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12-2 

 

 

 

 「撃ち損ねたみたいだな…」西側を警戒していた男が言う。

 「仕方ねぇだろ!」仲間の言葉に気分を害して東を警戒する男が怒鳴った。

 二人は3人のSAT隊員による射撃を受けて身動きが取れずにいる。SATの弾幕は作戦通り、テロリストの注意を引く事に成功したのだ。

 「このままでは側面に回られるだろう…」西を警戒する男はSATの動きを予想して言った。「お前はここでグレネードを撃ちまくれ。俺の弾をやる。」男はグレネードの弾薬ベルトを仲間に渡し、地面に置いていたボストンバッグからMac-10短機関銃とその予備弾倉5つを取り出して鞄を担ぐ。

 「お前は?」と東を警戒する男。

 「俺は前進して防衛線を広げる。」

 「分かった…」

 東を警戒する男は身を乗り出してグレネードランチャーを発砲し、それと同時に彼の仲間は柱の反対側から中腰で飛び出すと、近くにあった遮蔽物に向かって走り出した。

 グレネードは弾幕を張っているSAT隊員たちの6メートル程離れた場所に着弾し、3人の内1人が爆風を直接受けて転ぶも、他の2人は運良く遮蔽物に守られて爆風の直撃を免れていた。

 「大丈夫か?」近くにいた岩井が倒れた飯尾の片腕を掴んで立ち上がらせる。その間、後藤は弾倉が空になるまで引き金を引き続け、仲間が立ち上がるまで弾幕張りを一人で行った。岩井と飯尾は立ち上がると、後藤の肩を軽く叩いて次の遮蔽物への移動を促す。合図を受けると、後藤は撃ち止めて移動しながら弾倉を交換した。

 3人が車の陰に隠れた時、グレネードが3メートル後方に落ち、爆発の衝撃に押されて彼らは車体に叩きつけられた。

 「距離を縮めるぞ!」体勢を立て直して岩井が叫ぶ。近づけばテロリストもグレネードの使用を躊躇する可能性もあり、MP-5の特性を生かすためには距離を縮める必要があるからだ。「俺が先行する!」そう言うと、岩井は車寄せに向けて発砲しながら別の遮蔽物へ移動する。彼に続いて飯尾、そして、後藤の順に移動が始まった。しかし、彼らの進もうとしている道の先で西を警戒していたテロリストが、プラスチック爆薬を置き去りにされた車の一つに仕掛けていることなど知らなかった。

 一方、グレネードを装填中の東を警戒する男は視界の隅で動く何かに気付いた。それは3人のSAT隊員であり、距離は20メートルもない。テロリストはグレネードランチャーを走るSAT隊員たちに向け、彼らの動く早さと距離を読む。

喰らえ!男はゆっくりと引き金を絞った。

 

 

 

 病院の裏口から外へ出るなり、野村と中島の前に黒いSUVが現れた。テロリストを警戒する2人は拳銃を取り出して車に向ける。しかし、車から降りてきた人物を見て野村と中島は同時に拳銃を下ろした。

 「新村?」銃をホルスターに戻しながら野村が言った。

 「何で電話に出ないですか?」新人女性捜査官が野村と中島に近づく。

 「これから支局に戻るところだった…」と野村。

 「まだ戻れそうにありません。グランドホテルが襲撃を受けていて、道警から応援要請が出ているんです!ここに来たのは、野村さんに現場へ向かって欲しいからです。」

 「誰の仕業ですか?」中島が新村に尋ねる。

 しかし、中島の顔を憶えていなかった女性捜査官はSAT隊員が会話に入ってきて驚き、露骨に嫌悪感を露わにした。「あなたは誰ですか?」

 「SATの中島です。」

 「何でSATが―」

 「口に気を付けろ、新村。」野村が2人の会話に割って入る。「この人はお前と小田菜月を救出する際に協力してくれた人だ。」

 先輩の予期せぬ言葉に新村はたじろぎ、「すみません」と頭を下げた。

 「そんな事より、襲撃は誰の仕業なんです?」と中島が再び問いかけた。

 「詳細は不明ですが、小田完治議員の事務所を襲撃した同じグループだと推定しています。」

 「なるほど…」SAT隊員は女性捜査官から視線を逸らして腕を組んだ。

 「応援に行くのは構わないが、装備を整えないと行きたくても行けないだろう…」拳銃が収められているホルスターを叩いて野村が言う。「少なくとも拳銃だけじゃ―」

 「だから来たんですよ!」新村はSUVのトランクを開け、弾倉が差し込まれていないMP-5Kを野村に渡す。「私の仕事は装備を届け、現場の状況を報告する事なんです!」

 「そういう事ね…」納得すると野村はトランクに近づき、弾倉を探し始める。「中島さんも来てくれますか?」

 「もちろん!」とSAT隊員。

 「でしたら…」短機関銃に弾倉を装填し、野村はそれを中島に渡そうと近づく。

しかし、中島はそれを拒否してこう言った。「ノートパソコンってあります?」

 

 

 

