返報 13-5 [返報]

13-5




 家の中を隈なく探したが、菊池夫妻は娘を見つけることができなかった。

 パニックに陥った妻の清子は度重なる疲労で倒れ、信弘は妻のために救急車を呼ぶとすぐ警察に電話して娘の捜索を求めた。一刻も早く娘を探したかったが、彼は救急車が到着するまで妻の手を握って娘の無事を祈った。

 息子や近所の人々に助けを求めることもできたかもしれないが、信弘も妻の貧血と娘の失踪でパニックに陥っていたので、そこまで考えることができなかった。

 “どうしてこんなことに…”

 10分後に2人の救急隊員がやってきて妻の清子を救急車に乗せ、救急隊員の一人が信弘に同乗を促した。すると、2人の制服警察官が狼狽している初老の大学教授に近づいてきた。

 「菊池信弘さんですか?」背の低い制服警察官が尋ねた。

 「はい。」信弘が二人組の警察官の方を向く。

 「娘さんの件で確認して欲しいことがあるので、ご同行願いますか?」

 菊池信弘は一度救急隊員の方へ向き直り、「すみませんが、後で合流します」と言った。

 すると、救急隊員は搬送先の病院名を告げて病院へ急ぎ、菊池は2人の警察官と共に警察署に向かった。









 

 冷水を顔に浴びせられて三浦が目を覚ました。

 彼に冷水を浴びせた守谷は空になったプラスチックのバケツを床に放り投げ、横たわる三浦の顔を覗き込んだ。SAT隊員は湿気の多い薄暗い部屋で両手を後ろ手に縛られており、腕を動かしてみたがビクともしなかった。
 
 「起きたかい、大ちゃん?」薄ら笑いを浮かべて守谷が言った。三浦の肘打ちによって生じた額の切り傷の出血はもう止まっており、傷は小さな赤い一筋の線になっていた。
 
 「恭子は何所だ?」三浦は恋人の安否が気がかりであった。

 「お前の後ろにいる。」

 SAT隊員が後ろを向こうと動くなり、守谷が彼の髪を掴んで手前に引っ張った。

 「まだ話しは終わってないぞ。お前は何者だ?」

 「俺はただの―」

 「そうじゃない。」守谷が三浦の話しを遮った。「知りたいのはお前の“正体”だ…」

 「だから、俺は―」

 三浦が再び喋り始めると、額に真新しい切り傷を持つ守谷が上着のポケットから黒い二つ折りの財布に似た物を取り出した。そして、男はそれを開いて拘束されているSAT隊員に見せた。それは高橋恭子の警察手帳であった。

 「あの女に俺たちを探るように唆されたか?お前なら簡単にあの女の誘惑に負けるだろうな…ところで、あの女、高橋恭子はヤってる時にどんな声を出すんだ?それとも御褒美はまだだったかな?」

 守谷の発言に三浦は苛立ち、額に青筋を浮かべた。

 「それ以上言ってみろ…後悔することになるぞ…」

 「そうかな?」守谷が三浦の髪から手を離す。「俺はこう見えてもやさしいんだ…」額に切り傷を持つ男は右足でSAT隊員を押して高橋恭子の方を向かせた。

 高橋は彼から2メートル程離れた場所で三浦と同じように両手を後ろ手で縛られた状態で横たわっていた。彼女は気を失っており、乱暴された痕跡は見当たらなかった。

 三浦が交際相手の状態を確認して安心していると、守谷は部屋の隅にあった机から灰色の工具箱を持って来てそれをSAT隊員の前に置いた。

 「お楽しみの時間だ。」そう言って、守谷が工具箱から金槌、マイナスドライバー、パイプレンチ、ポケットナイフを取り出して床に並べた。「ちなみに金槌とドライバーはセットになってるから、どっちか一つっていうのは無理だ。」

 「彼女は無関係だ!殺るなら俺だけにしろッ!!」三浦が怒鳴った。

 「それはダメだ。」守谷はあっさりと三浦の訴えを拒否した。「三須はお前たちを消したがってる。それにお前が死んだら、彼女が悲しむだろ?でも、二人とも死ねば…共に楽だろ?」不気味な笑みを浮かべながら、守谷は床に広げた道具を等間隔に離して並べ直す。

 「恭子は無関係だ。彼女は俺の潜入捜査を知らないんだッ!!」

 「どうだかねぇ~」と守谷。

 「信じろとは言わない。だが、もうすぐ仲間がここにやってくるぞ。」三浦はこの場を切り抜けるために嘘をついた。「お前たちの携帯はもうハッキング済みだから、すぐにここを突き止めて突入して来るぞ!」


 これを聞くと額に浅い切り傷を負った守谷は笑みを消し、三浦から視線を逸らして道具箱を置いていた机の方を見る。

 「お前ら…」

 守谷が呼ぶまで三浦は他者の存在に気付けなかった。三浦を囲むように三人の男たちが暗闇の中に隠れており、彼らは鋭い目つきで三浦と高橋を見つめていた。

 「武田は上の連中に荷物をまとめるように言え。後の2人はこの大ちゃんを別の場所に運んでもらう。」指示を下すと守谷は道具箱を置いていた机から赤黒く汚れたタオルを取って三浦の前で立ち止まった。

