第6話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]

第6話「ユウタ、感激!!」

 

 グレーのニット帽に2サイズは大きいであろうスエットシャツ姿の若い男は「出る」と予想した場所に座ると慣れた手つきで千円札を投入口に入れた。ハンドルに右手を添え、彼は色褪せたジーンズのポケットから煙草を取り出す。男にとってパチンコは生活の一部であった。

 再び千円を投入しようとした時、左隣の席に男がやってきた。横目で見ると、ボサボサの髪に髭面の鼈甲眼鏡をかけた男が見えた。着ている服は埃と煤で汚れた深緑色の上着、黄ばんだ白いシャツに皺だらけのベージュのスラックスというみすぼらしい恰好であった。

 (汚ねぇな…)

 「一人か?」みすぼらしい姿の男が言った。

突然のことに若い男は驚いたが、ゆっくり隣の男へ顔を向ける。一瞬、若い男は誰だか分からなかったが、相手の目を見ている内に鼈甲眼鏡男の正体に気付いた。

 「関係ねぇだろ!」

 みすぼらしい姿の男は何も言わず、100万円の札束をパチンコ台の下皿に放り投げた。大金を見て若い男は素早くそれを手に取って両脚の間に隠した。

 「何考えてんだ!?」

 「お前に仕事だ。やり遂げれば、もう100万やる。」

 札束を穴が開くほど見つめている若い男は突然の申し出に混乱したが、願っていてもいないこの機会を無駄にしようとは思っていない。

 「仕事って何だ?」札束をジーンズのポケットに入れて若い男が尋ねた。

 みすぼらしい姿のユウタの顔に不気味な笑みが広がる。「お前が俺にしたことをある男にして欲しいんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 9ヶ月前…

 

 

 

 

 待ち合わせ場所にやってきたのはユウタが想像していた理想的な女性であった。茶色のロングヘアーに大きな双眸、筋の通った鼻、ピンク色の口紅に染まった唇、白い肌。機械的な程に整えられた顔立ちにユウタは言葉を失った。彼は顔の次に彼女の体へ視線を動かす。白いブラウスの上に紅いカーディガンを羽織り、薄ピンク色の花柄スカートを履いている。

 (こ、こ、こ、これが、ミ、ミ、ミ、ミ、ミック・ジャガー!!!????)

 「ユウくん…だよね?」異臭を漂わせる奇抜な服装のユウタに近づいてミクが言った。

 「そ、そ、そうでちゅ!!」狼狽えたユウタは舌を噛んでしまった。

 (い、いきなり、や、やっちまったぁーーーー!!)

 彼の脳内ではクールに自己紹介をしてホテルに連れ込む予定であったが、いきなり舌を噛むというアクシデントに見舞われた!ここで彼はプランBに移行することにした。

 「君がミクかい?思っていたよりもきゃわいいね。そうだ、お茶でもどうでしゅか?」

 お茶!これがユウタのプランBであった。彼が飛行機の中で読んだ恋愛マニュアル本の中にこう書いてあった:「食事やお茶も『前戯』なり」。

 (そう!お茶で俺のファースト・インプレッションをチェンジ!そして、その勢いでホテルにゴー!イエス!ウィー・キャン!イエス!高○クリニックゥ!!これぞ、パーフェクト・プランだッ!!)

 二人は近くにあったカフェに入り、ユウタの考える『前戯』が始まろうとしていた。しかし、彼が話すことはバトルソウルとセタモツ2の話しばかりでミクに話す暇を与えない。彼女は彼女で熱弁するユウタを他所にテーブル下で携帯電話をいじっていた。

 途中、ミクが熱弁するユウタの手を掴んだ。「ユウくん…そろそろ行かない?」

 (キィーーーーーーーーーータァーーーーーー!!!)

 「喜んでいぃ!!」

 

 

 

 

 

 「ポッ、ポォー!」

 天に昇るような気持ちを噛み締めることができず、ユウタが奇声を上げた。行為を終えるとユウタは余韻に浸り、もうこれ以上求めるもとはないと思っていた。ふと隣にいるミクを見ると、彼女は行為中も度々見ていた携帯電話をいじっている。

 (ふふっ。きっとミクは俺との行為をブログにアップしているんだろう。ヤっている最中はツイートもしていた様だし。この女、完璧に……俺に惚れ込んでいやがるぜッ!!)

 「ねぇ、ユウくん?」とミクがベッドから出てバスローブを羽織る。

 「どうした、ミク?」

 「ちょっと困ったことになっちゃった…」

 何事かとユウタは上体を起こす。「どういうこと?」

 「友達からLINEが来て、彼氏が私を探しているらしいの。」

 (な、何?か、か、かれ、かれし?カレシ?枯れ死?彼氏?今、彼氏って言った?いや、おそらくカレーと言いたかったのだろう。そうだ!カレーを彼氏と言い間違いに違いなッ!!)

 「カレーが食べたいの?」とユウタ。

 「はぁ?彼氏が私のことを―」

 ドアを叩くけたたましい音が聞こえてきた。ユウタとミクは驚いて飛び上がり、石のようにじっと動かずにドアを見つめる。

 「おい!ミク!いるんだろ!?開けろッ!」ドアの向こう側から男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 「大丈夫だよ、ミク。静かにしていれば―」

 「ごめんね、ケンちゃん!」ミクはユウタを無視して外にいる彼氏に向けて言った。

 (何喋りかけちゃってるのよ、このバカ女はぁーーーーーー!!!!)

「ミク!早く出てこいよ!!」

 「できないよ…だって、ケンちゃん…怒ってるでしょ?」ミクの声は震えていた。泣いているのだろうと、ユウタは思った。

 (このバカ女!何、会話しちゃんってんの?いや、待て。待てよ、ユウタ。ここで俺がミクを守れば、二回戦に突入できるかもしれない!そうだ!それにミクは俺を惚れ直すだろう!いや、惚れる!間違いなく俺の虜になるぅ!!)

 「俺は怒ってない。俺が怒ってる相手は…お前を騙してホテルに連れ込んだ野郎だ!!」

 この言葉にベッドから降りようとしていたユウタは固まった。(もしかすると、ミクよりも俺が酷い目に遭うんじゃねェ?それはイヤだ。イヤだ!イヤだぁーいぃ!!)

 「開けちゃだめだよ、ミク。アイツは嘘ついてる!きっと俺を殴る!そして、君も殴る!言い切れる!俺たちを殴るよ、アイツッさァ!」全裸であることを忘れてユウタはミクの両肩を掴んで必死に説得した。全ては自分の身を守るためである。

 「で、でも…」ミクが俯く。

 「開けるんだ!ミク!俺はお前のことを心配しているんだ!」ミクの彼氏であるケンが叫ぶ。

 「違う!アイツは―」

 必死の説得にも関わらず、ミクはユウタを突き飛ばしてドアへと走った。全裸のユウタはベッドの上に倒れるも、素早く立ち上がってミクの後を追う。ミクまでの距離は約1メートル。タックルすれば彼女を止められるかもしれない。しかし、決断が遅すぎた。バスローブに身を包むミクはドアの錠を解除した。

これを見たユウタはその場に崩れ落ち、ミクの手でドアが開かれると彼は悲鳴を上げた。

「いやぁあああああああーーーーーーーーん!!!!!!」


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