 テロリストの側面へと移動していた近藤、藤田、荒井であったが、ホテルの車寄せとの距離が20メートルと迫った時にグレードの攻撃を受けた。それは荒井の2メートル前にあった乗用車に命中し、SAT隊員たちは爆風で後ろに吹き飛ばれる。敵に居場所が発覚した事を知るなり、3人は散開した。三手に分かれて動くことで、テロリストを動揺させることができる。

 散開したと言っても、近藤は予想外の行動を取っていた。彼はテロリストに向かって真っすぐ走り出したのだ。近藤自身も一瞬、自分の行動に戸惑うもすぐに思考を切り替えて短機関銃を発砲しながら前進する。

 “良い的だ…”東を警戒するテロリストはグレネードの再装填を終えると、再びグレネードランチャーを近藤に向けた。

 その時、何かが彼の足元に落ちた。心臓が縮み上がるような思いを感じながら、男が足元を見るとそこには見覚えのある細長い物体があった。

 “手榴弾!!?”

テロリストが逃げようと動こうとした直前、彼の足元に落ちた閃光手榴弾が破裂した。

 

 

 

仲間の元へ戻ろうと這って移動していたもう一人のテロリストは、グレードとは違う爆発音を聞いて焦りを感じた。そして、愚かにも彼は立ち上がってしまった。

“いた!”

予期せぬ遭遇ではあったが、援護射撃に徹していた3人のSAT隊員たちは4メートル先に突然現れたテロリストを見つけた。先頭を走る岩井は短機関銃に取り付けられたダットサイトを覗き込み、小さな赤い点を逃げるテロリストの背中に合わせて引き金を二度引いた。彼に続いて背後にいた飯尾も同じくテロリストに向けて発砲する。走りながらの射撃であったが、2つのMP-5から放たれた銃弾は狙い通り逃げるテロリストの背中に命中し、被弾した男は勢い良く地面に転んだ。

“クソッタレがッ!!”防弾ベストで死は免れたが、それでも男は背中に走る痛みと不意を突かれた事に苛立った。テロリストは仰向けになり、我武者羅に自分を撃ったSATがいる方へ短機関銃を向けて発砲する。しかし、3人のSAT隊員は素早く近くにあった乗用車の陰に身を隠して難を逃れた。

テロリストの持つMAC-10短機関銃が弾倉の銃弾が全て喰い尽くした。男は急いで予備弾倉を取り出そうと動くも、彼は考え直して上着のポケットから起爆装置を取り出した。先ほど仕掛けた爆弾との距離は3メートル弱しかなく、彼と爆弾の間に遮蔽物はない。SATとの正確距離も分からず、爆破しても道連れにできる可能性は低い。それでもテロリストは小さな望みを持って起爆装置のレバーを引いた。

凄まじい爆音と衝撃が発生し、テロリストは爆発によって生じた火に飲み込まれて即死した。一方、SAT隊員たちは不運にも爆薬が仕掛けられていた車の陰に隠れていたため、爆発と同時に吹き飛ばされていた。

 

 

 

藤田の投げた閃光手榴弾が破裂した時、反射的に東を警戒しているテロリストはグレネードランチャーの引き金を引いていた。グレネードは弧を描きながら、彼に近づく近藤の左横に着弾してSAT隊員を右へ吹き飛ばした。幸い、軽傷で済んだものの耳鳴りが酷く、そして、全身に激痛が走ってとても立ち上がることができなかった。

仲間が死んだと思った藤田と荒井は頭が真っ白になり、気付くと叫びながらテロリストに向かって走り出していた。そして、目的の人物を見つけるや否や短機関銃を構えて発砲する。車寄せで悶えているテロリストは撃たれていることに気付くと、急いでMAC-10を取り出して視力が回復するまで我武者羅に撃ち続けた。双方とも撃ち続けても滑稽なほどに命中せず、距離はもう6メートル弱になっていた。

「クソがッ!!!」視界が明るくなってくると、テロリストは手榴弾を向かってくる藤田に向けて投げつけた。彼はもう一人の隊員の存在をすっかり忘れており、手榴弾を投げるなり短機関銃の再装填を始める。

手榴弾を投げられても、藤田は狼狽えずに逆にそれをテロリストに向けて蹴り返した。爆弾は空中で破裂し、テロリストは驚いたがすぐ藤田に向けて発砲する。その間に荒井が立ち止まり、テロリストにダットサイトの赤い点を合わせて引き金を引く。銃弾は男の右肩に命中してテロリストは発砲していたMAC-10を落した。しかし、その前にテロリストの放った複数の銃弾が藤田の胸と左腕に叩き込まれ、被弾したSAT隊員は後方へ倒れ込んだ。

荒井がもう一度引き金を引くも、既にテロリストが地面に伏せた後であった。SAT隊員は急いで車寄せへと走り、そして、後悔した。

地面に横たわるテロリストは左手に銃を持ち替えて荒井を待ち伏せていた。SAT隊員を見るなり、男はニヤリと笑って引き金を絞る。短機関銃の銃口からパッと火が出ると、荒井の防弾ベストで守られた胸に衝撃が走る。彼は倒れながらも、MP-5を発砲してテロリストの排除を試みた。

