必要があります。お金は井上さんが出してくださいね!」

 そう言うと増井は急ぎ足でエレベーターに向かい、井上は彼女に付いて行った。



***



 頬がこけ、骨がはっきり分かるほど痩せていても、その女性を見るたびに彼女の元気であった頃の姿を思い出した。しかし、それと同時に胸を締め付けられる思いに襲われ、気がつくと怒りが込み上げてきた。

 〝防げたはずなんだ…〟

 浦木は両拳をきつく握り締め、ベッドに横たわる女性を見下ろしていた。彼は夫の暴力で植物状態になってしまった大学時代の先輩に好意を寄せており、寝たきりになっている彼女を一生守ることを誓った。病院に彼女の両親には内緒にするよう頼んで、給与の半分を彼女の治療費に充てていた。これもJCTCの方が警察官であった頃よりも高い給料を与えてくれるからできることであった。ゆえに贅沢さえしなければ十分暮らしていけた。

 時間があれば出来る限り彼女の病室を訪れ、目覚めることを期待して椅子に座って彼女を見つめていた。ベッドの上で横たわる女性はまるで眠っているようで、顔を覆う酸素マスクさえなければ安らかなに寝ているように見える。

 数ヶ月前まで病室のドアを開ける前にベッドで座っている彼女の姿を思い浮かべることがあった。または病室に入ると目を覚まして彼に笑顔を向ける彼女の顔を想像した。しかし、彼女はいつも眠ったままであった。

 「職場の先輩なんですけど…」浦木は常に彼女に話しかけるようにしていた。「先輩と言ってもいつも話してる井上さんのことなんですけど、今日はちょっと様子が変でした。」女性の顔を確認して少しでも反応があるか見たが、変わりはなかった。「気になる女性とデートしてるとか言っていて、この前まで機嫌がもの凄く良かったのに…今日は今まで見たことがないくらい不機嫌でした。きっと−」

 上着の内ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。

 「ちょっと失礼します。」浦木は椅子から立ち上がってスマートフォンを取り出して画面を見た。振動していたのは仕事用であり、画面には『新川さん』と表示されていた。

 〝新川さん?〟

 「浦木です。」捜査官は病室を出て電話に出た。

 「新川です。今大丈夫ですか?」

 「はい。どうしました?」浦木は新川の目的が分からなかったので、少し混乱していた。

 しばらく沈黙が流れた。

 「もしもし?新川さん、聞こえてますか?」心配になった浦木が尋ねた。

 「あ、はい。聞こえてます。そのぉ〜、井上の…いや、井上さんの様子が変でしたけど、何か知ってますか?」女性捜査官が電話した目的は井上のことではなく、浦木に悩みを聞いて欲しかった。

 「聞いてみようとしたんですけど、あの後オフィスにも戻ってこなくて…電話しても通じなかったので、私も詳しくは分かりません。」

 「そうですか…」

 〝今!ここで悩みを切り出すの!〟新川は心の中で自分を励ました。

 「班長は何か知らないんですか?二人で話していたようでしたが…」新川が躊躇っている間に浦木が話題を引き伸ばした。

 「いえ、特に何も言ってなかったですよ。」

 〝今なら言える!急いで話題を変えるの!〟

 喉まで言葉が出かかっていたが、再び浦木が話し始めた。

 「明日、聞いてみます。何か分かったら報告しますね。」

 「あ、ありがとうございます。」

 「それでは失礼します。」

 そして、通話が切れた。

 「悩みがあるんです…」通話が終わった後、新川はスマートフォンに向かって小声で言った。



***



 増井は井上を連れて家電量販に向かった。

 監視カメラの映像だけを見たい井上は、女性分析官の行動が無駄に見えて苛々していた。一方の増井はUSB型Wifi子機とUSB延長コードを手に取り、会計をするか思うとプリペイドSIMカードに目を通し始めた。

 「今じゃないとダメなの?」痺れを切らした井上が増井に尋ねた。

 「井上さんのためにやってるんですよ。」女性分析官は目当てのSIMカードを見つけると手に取った。「ここでの買い物は終わりなので、次は近くのコンビニに行きましょう。会計をお願いします。」増井は手に持っていた物を同僚に渡した。

 「りょーかい。」渋々井上は会計に向かった。

 コンビニで筒に入ったポテトチップスのお菓子とカッターナイフを購入し、二人は集合住宅近くの公園に来た。
 「オフィスに戻るんじゃないの?」買った荷物を持たされている井上が苛立ちを隠しながら言った。

 「東京メトロのシステムに入るのは別に難しいことではないんです。」増井がベンチに腰掛け、鞄からノートパソコンを取り出した。「これからすることは誰にも言っちゃダメですよ。」

 「それって、つまり…」

 「そういうことです。買ってきた物を下さい。」女性分析官は井上からビニール袋を受け取り、まずコンビニで購入してきたお菓子とカッターナイフを取り出した。カッターナイフを脇に置き、彼女は筒状のお菓子を開封して中身をビニール袋に移した。「これを食べながら筒にカッターで小さい穴を開けて下さい。」増井が筒の底部近くの側面を指で叩いた。

