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14-5





 反対方向から聞こえてくる銃声が大きくなるに連れて池田と沢木の不安は大きくなり、荒井と中島が降下する直前に二人は大多和と桑野の所へ急いだ。二人は壁の角に隠れて正面玄関へ発砲する捜査官と同僚を見つけ、近づくと肩を軽く叩いて合図を送った。

 驚いた大多和と桑野は目を見開いて銃口を駆けつけたSAT隊員二人に向けた。しかし、相手を確認すると、素早くテロリストがいる方へ向き直った。池田と沢木も先着していた二人に倣って銃撃を開始した。彼らが遮蔽物として使う壁は銃撃で複数の穴が開いており、部分的に削り取られていた。

 4人を襲う銃弾の数は減ることなく、増える一方であった。そして、テロリストたちは弾幕を厚く張りながら、数人を裏口へ移動させて挟み込もうとしていた。大多和たちがこのようにして銃撃を続ける理由は、応援がもうすぐ来ると思っているからである。

 再装填のために遮蔽物に身を隠した大多和は、背後にいた沢木と位置を交代してMP-5SDの予備弾倉に左手を伸ばした。風を切る音が彼の耳に飛び込み、その直後、右手に衝撃が訪れて短機関銃が弾け飛んだ。身を屈めて銃に手を伸ばすと、大多和は真っ赤に染まった上に3本の指を失った自分の右手を目撃した。それまで全く痛みを感じていなかったが、大半の指を失った血だらけの手を見て激痛と衝撃がネズミ取りの捜査官を襲った。

 一方、大多和が身を屈めた時、彼の背後にいた沢木は背中を被弾して地面に叩きつけられた。彼は急いで遮蔽物まで戻って振り返った。仲間の動きで桑野と池田は背後から迫る5人のテロリストに気付いた。

 素早く二人が振り向くと、血だらけの右手を左手で庇う大多和を見つけ、一瞬固まってしまった。その時、池田の胸と腹部にテロリストの銃弾が命中してSAT隊員が尻餅をついた。桑野が急いで応射しようとしたが、短機関銃は弾切れであった。ゆえに沢木が先に射撃を開始したが、胸と首に複数の銃弾を受けて仰向けに倒れた。

 この時、正面玄関にいるテロリストは回り込んだ仲間が敵を始末すると推測して銃撃を止めた。
仲間の死に気付く余裕がない桑野は素早くUSP拳銃を抜き、右腕を突き出して引き金を引いた。しかし、発砲と当時に胸部に銃弾を受けて転倒してしまった。池田は倒れた状態で迫るテロリストに銃撃を加えた。しかし、火力の強さが違ったため、相手に引く気配はない。その内に弾倉が底を着き、彼は急いで拳銃の予備弾倉に手を伸ばした。

 突然、大多和が雄叫びを発して立ち上がった。彼の左手にはUSP拳銃が握られており、捜査官は敵の銃撃に怯まずに前進しながら発砲した。この際に大多和は何度か防弾ベストに被弾したが、臆することはなかった。しかし、4歩進んだ所で右脚を被弾して片膝をついた。池田と桑野は応射したかったが、大多和が邪魔で撃つことができなかった。捜査官とテロリストの距離は4メートル弱であった。

 “ここまでか…”

 死を覚悟した大多和は両目を閉じた。そして、再び風を切り裂く音を耳にした。

 “これが最後に耳にする音か…”と彼は思った。

 しかし、その音は一度で終わらずに何度も続いた。不思議に思った捜査官がもう二度と開くことは無いと思っていた目を開き、目の前で横たわる5つの遺体を見た。ふと背後にいる仲間へ視線を向ける。地面に倒れて銃を構える桑野と池田は唖然として大多和を見つめていた。