 「ちょっと失礼…」そう言うと、彼は三浦の腹部を蹴り飛ばし、これが引き金となって激痛と呼吸困難がSAT隊員を襲った。そして、その際に三浦の口が大きく開き、間を置かずに守谷は潜入捜査官の口にタオルを深く押し込み、吐き出されないようにジーンズのポケットに収めていた短いパラシュート・コードで固定した。

 「女はどうするつもりです?」武田が尋ねた。

 「彼女はここに残る。」守谷が床に置いていたポケットナイフを取り上げて言った。

 三浦は必死に体を動かして、目の前にいる男がしようとしていることを止めようとした。

 「分かってるって…」そう言って、守谷は気を失っている高橋恭子の髪を掴んで持ち上げた。頭皮に走った激痛で高橋が目を覚まし、数メートル前で縛られている恋人を見て驚愕した。

 三浦は何度も体を動かして起き上がろうとした。それを不快に思った武田がSAT隊員の頭に右膝を乗せて床に押し付け、三浦の動きを抑えた。

 「だ、大ちゃん…?」

 それが彼女の最後の言葉になった。

 守谷は深くナイフの刃を高橋の首に差し込み、三浦の前でゆっくりと水平に移動させた。刃が移動する際におびただしい量の血が飛び散り、それは三浦と武田にも届いた。

 高橋恭子は想像を絶する痛みに震え、助けを求めて声を出そうとするも、出るのは息を吐く音だけであった。彼女が死ぬ前には見た物は首から飛び出る血と声にならない絶叫を上げて暴れ回る三浦、彼を抑える男であった。彼女の血は気管に進入し、それは肺を満たそうとしていた。呼吸ができない苦しみが込み上げ、その苦しみが癒える前に彼女は息絶えた。

 SAT隊員は涙を流しながら叫んでいた。しかし、彼の声はタオルによって塞がれている。

 高橋の死を確認すると守谷は彼女の髪から手を離し、ナイフを床に放り投げた。

 「三須に電話だな…」

 何事も無かったかのように守谷と武田は仲間二人を残してその場を後にし、三浦は咽び泣きながら恋人の亡骸を見ることしかできなかった。









 ステンレスの台に横たわっていたのは明らかに菊地夫妻の娘であった。娘の詩織は眠っている様に見えたが、肌の色は青白くなっていて生気が見られない。

 顔を覆っていた白い布が捲られて愛する娘の顔が見えると、信弘は込み上げてくる感情を抑えることができなかった。涙が両目に溜まって視界がかすみ、呼吸が乱れて唇が震え、両脚で立つのもやっとの状況だった。

 菊池信弘から連絡を受けた警察は、通報の12分前に起きた交通事故の被害者と菊地の娘の特徴が似ていたので信弘に同行を求めたのだ。

 娘の詩織は母がうたた寝している間に家を抜け出し、適当な建物の屋上から飛び降りようとしていた。彼女は自分が両親に迷惑をかけていることに胸を痛めており、いずれ自分が両親を死に追いやってしまうと思って自殺を決意したのだ。

 “私がいなくなれば…”

 しかし、菊池詩織はその道中で脇見運転をしていた男性の車に轢かれ、その際に頭部を強打して死亡してしまった。

 娘の訃報を受けた妻の清子は泣き崩れ、息子の優介は言葉を失った。それでも家族の死を受け入れられない二人は死体が安置されている警察署へ行き、そこで蝉の抜け殻のようになっていた菊地信弘を見つけた。残された家族は亡くなった詩織の死体と向き合い、そして、締め付けられるような痛みが胸を襲った。

 この悲しみが癒え始めたのは、事件から3年後のことであった。その間、菊池夫妻は生気を失ったようだった。何をしていても娘のことを思い出し、その度に泣き出してしまった。両親を気遣う息子の優介はできるだけ実家に顔を出すようにしていたが、あまり助けになっていなかった。

 娘の喪失から菊池信弘は事件を起こしたグループを恨み、彼らに関する報道を追い続けた。しかし、彼らの報道は年々減少し、世間から忘れられようとしていた。

 前代未聞の化学兵器によるテロ攻撃を受けて小田完治が対テロ機関の草案を作っていた頃、菊池信弘の怒りは政府へと向けられた。

 “娘を死に追いやった奴らはまだ生きてる…なのに、何で政府は何もしない!!”