 「なんなの、これ?」と井上。

 「アンテナです。昔より筒が小さくなったので、性能は落ちると思いますけど…」そう言いながら分析官はUSB型のWifi無線子機のカバーを外し、剥き出しの状態にしてUSB延長ケーブルと繋げた。そして、次に購入したプリペイドSIMカードを持ち歩いている古いスマートフォンに入れ、テザリングをONにしてノートパソコンと接続した。

 井上はお菓子を食べながら筒に穴を開け、貫通すると増井に見せた。

 「それくらいでいいと思います。」同僚から筒を受け取って増井はその穴にケーブルに繋がれたWifi子機を入れた。子機はすっぽりと筒に収まり、それを確認すると女性分析官はノートパソコンに繋げた。

 「筒の先を後ろにある集合住宅に向けて下さい。」

 言われた通りに筒を集合住宅の方へ向け、井上は隣に座る増井の操作するパソコンのモニターを見つめた。女性分析官はWifiの接続先を探しており、目当ての物を見つけるとウェブブラウザを開いた。彼女は素早くアドレス欄にhttp://と打ち込み、そのすぐ後に9桁の数字を加えてエンターキーを押した。

 「やっぱこれって−」

 「井上さんが言い出したことです。もう後には引けません。」増井が井上を遮った。

 現場担当捜査官は開いていた口を閉じて周囲に目を配った。公園には二人の他に誰もいない。再びノートパソコンのモニターに視線を戻すと、女性分析官は東京メトロの忘れ物に関する問い合わせフォームを開いていた。
 「周りを見張ってて下さいね」井上が口を開く前に増井が言った。

 「りょーかい。」

 捜査官が周囲に目を配る中、増井はキーボードを打ち続け、タッチパッドに何度か触れた。次に彼女はプリペイドSIMカードを入れたスマートフォンを持ち上げ、電話番号を打ち込んだ。

 「すみません。実は今日のお昼の2時頃に東西線早稲田駅のトイレにポーチを忘れてしまったんですが…」女性分析官が井上の隣で通話を始めた。「はい。家に帰ってから忘れたことに気づいて、はい。そうです。特徴ですか?さっき落とし物問い合わせフォーラムを通じて私のポーチに似た画像を送ったんですが、画像だけでも確認してもうことはできますか?明後日のプレゼンで使うデータが入ってるんです。それがないと本当に困るんです!」

 井上はお菓子の筒を集合住宅に向けたまま、視線を周囲に走らせて帰宅途中の会社員や学生、ジョギングをしている女性、犬の散歩をしている人を確認した。ベンチに座る二人に気づく人もいたが、大概はスマートフォンに夢中になって通り過ぎて行った。

 「確認できました?ありがとうございます。はい。それでは見つかったら連絡をください。本当にありがとうございます。」

 そう言って増井は通話を切ってベンチの上にスマートフォンを置いた。

 「どんな感じ?」と井上。

 「もう少しです。」増井は再びノートパソコンと向き合ってキーボードとタッチパッドを操作した。しばらくすると彼女は手を止めて井上を見た。「何処のデータにアクセスしたいんですか?」

 「さっき増井ちゃんが電話してた駅だよ。時間は15時頃。中野行きのホームの映像を見せて欲しいんだ。できれば、エスカレートと階段付近。」

 井上の要望通り、女性分析官は指定された監視カメラの映像にアクセスした。

 「早送りして。」ノートパソコンの画面に表示された3つの映像に目を通して井上が言った。増井は言われた通りに同僚が止めるまで映像の再生速度を上げ、地下鉄がホームに着く度に捜査官は彼女に通常速度に戻すよう告げた。
 「ストップ!」早送りと通常再生を数回続けた後に井上が映像を止めるように言った。

 増井は映像を止め、次の指示を待った。

 「コイツだ。」捜査官がスーツを着た坊主頭を指差した。「コイツが桑原だ。」彼は死んだ友人と並んで歩く長身の薄水色のシャツを着た男を見つけ、スマートフォンを取り出すとノートパソコンの画面を写真で撮った。「次は改札口をお願い。」

 増井は嫌な顔一つせずに捜査官の頼みを聞き、改札口付近の監視カメラ映像を表示させた。二人は再び映像を早送りして確認し、目当ての人物を見つけた。

 「どうやら隣にいる人と一緒に行動してるみたいですね。」と増井。

 「コイツが桑原を…」井上は握り拳を作り、画面に映る少しぼやけた男の顔を脳に焼き付けた。

 「カメラの質が良くないので詳しい顔は分かりませんが−」

 「十分だよ。」井上が同僚の言葉を遮った。「あとは自分でなんとかする。」

 「でも…」増井は食い下がった。

 「危ないことはしないから大丈夫。もう遅いから家まで送るよ。」井上はベンチから立ち上がった。「後片付けもあるだろうし…」間を置かずに彼は即席のアンテナを持ち上げた。