 7メートル離れた茂みから物音が聞こえ、三人は素早く、音のした方へ銃を向けた。目を凝らして茂みを見ていると、二人のSAT隊員が姿を現した。

 「遅くなりました…」近藤が言った。彼は本間たちテロリストグループがグランドホテルを襲撃した際、車寄せにいたテロリスト二人と交戦したSAT隊員の一人である。

 「でも、時間ぴったりじゃないですか?」近藤の隣にいた藤田が訊いた。彼も近藤と共にグランドホテルで戦ったSAT隊員である。

 「応援って…二人だけか?」大多和が銃を下げて尋ねた。

 「いえ…」近藤が応えると、茂みから黒い衣装に身を包んだ3人のSAT隊員が静かに現れた。また、大多和は接近してくるプロペラ音を耳にした。








 小田完治の車列が札幌空港まで残り8kmと迫っていた。別ルートで移動している彼の家族はまだ17kmほど離れた位置におり、議員を護衛するSPたちは飛行機の時間を少し遅らせる必要があると考えた。

 先頭車両に二人のSPが乗っており、その後続車両に小田完治と彼を警護するSP二人が乗車している。議員を乗せた車両を運転するSPが、ルームミラーで後方の安全確認を行った。後続車が現れても、長くて5分もすれば道を外れることが多く、運転するSPは何事もなく無事に警護対象者を空港に送ることができると確信を得ていた。それは助手席にいるSPも同じで、小田完治もテロリストの襲撃は終わったと思っていたのだ。

 ふと運転するSPがルームミラーを見ると、新たな後続車が付いていることに気が付いた。

 “コイツもすぐ曲がるな…”

 そう思った時、後続車の助手席から男が身を乗り出して筒状の物を構えた。筒状の物はロケットランチャーに見えた。SPが急いでハンドルを右に切って弾道から逃せようと動いた。その直後、助手席から身を乗り出していた小野田が中国製RPG-7の引き金を絞った。

 ロケット弾が猛スピードで議員を乗せた車に接近したが、命中する寸前で車は右へ移動して難を逃れた。しかし、この回避行動によって、先頭車両がロケット弾の餌食となった。車体の後部が直撃の際に生じた衝撃で浮き上がり、黒い乗用車は火を吹きながら頭から転がって道路に叩きつけられた。車内にいたSP2人はロケット弾の直撃と共に死亡し、それを目撃した他のSPと小田完治は息を飲んだ。

 小野田は一度車内に戻って、後部座席から新たなロケット弾を手に取った。慣れた手つきで彼はロケットランチャーの再装填を行い、炎上する乗用車の横を通り過ぎると再び窓から身を乗り出した。一方の小木は小田議員が乗車する車との距離に気を付け、接近過ぎないように速度をコントロールしていた。これには小野田と名乗っている三須も満足していた。引き入れた捜査官は想像よりも、的確な判断と行動ができる人間であった。

 ロケットランチャーを構えると、小野田はジグザグ走行を繰り返す標的に向けて照準を合わせた。

 “先生、見てて下さい…”三須は亡き恩師のことを思いながら引き金を絞った。








 恐怖に顔を引きつる荒井の顔を見ながら、守谷は人差し指に力を入れた。

 しかし、引き金が絞り切られる寸前に大男に投げ飛ばされた中島が、死を予期していたSAT隊員の右隣まで滑って来た。突然のことに守谷の視線が中島に移った。この機を利用して荒井は頭を左に傾けて銃口から身を逸らし、両手で拳銃を掴んで銃口を上に向けさせた。

 額に切り傷を持つ男は蹴りを荒井に入れようとしたが、その直前、腹部に衝撃と激痛が走った。中島が仰向けに倒れた状態で守谷の腹部に右蹴りを入れたのだ。この攻撃で銃が荒井の手に戻った。

 東京から来たSAT隊員が立ち上がろうとした途端、中田が防弾ベストで守られた中島の背中を蹴り飛ばして床に叩きつけた。大男が次の攻撃に出ようとした時、荒井が拳銃を大男に向けた。しかし、血走った目をした中田は素早く、荒井の銃を掴んで彼の顔面に右拳を叩き込んだ。想像を絶する痛みに荒井の意識が薄れかけ、拳銃から手を離してしまった。

