返報 13-7 [返報]

13-7





 何も起こらなかった。

 確かに菊地は引き金を引き、撃鉄も落ちた。しかし、弾は発射されなかった。

 大学教授がもう一度引き金を絞ろうとした時、西野が素早く菊地にタックルして転ばし、銃を奪い取ろうとする。初老の老人は背中を強打したが、銃を守ろうと必死に抵抗した。

 その時、守谷が西野の右足首を掴んで菊地から引き離した。潜入捜査官は突然のことに驚いたが、すぐに左足を突き出して左腕を被弾した男の右腕を蹴った。それでも守谷は怯まずに西野を菊池から引き離すと、右踵を捜査官の腹部に叩き込んだ。激痛によって西野の肺から一気に空気が飛び出し、両手で腹部を庇いながら体を右によじった。

 菊地信弘は北朝鮮製のマカロフの遊底を引き、不発弾を弾き出して再び銃口を西野に向ける。一方、大学教授が銃を向けようとしていた時に西野は落としたSIG拳銃を見つけ、守谷の踵落としを回避すると同時に右へ回転し、そして、拳銃を取った。
 
 慎重に狙って撃ったにも関わらず、菊池の銃から放たれた銃弾は西野を捕らえることができなかった。彼はもう一度西野へ向けて発砲しようとする。だが、守谷が捜査官に接近したために引き金にかけていた指から力を抜いた。

 守谷が接近するのを見ると、西野は銃を敵に向けて引き金を引いた。しかし、狙いが甘く、3発の内2発が額に傷を持つ男の左肩上の空気を切り裂き、最後の1発が守谷の左肩を捕らえた。ここで拳銃の弾が尽きた。

 左腕から血を流す守谷は雄叫びを上げて西野に襲い掛かり、右手で捜査官の首を絞めた。男の力は強く、酸素を求める西野がいくらもがいてもビクともしない。咄嗟に捜査官は弾の切れたSIGの銃床で守谷の額を殴った。この攻撃で塞がっていた額の傷が開いて血が噴き出し、西野の首を絞める手の力が少し緩んだ。捜査官は再び銃床で男の額を殴った。今度は先ほどよりも力を込めて殴り、傷口から飛び出した血が西野の顔に降り注いだ。守谷は呻きながら後退し、額から落ちてくる血によって視界を奪われた。

 次に西野は弾の切れたSIGを菊池に投げつけ、距離を縮めると菊地の拳銃を無理矢理取り上げた。そして、大学教授の腹部に向けて2度撃ち、続いて血を拭って目を開けようとしている守谷に銃口を向けて2度引き金を絞った。菊池はその場に座り込み、守谷はバランスを崩して転び、その際に後ろへ転がりながら輸送機から落ちた。

 素早く西野は操縦席へ銃を向け、一言も警告を発せずに操縦者の頭に1発の銃弾を叩き込んだ。操縦士の血が窓と計器に降り注ぐ。

 続けて副操縦士の頭を撃ち抜こうとした時、菊池が立ち上がって学生を守ろうと右手を銃口の前に伸ばした。捜査官の発砲した銃弾が菊池の右人差し指と中指を吹き飛ばし、これによって弾道が逸れて計器に命中した。輸送機は離陸体勢に入っていたが、操縦士の死と副操縦士の混乱がそれを困難にしている。

 潜入捜査官は大学教授を押し退けて副操縦士を撃った。撃たれた学生は即死し、床に叩きつけられた菊池は虫の息であった。

 操縦士を失った輸送機であったが、死体が操縦桿を左に傾けたために急激に傾き、そのまま基地にあった建物に激突した。




















 「この一件は火災事故にすべきだろう…」

 内閣総理大臣が突然口を開いた。それまで彼は閣僚たちの話しを聞いているだけで一言も発していなかった。
 
 閣僚やその場にいた関係者はただ唖然としていた。彼らは数時間前に自衛隊基地で起こった出来事について話している。
 
 「しかし、総理…」官房長官の小田完治が右隣にいる異常なほどに痩せこけている総理大臣に言う。「これほどの事となれば…」
 
 「下手な混乱を生むのは良くないだろう。違うか、小田?」

 「この件を隠蔽することは不可能かと…それにこれは公表すべきことです。」

 総理が小田の方に体を向けると机に左肘をついて身を乗り出した。「お前、これが絶好のチャンスだと思っているだろ?」

 小田は目の前にいる男が言っていることが理解できなかった。それは他の閣僚たちも一緒であった。

 「対テロリスト機関…」総理が自分の椅子に戻る。「これを作るには絶好の機会だ。それにお前、この事件が起きる前に何かコソコソしていたな。お前、何か知っていたんじゃないか?」