 増井はノートパソコンを閉じ、接続したUSBコードを抜いてテザリングも解除した。

 「お願いですから無茶だけはしないでくださいね。」女性分析官はビニール袋に入れたお菓子を食べている井上に言った。

 「無茶はしないよ。」捜査官は笑みを浮かべた。

 〝今はね…〟そう思いながら井上は鞄に荷物を詰めている増井を見つめた。



***



 黒のスーツにノーネクタイの出で立ちで野間は空のオフィスに入った。

 オフィスは3つに部屋に分かれており、彼がいるところは受付に当たる場所であった。奥に進むと部屋の中心にテーブルがあって、それを囲むように5人の男が立っていた。彼らは野間に気づくと顔を上げた。

 「ご足労いただきありがとうございます。」野間と同じく黒いスーツを着た男が言った。彼は5人いる男の真ん中におり、他の4人はカジュアルな服装をしていた。

 「倉木…」野間が口を開いた。「俺とお前で葬儀に行く予定だったが、お前は待機だ。」

 「待機ですか?」倉木という名の男がオウム返しに尋ねた。

 「島谷と飯塚を連れて行く。」

 「島谷はともかく、飯塚はあの男性を殺した張本人ですよ!」

 「だから、連れて行くんだ。」野間は部屋の隅にあった椅子を見つけて腰掛けた。

 倉木は戸惑った。椅子に腰掛ける40代半ばの男は彼に視線を据えたまま動こうとしない。

 「まだ何かあるのか?」と野間。

 「いえ…」視線に耐えきれなくなった倉木が下を向いた。

 「これ以上、問題を大きくするつもりはない。」野間は他の4人の顔に視線を走らせた。「今のところ、東京で揉めるつもりはない。まずは故郷の後片付けが先だ。しかし、お前たちはここで準備を進めろ。」

 野間の前にいる5人は頷いた。

 「すみません…」倉木の隣にいた背の小さいスウェットシャツ姿の男が沈黙を破った。顔が幼く、まだ20歳にもなっていないように見えた。「ペットボトルを駅に置くのはまだ続けた方がいいんですか?」

 「いや、もういい。」野間が言った。「あれは高橋くんの意思を尊重するためにやったことだ。彼は穏やかな青年だったからな…」野間は窓越しに外を見た。

 「高橋と会ったことがあるんですか?」倉木が尋ねた。

 「一度だけな…」



***



 井上は腹痛を理由に休んだ。昨日の出来事を見ていた柄沢、新川、浦木は仮病だと思ったが、本当の理由は分からなかった。しかし、半田と増井は井上が休んだ理由を知っていた。

 半田は増井から報告を受けなくても、井上なら自力で友人を殺害した犯人を探すだろうと昨日から予想していた。また、昨日の夜、井上と行動していた増井は確実に井上が早稲田駅近辺を歩き、刑事のフリをして聞き込みを行なっているに違いないと思った。

 その夜、半田が桑原の葬儀に行くことを知った浦木は付いて行っても良いか尋ねた。特に断る理由のない彼の上司は車に乗るように言った。

 会場には多くの警察関係者とJCTC職員がいた。参列者の顔は皆暗く、泣いている人も多かった。彼らを見て浦木は殉職した捜査官が多くの人たちに慕われていたことを知った。浦木は桑原と交流があったわけではないが、一度階段ですれ違った時に見たユーモア溢れる人物であることは覚えていた。

 半田の後に付いて行きながら、井上を探そうと浦木は参列者の顔に視線を走らせた。多くの人が葬儀に訪れていたが、捜査官はすぐに先輩捜査官の姿を確認した。井上は半田の向かう方向におり、浦木は既に上司が井上を見つけていたに違いないと思った。

 「やっぱり来てたか…」井上の隣に並んで半田が言った。

 遺影をぼんやりと眺めていた井上は声をかけられると上司の方を向いた。

 「不細工なツラですよ、本当に…」遺影を見て井上が呟いた。その写真は桑原がJCTC入局時に撮影された物であった。「もっとまともな写真なかったんですかね?もっと男前に撮れてる写真が…」

 半田と浦木は何も言わなかった。言葉を探したが、上手い言葉が見つからなかった。

 「班長…俺が死んだら、カッコいい写真を使ってくださいね。」そう言って井上は二人から離れようとした。

 「縁起でもないことを言うな。お前が消えたら俺の班はどうなる?」半田が部下の背中に向けて問いかけた。

 「そしたら、新しいのが入るから大丈夫ですよ。」立ち止まって井上が言った。

 「例え誰かが入っても、失った物全てを補うことはできない。」半田には自暴自棄になっている部下を止める役目があった。「誰もお前の代わりにはなれない。」

 井上が振り返る動きを見せたが、彼は何かを思い出したように足早にその場を立ち去ろうした。

 「私が行きます。」浦木が部下の後を追おうとした半田を制した。半田は頷いて早足で移動する二人の部下を見送った。

 半田と浦木は井上が逃げたと思った。しかし、実際は違った。井上は会場の入り口に付近に立つ一人の男に目を付けて移動を始めたのだ。その男は喪服姿であったが、男の特徴を何度も監視カメラの映像で見ていたのですぐ見分けが付いた。