 信弘は娘の死を無駄にしたくなかった。彼は政府と警察に『正義の執行』を求めた。しかし、当時の議会は「もう二度と同じことは起らない」と高を括って、今までと変わらない日常に戻ろうとしていた。

 “もっと大きな攻撃が起きれば、人々の目が覚めるかもしれない…そうすれば、もう二度と私たち家族と同じ悲しみ持つ人々は生まれない…”

 この危険な考えが菊池信弘の思考を支配し、結果的に彼自身がテロリストとなって国を変えようという考えに辿り着いた。そして、菊池の計画はもう準備を終えており、後は実行するだけの状態にあった。









 三浦を運ぶよう指示された2人の中に剛田がいた。守谷はこのような事態を引き起こした彼にSAT隊員を始末させる役割を与えた。

 咽び泣いている三浦の横に歩み寄ると、剛田は憎悪を抱きながら、仲間だと信じていた男の左腕を引いて起き上がらせた。恋人の死で焦燥し切っている三浦は腕を引かれても、高橋恭子の亡骸から目が離せなかった。

 「お前のせいで俺まで裏切り者扱いだ…」剛田が悪態ついた。

 しかし、三浦はまだ恋人の死体を見つめている。彼女の恐怖と激痛によって引きつる顔が痛ましくて形容し難い苦しみがSAT隊員の胸を襲った。

 「何とか言ったらどうだ?」絶望の淵にいる三浦の顔を覗きこんで剛田が言った。「って言っても、この状態じゃ無理か…」

 「おい!早くしろよ。」ドアの付近で待機していたもう一人の男が急かした。

 「ちょっと待てくれよ。」そう言うと、剛田はSAT隊員の口を塞いでいた縄とタオルを取った。「少しだけ話させてくれ。」

 「早くしろよ…」仲間のわがままに呆れながら男は言った。

 剛田が再び三浦の顔を覗き込む。「お前のせいだ。お前のせいで―」

 いくら目の前で喋られても、その言葉は三浦の耳には届いていなかった。しかし、自分の視界に入って来た男の顔は認識できていた。そして、その顔を見続けていると、恋人を失った悲しみが守谷たちに対する憎悪へ変化した。

 「あのクソ女がそんなに大事だったのか?どうせだったら、あの女を犯せばよか―」

 挑発の言葉を言い終える直前に三浦は剛田の喉にかぶりつき、大きく頭を振って相手の喉から顔を離した。突然のことに剛田は固まり、そして、喉の辺りから痛みが広まり、混乱して喉を両手で抑える。

 間を置かずに三浦はかじり取った肉片をパニックに陥っている剛田の顔面に吹きかけ、畳みかけるように剛田の鼻に頭突きを喰らわせた。喉から飛び出る血とそれが引き起こす呼吸困難、そして、想像を絶する激痛で剛田の意識は朦朧し、両手を喉で抑えながら地面に崩れ落ち、絶命した。

 剛田が死ぬ30秒前、ドア付近で待機していた仲間の一人が三浦に蹴りかかった。彼は剛田が噛みつかれるところを目撃して急いで駆け寄ったが、SAT隊員との距離を詰める間に彼の仲間は肉片を顔面に吹きかけられて頭突きを受けていた。

 「この野郎ッ!」男が立ちあがろうとしていた三浦の右横腹にローキックを入れた。

 口元が血で真っ赤に染まっていたSAT隊員は左肩から床に転び、その直後に背中を蹴られた。しかし、彼は痛みを感じていなかった。大量のアドレナリンによって感覚が鈍っているのだ。

 男が再び蹴りを入れようとした時、三浦が左肩を軸に左右の足で床を交互に蹴り飛ばして後方へ回転した。そして、その弾みを利用してSAT隊員は踵落としをするために右足を上げていた敵の左脚を蹴り飛ばして転ばせた。

 突然のことに受け身が取れず、男は後方に転んで後頭部を強打した。男が激痛に呻く。

 相手の隙を見逃すほど三浦は甘くなかった。彼は慎重に立ち上がると、後頭部の痛みに苦しんでいる男の股間に右踵を落した。そして、男が悲鳴を上げようとした時、SAT隊員は死ぬまで男の顔面を右踵で何度も踏みつけた。

 男の死を確認すると三浦は再び血の海に横たわる高橋恭子を見た。彼の目から再び涙が溢れ出し、呼吸が乱れ始めた。SAT隊員は彼女の亡骸の近くにあったナイフを手探りで取り上げると、両手の自由を奪っていた縄を切った。苦悶の表情を浮かべる恋人の死体を抱きしめて三浦は咽び泣いた。

 「剛田、倉田!早く手伝えよ!!」

 ドアの向こう側から声が聞こえてきた。声は上から来ているように思え、三浦は自分が地下室にいると推測した。

 「ちょっと行ってくる…」そう言うと、三浦は高橋の瞼を閉じさせ、血の海から別の場所に彼女の死体を移動させた。

 SAT隊員は床に転がっていた工具から金槌を拾い上げると、それをベルトバックルの辺りに斜めにして差し込んだ。そして、次にマイナスドライバーを手に取った。ドアの前まで移動すると三浦は再び高橋恭子の亡骸を見た。