 室内にいた全員の目が小田に集まる。小田は心臓が縮まるような感覚に襲われたが、表情を変えずに総理大臣から目を離さなかった。

 “公安に通報したのが漏れたのか?しかし、それだけでは―”

 突然、総理大臣の顔に笑顔が広がった。「冗談だよ。」

 室内を満たしていた張り詰めた空気がこの一言で薄くなり、小田は笑みを総理に返すと机の上に置かれた書類挟みへ視線を戻した。

 “どうやら違ったようだ。”

 「個人的に…」総理が再び口を開く。「君の案には賛成だよ。アメリカも賛成している。他の国々も。でも、対テロ機関を公のものにすることには反対だ。こういうものはできるだけ、秘密にすべきだ。」

 「しかし―」小田が総理の話しを遮る。

 総理が官房長官を睨みつけた。

 「私は君の案を進めるつもりだ。しかし、国会では話し合わない。野党は確実にこれに反対するだろう。それに私はもうすぐ引退する…」

 “そういうことか…”総理の意図を読み取った小田は口を噤むことにした。“全て私に負わせるのか…”








 菊池たちが引き起こしたテロ攻撃は、「自衛隊基地で発生した火災」として報道された。

 しかし、近隣住民は爆発音と銃声を耳にしており、それらの情報はソーシャルメディアを通じて広く日本、そして、世界中に伝わった。

 政府は野党とマスメディアに追及されたが、「爆発音と銃声のようなものは、火災によって生じた音であって、まことしやかに囁かれている自衛隊とテログループによる戦闘ではない」と否定した。その後、数か月に渡って報道されたが、世間の関心事は別のスキャンダルへ移り、この自衛隊基地攻撃は次第に人々の記憶から薄れて行った。

 ここまでが表向きの話しである。

 事件後、防衛省はすぐに警察庁を責め、基地内への警察関係の立ち入りを拒否した。この対応の背景には公安警察主導の潜入捜査があった。

 航空自衛隊入間基地で潜入捜査官だと名乗る男が拘束されたことが発覚すると、防衛省は警察庁の怠慢に怒りを覚えた。彼らは警察庁がテロ攻撃と潜入捜査の情報を共有していれば、防げた事件だと信じて激しく抗議した。

 一方の警察庁は防衛省の主張を否定した。事実、彼らはテロ攻撃の情報を掴んでいたが、その標的までは掴んでいなかった。ゆえに潜入捜査官を2名送り、詳細な情報を入手しようとしていたのだ。しかし、テログループの警戒心の高さと妨害があったために攻撃標的を事前に知ることができなかったと報告した。

 防衛省は警察庁の報告を詭弁とし、入間基地の捜査から警察を排除しようとして両者の間で激しい言い合いが始まった。だが、政府からの要請もあり、両機関は表面上捜査協力を約束し、争いに終止符を打つことにした。








 「吉崎美由紀さんはいますか?」

 受付にいた女性が顔を上げると、短髪に髭面の若い男性が見えた。髪は短く整えられているのに、顔の半分が髭で覆われている。その男は埃を被った灰色のネルシャツと色褪せたジーンズを身に纏っていた。

 「どちら様ですか?」若い受付担当の女性が作り笑いを浮かべて尋ねた。

 「西野、西野史晃です。」

 「ご用件―」

 作り笑いを浮かべながら女性が尋ねようとした時、彼女の隣にいた先輩らしき女性職員が西野顔を見て口を開いた。

 「吉崎さんは亡くなりましたよ。」

 西野は目を見開いて30代半ばに見える女性職員の方を向いた。

 「先月のことですよ。知らないん―」

 学生として大学に潜入していた男は眩暈を憶え、女性の声を聞く余裕もなかった。

 “美由紀が死んだ…?”








