第5話 [カードーゲーマー・滝川ユウタ!!]

第5話「ユウタ、奮闘!!」

 

 観客の多くはイカ帽子の男がバトルソウルの王者・コスモだと思い、固唾を飲んで勝負帽子を被ったユウタとその対戦相手の戦いを見守っている。

対戦相手は予選でコスモと戦うことになったと信じ、初めから全力で攻撃を仕掛けることにした。しかし、コスモの試合を分析してきた彼はこの考えを改めた。

(コスモの十八番は『ソニック・バースト』。つまり、序盤はこちらに攻撃を許すが、中盤から終盤にかけて重い攻撃をかけてくる。)

カッコいい名前を付けているが、要するに「人海戦術」のことである。とあるカードゲーマーのブログ記事を引用すれば、「コスモは弱いモンスターを召還しては墓地(注:倒されたモンスターや魔術師を送る場所)に送り、対戦相手が油断したところで『グレイブ・ディガー』(注:墓地に送られたモンスターたちを全部蘇らせる魔法カードらしい)を使う。これでコスモは今まで犠牲にしたモンスターたちを復活させ、完膚なきまでに対戦相手を砕く。まさに神業!!」らしい。

しかしながら、ユウタのデッキは『デストロイヤー』と言われる相手のデッキを破棄する物であり、彼の対戦相手が予期しているものとは全く別物であった。これの特徴は何かと言えば、ゲームのルール上、プレイヤーは自分のターンにデッキ置き場からカードを一枚取らないといけない。もし、デッキ置き場にカードが無くなれば、フィールド上にモンスターや魔術師がいたとしても無条件で負けとなる。つまり、ユウタはデッキ破壊のカードを使用して対戦相手のデッキ置き場を空にすれば勝つことができるのだ。

(キターーーーーッ!!!!)デッキ破壊のモンスターの引き当てた時、ユウタは勝利を確信した。

「残念だが、俺の勝ちだ…」かすれそうな声でユウタが言った。

この言葉に彼の対戦相手、そして、彼らの戦いを見守る人々は驚嘆し、鳥肌を立ててユウタの動きに注目する。ユウタは込み上げてくる歓びを抑えながら、デッキ破壊のモンスターを召還した。

 

 

 

 大会限定販売のグッズに5万円を費やし、ユウタは予選落ちした悲しみを忘れようとした。彼の対戦相手は、ユウタが『ソニック・バースト』をかけてくると予想して召還していた全てのモンスターでユウタの希望であったデッキ破壊モンスターを粉砕した。それが終わりの始まりであった。ユウタは次のデッキ破壊モンスターを引こうとしたが、その前に敵の一斉攻撃を受けて敗北した。彼をコスモだと思っていた人々は落胆し、勝負が終わるなりユウタに罵声を浴びせた。

 この屈辱を次の大会で晴らすために新しいカード250枚と抱き枕2つを購入したユウタは大会会場を後にして、付近のカフェで一休みすることにした。周囲の目を気にせずに抱き枕を椅子に立てかけ、予選敗退した男はアイスコーヒーに大量のガムシロップを投入する。その量は24個。既にそれはコーヒーではなく、ガムシロップ汁になろうとしていた。

 ガムシロップ汁を啜りながら、ユウタは大会のことなど忘れてLINEに目を通した。ミクからの「早くユウくんに会いたいなぁ~」や「今夜は忘れられない夜にしようね。」などのメッセージが届いていた。

 “うっ、うおおおおおおおおーーーーー!!!”ユウタの興奮は頂点に達していた。血液が一気に下半身へと流れ、思考は「エロ」に占領された。

「これから決勝だから、もしかすると遅れるかもしれない。それでもいいかい?」ユウタはメッセージの内容を朗読しながら打ち込んだ。嘘をついても彼の心が痛むことなどない。ただ、ミクの前でカッコいい振りがしたいのだ。

すると、ミクからすぐに返事が返ってきた。「わかった。ユウくん、頑張ってね♡」

ユウタは思った。(ミクを嫁にしよう。彼女が俺の運命の人に違いなーーーーいッ!!!)

太陽が眠りに着くまで、勘違い男・ユウタは一度ホテルに戻って荷物を置くと昼寝をした。「夜の戦い」に備えるためだ。

「もうすぐだよ、ミク…」そうひとり呟くと、ユウタは野比のび太のように恐ろしいほど早いスピードで眠りについた。

 

 

 

 5回目のシャワーを終えたユウタは地元の香水ショップで購入した安いオーデコロンを一本まるごと体に塗った。香水など使ったことのない彼にとって全身にオーデコロンを塗ることが大人の嗜みだと勘違いしているのだ。

 その後はヘアーワックスを使ってオルーバックスタイルに変更し、ユウタの青白く広い額が現れた。続いて鼻毛を整え、眉毛の長さも整える。しかし、途中で左眉毛を切り過ぎて油性ペンで眉毛を書かなければならなかった。

 「イケてるぜッ!」鏡の前でポーズを取りながらユウタが言った。そのポーズとは左手を腰に置き、右手は反時計方向に回すという奇妙なものであった。まさに変態そのものである。

 残る準備は服の着用である。新品の白いブリーフとタンクトップを身に着けると、「しまむら」で購入したピンク色のチノパンに黒い上着を羽織る。靴は紺色のニューバランスであり、もちろん靴下は履いていない。あるトレンディー俳優をリスペクトしているからだ。仕上げとしてユウタはベッドサイドのテーブルに乗せていた黒いテンガロンハットを頭に乗せた。

 「おおぉー!!」姿見に映る自分を見てユウタは驚いた。「このイケメンは誰だ?」再び変態ポーズを取りながら鏡に向かって尋ねる。「それは滝川ユウタ様です!」彼は裏声を使って言った。眠れる森の美女に出る魔女の真似であったが、29才の男がやることではなかった。

 「でゅふっ。でゅふふっ。でゅぶふふっ。ふふふふふふふふっ。あはははははははっ!!」ユウタが狂ったように笑い出す。「完璧だ!俺はもう立派なトウキョウ人だ!!ははははははっ!!」

 勘違いに気付けていない滝川ユウタという男は待ち合わせ場所の渋谷に向かった。彼はここで踏みとどまるべきであった。しかし、そうしていればユウタは美味しい思いをすることもできず、そして、最終決戦のための切り札を見つけ出すことはできなかったであろう。いずれにせよ、ミクとの出会いはユウタの人生を180度変える出来事になる!


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