 「すぐ戻るよ…」












 「久しぶりだな。」そう言いながら小田完治が椅子に腰かけた。

 「3年振りくらいかな?」丸縁眼鏡をかけた菊池信弘が応えた。「それより少し痩せたんじゃないか?」

 「これでも6キロは太ったんだぞ。それよりお前から連絡してくるなんて珍しいな。」小田がウェイトレスからメニューを受け取る。

 「忙しいところ申し訳ないね。」

 「忙しいのはお互い様だろう。それで、何があったんだ?」現職議員はメニューに書かれていたウィスキーをウェイトレスに見えるよう指差し、ウェイトレスはメモを取ると静かに立ち去った。

 「まぁ、ちょっとな…」菊池が言葉を濁した。

 すると、小田は思い出したように目を見開いて笑い出した。これには菊地も驚いた。

 「お前もあの法案に反対なのか?」

 「あの法案?」

 「メディアの言う共謀罪さ。」

 大学教授はその法案についてある程度の知識は持っていた。もし、この法案が正式なものとなれば、菊池たちは処罰の対象になる。

 「実際はどうなんだ?危険なのか?」と菊地。

 「あれは形式的なものだ。破防法でもやる気になれば、テロリスト予備軍を捕まえることはできる。それに別件逮捕で芋づる式に組織犯罪を取り締まることだってできるんだ。やる気になれば、政府はなんでもできる。ただ、やらないだけさ。今のところ、何の利益にもならないからな…」

 ウェイトレスが小田のウィスキーを持ってきた。一礼をしてウェイトレスが去ると菊地が表情を強張らせた。小田は友人が何か深刻なことを話す気だと思い、テーブルに両肘をついて男の話しを聞く体勢に入った。

 「相談があるんだ。」菊地が声のトーンを落とす。「この国を変えようと思う…」

 小田は友人が冗談を言ったと思って笑い出した。「学生の頃から何にも変わってないな!」

 大学教授は表情を変えずに小田の顔を見つめ続けた。

 「お、おい。本気なのか?」

 「冗談だと思うか?この国は腐敗している。助けを求める人を助けず、私腹を肥やす人間ばかりだ。」

 「中には良い人もいるぞ。」小田が付け足した。

 「しかし、下衆が目立つ。人々は目覚めなければならない。未来のために…」

 「しかしだな…そんなことを言っても…」

 「だが、私にそんな力はない。だからお前の力を貸して欲しいんだ。」

 小田はウィスキーの入ったグラスを持ち上げると、無言のまま茶色い液体を見つめた。

 “娘を失ってから狂ったと聞いていたが…本当だったのか…”

 「どうなんだ?協力してくれるのか?」菊池信弘が小田から返事を引き出そうと尋ねた。

 「どのように協力すればいいんだ?」小田が一気にウィスキーを飲み干した。

 「ありがとう。頼れるのはお前だけなんだ…計画はもうできている。まずは―」

 小田は友人の話しに耳を傾けながら、これから自分がすべきことを考えていた。そして、大学教授が喋り終えた頃、小田完治も自分の考えをまとめた。











 携帯電話の着信音で西野は目を覚ました。彼は菊池信弘の著書『岐路に立つ』を読んでいる最中に眠りに落ちてしまったのだ。

 潜入捜査官はゆっくりと起き上がって、テーブル上で振動しながら機械音を鳴り響かせる携帯電話を取った。電話は西野の連絡係からだった。

 「どうしましたか?」欠伸を堪えながら西野が言う。

 「もう一人の潜入捜査官に会ったよな?」連絡係である『大原』の声には鬼気迫るものがあった。「あの後にもう一度会ったか?」

 「い、いいえ…」電話越しに感じる大原の迫力に西野は押されていた。

 「アイツから何か聞いてないか?何でもいいんだ。どんな些細な事でも構わない。」

 「と言っても、あれ以降、彼とは会ってませんし…その時も特に変な様子はなかったです。」三浦との会話を思い返しながら潜入捜査官が答えた。

 「本当か!?」


 「は、はい…」

 「そうか…」大原の声には落胆の響きが含まれていた。
 
 「何かあったんですか?」西野は三浦に何かが起きたと思い、気になって尋ねた。

 「連絡が取れなくなった。もしかすると、捕まったかもしれない…」

 これを聞いて西野は眼球を押し潰されたパオロのことを思い出した。

 “彼もあの外人みたいに…”










 ドアを開けると三浦は階段を2段飛ばしで駆け上がった。

 あと2歩で階段を上がり切ろうとした時、踊り場のドアが開いて顎髭を生やした男が現れた。男はマイナスドライバーを片手に持つ血だらけの三浦を見ると、危機感を抱いて咄嗟に右押し蹴りを放った。

 三浦は首を左に傾けて蹴りを回避すると、前進しながら男の右脚の下を潜り抜けるようにしてマイナスドライバーを持った右手を突き出した。工具の先端が男の股間に突き刺さり、男が悲鳴を上げる。構わずにSAT隊員は右肩で男の脚を押し上げながら前進し、顎髭男をドアに叩きつけ、間髪入れずに左肘を相手の右側頭部に入れ、そして、マイナスドライバーで男の喉を突いた。遅い仲間の様子を見に来ただけの男は床に滑り落ち、悶え苦しんだ末に息絶えた。