 棺の中で横たわる三浦大樹の顔は綺麗に整えられていたので、誰も彼の顔に薄く残っている切り傷や内出血に気付くことはなかった。

 大勢のSAT隊員や同期の警察官も忙しい中、三浦の葬儀に駆けつけてきた。その中には中島とその家族も含まれている。しかし、弟の様に可愛がっていた後輩の死を中島はまだ受け入れられなかった。

 “まだ何所かで生きているに違いない。きっと、あの人懐こい笑顔を浮かべて戻ってくる。これも捜査の一部だ…”中島はそう思いたかった。

 「ねぇ、お父さん…」5歳になる息子が中島の左手を引いた。「三浦の兄ちゃん、何で寝てるの?」

 後輩の死を受け入れたくない男は息子の問いに戸惑い、それと同時に込み上げてくる涙を必死に抑えた。

 「お兄ちゃんは…」声を出すと涙が出そうになり、中島はここで言葉を飲んだ。そして、自分でも認めたく言葉を口にした。「お兄ちゃんは、天国に行ったんだよ…」








 『今の自分』に嫌悪感を抱く西野は吉崎美由紀に会えば、『昔の自分』に戻れると思った。再び彼女と一緒になり、新しい職を見つけ、結婚し、子供を授かり、一緒に年老いて幸せに暮らしたかった。彼は『普通の人生』を送りたいのだ。

 “事情を話せば分かってもらえる…”西野はそう思った。“警察官を辞めれば、もうあんな連中と関わることもなくなる…”

 しかし、吉崎美由紀はもうこの世にいない。西野が潜入捜査後に抱いていた希望の光はもう存在しないのだ。

 西野は愛した女性の死因を探った。皮肉なことに彼が潜入捜査官になる際の訓練が、この調査の役に立った。まずは吉崎美由紀の死に関する情報を探し、地元新聞紙に書かれていた「女性会社員の自殺」に関する記事で彼女の名前を見つけた。小さな記事であったために詳細なことは書かれていなかったが、死亡した場所と日時は特定できた。

 次に彼は公開されている吉崎のSNSを隈なく調べた。投稿された文章、写真、動画などに目を通して手掛かりを探すも、特に目立ったことは何もない。また、SNSで見つけた投稿の大半が食事や友人たちと遊んでいる写真と動画であった。

 “美由紀は自殺するような人じゃない…”

 吉崎が登録しているSNSサイトで西野は適当な名前でアカウントを複数作成し、新聞記者やアンケート業者を偽って吉崎美由紀の友人たちにスパイウェア付きのメッセージを送った。これでメッセージを開けば、スパイウェアが作動して開封者のデータを見ることができる。意外と引っ掛かる人が多く、その中には新聞記者を装ったメッセージに真摯に答えてくれる人もいた。

 この調査で分かったことは、吉崎美由紀が上司の角田陽平という男に迫られていたということであった。西野はすぐに角田を調べ上げ、彼の携帯電話とパソコンをハッキングし、吉崎に繋がる情報を求め、元警察官は見つけた。吉崎からのメールは削除されていたが、彼自身が送ったメールの方はあまり手が付けられていなかった。

 西野はすぐに送信メールをコピーして読み、角田が執拗に吉崎を食事や飲みに誘っている事実を見つけた。吉崎の友人や同僚たちから似た話しを得ていたので、このメールはその情報の裏付けとなった。それに角田陽平は警察からも容疑者として目を付けられていたので、西野は彼が犯人だと断定した。

 既に標的の行動確認を終えていた西野は、角田の帰宅時間が迫るとすぐに彼の自宅に電話をかけ、角田陽平が病院に運ばれたと電話に出た男の妻に嘘を言った。そして、その数分後に子供を連れた角田の妻がマンションから飛び出してきて、タクシーを拾うのを西野は見た。タクシーが見えなくなると、元警察官は落ち着いた足取りで角田一家の住む部屋に向かった。








 「この二人か…」机に置かれた2つの写真を見て小田が呟いた。

 官房長官の前に座る杉本哲司は何も言わず、彼が並べた西野と三浦の顔写真を一瞥した。

 「二人は…今どこに?」写真から顔を上げて小田が尋ねる。

 「一人は亡くなり、もう一人は行方不明です。」杉本が最初に三浦の写真を、次に西野の写真を指差して答えた。

 「遺族に死因を告げたのか?」

 「いいえ。機密情報であるため、訓練中の事故死という扱いにしました。また、三浦巡査部長の交際相手であり、死亡した高橋恭子は別件で事故死になっています。」手元に置いていた書類を見ずに杉本が言った。