 突然訪れた好機に井上は喜ぶと同時に、今まで抱いたことのない怒りが込み上げくるのを感じた。男との距離が縮みに連れて心臓が高鳴り、抑えがたい衝動から手が震えた。彼は両手を開いては閉じる運動を繰り返し、震えを制御しようとした。

 鋭い視線を感じた島谷は早足で近づいてくる男を見つけた。

 〝誰だ?〟接近してくる井上の表情から彼は危機感を抱いた。〝死んだ男性の友人か?〟島谷の危機感は高まって及び腰になった。

 距離が3メートルに迫った時、若い夫婦が二人の間を通り、その直後に背の高い男が井上の前に立ちはだかった。捜査官は足を止め、彼より頭一つ背の高い男を睨みつけた。

 「退け。」井上の声は冷静であった。

 「我々は亡くなられた桑原さんのために来ました。争うつもりはありません。」野間は井上の視線を受けても動じなかった。

 「お前らが始めた争いだろうが。被害者ヅラしてんじゃねぇ。」

 「確かに。我々の方に非があります。しかし、ここで騒ぎを起こすのは得策ではありません。そう思いませんか?」今にも手を出してきそうな捜査官の前にしても野間はまだ冷静であった。そして、彼の平静さが井上のリズムを崩した。

 「そうだな。場所を移そう…」捜査官は野間のペースに乗りつつあった。

 「お話しの通じる人でよかったです。」野間は笑みを浮かべた。

 遠くで彼らのやり取りを見ていた黒いパーカー姿の飯塚は、右手に持っていた片刃の細いナイフを鞘に納めて人陰に隠れた。

 「井上さん!」葬儀場を後にしようとする先輩捜査官を見て浦木が急いで呼び止めた。しかし、井上は聞こえなかったフリをして振り返らなかった。浦木は井上の隣にいる異様な雰囲気を持つ男に警戒感を抱き、走って先輩捜査官の肩を掴んだ。

 「離せよ。」井上は振り返らずに掴まれた肩を振り解いた。

 「何所に行くつもりですか?」浦木は再び井上の肩を掴む。

 この会話を聞いて野間は振り返り、浦木の顔を見た。

 〝見覚えのある顔だな…〟

 野間の視線を感じると浦木は相手の目を見つめた。その目は光を失っており、まるで生きることを諦めた人間のようであった。

 「どちら様ですか?」浦木の背後から声が聞こえてきた。

 「野間と申します。」井上と浦木の前に移動してきた半田に向けて野間は挨拶した。

 「JCTCの半田です。それで私の部下にどのようなご用件があるのでしょうか?」

 「お話ししたいことがあります。」野間が切り出した。「この度は−」

 「班長は黙っててくれませんか?」相手の言葉を遮った井上の声には怒気が込められていた。「これはコイツと俺の問題な−」

 「黙れ」半田は井上を睨みつけた。これに浦木は驚いた。彼は今まで見たことないの上司の表情を目撃した。井上も半田の視線に負けて顔を逸らした。

 「日を改めましょう。」野間が提案した。「有楽町線江戸川橋駅の近くにビルの2階を借りてます。辻ビルという場所です。明日の17時にそこで会いませんか?そちらの3人と我々の3人で。」

 「3人?」井上は野間の後ろにいる島谷しか確認できなかった。

 「もう一人はあそこにいます。」野間が視線を右へ投げ、井上と浦木はその先を追って黒いパーカーを着た小柄の男を確認した。半田は目の前に立つ男に視線を据えて3人目を見ようともしなかった。

 「どうでしょうか?」野間が笑みを半田に向けた。

 「話すだけなら公共場でも良いのでは?」井上と浦木の上司は無表情のまま言った。

 「あまり人に聞かれたくない話しですからね。」笑顔を崩さずに野間は言った。「それではお待ちしています。」

 野間と島谷は飯塚と合流すると式場を離れようとし、井上はその後を追いかけようとした。しかし、半田に左腕を掴まれて引き寄せられた。

 「お前のすべきことはアイツらを追うことじゃない。桑原の死を弔うことだ。」

 「俺には俺のやり方があるんです。」井上は潤んで赤くなった目で上司を睨みつけた。

 「お前一人で行けば、確実に殺されるぞ。」半田は部下の反抗的な視線を受けても怯まず、井上の目を見つめた。

 「このままじゃ、アイツの死が無駄になるんです…」井上の声は震えていた。

 「桑原の死を無駄にはさせない。約束する。」半田が井上の右肩に手を乗せた。「俺を信じろ。」

 「班長は諦めろって言ったじゃないですか…」子供のように井上が声を震わせて言った。

 半田は口元を緩めた。「そうだったな。だが、こうなった以上、課長に頼んで捜査するしかなさそうだ。」

nice!(0)  コメント(0) 