 SAT隊員がドア枠を通り抜けると、仲間の死を目撃して唖然とする童顔の男が見えた。この男に戦う意思はなかったが、三浦にとって相手の気持ちはどうでも良かった。

 恐怖に震える童顔の男が助けを呼ぼうと口を開くと、その口を塞ぐように三浦は男の口に向けてドライバーを突き出した。口蓋垂(注:のどちんこ)にマイナスドライバーが刺さり、童顔の男は思うように声を上げることができなかった。

 素早く三浦はドライバーを抜き取り、左手を相手の右側頭部に添えて壁に叩きつける。それは一度では終わらず、男が床に崩れ落ちようとしているにも関わらず三浦はそれを追うように相手の頭を壁に勢い良く叩きつけた。

 2人目の相手を無力化の完了後、左側にあったからドアから男が飛び出してきてSAT隊員にタックルした。タックルの後に男はドライバーを持つ三浦の右腕を掴んで壁に押し付ける。彼はマイナスドライバーが一番の脅威だと認識し、それを抑えるのが最優先だと判断した。

 しかし、三浦は道具にばかり頼るような人間ではなかった。彼はタックルしてきた男の股間を左膝で蹴り上げ、相手が怯むと前進しながら左拳を男の顔面に三度叩き込み、ドライバーを相手の右胸に刺した。刺された男は呻き、SAT隊員から離れようと三浦を両手で突き飛ばす。

 後ろに押された三浦はその弾みでドライバーから手を離してしまった。3人も連続で刺し続け、その時に付着した血で手が滑ったのだ。再び距離を詰めようと彼が動くと、右側から別の男が現れて三浦を左へ突き飛ばした。虚を突かれたSAT隊員は転び、急いで体勢を立て直そうと動く。

 彼を突き飛ばした赤縁眼鏡が特徴的な男は、これを好機と見てマウントポジションを取ろうと倒れた三浦に飛び掛かった。

 しかし、その時にはもう三浦の体勢は整っていた。SAT隊員は飛び掛かってくる男の股間に右足を叩き込み、男は激痛に顔を歪めながら三浦の上に落ちてきた。両手で突き飛ばすように三浦は男を左側へ押し退けると、ダウンした状態で相手を追うように両脚を左側へ回し、赤縁メガネをかけた男の顔面を2度踏みつけた。

 一度の蹴りによってプラスチック製のレンズ割れて男の目に刺さり、二度目の蹴りで鼻の骨が折れると同時に後頭部を背後にあった壁に強打した。断続的に訪れる激痛に男は悲鳴を上げた。 

 三浦は相手の息の根を止めようと再び蹴りを入れようと脚を持ち上げる。すると、SAT隊員の右横腹に衝撃が訪れた。彼にドライバーで胸を刺された男が仲間を助けるために三浦に蹴りを入れたのだ。再び男が蹴りを入れようとした時、急いで三浦は倒れた状態で左へ回転して立ち上がろうとする。

 マイナスドライバーがまだ胸に刺さっている男は逃げたSAT隊員を追いかけ、四つん這いになって立ち上がろうとする彼の腹部を蹴り上げた。

 「死ね!死ね!」三浦の腹部を蹴り上げながら男が叫んだ。

 疲労のため、三浦は三度も蹴りを受けていた。しかし、彼はすぐに呼吸を整えて4度目の蹴りが腹部を襲う直前にそれを左腕で防いで押し返した。防御を終えると、SAT隊員は素早く片膝をついて上体を起こしながらベルトに挟めていた金槌を右手で取った。

 男が再び右蹴りを放とうとした時、三浦は相手の左足首を金槌で殴り、殴られた男は激痛に悲鳴を上げて足首を庇おうと身を屈めた。そして、その瞬間に三浦は先ほど放った一振りの勢いを利用して金槌を左から右へ水平に振った。意図した訳ではなかったが、男は金槌の釘抜き部分で側頭部を殴られ、先端が深く頭に突き刺さった。

 耳朶を震わせる男の悲鳴が廊下に響いたが、三浦は表情一つ変えずに男と一緒に金槌を手前に引き寄せ、相手の首筋へ拳を振り落した。衝撃の強さで金槌が男の頭から離れ、肉の塊となった男の体は静かに床へ落ちて行った。