 「もう一人の行方不明の方は?」

 「行方不明と言いましたが、既に発見して部下を派遣しています。」

 「彼を引き入れる予定なのか?」小田が口を「へ」の字に曲げて訊いた。

 「はい。」頭に白髪が混じっている杉本が頭を縦に振った。「残念ながら、彼はもう“こちら側の人間”です。それにこれは彼のためです。」

 「本当にそう思うか?」官房長官は疑いの目で杉本を見た。

 「彼は生きる“目的”を失い、いずれ自殺を試みると思います。私は彼に新しい目的を与えたいのです。そうすることが、彼のためだと思います。」








 海辺にある公園で西野はベンチに座っていた。

 街は黎明の色に染まっており、たまにカモメや鴉の鳴き声が聞こえてくる。西野はその鳴き声を無視して波の音に耳を澄ませていた。彼の視界に入るのは海と転落防止用の柵しかない。古びたジーンズから彼はポケットナイフを取り出した。

 “これでいいんだ…”

 「ちょっと若すぎるんじゃないですかね?」

 紺色のコートを羽織った男が西野の隣に座った。西野は驚いてナイフを落としそうになった。

 「いや~、いい場所ですね。東京にもこんな場所あればいいのに…」男は銀縁眼鏡をかけており、コートの下にはコートと同じ色のスーツを着ている。

 「誰だ?」

 「私ですか?」

 男はコートの内ポケットから名刺を取り出して西野に見せた。名刺には『日本交通保安協会 藤木孝太』と書かれていた。

 「自己紹介はこんなもので…少しお話しをしませんか?」

 「話し?」

 「そうですよ。あなた、自殺しようとしてたでしょ?もったいない!命は大事にしないといけませんよ。」

 男の話し方に苛立ってきた西野は立ち上がった。

 「あなたが自殺を選んだら美由紀さんが悲しむと思いますよ。」銀縁眼鏡の男が呟く。

 これを聞いた西野はベンチに座る男を睨みつけた。

 “当たりだ!”藤木は自分を睨みつけている男を見てそう思った。

 「話しを聞いてくれるつもりになりましたか?」

 「その名前をもう一度言ってみろ―」

 「『殺すぞ!』ですか?」藤木が西野を遮って言った。「私がここに来た理由はあなたとケンカするためじゃないですよ。大切な人を亡くしたのはあなただけじゃない。」藤木の脳裏にある男の姿が浮かんだが、すぐに気持ちを切り替えた。「座ってくださいよ。そうじゃないと、変な奴らが出てきますよ。」

 藤木の言葉を聞いて西野はようやく囲まれていることに気付いた。3メートル前方に一人スーツを着た男、5メートル先の背後にもスーツ姿の男が一人。西野は大人しくベンチに座ることにした。

 「ありがとうございます。早速ですが、本題に入りたいと思います。あなたの経歴を読ませてもらいました。私の上司はあなたを非常に気に入っていて、できれば明日からでもあなたに働いてもらいたいと言っています。」

 「人違いだろ?俺は―」

 「西野史晃さん。元巡査部長。一年の潜入捜査後に辞職。その後は行方不明…となってましたが、意外とすぐにあなたを見つけることができました。」

 「天下り機関が元警察官に何の用だ?もっと補充すべき役人がいるだろう?」と西野。

 「ただの天下り機関だったら、あなたをスカウトするために東京からわざわざ来ませんよ。」

 「だったら何だ?」

 「秘密です。もし、こっち側の人間になれば全てを教えることができます。」

 「詐欺師にしては手口が下手だな。」

 藤木が笑みを浮かべた。「国家機密をそうそう漏らすことはできません。それにあなたを騙すつもりなんて微塵もない。」

 「じゃ、何が目的だ?」

 「目的はあなたをスカウトすることです。」

 「違う。俺が聞いているのはお前らの魂胆だ。」

 「『魂胆』…」銀縁眼鏡の男が西野から海へ視線を移動させる。「西野さん、あなたなら分かると思いますよ。」

 「話しをはぐらかすな。」

 「してませんよ。では単純に言いますと…この国はもう安全ではないんです。あなたも知っているでしょ?」

 西野の脳裏に菊池信弘や三須たちの顔が浮かんだ。

 「それに…頭の狂った連中のせいで、誰かが泣くところなんて見たくないんですよ。」

 西野は何も言わなかった。しかし、彼は藤木の意図を理解していた。

 “対テロ機関を新たに創設しようとしているのか…”

 「この国はあなたのような人を求めています。私と一緒に東京に来てくれませんか?」

 古びた服を着た西野は無言のまま海を見続けた。

 藤木はコートのポケットから携帯電話を取り出し、西野が来ているネルシャツの胸ポケットにそれを滑り込ませた。

 「返事は次回でも結構です。その携帯に私の番号が入っているのでいつでも連絡できます。良い返事を期待しています。」そう言って藤木がベンチから立ち上がる。

 「ちょっと待て!」公園から立ち去ろうとした藤木を西野が呼び止める。「俺は無理だ。もう俺は…そっち側の人間じゃない…」

 「それを決めるのは私の上司です。あなたじゃない。あなたが誰を殺して山に捨てたことなんて、私にとっては別に問題じゃない。それに…」藤木が西野に近づく。「部下を強姦し、妊娠したことを知るなりビルの屋上から突き落とした人が消えたって…困る人は少ないでしょ?」

 「何で―」

 「ご安心を。私はあなたの味方です。人間誰しも頼れる人間が必要ですよ、西野さん。私はその内の一人です。」















 全てを話し終えると、藤木は溜め息をついた。

 “喋りすぎたかな?”

 話しを聞いていた中島は砂場で遊ぶ娘を見守っていたが、隣に座る男が口を閉じると視線だけを藤木に向けた。

 「残党狩りはいつだ?」SAT隊員の声は落ち着いていた。しかし、彼の胸は高鳴っている。

 「話しを聞いてなかったんですか?あなたはこの事件に関わるべきじゃない。」

 「お前に止める権利も義務もないだろ?」

 「ありますよ。」ここでネズミ取りの捜査官は口を閉じた。「これ以上、知り合いを失くすのはツラいですよ…」

 これを聞くと中島は鼻で渡った。「まだ隠し事があるみたいだな…」

 「まぁ、それは次回にしましょう。」ベンチから藤木が立ち上がった。「もし…もしも、奴らと対峙することになったら…その時は分かってますよね?」

 「分かってるよ。」ネズミ取りの捜査官を見ずにSAT隊員が返事した。言い合いを避けるために言ったことであり、本心では別のことを考えていた。

 “対峙することになれば、その時は全力でぶっ潰す…”




















 目覚めると、天井に広がる大きな黒い汚れが見えた。室内はカビ臭い上に肌寒くて薄暗かった。

 守谷は起き上がろうとしたが、左腕と腹部に走った激痛で上体を起こすこともできない。仕方なく頭を動かして室内の様子を調べた。畳三畳分の部屋で彼が横たわっているベッドしか家具はなく、天井から小さな豆電球が1つぶら下がっている。

 彼から見て右側にあるドアが開き、三須が入って来た。目覚めた守谷を見るなり三須は口元を緩めて友人に近づいた。

 「起きたか?」

 「あぁ…ここは?」

 「病院だよ。違法な病院だけど…お前は運が良いよ。無理を言って中田に戻るように言い、車で滑走路に侵入しようとした時に道路の真ん中で倒れていたお前を見つけた…」

 「先生はどうなった?」守谷が右肘をついて身を乗り出した。彼の額は包帯で巻かれており、傷のある部分が少し赤く染まっている。

 「あまり動くな。傷はまだ塞がってない。」

 「答えろ!先生はどうなった!?」声を荒げると、腹部に激痛が走って守谷は再び横になった。

 「先生は…亡くなった…」三須の声には落胆の響きが含まれていた。「輸送機の操縦ミスだろう…政府はあれを火事と言って―」

 「操縦ミスじゃねぇよ。あれは小林のせいだ…アイツも裏切り者だった…」

 「どういうことだ?」

 「小林がいきなり格納庫にやってきて撃ってきた。俺と寺尾を撃ち、先生にまで襲い掛かった…奴も警察の手先だったんだ…」

 三須は信じられなかった。彼は西野を非常に信頼しており、心強い味方の一人だと思っていた。

 「本当に小林だったのか?」大学院生は守谷の間違いだと信じたかった。

 「確かだ。アイツと殴り合い、撃たれた…お前も俺の傷を見ただろ?これは小林の仕業だ!」

 信頼する友人の言葉を聞いて三須は色々と考えを巡らせた。

 “事実を確認する必要がある…”

 「何を考えてる?今すぐに仇を―」

 三須が右手を上げて守谷を制した。「感情的になるな。そこがお前の欠点だ。」

 そう言われて守谷は口を噤む。

 「仇は取る。だが、その前に準備が必要だ。今まで以上の準備が…」

 「何か考えがあるのか?」

 「ある。だが、時間が掛かる。」

 「もたもたしてる時間はないぞ!」

 「分かってるよ。」半ば呆れ気味に三須が言った。「大丈夫。奴らにはちゃんと報いを受けさせるさ…大きな報いを…」

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