第十六回 [銀河極小戦争]

第 十 六 回








 「ふぅーん…」ナルホーがタブレットを覗き込んだ。「どうやらメモリースティックは彼の物だったみたいですね。」

 スティックの中には、車の所有者が勤めるカフェの帳簿のコピーが収められていた。探していた物だと思っていたナルホーにとって、これは苛立たしい結果であった。彼は全部の歯を抜かれて口の周りが血だらけになっている男を睨みつけた。男は激痛に悶え、口を手で覆って身を丸めていた。その時、ナルホーは帳簿の中に設計図のヒントが、隠されているかもしれないと思った。

 「船に戻って詳細な調査を行う必要がある。」ナルホーが近くにいた部下に言った。

 「直ちに撤収の準備を始めます。」部下の一人が応えた。

 「それから、アニプラ様の邪魔をしないよう、これからは私に連絡して下さい。」

 「了解。」

 「それとこの男はもう用済みですから、後片付けを宜しくお願いします。」

 ナルホーは乗って来たスピーダーの後部座席に乗り込み、タブレットで自動運転機能を入れると目的地を入力して目を閉じた。






***





 絶望の淵に立たされたミアツはソファーに腰掛けて壁を見つめていた。

 (もう終わりだ…)

 ブザー音が室内に響いた。

 突然のことにミアツの体は固くなり、心臓が縮まるような感覚を得ると同時に呼吸が浅くなった。

 再びブザー音が室内に鳴り響く。

 部屋の呼び出し音であることは分かっていたが、彼女はドアの向こう側にいるのがアニプラとその部下だと想像して震えた。

 (殺されるッ!)

 「おい!いるんだろ?開けろってばよ。」

 エヌラの声を聞いた途端にミアツの体に走っていた緊張が解けた。彼女は走ってドアのロックを解除した。分厚いドアが開き、エヌラの姿が見えた。自然とミアツの顔に笑顔が浮かぶ。

 「忘れ物した。」そう言ってエヌラがミアツを押し退けて部屋に入った。

 ミアツは彼の態度に失望したが、一人でいるのが寂しかったのであまり気にならなかった。彼女はエヌラの後を追い、彼が部屋を去る前に一緒に行動しようと言おうとした。

 すると、フェイスタオル、歯ブラシ、綿棒を持ってエヌラがバスルームから出てきた。

 「ねぇ…」ミアツが話し掛けた。

 エヌラは彼女を無視して椅子を革袋の置かれた机の隣に置いた。椅子に座ると彼はフェイスタオルをテーブルに広げ、色褪せた革袋から2丁の拳銃を取り出した。これを見たミアツは驚き、目を見開いてエヌラの動きを見守った。

 まずエヌラは回転弾倉式拳銃を手に取り、慣れた手つきで回転弾倉の斜め下にあったボタンのような物を人差し指で押した。銃身と回転弾倉がお辞儀をする様に折れ、埃で汚れた中身が見えた。綿棒を手に取ってエヌラは回転弾倉の汚れを拭き取り、次に銃身の中の汚れも綺麗に拭き取った。

 ミアツが見守る中、エヌラは黙々と作業を続けた。この時になってやって彼女は、エヌラが掃除している拳銃が他の物と違うことに気付いた。勿論、彼の銃が旧式の火薬拳銃であることは知っていたが、その拳銃には二つの銃身が上下に並んでおり、ミアツは似た拳銃を見たことがなかった。上の銃身は長くて細いが、下の銃身は太くて上の銃身よりも短いのだ。

 不思議な銃に見惚れている間にエヌラは掃除を終え、次に短い銃身が上下に並んだ拳銃を手に取った。こちらも先ほどの銃同様に銃身が折れて下を向き、エヌラが新しい綿棒を使って汚れを拭き取った。

 「その銃をどうするの?」とミアツ。

 「決まってるだろ。」エヌラが革袋を引っくり返して、テーブルの上に数発の銃弾を落した。小さな銃弾が5つ、大きな散弾銃用の銃弾が3つ。

 「どうするのさ?」ミアツは苛立った。

 「ナマズの仇を取りに行く。」エヌラが掃除した拳銃に弾を込めて言った。

 ミアツは驚いてすぐ口を開くことができなかった。しかし、どうにか気を落ち着かせて口を開いた。

 「そんなの無理だって!相手はあの探し屋だよッ!逃げた方がいいって!」

 「じゃ、逃げろよ。俺は行く。」椅子から立ち上がり、エヌラは回転式弾倉銃をベルトの左側に差し込んだ。銃把の底部が正面を向いており、素早く抜くには向いていないように見えた。もう一丁はベルトの腰部分に差し込んだ。

 「アイツらのいる場所が知りたい。心当たりはあるか?」エヌラがミアツを見た。

 「調べれば分かると思うけど…止めた方が良いって。アイツらは下手な軍隊より強いんだよッ!」

 「そんなの知ったこったねぇてばよォ!これ以上、大切な物を失う訳にはいかねぇんだッ!」

 ミアツはエヌラの勢いに押された。

 (コイツ、こんなキャラだったっけ?)