 三浦が視線を上げて次の獲物を探した。廊下の先には鉄パイプや金属バットを持った男5人が震えながら血だらけのSAT隊員を見つめている。

 「お前らは下がってろ。」男たちを掻き分けて武田衛が前に出てきた。「誰も手を出すなよ…」

 そう言うと、武田が金槌を持つ三浦の動きに警戒しながら前進し、それに応じるようにSAT隊員も歩き出した。

 距離を詰めながら武田は上着の下に隠していた特殊警棒を取り出し、振り下ろして展開させた。











 震えるほどの怒りを堪えながら、三須は守谷からの報告に耳を傾けていた。

 「警察は俺たちのことを調べていたのか?」冷静な声を装って三須が問い掛けた。

 「高橋って野郎はそう言ってた。」守谷は敢えて三浦が暴れ回っていることを仲間に伝えなかった。「どうする?」

 「計画を早める。」

 意外な返答に守谷は驚いた。

 「先生と話したのか?」

 「これから話す。先生は例の議員とお話し中だ…」今後のことを考えながら三須が言った。「ソイツを…高橋という男を“屠殺場”に連れて来い。」

 「分かった。」

 「それと…小林も“屠殺場”に呼んでくれ。」

 「アイツも消すのか?」

 「いや、彼には試験を受けてもらう。」











 三浦が先に動いた。彼は素早く金槌を振り上げ、武田の頭に向けて振り下ろす。

 素早く武田は特殊警棒で三浦の攻撃を弾き、カンッと金属同士が激しく接触する音が廊下に響く。金槌を防ぐなり武田衛は警棒を左から右へ水平に振ったが、それは空を切っただけであった。

 相手の動きからSAT隊員は身を屈めて武田の一振りを回避し、警棒が頭上を通り過ぎると金槌で武田の左横腹を殴った。そして、彼は素早く立ち上がりながら、左アッパーを相手の顎に叩き込んだ。

 攻撃の速さと激しさに武田衛は圧倒され、バツ印を描くように特殊警棒を振り回しながら後退する。最初の振りは三浦の左腕を捕えたが、最後の一振りは距離が開いたために空を切るだけで終わった。後退したまでは良かったが、右足で三浦が倒した男の一人を踏んで武田はバランスを崩しそうになった。

 目の前にいる敵が隙を見せると三浦は眼光を鋭くさせて武田に接近した。右手の中で金槌の柄を回して釘抜き部分を下へ向け、SAT隊員はバランスを崩そうになっている武田の左肩へ金槌の釘抜き部を振り下ろした。

 鋭く尖った金属部分が武田衛の肩に深く突き刺さり、武田が激痛に歯を食いしばる。彼は素早く警棒を振り上げて三浦の頭に向けて振り下ろす。しかし、それは簡単に塞がれた。

 SAT隊員は右手を手前に引いて金槌と一緒に武田を引き寄せながら、敵が振り下ろしてきた特殊警棒を持つ右腕を左腕でブロックして三浦は相手の鼻頭に頭突きを喰らわせた。その際に金槌が武田の肩から離れて血飛沫が飛んだ。

 鼻を潰されて武田は意識が遠退きそうになったが、どうにか踏みとどまり、塞がれていた右腕を手前に引いて三浦の左太腿を特殊警棒で殴った。

 左脚に走った激痛でSAT隊員の体が左に少し傾いた。彼は警棒による追撃を恐れ、金槌で攻撃を仕掛ける。しかし、この攻撃が放たれる前に武田が三浦の上着を掴んで手前に引き、彼は素早く相手の首筋に左手をかけた。SAT隊員を抱きかかえるような姿勢を取ると、武田は特殊警棒の底部で相手の後頭部に殴りかかる。

 警棒が三浦に接触する寸前、SAT隊員は武田衛に掴まれた状態で右腕を振って金槌で敵の後頭部を殴り、左手で相手を突き飛ばす。悶絶する武田を見るなり、三浦はすかさず金槌を振り上げて襲い掛かった。

 武田は金槌が自分の頭を襲うのを防ぐために左手で三浦の右手首を捕え、それと同時に特殊警棒の柄でSAT隊員の額を打つ。そして、一番の脅威を排除するため、武田衛は警棒で相手の右腕を殴った。

 額と右腕に強烈な痛みが走り、三浦の右手から金槌が離れて床に大きな音を立てて落ちた。激痛に目を細めてしまったが、彼は武田が警棒を振り上げるのを確認することができた。

 “終わりだッ!”

 武田衛が止めを刺そうとした時、SAT隊員が相手の頭と右腕の間へ左腕を伸ばし、それが振り下ろされた警棒の軌道を外側へ逸らした。そして、彼は武田の右腕を左脇で挟み、左手で相手の二の腕を掴んでしっかりと固定する。目の前にいる敵が反撃に出る前にSAT隊員は捕らえた腕を引いて距離を縮め、頭突きを喰らわれた。

 二度の鼻に対する攻撃で武田は流石に崩れ落ちそうになり、掴んでいた三浦の右手首から手を離して後退する。しかし、まだ右腕を固定されているので逃げられない。

 十分攻撃したと思った三浦は特殊警棒を奪おうと、二の腕を掴んでいた左手を手首へ移動させて固定し、右手で相手の武器を奪おうとした。

 「うらぁ!」戦意を取り戻した武田が左押し蹴りを放った。

 三浦は攻撃を警戒して後退し、その際に左腕で武田が持っていた特殊警棒を弾いて床に落とした。彼は落ちた武器へ手を伸ばそうとしたが、再び武田の蹴りが飛んできたので諦めた。

 二度目の右押し蹴りが来ると三浦は左へ動いて回避し、そのまま素早く前進して武田の背後に回り込むと右腕を相手の首に巻き付けた。体力の限界に差し掛かっていたSAT隊員は、これで戦いを終わらせようと思っていた。

 首を圧迫されて呼吸が苦しくなり、武田の顔が次第に赤くなった。彼はこの状況から逃げ出すために右手で圧迫している三浦の腕を抑え、そして、左肘を後ろにいる相手に向けて何度も放った。その内の3打がSAT隊員の左脇腹に命中し、彼の右腕から少し力が抜ける。

 “今だッ!”