 仲間の危機に気付いた中島は立ち上がる前に、大男の右膝頭に左踵を叩き込んだ。鈍い音と共に中田の右脚が反対方向へ曲がり、激痛に苦悶の表情を浮かべて大男は歯を食いしばった。間を置かずに中島を援護しようと荒井が、右拳で中田の左膝裏を殴って大柄のテロリストに片膝をつかせた。この時、テロリストが荒井の拳銃を床に落とした。素早く若いSAT隊員は、被弾していない右足で中田の口を蹴り飛ばした。

 同じ時、隙を見て起き上がろうと動いた中島の顔面に蹴りが飛んできた。片膝をついていた彼は急いで防御しようと左腕を上げた。蹴りの威力が強く、顔面への直撃は免れたものの、左腕に痺れが走った。腹部を蹴られて苛立っている守谷は、素早く次の蹴りを入れようと動いた。

 守谷の右脚が再び東京から来たSAT隊員の顔面に向かって飛んできた時、中島は痺れる左腕を振りかぶって拳を水平に振り、守谷の右脛にそれを叩き込んだ。脛に走る激痛を感じて額に切り傷を持つ男は右脚を下げ、その間に中島が素早く立ち上がった。痛みに耐えながら守谷は目の前に立つ男を睨み付け、相手の動きを窺った。双方ともにできればカウンターで相手を仕留めようと考えていたが、外から聞こえる複数の銃声が二人の心に焦りを与えた。

 左腕の痺れが薄れると、中島は素早く左脚を一歩踏み出して守谷との間合いを詰め、右蹴りを先ほどハンマーパンチを浴びせた相手の右脚に向けて放った。すると、テロリストは左脚を軸に体を90度回転させて攻撃を回避し、そのまま回転の勢いを利用して左拳を中島の顔目がけて放った。しかし、中島は頭を左へ軽く傾けて攻撃を避け、同じく左ストレートを繰り出した。

 中島の速度に慣れてきた守谷は飛んできた拳を右手で払い流し、左拳でSAT隊員の右頬を殴打した。好機を逃すまいと、守谷は間を置くことなく中島の右側頭部に右フックを一発お見舞いした。

 続けて二発の攻撃を頭部に受けた中島は流石にくらっときたが、勢いに乗る守谷の左フックが彼の顎横に向けて放たれると、被弾した右腕を上げて直撃する数センチ前で防いだ。これは反射的な行動であり、意識して行われた行動ではなかった。激痛が右腕に走り、中島は歯を食いしばってその痛みに耐えた。これがテロリストに追撃の隙を与え、それと同時に弱点を教えることになった。

 守谷は再びSAT隊員の右腕を殴ろうと左フックを繰り出し、それはだぶだぶの服を着た中島の右腕に叩き込まれた。傷口から離れた位置に命中したにも関わらず、形容し難い痛みが右腕全体に走り、さらに傷口から血が噴き出た。

 素早くテロリストが二打目を放とうとした時、中島は左掌底を相手の顔面に叩き込み、二人の間に距離が生まれると左押し蹴りを守谷の腹部に入れた。しかし、テロリストは右足で踏ん張ってバランスを取り、左前蹴りをSAT隊員の股間に向けて放った。中島は左膝を内側に向けて相手の蹴りを防ぎ、距離を詰めようと接近してくる守谷の鼻頭に向けて左拳を突き出す。

 拳の接近を確認するなり、額に切り傷を持つ男は身を屈めて回避し、そのままSAT隊員の右側へ移動した。急いで相手を追いながら、中島が左ストレートを放つ準備に出た時、テロリストが負傷している中島の右腕を力強く掴み、さらに守谷はSAT隊員の傷口に中指を押し込んだ。

 想像を絶する激しい痛みに中島は苦痛の表情を浮かべて呻き声を上げた。それ見た守谷は声を出して笑い、中指をさらに深くSAT隊員の傷口に侵入させた。この時、優越感に浸るテロリストは、右から迫る肘の存在に気付けなった。中島は痛みから逃れるため、左肘を守谷の右側頭部に素早く二度叩き込んだ。