 「調べれば分かるって言ったけど、どうなんだい?分かるんかい?」エヌラが尋ねた。

 「あれだけの有名人だから、ニュースとか動画投稿サイトを見れば、居場所が特定できるかも…」

 「んじゃ、頼むってばよ。」

nice!(0)  コメント(0) 

第十五回 [銀河極小戦争]

第 十 五 回








 目覚めると白い天井が見えた。

 柔らかい枕とマットレス、滑らかなブランケットに包まれた状態は非常に心地よかった。ふと左に視線を送ると、椅子に座るミアツが見えた。

 「きゃー、ケダモノォー!もうお嫁に行けなぁーい!」エヌラが起き上がって奇声を上げた。

 ミアツは椅子から立ち上がって、エヌラの頬に往復ビンタを喰らわせた。強烈なビンタを受けたエヌラは呆気に取られ、自分を殴った女性の顔を見つめることしかできなかった。

 (な、何で?)

 ミアツの目は赤く腫れており、先ほどまで泣いていた様に見えた。彼女は両手で潤んだ目を擦ると、早足でバスルームに入って行った。

 (ここってホテル…?まさか!あの女、やっぱり俺に気があったのか…)エヌラはベッドから降りて部屋を見回した。
大きい窓から外の景色が良く見え、室内に置かれた家具は全て高級品であった。

 (雰囲気でスイッチが入るタイプだったのか…。なるほどねぇ~)

 勘違い変態男は立ち上がってミアツの後を追ってバスルームへ行こうとしたが、その途中で円形テーブルの上に置かれた革袋を見つけた。

 「ナマズ…」エヌラがやっと同棲相手のことを思い出した。彼は急いでバスルームへ向かい、もうすぐ辿り着くところでミアツが出てきた。

 「どうしたのよ?」とミアツ。

 「ナマズは?ナマズは何所に?あの後、何があったんだ?」ミアツの両肩を掴んでエヌラが尋ねた。

 「ナマズさんは…」ミアツが俯いた。

 「一体何があったんだよ!」エヌラが強く彼女の肩を揺すった。

 「スペース・ア・ゴー・ゴーに襲われたの。逃げる途中でナマズさんが負傷して…もしかしたら…殺されたかもしれない…」

 エヌラの顔から血の気が引いた。「スペース・ア・ゴー・ゴーって、あの盗賊団か?何でアイツらに狙われるんだよ!」

 「ごめんなさい…」体を震わせてミアツが床に崩れ落ちた。「私のせいなの…」

 エヌラは状況が掴めず、座り込んだミアツを見ることしかできなかった。

 「アイツらが私の勤める研究所を襲撃してきたの。」ミアツが語り始めた。「目的は研究中の兵器の設計図で、局長は私に設計図を持たせて逃がしてくれたの。」

 仕方なくエヌラも床に座り込んでミアツの話しに耳を傾けた。

 「脱出ポッドを使って逃げてきたけど、追手を警戒してボディーガードを雇ったの。それがアナタだった…」ここでミアツが言葉を詰まらせた。「アナタとナマズさんを巻き込むつもりはなかったの…ごめんなさい…」

 「じゃ、狙われてるのはお前で、俺じゃないんだ…」エヌラは立ち上がり、部屋の出口に向かって歩き出した。

 「何所に行くの?」とミアツ。

 「逃げるのさ!俺とお前は全く無関係だからな!」

 ミアツは言い返すことができなかった。去ろうとしている男の言っていることは正しく、ナマズの死に罪悪感を持っている彼女はエヌラを呼び止めることができなかった。

 廊下に出たエヌラであったが、これから何所へ向かえばいいか分からなかった。

 (このままでいいのか?)頭の中から声が聞こえてきた。

 「うるさい!」エヌラが誰もいない廊下で怒鳴った。

 (お前はいつも失ってばかりだ。コールも、ランバートも、ナマズも、お前が弱いから死んだ。)

 「違う!俺のせいじゃないッ!」

 (逃げ続けても無駄だ。)

 「もう殺し合いなんて懲り懲りなんだよ…」

 (お前が求めていなくても、暴力を好む連中はゴロゴロいる。)

 「他の奴らの事なんてどうでもいいッ!」

 (お前のために命を投げ出した〝バカ〟がいたことを忘れるなよ。アイツらのお陰で〝俺たち〟は生きてるんだ…)

 エヌラは歯を食い縛って赤い絨毯の敷かれた床を見た。

 (別に復讐を強制している訳ではない。逃げることも時には必要だが、立ち向かわなければならない時もある。)

 「ずっと出てこなかったのに、こんな時に限って…」そう呟きながら、エヌラはミアツのいる部屋へ引き返した。

nice!(0)  コメント(0) 

第十四回 [銀河極小戦争]

第 十 四 回









 しばらく順調に歩き続けていた〈彼〉であったが、突然の頭痛に襲われて歩くスピードを落とした。頭痛は次第に激しくなり、吐き気を催すほど強さを増した。

 (クソッタレめッ!)