 武田は自分を苦しめていた相手の右腕を首から引き剥がし、一歩前出ると素早く振り向きながら右拳を水平に振って三浦に殴り掛かった。

 だが、痛みに耐えながらSAT隊員はすかさず対応に出た。両腕で武田の右腕を抑え、右手で相手の手首を掴み、左掌底を武田の肘に叩き込んだ。鈍い音と同時に武田衛の腕が外側へ曲がり、彼の悲鳴が廊下に響いた。三浦は間を置かずに相手の後頭部に左手を添え、勢い良く壁に叩きつけた。武田衛は壁に長い血の線を描きながら床に崩れ落ちる。

 蓄積されていた疲労がどっと押し寄せ、三浦はその場で膝をついた。

 「随分、暴れたなぁ~」

 SAT隊員の背後から声が聞こえてきた。彼が振り向くと、そこには恋人の命を奪った男がいた。

 雄叫びを上げながら三浦が守谷に向かった。守谷は左足を突き出して立ち上がろうとしていた三浦の胸を蹴り飛ばして転ばし、相手が起き上がる前に彼はSAT隊員の顔を蹴り飛ばした。

 「武田を病院に連れ行け。残りはコイツを“屠殺場”に運べ。」

 そう言い残して守谷がその場を立ち去ると、彼の仲間たちが三浦を袋叩きにした。










 レストランで友人の話しに耳を傾けていた時、小田完治はできるだけ早く公安警察に菊地信弘が計画していることを話そうと考えていた。しかし、レストランを後にした今、彼は新たな選択肢を見出した。

 “アイツの言い分にも一理ある。”

 読書灯の明かりしかない部屋で小田はアームチェアに腰掛けている。

 “しかし、通報すべき事案だ。だが、アイツの計画が成功すれば、私の提案している対テロ機関が実現するかもしれない…”

 小田完治は自身の考えが許されるものではないと思っているが、それでも彼はこれを好機と捉えていた。

 “敢えて見逃すべきか…いや、もし、既に公安が奴の動きを追っていたら?”

 現職議員の額に大粒の汗が浮かび上がってきた。

 “となると、今日のことも見られていた?通報しなければ怪しまれるな…”

 胸に引っ掛かるものを感じながら、小田は固定電話の受話器を持ち上げた。

 “待てよ…”小田が受話器を戻した。“計画はまだ先のことだ。それに友人の冗談だと言えば済むかもしれない。いずれにせよ、明日にしよう。”

 小田は読書灯の明かりを消して書斎を後にすると寝室に向かった。










 「こっちだ。皆がお前を待っている。」建物に入るなり、守谷が西野を呼んだ。

 突然の予期せぬ相手からの連絡に西野は怯えていたが、黙って男の後を追って廊下を歩き出した。三浦の失踪を聞いていたので潜入捜査官は、この呼び出しが少なくとも三浦関連だと思っている。そして、自分の正体も知られたかもしれないと恐怖した。

 「何があったんだ?」男の横に並んで西野が尋ねた。

 「ちょっと問題が起きただけだ。」

 “やっぱり、例の捜査官か…”

 「大丈夫。すぐ終わるさ…」

 額に小さな切り傷を持つ守谷は廊下の突き当りにあるドアを開けて西野に入るように促した。部屋の中には男たちが輪を描くように並んでおり、ドアが開くと数人が西野たちを見た。

 「どうした?」ドアを開けて待っている守谷が心配そうに問いかけた。

 「何でもない。」そう言って西野は部屋の中に足を踏み入れた。

 部屋は狭い上に薄暗く、肌寒い場所であった。倉庫だろうと西野は思った。とても人が集まる場所ではない。

 「こっちだ。」輪を描いて並んでいる男の一人が西野に向かって言った。

 華奢な体型の西野は輪を描いている男たちを脇に寄せて輪の中に進む。恐怖が全身に走り、西野は体が震えていることに気付いた。輪の中心へ辿り着いた時、西野の中で広がっていた恐怖が消え始めた。彼の目の前には布袋を頭から被せられ、両手足を縛られて跪いている男がいる。

 「コイツは誰だ?」西野は誰ともなしに尋ねた。

 「ネズミだよ。」背後から声が聞こえてきた。西野が振り返ると守谷がいる。

 「ネズミ?」

 「そう。つい数時間前だよ。コイツの野郎…」守谷が跪いている男を指差す。「警察に俺たちの情報を流していやがった!!」

 これを聞いた西野は心臓が縮まるような感覚を得た。その後、彼の心臓は緊張によって激しく動き始めた。

 「お前も知っているはずだ…」額に小さな傷を持つ男が跪いている男の布袋を剥ぎ取った。彼は三浦の一件から西野にも疑いの目を向けていたので、敢えて鎌をかけてみたのだ。

 守谷のいう通り西野はその男を知っていた。顔中血だらけになってもいても、殴られて顔中が腫れ上がっていても潜入捜査官はその男が誰かすぐに分かった。今、この部屋にいる誰もよりも彼はその男のことを知っている。しかし、西野は一言も発しなかった。