その時、彼は奇妙な経験をした。後方へ倒れる最中、全てがスローモーションのように見えたのだ。銃弾の発射から着弾まで面白いほどはっきり確認することができ、これで確実に仕留める事ができると思った。狙いは定めず、着弾点を基に銃口を動かして引き金を引く。しかし、体がいうことを聞かず、上手く銃口をテロリストに向けることもできず、引き金を引く指も言う事を聞かない。

荒井の人差し指がようやく引き金を絞り終えようとした時、右隣から銃声が聞こえてテロリストの頭が吹き飛んだ。標的の死と同時にスローモーションが解け、荒井は地面に転げ落ちた。

“やった…”SAT隊員は自分が仕留めたと思い込んだ。

すると、彼の前に肩で息をしている男が目に入った。荒井は急いで銃を持ち上げようとしたが、現れた男の顔を確認すると動くのを止めた。

「遅くなった…」西野が呼吸を整えながら言う。「あとは任せろ。」

 

 

 

 銃撃が始まると同時に小田完治とその家族は、SPたちに連れられて非常口のドアを通り抜けた。彼らは逃げ惑う人々に揉まれながら廊下を進み、議員を警護する者たちは警護対象を囲むように形になって前方と後方に注意深く視線を送る。

 10メートル程進むと、先頭を進むSPの柴田が女性の悲鳴を聞いた。悲鳴は後方からではなく、前方から聞こえてきた。そして、悲鳴に続いて断続的な銃声が廊下に響く。

 「何事だ?」小田完治が柴田に尋ねる。

 「分かりません。」そう答えながら、柴田は拳銃を取り出した。

 次第に銃声が前方から近づき、彼らの前を歩いていた人々が踵返し始めて警護要員と議員家族は押し潰されそうになる。そうこうしている内に銃声は近づき、その影響で聴覚にも影響が出始めた。

 裏口からも!!?決断を迫られて柴田は周囲を見渡す。突破口を見つけ―

 そして、彼は左3メートル後方にあるホテル職員専用のドアを見つけた。

 「ドアだ!あのドアを使うぞ!!」柴田は後方にいる仲間に向かって声を張り上げた。混沌の中で彼は無線機の存在を忘れていた。または聴覚が鈍くなっている状態でそれを使うのは無駄だと思ったのかもしれない。いずれにせよ、彼の仲間は素早く柴田が見つけたドアの蹴破ると議員とその家族を連れて廊下から避難する。それを見た他の避難者もそのドアを使って新たな避難経路を進み始めた。

 彼らが進む道は一面白の質素な通路であり、所々に清掃用のカートや洗濯物回収カートが置かれていた。慎重に一行は出口へと進み、先頭から殿となった柴田は後方に気を配りながら腰の位置で銃を構える。一度前方へ視線を向けようとした時、背後から爆発音が聞こえてきた。柴田は素早く後方へ向き直り、状況を把握しようと動く。そこで彼が目にしたのは、血で真っ赤に染まった壁と血の海に転がる死体と負傷して助けを求める人々であった。

初めて目にした凄惨な光景に恐怖し、柴田は二つ目のグレネードへの反応が遅れた。彼が我に返って背後にいる仲間と警護対象者に警告を送ろうした時、グレネードが爆発して負傷して人々の命を奪うと同時に彼らと既に死亡していた人々の血と肉片が廊下に飛び散った。血を体に浴びながら柴田は爆風で後方に飛ばされる。

一方、小田完治とその家族を護衛するSPと民間の警備員たちは警護対象の姿勢を低くさせ、他の避難者と一緒に脅威から逃げようと走り出した。

手榴弾の爆音で意識が朦朧とした柴田は壁に寄り掛かりながら立ち上がった。すると、左脚に衝撃と激痛が訪れ、その場で転んでしまった。あまりの激痛にSPは拳銃を手放し、両手で激痛が走る脚を押さえる。

死体で埋め尽くされた廊下を悠々と歩いて、ボストンバッグと短機関銃を持つ堀内は被弾して丸くなっている柴田に近づいた。テロリストは彼の前にしゃがみ込むと、MP-5Kの銃口をSPの右肩に押し付けて引き金を絞った。撃たれた柴田は悲鳴を上げ、傷口から広がる激痛で気が遠退きそうになる。

「西野は何所だ?」銃声で聴覚が鈍感になっている堀内が、もがき苦しんでいるSPに大声で問いかけた。「一緒じゃないのか?」

しかし、テロリストの問いが理解できない柴田はただただ目の前にいる男を見る事しかできない。

「知らないのか…」そう言うと、堀内はボストンバッグから手榴弾を取り出した。「お土産だ。」

「やめ―」柴田が手榴弾を掴もうと手を伸ばす。

銃声が再び狭い廊下に響いた。SPは泣きながら喉から血を流し、その出血によって呼吸が困難になる。

「情けない奴だねぇ~」

そう言い残して、堀内は自分の血で溺れ死にそうになっているSPを尻目に小田完治の後を追った。


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