 「ちょっと待ってよ!」ミアツが〈彼〉の右肩に触れた。

 すると、糸の切れた人形のように〈彼〉は地面に崩れ落ち、そのまま目を閉じて動かなくなった。

 これを見たミアツは動揺し、歩行者の中にも心配して立ち止まる人が何人かいた。助けを求めることもできたが、ミアツはアニプラから逃げるために自力で〈彼〉の体を起こし、走行中の無人タクシーを捉まえて乗り込んだ。

 「どちらまで行かれますか?」フロントガラスに文字が表示されると同時に、音声が聞こえてきた。

 「ここから近い宿泊施設に行って!」とミアツ。

 「付近に宿泊施設が12件あります。どちらに―」

 「その中で一番セキュリティーがしっかりしてる場所にして!急いでッ!」

 「かしこまりました。」

 無人タクシーは最短ルートを通って、襲撃された地点から三百メートル離れたホテルに到着した。ミアツはドアに設置されている小さな赤い四角形に腕時計を近づけ、数秒経つと四角形が煌々と光ってドアが開いた。

 「ご利用ありがとうございます。」

 ミアツは急いで<彼>をタクシーから降ろし、ホテルのドアで待機していた人型ロボットを呼んだ。ドアマン・ロボットは軽々と<彼>を持ち上げてホテル内へ運んだ。



***



 ナマズの死体を車から降ろし、アニプラの部下たちが車内を徹底的に調べ上げた。

 車のあらゆる部品を透視スコープで検査したが、目を引く隠しポケットなどはなかった。質素な車内にあったのは、小さなフラッシュメモリーだけであった。他の発見といえば、車に付けられていた番号から所有者が判明したくらいであった。この所有者は大型商業施設『癒着』のカフェに勤める男性であった。

 「そいつを連れて来い。」アニプラが隣にいた男に言った。

 男は3つに折り畳むことができるタブレット端末を取り出し、施設内を捜索していた仲間に車の所有者の情報を送った。

 「それでメモリースティックの中身は?」アニプラが同じ男に尋ねた。

 「暗号化されているため、解析に時間が掛かっています。しかし、これだけの暗号がされているということは、これは間違いなく例の物でしょう。」

 「そうか…」犬人間の口元が緩んだ。

 (ようやく休みがもらえそうだな…)アニプラはカズヤンに急いで報告を済ませ、犬人間種が運営しているクラブへ行こうと考えた。(しかし、逃げた二人を追う必要もあるな。それはナルホーたちに任せるとするか…)

 「ナルホー。」アニプラが隣にいる男を見た。「俺はカズヤン様にこの事を報告する。お前はここで指揮を執り、逃げた二人を捕まえろ。」

 「分かりました。」

 アニプラはその場を後にしようとしたが、ナルホーが彼を呼び止めた。

 「アニプラ様!その二人は生け捕りにすべきですか?」

 犬人間が肩越しに部下を見た。「お前の好きにしろ。」

 「ありがとうございます。」ナルホーは歩き去るアニプラの背中に向けて一礼した。

 右頬に火傷を持つナルホーは商業施設の監視カメラの映像にアクセスし、エヌラたちの姿を探し求めた。彼の使用した人工知能は与えられた情報を基に、それと一致する人物を映像から抽出した。

 作業に夢中になっていた彼の許に、二人の男に連れられたタキシード姿の男がやって来た。

 「彼が車の所有者ですか?」タブレットから顔を上げずにナルホーが言った。

 「はい。」男の一人が答えた。その頃、壊れた自分の車を見たタキシードの男は唖然としていた。

 「では、まず歯から抜いて行きましょう。」



nice!(0)  コメント(0) 

避けられない事 [その他]

(最近、WN関連の記事を書けなくてすみません。今日も無関係なくだらねぇ記事です。)

 さて、ほぼ意味もなくS.N.A.F.U.の第3話をハヤオの意向で公開しました。

 ちなみに今週末には第5話を再公開する予定です。

 何でそんな事するんや?早よ、新しいの出さんかい!