 “あれほど電話を使うなと言っただろうが!!”変わり果てた男の姿を見た西野は苛立ちを覚えた。彼は携帯電話が原因で三浦の正体が暴かれたと思った。

 「皆で考えたんだ…ここはお前がやるべきだと…」西野の前に鉄パイプが差し出され、彼は目の前で跪いている同じ潜入捜査官を見ながらそれを手に取った。

 「助けて…」輪の中央で跪いているSAT隊員がか細い声で言う。

 「裏切りに者のくせに命乞いをするのか?」西野を部屋まで案内した守谷が鼻で笑った。「小林…できるだけ早く頼むよ。」男は西野の肩を軽く叩くと一歩下がった。

 しかし、西野にはできなかった。

 「小林…お前、この裏切り者に同情しているのか?コイツはクズだ!コイツは俺たちの変革の邪魔をしようとしたんだぞ!」額に傷を持つ男が西野の背中に向かって叫んだ。「やるんだ!これはこの国のためだ!やらなきゃ、俺たちがやられるんだ!」

 三人を囲むように並んでいる男たちが「殺せ」と叫び始める。

 “許してくれ!”

 西野は歯を食いしばると、鉄パイプを振り上げてそれを跪いている男に向けて振り下ろした。衝撃の強さに殴られた三浦は頭から床に落ち、西野は苦痛に呻く仲間を見ることしかできない。

 「まだ生きてるぞ…」守谷が西野に向けて言う。「死ぬまでやれよ。」

 恐怖に震える西野は横目で守谷を見た。右手に持つ鉄パイプが重く感じられた。

 “コイツを殺せば…”

 「どうした?ここを、もう一回だ…」守谷が倒れている三浦の後頭部を指差す。

 「俺には…できな―」

 西野が口を開くと三浦の体がビクンと動いて顔を西野に向けた。

 「や…やれよ…」SAT隊員が消え入りそうな声で言った。

 “何を…何をバカなことを…”と西野は思った。

 「ってことだ。小林、早くやれ!」痺れを切らした守谷が怒鳴る。

 この時、吐き気が込み上げて潜入捜査官が咳き込み、鉄パイプを床に落とした。喉まで出かかっている異物に我慢できず、西野は急いでその場を後にしてトイレへ走った。

 「情けない。まぁ、殴ったってことは…『白』かもな…」

 そう呟きながら守谷は、ジーンズの後ろポケットに突っ込んでいた小さく畳んでいた黒いパラシュート・コードを取り出した。長さは1メートル30センチ程だった。

 額に切り傷を持つ守谷が三浦の髪を掴んで引き起こし、SAT隊員の顔を覗き込んだ。

 「どうなってる?」三須が守谷の横に並んだ。

 「コイツはかなり頑固だ。でも、俺たちの居場所を掴んでるっていうのは嘘だな。」

 「それで小林は?」

 「この野郎を殴ったら、気持ち悪くなってトイレに走ってたぜ。」

 三須は薄ら笑いを浮かべている守谷から視線を倒れている三浦に移す。

 「小林の様子を見に行く。お前はコイツを始末しろ。」

 「あいよ。」守谷がパラシュート・コードを伸ばし、それを三浦の首に巻き付ける。

 「それから…」部屋を出ようとしていた三須が振り返った。「決行日が変更になった。」

 「いつだ?」

 「明日の夜だ。」

 「わかった…」

 三須が去るのを見ると、守谷は三浦に笑みを向けた。「何か言い残すことは?」

 「必ず…必ず…お前たちをぶっ殺してやるッ!」血の混ざった唾を吐きながらSAT隊員が憎悪をこめて言った。

 「それは残念だ…」

 守谷は三浦の背中を右足で押しながら、SAT隊員の首に巻き付けられた縄を強く後ろへ引いた。頸部が圧迫されて呼吸ができなくなった三浦はもがいた。

 しかし、両手足を縛れているため、全く抵抗になっていなかった。次第に彼の体から力が抜け、視界に靄がかかってきた。三浦は自分の無力さに苛立ちを覚えた。無力であったから、恋人も失い、テロ攻撃も防げないと思っている。

 その時、彼の前に高橋恭子が現れた。彼女は何も言わずに優しく微笑んでいる。突然の幻にも三浦は驚かなかった。意識が薄れつつあったので、彼女の姿を見ると何故か三浦は穏やかな気持ちになれた。

 “恭子…”

 そして、完全な闇が訪れ、三浦大樹は息絶えた。















 <ご愛読ありがとうございました。ハヤオ・エンデバーの新作にご期待ください!>
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