 不意を突かれたテロリストは痛みよりも屈辱を感じた。その感情が強かったため、彼は一度掴んだ中島の右腕から手を離そうとはしなかった。しかし、SAT隊員の左拳が守谷のこめかみを直撃した時、あまりの痛みに手の力が抜けた。この好機を逃すほど中島は間抜けではない。彼は左掌底で守谷の額を押すように殴り、続けて右蹴りで額に切り傷を持つ男の左横腹を蹴り飛ばした。

 東京から来たSAT隊員が脚を引く直前、テロリストは中島の右脚を掴み、さらに彼の防弾ベストの肩部分を掴んで左へ放り投げ、中島を壁に強く叩きつけた。そして、相手が態勢を立て直す前に守谷は、再び壁に中島を叩きつけようと前蹴りをSAT隊員の腹部に叩き込んだ。

 荒井に蹴られて前歯が折れた中田の口元は血で赤く染まり、彼は歯を失った痛みで苦しんでいたが、彼の双眸は左脚を被弾したSAT隊員の姿をしっかり捕えていた。

 再び荒井が右蹴りを同じく顔に向けて放とうとした。しかし、中田はそれを右手で掴み、左拳を水平に振って荒井の胸部に強烈な打撃を加えた。若いSAT隊員はこの攻撃で一時的な呼吸困難に陥り、パニックに陥った。その間に大男は、中島に折られた右脚を引き摺って荒井の上に馬乗りになり、両拳を交互に若いSAT隊員の顔面に叩き込んだ。本能的に荒井は両腕を上げて顔を防御するも、振り下ろされる

 中田の拳は重く、腕が痛みで悲鳴を上げ始めた。しかし、この間に彼の呼吸は元に戻りつつあった。
その時、大男の両手が荒井の首を掴んで強く絞め始めた。荒井の防御を退くことができなかったため、中田は隙だらけの首を掴んだのだ。元に戻りつつあった呼吸が乱されて若いSAT隊員は、苦痛の表情を浮かべて首を絞めるテロリストの手を掴んだ。しかし、ビクともしない。そこで荒井は左拳で中田の骨折している右脚を殴った。

 苦悶の声が大男の口から洩れ、荒井は腕を多く振って再びテロリストの脚を横から殴った。今まで痛みを堪えていた中田であったが、今回は大きな声を上げて感情を露わにし、右脚を庇いながらSAT隊員の右隣へ転がるように逃げた。

 首を絞めていた手が消えると、大量の酸素が荒井の肺に流れ込んできた。咽ながらも彼は次の攻撃に出ようと上体を起こし、その時、一度は奪われた自分の拳銃を見つけ、右手を伸ばした。

 一方、守谷が思い描いた通りに中島は壁に背中を強打し、苦痛の表情を浮かべた。次の攻撃を回避するため、東京から来たSAT隊員が動こうとした時、テロリストが中島の着ている防弾ベストの肩部分を両手で掴み、頭を少し後ろへ動かした。頭突きを予想した中島は、守谷の頭が振り下ろされる直前に前頭部を突出し、頭突きが繰り出されると同時にテロリストの鼻頭を砕いた。守谷の鼻から大量の血が吹き出し、SAT隊員は生温かい液体を頭部に感じた。

 この時、外で行われていた銃撃戦が一時中断された。しかし、廊下にいる4人はそれに気づいていない。

 呻き声を漏らしながら守谷は後退し、中島は追い打ちをかけるようにテロリストの股間を右足で蹴り上げ、相手が前屈みになると左拳を守谷の右頬に叩き込んだ。額に切り傷を持つ男は股間を両手で抑え、その場で両膝をついて丸くなった。相手の戦意が無くなったことを見ると、中島は荒井へ視線を向けた。

 ちょうど若いSAT隊員がUSP拳銃を手に取った時、中田が荒井に飛び掛かって来た。咄嗟に荒井は胸元で構えていた拳銃の引き金を絞り、銃弾がテロリストの顎を吹き飛ばした。そして、彼は大男のタックルを受ける直前にもう一度引き金を絞って、相手の胸部に銃弾を叩き込んだ。

 二発の銃弾を受けて息絶えようとしている中田は、最後に強力なタックルをSAT隊員に浴びせ、相手と共に床に落ちると同時に死亡した。一方の荒井はテロリストの体当たりを浴びた際、中田の肩が顎に命中し、脳震盪を起こして気を失った。

 急いで中島が荒井の所へ走ろうとしたが、何かが首に巻きついて動きを止められた。パラシュートコードが彼の首を圧迫し、SAT隊員が首に触れようと左手を上げたが、手が届く前に右膝裏を蹴り飛ばされて床に片膝をつかされた。首への圧迫がさらに強くなり、中島は顔を真っ赤にして呻き声を上げた。

 「すぐ仲間の後を追わせてやるよ…」パラシュートコードを強く引っ張る守谷は、首に巻き付いた縄を掴もうとしている中島の右脚を踏みつけた。テロリストは荒井が死んだと思っていた。

 首を絞められて後ろに引っ張られているため、荒井の状態を確認しようとしても、中島には床に倒れる黒い影を視界の隅に捉えることしかできない。呼吸が苦しくなり、目の前に靄がかかり始めた。







 車内はパニック状態であった。

 運転手のSPが冷や汗をかきながら、ルームミラーとサイドミラーを利用して襲撃者の姿を探し、見つけると急いでジグザグ走行し、さらに加速して距離を開けようとした。交差点が無いので、この方法で切り抜けるしかなかった。一方、助手席にいた彼の同僚は震える右手で拳銃をホルスターから抜き、振り返って後部座席にいる小田に伏せるように言った。それでも国会議員は迫りくる襲撃者の姿をリアグラス越しに見続けた。助手席のSPはシートベルトを外し、席から身を乗り出して小田完治の上着を掴むと急いでシートの陰に引っ張った。

 「伏せてくださいッ!」

 「そんなことより、アイツらをなんとかしろッ!」議員が怒鳴った。

 その時、三須がロケットランチャーの再装填を終えて窓から身を乗り出した。

 “先生、見てて下さい…”心の中で呟くと、三須はゆっくりと引き金を絞った。

 ロケット弾が発射される直前、三須と小木が乗る乗用車に衝撃が訪れた。その影響でロケットランチャーが少し上を向き、ロケット弾は標的の上を通過して数メートル先にあった車両用信号機に命中した。爆発と同時に破壊された信号機が小田を乗せた乗用車の前に落ち、突然のことに運転手は反応できず、車は落下してきた信号機に激突して動けなくなった。

 三須と小木が後方を見た時、二人は予想外の人物を目にして驚いた。

 「何でアイツがここにいるんだ!?」小木が思わず叫んだ。彼は西野が三須の仲間に捕えられていると聞かされていたので、同僚の出現にかなり動揺していた。それは三須も同じであった。

 「分からないッ!」動揺を隠して三須が助手席に戻り、ロケットランチャーを後部座席に放り投げた。すぐに彼は席の下に隠していたMP-5Kを取り出した。「西野は後だ。まずは小田を始末するッ!」

 西野に気を取られていた二人が意識を前に向けると、小田が二人のSPに連れられて乗用車から離れようとしていた。

 「轢けッ!」三須が逃げる小田を睨み付けながら叫んだ。

 命令を受けて小木が車を逃げる3人へ向けて走らせる。しかし、二人が乗る車が標的まであと6メートルに迫った時、西野の車が左後輪部分に体当たりしてバランスを崩された。テロリストの車はぶつけられた場所を支点に右へ回転し、一瞬、西野が乗る車と隣り合う形となった。ここで西野が三須と小木に向けて発砲しようとしたが、そうしようとした時に停車していたSPの車に激突し、エアバッグが作動して顔面を強く打った。

 小木は素早くハンドルを操作してバランスを保とうとしたが、ちょっとした操作ミスで車体を振り過ぎ、電柱にぶつかって車体後部がめり込んでしまった。それでもネズミ取りを裏切った捜査官は、アクセルを踏み込んで移動を試みた。

 「俺は小田を追う。お前は西野を始末しろ。」三須は短機関銃を右手に持って車を降り、小田とその護衛を追って走り出した。








 ヘリコプターのプロペラ音を消すように、断続的な銃声がグラウンド内に響いた。

 廃校舎の上空を旋回するヘリコプターには二人のSAT隊員が乗っており、その内の一人はH&K社製のPSG-1狙撃銃で地上にいるテロリストと交戦した。彼の隣にいる隊員は豊和工業の89式自動小銃で狙撃手の援護していた。

 上空の二人が地上にいるテロリストの注意を引き、その間に大多和たちの援護に来た5人のSAT隊員が、空に向けてアサルトライフルを発砲しているテロリストの側面に回った。一方の大多和、桑野、池田は後方警戒を頼まれ、三人は片膝をついて周囲に目を配っていた。

 二方向からの銃撃によって、優勢だと思い込んでいた守谷の部下たちは、混乱して四方八方に銃を向けて引き金を引き続けた。この混乱はSAT隊員たちにとって嬉しいものであった。銃弾が頭上を通過することもあったが、下手に狙われるよりも被弾する確率が低くなる。

 地上にいる5人のSAT隊員は、校舎入り口前に置かれた車を利用してテロリストに近づき、パニックに陥っている守谷の部下に銃弾を浴びせた。当初8人いたテロリストは狙撃手によって6人に減らされ、さらに地上のSAT隊員が銃撃を加えると一人また一人と倒れた。

 仲間の死を目にして絶望を感じていた最後の一人が立ち上がり、雄叫びを上げて手榴弾の安全ピンを抜いた。彼は力を振り絞ってそれを数メートル離れた場所にいる5人のSATに向けて投げた。その直後に男はヘリコプターに乗っていた狙撃手に胸を撃ち抜かれ、口から血を吐きながら倒れて息絶えた。グレネードはSAT隊員たちの2メートル手前に落ち、隊員たちは素早く車の陰に隠れて爆発から逃れた。

 銃声は完璧に途絶え、グランドにはヘリコプターのプロペラ音しかない。上空を旋回していたヘリコプターは機体を少し揺らして地上に着地し、乗っていた二人のSAT隊員が地上で戦っていた5人と合流した。

 「校舎内とその周辺を捜索するぞ!」地上にいたSAT隊員の一人が言い、他の6人が頷く。「二人は先着の隊員たちの手当を、その他は俺に続け。」

 指示を受け取ると、ヘリコプターに乗っていた二人のSAT隊員が大多和たちの所へ走った。彼らは緊急医療キットを持っており、重傷者がいればすぐにでもヘリに乗せようと考えていた。一方、地上で戦い続けている5人のSAT隊員は短機関銃の再装填を行い、銃を構えて慎重に校舎の中に入って行った。








 「まだ到着しないのか?」黒田が近くに座っていた女性分析に尋ねた。彼はSAT4名を小田完治警護、そして、西野を拘束するために派遣していた。

 「あと10分程かかる様です。」ポニーテルの女性分析官がパソコンのディスプレイを見つめながら、器用にキーボードを操作している。

 「あれ以降、西野から連絡はあったか?」

 「いえ、ありません。」作業に集中したい女性分析官は黒田との会話を切り上げたかった。

 「そうか…」

 支局長は落胆した表情を浮かべて、背後にある巨大スクリーンへ目を向けた。画面の左端にはグランドホテルで起こった出来事を報じている各局のニュースが表示され、反対側には北海道の道路状況、公共交通機関の運行状況が表示されている。画面の中央には小田完治の移動ルートと現在地の情報が映し出されていたが、分析官たちは議員を乗せた車が5分以上動いていないことに気付いていなかった。しかし、スクリーンを見ていた黒田は気付いた。

 「何故、議員の車が止まっているんだ?」先程まで話していた分析官に問いかけた。

 女性分析官が不機嫌そうな顔をして上司を見た。「もしかしたら、通信の影響で止まって見えているのかもしれません。」

 「確認しろ。」

 口を尖らせて分析官がキーボードを叩く。「通信に問題はありません。GPSの問題―」

 黒田は彼女が話し終える前に空いていたパソコンの前に座り、議員を乗せた車の位置情報を確認した。

 “5分以上前から止まってる…”黒田の背筋に悪寒が走った。

 彼は急いでSPとの連絡を試みたが、誰も電話に出なかった。

 「ヘリの出動要請だ。誰でもいい。手の空いてる捜査官を出し、議員の安全を確保しろッ!」








 拳銃を構え、小木が恐る恐る西野の乗用車に近づいた。

 車内は暗く、同僚捜査官の姿を確認することができない。小木は西野が運転席と助手席の上で横になり、自分を待ち受けているかもしれないと考えた。そこで彼は運転席側の窓とドアに向けて4度発砲した。しかし、反応がない。

 “逃げられた?”

 そう思った時、小野田が破壊した信号機の火がSPの車に引火して小さな爆発が起きた。緊張状態にあった小木は銃口をSPの車に向けた。素早く銃口を元の方向へ戻そうと動いたが、彼の後頭部に冷たく固い物が突きつけられた。

 「銃を捨てろ」西野が言った。彼の声は氷のように冷たかった。

 小木は両目を閉じ、自分の軽率な行動を呪った。組織を裏切った捜査官は拳銃を地面に落とし、それを西野の方へ蹴り飛ばした。

 「両手を頭の―」

 再び西野が口を開くと、小木は頭を左に傾けて銃口から逃げ、左足を軸に半回転して銃を持つ元同僚捜査官と向き合った。彼は素早く西野の銃を右手で掴み、左肘を相手の右側頭部に叩き込んだ。そして、肘打ちの勢いを利用して西野の顔面に入れようと拳を水平に振った。

 同じ訓練を受け者同士、相手の動きをある程度読むことができたため、西野は姿勢を低くして攻撃を避け、立ち上がりながら小木の顎に左掌底を突き上げるようにして打ち込んだ。続いて裏切った捜査官を突き飛ばそうと動いた瞬間、小木が銃の握られている西野の右手の指を殴って拳銃を奪い、そのままUSPの銃床で相手の顔面を殴りにかかった。

 しかし、西野は間一髪のところで上半身を仰け反らせ、銃床が彼の鼻頭をかすめた。小木の攻撃が大振りであったため、西野は相手の手首を左手で掴み、下へ引きながら右腕を小木の肘に押し当てて関節技を決めた。そのまま右足を軸に回転して西野は、元同僚を停車している車に叩きつけた。車体にぶつかる際、小木は右手で受け身を取ったので顔を打つことはなかった。それを予期していた西野は右拳を肘に向けて振り下ろし、裏切った同僚の腕をへし折った。

 呻き声を上げて小木が片膝をついた。その隙に西野は拳銃を取り上げ、有無も言わずに左腕を折られた元同僚の両脚を撃った。激痛に小木は一度体をビクンと反応させて地面に倒れ、撃たれた部分に触れようとしていた。

 「ここで大人しくしてろ。」西野がUSPの弾倉を抜いて残弾を確認した。残り5発。「すぐに小野田も連れて来る…」弾倉を押し込み、捜査官は倒れている元同僚を見た。

 「くたばれッ!!」唾を飛ばしながら小木が怒鳴った。彼の目は血走っており、今まで見たことないほどの憎悪を持っていた。

 しかし、西野はそれを無視して、小木の拳銃を拾い上がると急いで小野田の後を追った。







<次回が本当の最後になると思います。はい。>

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