 と思う人はいないでしょうが、ハヤオからのコメントがあるのでこちらが答えになるかと思います。

 「いやぁ〜、もうバットエンドしか思いつかない。どうにかして軌道修正できるかと思ったけど無理だわ。第5話で終わりって事にしよ…」

 以上がハヤオのコメントです。

 ハヤオが言うには、まだ第5話までなら希望の持てる最後らしいです。でも、新しいスターウォーズもどきの7・8・9みたいに、もう何でもあり!って感じなら続きは書けると言ってますね。はい。

 結局、S.N.A.F.U.で書きたいことって何だったんや?

 と言われると困りますが、言うならば9と10話で望月たちとの戦いになり、それが影響してちょっとした混沌が生まれるというか…そうですねぇ〜まぁ、そうなるらしいです。それが『返報2.0』(仮題)の背景に絡むとか、絡まないとか…

 色々と書きましたが、S.N.A.F.U.は第5話で終わりそうです。

 だから、ハヤオのモチベーションを上げるような事は謹んでくださいね。そうじゃないと、野郎が変なやる気を出して、このブログを壊されるので…

 年末なので、もうブログを更新する事はないと思います。

 だから、皆さん、良いお年を!



nice!(0)  コメント(0) 

第十三回 [銀河極小戦争]

第 十 三 回









 長い眠りから覚めたように体が重く感じられた。

 起き上がると、胸から血を流している男と後部座席で震えている女が見えた。

 視界が少し霞んでおり、目の焦点を合わせることが難しかった。それでも〈彼〉は近づいてくる男たちが武装していることに気付いた。

 (ドスタムの手下か…?)

 黒いマスク姿の四人がスピーダーに近づき、二人が運転席と助手席のドアに移動した。

 「設計図を探せ。」運転席側にいた男が言った。男はドアを開けて胸から血を流しているナマズの様子を窺った。

 助手席側にいた男も同様にドアを開け、助手席に座っている男を見た。

 <彼>は薄目を開けて左右のドアを開けた男二人と、彼らを見守るようにして車の斜め前に立つ男二人の動きを見ていた。そして、助手席のドアを開けた男の左手が〈彼〉の上着のポケットに伸びた瞬間、〈彼〉は素早く左肘を上げて男の手にあった銃を逸らし、右手で男の首筋を掴んで手前に引いた。それと同時に〈彼〉は左手で男の腰に取り付けられていた光線式拳銃を取り、運転席側のドアを開けた男の首を撃ち抜いた。

 一方、車の前にいた男二人が短機関銃を構えようとした時、〈彼〉は掴まえていた男の後頭部に光線弾を叩き込んだ。そして、目にも止まらぬ速さで短機関銃を構え終えた男二人の頭部を撃ち抜いた。

 (非文明的な武器だ…)〈彼〉は後頭部を撃ち抜いた男を外に放り投げ、死体の上に光線式拳銃を投げた。

 「おい!」〈彼〉が後部座席にいたミアツに声をかけた。「お前ら、誰だ?」

 恐怖に震えていたミアツはすぐ答えられなかった。

 「お前は…エヌラか?<ガンスリンガー>か?」血を吐きながらナマズが〈彼〉に尋ねた。

 「<ガンスリンガー>はもういない。ローランドは死んだ…」

 「エヌラは眠ったか…」ナマズが呟いた。「何者かが、後ろにいる女を殺そうとしている。」

 「俺には関係のない話しだ。」〈彼〉が車から降りた。

 「お前がそう思っていても、連中はお前もその女の仲間だと思っている。だから、立ち去っても無駄だ。」ナマズの口角が少し上がった。

 <彼>は運転席に座るナマズを睨みつけた。しかし、ナマズは怯まずに後部座席に目を向けた。

 「女がお前の銃を持っている。持って行け…」

 <彼>は助手席から後部座席で震えていたミアツを覗き込み、彼女の持っていた革袋を確認すると、身を乗り出してそれを取り上げた。その重さを右手に感じて〈彼〉は妙な懐かしさを覚えた。

 「早く行け。追手が来るぞ…」ナマズが再び口から血を吹き出した。

 <彼>はその姿を見て鼻で笑い、地上へと続く道を歩き始めた。

 ミアツはその後ろ姿を見続けた。

 「何をしてるの!早くアイツの後を追わんかいな!」全身赤タイツ姿の男がミアツを怒鳴りつけた。「追手が来るぞい!」

 「あなたはどうするの?」とミアツ。

 「もう分かるじゃろ?ワシはもうここまでじゃ…。アンタだけでも逃げなさいな…」

 「あ、ありがとう…」ミアツは急いで車から降りて〈彼〉の後を追った。しかし、彼女は何度もナマズの方を振り返り、その度に全身赤タイツの男は笑顔を浮かべてミアツを安心させようとした。

 そして、彼女の姿が見えなくなった頃、アニプラがナマズの前に現れた。

 「他の二人は何所だ?」犬人間が回転弾倉式散弾銃を、運転席で死にかけているナマズの胸に押しつけた。

 「知らねぇずら…」ナマズが薄ら笑いを浮かべて言った。

 苛立ったアニプラは引き金を絞った。

nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | -