返報(10) [返報]


  トイレに入るなり西野は個室に倒れ込むように入って嘔吐した。その後、しばらく便座に両手をついて咳き込み、状態が良くなったと思って立ち上がろうとするも胸の当たりに違和感を覚えて再び異物を吐き出す。彼は咳き込みながら泣いていた。泣いている理由は嘔吐から来る苦しみではなく、潜入捜査官仲間を撲殺したことへの罪悪感からであった。
  トイレのドアが軋んで奇妙な音を上げながら開く。西野は誰かが入って来たと思い、急いで立ち上がるとトイレットペーパーで口の周りを拭いて個室から出る。
  「大丈夫かい?」トイレに入って来た細身の男が西野を見て尋ねる。
  「問題ない。」西野は手洗うために細長い4つの蛇口が設置されている手洗い場まで歩く。
  「君の様子が気になってさ。それより着替えた方が良いよ。」
  潜入捜査官は目の前にある鏡に視線を移して自分の姿を見た。髪と髭は以前よりかなり伸びており、顔色は白に近い。ほぼ全身に撲殺した捜査官の血が飛び散っている。髪、顔、両腕、Tシャツ、ジーンズ。嘔吐が再び西野を襲った。彼が再び嘔吐すると背後にいた男が西野の背中をやさしくさすった。
  「大丈夫だよ。辛いのは最初だけさ。それに彼の犠牲は革命のため。気にすることはないよ、小林。」
  細身の男に偽名で呼ばれた西野であったが、男のやさしさには感謝していた。今、彼の背後にいる男は西野に捜査官仲間を殺すように命じた額に切り傷を持った男とは違って、常に西野を気遣っていた。
  「三須!」トイレのドアを開けるなり額に小さな切り傷を持つ男が叫んだ。室内にいた二人はトイレに来た男に顔を向け、西野と先ほど会話をしていた男が訪問者へ近づく。
  「先生が来たのか?」と三須。
  「もうすぐだ。」そう答えると男は三須に近づき、「小林は使い物にならないだろう」と囁いた。血が付着している顔と両手を洗っていた西野に二人の会話は聞こえていなかった。
  「いや、これからだよ。」西野に一瞥を送って三須が言う。「君はいつもそうだ。もう少し冷静に物事を見るべきだよ。」
  「しかし―」
  「革命のためには人手がいる。知っているだろう、守谷?」






  狙撃手との連絡が途絶えたことに危機感を覚えた広瀬は助手席にいたSAT隊員に狙撃手の様子を見てくるように頼んだ。そのSAT隊員は野球帽を深く被り、後部座席にいた同僚から渡してもらった上着を羽織ってバンから降りた。上着はPOLICEのロゴが入った防弾ベストとそれに取り付けられている装備を隠すことはできたが、右太腿の拳銃が収められているホルスターは隠せなかった。広瀬は近隣住人に見られる心配もないだろうし、辺りは薄暗いので目立つこともないと推測した。捜査官の指示を受けたSAT隊員は両手を上着のポケットに入れて狙撃手がいる建物に向かう。移動中は周囲に目を配り、できるだけ歩行者との接触は避けようと努めた。細い路地に入ろうとした時、SAT隊員は聞き覚えのある唾を吐くような音を耳にした。彼はこの音が消音器を使った時に生じる発砲音だと反射的に感じ取り、右太腿のホルスターから拳銃を抜き取ってその音がした方へ走り出した。





  堀内のカウントダウンは止まることがなかった。「3…」
  「待て!確かに俺は約束を破ったが―」西野はできるだけ時間を稼ごうとした。
  スコープ越しに西野の様子を窺いながら堀内は上着のポケットから小型無線機を取り出して電源を入れる。最初から彼は新村とバンで待機している広瀬たちを殺そうと考えていた。
  「2…」右耳に差し込んでいるイヤホンから聞こえてくる西野の助けを求める声を無視して無線機の送信ボタンを素早く三度押した。新村の後頭部に銃を押し付けていた男は堀内からの合図を耳にして拳銃の撃鉄を下す。これとほぼ同じタイミングでマンションの陰に潜んでいた短機関銃を持った二人組の男が広瀬とSAT隊員が乗っているバンに近づく。
  「1…」
  カウントダウンが終わろうとした時、西野は決意した。彼は構えていた右腕をしっかり伸ばして照星を新村の背後で銃を構えているテロリストの頭に合わせて引き金を絞った。狙いはしっかりしていたものの銃弾は男の左耳に命中し、致命傷には至らなかったが男は負傷した耳を抑えて西野に銃口を向ける。捜査官はすばやく真横にあったSUVと軽自動車の間に飛び込み、彼の後を追うように西野の背後にいた男たちが発砲して消音器付きの短機関銃が唾を吐くような断続音を出し、SUVと軽自動車に銃弾が雨のように降り注いだ。
バンにいたテロリストは新村をバンの奥に押し込んでスライドドアを閉める。彼はもし西野が撃ってきたら逃げるように堀内から事前に指示を受けていた。
  「出せ!」左耳を負傷した男が運転手に向かって怒鳴った。テロリストのバンは予め用意して置いた避難ルートを目指して走り出す。
  遮蔽物に隠れた西野に向かって発砲していた男二人は慎重に距離を詰めながら弾倉を入れ替える。一人は大量の銃弾を浴びた軽自動車の前まで、もう一人は軽自動車の真向かいに駐車してあった乗用車の横まで移動した。
  「警察だ!」二人が行動に出ようとした時、叫び声が駐車場に響く。彼らが周囲に目を配ると野球帽を被ったSAT隊員が接近してくるのを見た。





  その場から少し離れた場所にいた広瀬とSAT隊員たちはこの声を聞き、中年の捜査官がバンのスライドドアを開けて外に飛び出した。しかし、外に出た瞬間に広瀬は固まった。彼の目の前には短機関銃を持った二人組の男がおり、彼らは広瀬を見るなり引き金を絞った。MAC-10短機関銃から放たれた銃弾は広瀬の胸部と腹部に命中し、衝撃に耐えられなかった中年の捜査官は仰向けにバンの中へ崩れ落ちた。
これを見たSAT隊員たちは状況を上手く理解できず、崩れ落ちた広瀬の姿を見ることしかできなかった。広瀬の姿を見ている内にSAT隊員たちは混乱してバンの外へ出ようと動き出す。SAT隊員たちが動くと同時に二人組のテロリストはバンに向かって弾倉が空になるまで引き金から指を離さなかった。応射する暇もなく、バンの中にいたSAT隊員は無数の銃弾を浴びて死亡した。
  二人組のテロリストはバンの様子を確認しようするも、アパートや民家の明かりが付き始めたので素早く蜂の巣のように穴だらけになっているバンから目を離して走り去った。






  「警察だ!」
  この声に西野を追っていた男二人は気を取られ、気付いた時には短機関銃をSAT隊員に向けて発砲していた。銃撃を受けた野球帽姿のSAT隊員は急いで手前にあった車に隠れたが、その様子をスコープ越しに見ていた堀内に頭部を撃たれて即死した。
  その間に西野は軽自動車の前にいた男の背後に回ってテロリストの後頭部と背中に銃弾を数発撃ち込む。乗用車の横にいた男は背後から聞こえていた銃声に気付いて肩越しに背後を確認する。捜査官は間を置かずに残りのテロリストに銃口を向けて引き金を4度引いた。銃弾は男の胸部と腹部に命中し、テロリストは短機関銃を夜空に向けて発砲しながら崩れ落ちた。
  “クソッタレめ!”まだ銃弾は残っていたが、西野は弾倉を拳銃から引き抜いて新しい弾倉をUSPに差し込む。堀内を警戒する西野は素早く真向かいにあった乗用車の横に移動し、息絶えたテロリストから短機関銃をもぎ取る。この際、不思議なことに捜査官は一切銃弾を浴びなかった。それでも西野は警戒を怠らずに車の間を縫って堀内がいるであろうと建物に向かった。







  もうすぐで本間のいる建物に着くところであったが、携帯電話に着信が入ったので佐藤は路肩に車を停車させて電話に出た。
  「どうしましたか?」
  「“アイツ”から連絡があった。計画の変更がある。」男が抑揚の無い声で言った。
  “これはまた…”佐藤は口元を緩めた。
  「どれほどのものですか?」
  「そこまで変わってはいない。ただ、的が増えるだけだ。」
  「その的は?」
  「本間と堀内だ。」
  「本間は分かりますが、何故、堀内も?」佐藤は言い終えた後に後悔した。
  “質問が多すぎたな…”
  佐藤が返答を待っていると受話口から笑い声が聞こえてきた。「お前には関係ないだろ?」その声には怒気が含まれており、中年男は内心動揺していた。
  “これ以上怒らせると金を払ってもらえないかもしれないな…”
  「ちょうどこれから本間の場所に向かうところです。」
  「そうか。内輪揉めに見えるように処理してくれ。」
  男は一方的に電話を切り、佐藤は通話が終わると電話を上着のポケットにしまった。
  “追加料金を請求するべきかな?”








  そこに堀内の姿はなかった。西野がいた駐車場から70メートル程離れた建物の屋上には血の海に横たわるSAT隊員と狙撃銃がその死体の上に置かれていた。捜査官は銃を構えながらSAT隊員の傍まで移動して周囲を観察し、約10メートル離れた場所に停車してあるバンを見つけた。バンの周りには大勢の人だかりができており、西野はその場に駆けつけようと屋上の出入り口を目指した。その時、彼のポケットにあった携帯電話が鳴って捜査官は走りながら電話に出る。
  「誰だ?」
  「よかった。まだ生きていてくれたんだね…」電話は堀内からであった。男の声を聞くと西野は階段の踊り場で立ち止まり、それと同時に頭に血が上って右手で階段の手摺を力一杯握った。
  「広瀬たちに何をした?」怒り心頭の西野であったが、口調は至って冷静であった。
  「さぁね?俺は知らないよ。でも、君の可愛い部下は今のところ安全だよ。」
  「もし新村に手を出せば―」
  「『殺すぞ』とでもいいたいんですか?」堀内が話しを遮る。「こっちはせっかくアンタにもう一度チャンスをやろうと思ったのに…」
  “チャンス?!”
  「聞く気はあるみたいだね。」
  西野は何も言わなかった。
  「俺の言った通りに動いてくれればアンタの可愛い部下を解放してあげよう。」
  「条件はなんだ?」
  「そう焦らずに…まず、仲間に連絡して助けを呼ぼうなんて無駄なことはしないこと。それとアンタの職場に戻ってよ。話しはそれからだよ…」








  電話を切ると堀内は隣で運転している男へ顔を向ける。「西野は予定通り職場に戻る。本間のところに着いたら準備を整えてすぐ集合場所に向かえ。」
  「神崎と三浦はもうあそこにいるんですかい?」運転手が尋ねた。
  「おそらくな。現場の指揮はお前に任せるからなんとかしてくれ。といってもすることを一つだけだけど…」
  「それでも失敗は許されないでしょう?」
  “コイツはいつも質問ばかりだな…”堀内はサイドミラーで尾行を確認しながらそう思った。
  「もちろんだよ。失敗したら全てが台無しになる…」
  そうこうしている内に彼らを乗せた乗用車が赤い屋根の本間がいる建物に辿り着いた。建物の前には2台のSUVと白い大型バン3台が駐車してあり、各バンには短機関銃を持った警備がついていた。この建物から40メートル程離れた場所で堀内は物陰に潜む武装した二人組の男を確認しており、本間の警戒ぶりに満足していた。もし、異常があればあの二人組が襲撃者に銃撃を浴びせ、それが本間への警報となる。
  車から降りると堀内は後続のバンに向かって歩き、スライドドアを開けて車内の様子を見た。血で染まったタオルで左耳を抑えていた男はドアが開くと驚いて足元に置いていた拳銃に手を伸ばそうとした。
  「落ち着けよ。」右手を挙げて堀内は男を制する。「女は?」
  負傷しているテロリストは後部座席の奥でうずくまっている新村を指差した。
  「生きてるのか?」
  「殺してはいませんよ。ちょっと殴っただけですよ。」
  「そうか…」そう呟くと堀内はバンの中に入って新村の髪を掴んで引っ張った。激痛に新村は悲鳴を上げ、引っ張られる方へ動いて痛みから逃れようとする。バンを降りる途中で堀内は上着のポケットからナイフを取り出し、負傷した仲間の喉仏を刺して素早くバンから降りた。刺された男は急いで喉から飛び出る血を両手で抑えるも出血は止まらず、哀れに思った仲間の一人が男を射殺した。
  堀内が建物の入り口に辿り着くとMAC-10短機関銃を持った見張りがドアの前に立ちはだかった。
  「本間に会いに来たんだ。この女は人質だ。」堀内は見張りに笑みを送る。
  それを聞いて見張りは大人しく目の前にいる男のために道を開け、堀内は新村の髪を引っ張って建物の中に入る。彼は本間がいる2階へ行こうとしたが、運良く入口付近に本間がいた。
  「その女は?」本間が開口一番に尋ねた。
  「西野の部下だ。アイツはこの女を取り返すのに躍起になっている。」堀内は新村の髪から手を離す。
  「それがアンタの言ってた計画?」
  「そうさ。最初から言ったでしょ?俺たちの手を汚すことなんてないんだって。西野を使って議員を殺せばいいんだよ。」
  「もし、西野が失敗すればどうするの?」
  「その場合は俺が全て片付ける。」
  「できるの?」
  本間の一言に堀内は苛立ちを憶える。“クソ女め!”
  「信用してもらいたいね。」
  女テロリストは鼻で笑うと視線を床で蹲っている新村に向けた。「この女を議員の娘がいる更衣室まで運んで。それからあと20分で中継が始まるから、木下と一緒になんとかしてちょうだい。私はもうここから出るから。」
  「はいはい。」堀内は適当に返事をすると新村の髪を再び掴んで小田菜月が監禁されている更衣室に向かう。
  本間は上着のポケットから携帯電話を出し、着信とメールの有無を確認すると外に出て待機させてあった一台のバンに乗り込む。
  “堀内は信用できないけど、仕事はできる方だからまだ残して置いた方がいいかもしれないわね…”







  「応援の到着に最低でもあと25分はいるそうです。」電話を切って野村が紙袋を漁っている中島に向かって言った。
  「残弾は?」SAT隊員はまだ持参してきた紙袋に両手を入れて何かを探していた。
  若い捜査官はベルトに挟んでいた拳銃を取り出すと弾倉を引き抜き、それの横に開いている小さな穴を見て残弾を確認する。
  「14…いや、15発です。」野村は上着のポケットにある予備弾倉と薬室に収められている銃弾も含めて報告した。
  「あんまないねぇ~」中島の声に危機感というものはなかった。
  宮崎と小木は車内に残って、ボンネットに紙袋を置いて荷物を探している中島と周囲の様子に気を配っている野村を見守っていた。
  “拳銃一丁だけでテロリスト戦うなんて死に行くようなもんだ!”小木は緊張のあまり心臓が高鳴り、このまま口実を作って車に残っていようと考えていた。
  彼の隣にいる宮崎も同様に中島の案は自殺行為だと思っていたが、不思議なことに小木ほど不安を感じてはいなかった。
  中島たちは本間の建物から150メートル以上離れた場所に車を停車させており、テロリストが見張りとして置いる二人組の男たちとは100メートルしか離れていない。目的地に着く500メートル前から野村はヘッドライトを消し、200メートル前まで近づくと中島の助言を聞いてギアをニュートラルに入れて惰性で現在の位置まで走らせた。ギアの変換によってエンジン音が低くなり、本間の配置した見張りが彼らに気付くことはなかった。
  「おかしいな~」中島がやっと紙袋から頭を上げて腕を組む。
  「どうしたんですか?」と野村。
  「こっちに来てから買った靴下が見つからないんだよ。」
  “靴下?!”若い捜査官は真剣な顔つきでいるSAT隊員を見て思った。
  中島は思いついたように後部座席に座っていた宮崎の方へ歩き、「宮崎くん、コンビニで買った物まだ持ってる?」
  突然のことに宮崎は素早く反応できなかったが、足元に置いてあったコンビニ袋に気付くとそれを中島に渡す。
  「ありがと。」
  そう言うと、SAT隊員はコンビニ袋から二足組の紳士用靴下と4本の単2電池を取り出した。野村たちが呆気にとられている一方で中島は取り出した靴下を重ね履きさせ、電池を4層に厚くなった靴下の中に放り込んでその口をきつく縛った。










  野村からの電話は黒田にとって良い知らせであり、できるだけ早く応援を野村たちに送るべくネズミ取りの捜査官とSAT隊員に急いで準備するように連絡した。受話器を元の位置に戻し、黒田はもし野村が小田完治の娘を救い出せば、彼と自分の出世への足掛かりになるだろうと考えて口元を緩めた。
  “野村は未熟な点もあるが素質はある…”
  着信音がネズミ取り北海道支部支局長を現実に呼び戻し、彼は武装を整えた捜査官たちからの電話だと思って急いで受話器を持ち上げる。
  「また、余計なことをしてくれたみたいだな。」電話に出るなり男がそう言った。
  「加藤か?」予想外の電話に黒田は驚いた。電話の主は黒田の大学時代の同級生で現北海道警察本部長からであった。
  「高級マンション付近で10つの死体が見つかった。その内8人はSAT。残りは正体不明の男2人だ。一応、生存者がいる。広瀬という男だ。運良くほとんどの銃弾が防弾ベストに命中していた。肩や腕にも擦り傷があるらしいが、致命傷ではないようだ。問題は目撃者が多すぎることだ。マスコミがかなり写真や映像を撮っていた。報道規制はかけれると思うが、なんせ相手はマスコミだから覚悟はしておいた方がいいだろう。」
  黒田は混乱して何と言うべきか分からなかった。
  「とにかく、あまりにも露出が多すぎる。いくら協力関係があると言っても、これだけの事件になれば完全にはお前たちを公衆から隠し通すことはできない。」
  「忠告をありがとう。こっちで何とかする。」
  「気をつけろよ、黒田。」
  「分かってる。ありがとう。」
  受話器を戻すなり黒田は椅子から立ち上がると、自分の部屋から飛び出して早歩きで小野田の机に向かう。彼が小野田の机に辿り着くと分析官はパソコンの画面をから目を離して黒田を見る。
  「説明しろ!一体何が起きてるんだ!!」








  三人は短機関銃を持った二人組の見張りを建物から40メートル程離れた場所で見つけた。野村と小木はMAC-10短機関銃を見た途端、心拍数が急激に上がって手足が小刻みに震えだした。若い捜査官は咄嗟にベルトから拳銃を取り出し、もし発見されれば交戦しようと考えた。
  そんな二人を他所に中島は腰を屈めて短機関銃を持った見張りに近づき始めた。野村はSAT隊員を止めようと手を伸ばしたが、時既に遅くて中島は既に彼らから2メートルは離れていた。テロリストは細い木の陰に二人並んで立って3メートル離れた道路に意識を集中させており、背後に目を向けることが少なかった。
  移動中に中島は上着のポケットから乾電池を詰めた靴下を取り出し、見張りとの距離が2メートルに縮まると素早く立ち上がる。衣類の擦れる音を耳にして二人組の見張りが振り返ろうとすると、中島はきつく結んだ靴下の結び目を掴んでそれを水平に振る。乾電池が詰められた靴下は電池の重さによって伸び、中島から見て右側にいた見張りのうなじに命中した。この攻撃を受けた見張りは短機関銃から手を離して両手をうなじに回す。それを確認すると中島は靴下から手を離して短機関銃を中島に向けようと動き出した左側の見張りに近づき、敵のMAC-10を左手で掴んでテロリストの喉に右拳を叩き込んで動きを止める。
  掴んだ短機関銃から手を離さず、SAT隊員はまだうなじを抑えて呻いている見張りの喉に手刀を入れ、呼吸困難に陥ったテロリストはうなじから喉に手を回して両膝を地面につく。喉に拳を叩き込まれた見張りは引き金を引こうとしたが、すぐにその考えを捨てた。なぜなら、その前に中島が短機関銃を包み込むように両手で掴んで反時計周りに回し、銃口が男の方に向いたからである。テロリストに隙ができるとSAT隊員は右膝蹴りを男の股間に入れて男から短機関銃をもぎ取ると、それでテロリストの顔面を殴った。顔を殴られた男は気を失って地面に倒れ、中島は素早く振り返って喉を抑えながら地面に両膝をついているテロリストを確認すると、再びMAC-10の銃床を使って残ったテロリストの顔面を殴った。
  安全確認を終えると中島が野村と小木の方へ振り返って笑顔でピースサインを送り、二人の捜査官は恐る恐るSAT隊員へ近づく。彼らが来る前に中島は見張りが持っていた短機関銃とその予備弾倉を拝借し、1丁のMAC-10と2本の予備弾倉を小木に手渡した。
  「ここからまた二手に分かれようか…」中島が気絶しているテロリストの両手足を野村が持っていたプラスチック製の手錠で縛りながら言う。「二人は建物の裏に回って合図を待ってよ。」
  「合図?」小木がオウム返しに尋ねた。
  「分かりやすい合図だからからすぐに分かると思う。」SAT隊員が腕時計に目を配る。「あと10分しかないし、急ぎますか…」









  黒田の怒鳴り声によってその場にいた職員たちは動きを止めて支局長と彼の怒りの矛先である小野田に視線を向ける。注目の的になっていても黒田は動じずに小野田を睨み付け、状況が理解できない分析官はただ黒田を見ることしかできなかった。
  「広瀬たちの通信を管理していたのはお前だったな?」黒田が顔を真っ赤にさせて尋ねる。
  小野田はただ頭を縦に振った。
  「さっき道警から連絡がきて、広瀬とSATを乗せたバンがテロリストに攻撃されたと連絡してきた。お前は、お前はいったいその時何をしていたんだ!!」
  「私もよく分かりません…」小野田はパソコンの画面に一瞥を送って言った。そして、彼はもう少し慎重に言葉を選ぶべきだったと後悔した。
  「『分からない』とはなんだ!!何故、問題があった時に報告しなかったんだ!!」
  「通信障害はよくあることですし、さっきからそれを直そうと―」
  「遅すぎる!!」黒田は小野田の話しを遮る。「今日だけ何人の捜査官が死んだと思ってるんだ!!」
  小野田は黒田の目が真っ赤になっていることに気付いた。
  「これ以上、誰も失うわけにはいかないんだ。小さな問題でもすぐに報告しろ!!」
  「わかりました。」小野田は俯いてそう応えた。他の職員たちも小野田のようにならないため、これからはどのような些細なことでも報告しようと肝に銘じた。
  「道警の話しに西野、新村、それに武田と繋がっている守谷というテロリストはなかった。アイツらはまだどこかにいるはずだ。探し出せ!」そう言い終えると黒田は自分のオフィスに戻って行った。








  その頃、ネズミ取り職員専用の駐車場に車を入れた西野はカード・キーを使って職員用のエレベーターに乗り込む。彼がメインオフィスのフロアボタンを押そうとした時、上着のポケットに入れていた携帯電話が鳴って西野は素早く電話に出る。
  「そろそろ職場に着いたかな?」堀内の声が受話口から聞こえてきた。
  「何が目的なんだ?」と西野。
  「まずは武器庫に行ってもらおうか。もし、あればだけど…」
  「新村の無事が確認―」
  「そこから“出られたら”、いくらでもアンタの可愛い部下の声をたっぷり聞かせてやるよ。」
  西野は堀内の皮肉が込められた台詞に再び怒りを覚えた。エレベーターが停止してドアが開く。見慣れた大きなスクリーン、その前に並ぶ大量のコンピューターとその機械と睨み合っている職員たちが見える。
  「できるだけ早く頼むよ。」堀内が西野を苛立たせるために呟いた。
  捜査官はエレベーターから降りると武器庫に続く廊下を歩きだし、その時、コーヒーを取りに行こうと立ち上がった奥村に姿を見られた。小太りの女性分析官は捜索対象である西野がオフィスにいる訳がないと思ってコーヒーメーカーがある机に向かった。
  武器庫前のドアには監視カメラがあり、常に誰が出入りしたかを確認している。ドアを潜り抜けると金網付きのカウンターに突き当たり、ここで担当者にセキュリティー・カードを提示、また関係書類に署名してから武器庫に入る。武器を選んだ後は担当者に確認してもらい、それが終われば武器を持ち出せる。
  手続きを終えると西野は金網のドアを抜けて銃器が並ぶ通路を歩き、担当者と監視カメラの陰となる位置まで来るとポケットから隠していた携帯電話を取り出す。
  「お前の言った通りに武器庫に着いたぞ。」カウンターで書類整理をしている担当者に聞こえないよう西野が小声で言う。
  「それじゃ、散弾銃を3丁と弾を100発程仕入れてもらおうかな。散弾銃は銃床が無いタイプで頼むよ。弾はダブルオーバッグ(注:00B。直径8.4mmの中型動物(鹿など)の狩猟、または軍用に使われている弾。主に6から9粒の弾が一つの薬莢に込められている)。」堀内は西野の仕事の速さに満足していた。
  “本間の部下を使うよりコイツを使う方が楽だ…”
  捜査官は散弾銃が置かれている棚まで行くと棚の一番下に畳んで置かれていた鞄を取り、堀内が言った銃床の無いポンプ式散弾銃3丁を鞄に押し込む。
  「それからスタングレネードを4つほどお願いできるかな?」堀内が注文を付け足した。
  堀内の新しい注文を受けた西野は苛立ってはいたものの、テロリストの目的を探ろうと努めた。
  “散弾銃とスタングレードくらいなら入手できるはずだ…”カウンターに向かって歩きながら西野は思った。
書類整理をしていた担当者は西野を見ると持っていたバインダーを机に置き、捜査官用の記入用紙をカウンターに備え付けられている引き出しから取り出す。西野が金網付きのカウンターに散弾銃の入った鞄をカウンターに乗せると、担当者はその中身を見て用紙に武器とその数を記入する。
  「弾の種類は?」担当者が記入用紙から顔を離さずに尋ねる。
  「00Bを100発。それからスタングレネードを4つ。」
  「セキュリティー・カードを―」
  担当者が言い終える前に西野はセキュリティー・カードをカウンターに置く。白髪頭の担当者は西野のカードを取ると、それをカウンターに置かれているコンピューターに備え付けられているカードスロットに入れる。
  「今から残りの物を取ってくる。」そう言い残して、担当者はカウンターを後にする。
  素早く西野は上着のポケットから携帯電話を取り出す。「武器は手に入った。次は何だ?」
  「携帯に次の場所の指示をメールで送る。25分以内にそこに向かって俺の部下と合流するんだ。後のことは部下が教えてくれる。」と堀内。
  「新村は無事なのか?」
  「無事だよ。それじゃ、仕事が終わったら連絡をくれ。きちんと仕事を終わらせることができれば、アンタの可愛い部下を返してやるよ。」新村を解放する気などなかったが、西野を利用するためにテロリストは嘘を言った。
  「約束しろ!」
  「わかってるよ。それじゃ…」堀内が一方的に電話を切った。
  堀内との会話が終わると同時に担当者が箱に詰められた銃弾と黒いプラスチックケースに収められているスタングレネードを持ってカウンターに戻ってきた。彼はまず先に取ってきた銃弾と閃光手榴弾を散弾銃が入っている鞄に押し込み、それから手続き通りに記入用紙に目を移した。その時、パソコンの顔面上で点滅する何を見つけて視線を用紙からパソコンへ向ける。その画面には新しいウィンドウで「警告」の文字が表示されていた。
  “またエラーか?”
  西野は鞄のジッパーを閉めて部屋から出る準備を始める。
  「ちょっと待ってくれないか?」担当者がキーボードを何度か押しながら言う。「また、システム・エラーだ。すぐに直るから…」
  捜査官は怪しまれないように鞄をカウンターに戻す。「よくあることなのか?」
  “もし、あの銃撃の話しが黒田の耳に既に届いていれば、警戒態勢を敷いて俺と新村を探し始めているはずだ。最悪、俺が広瀬とSATを殺した犯人として手配しているかもしれない…”
  「最近、よくあるんだ。この間、システムの入れ替えをしたからだと思う。」担当者は半ば諦めてコンピューターから記入用紙に視線を向ける。「問題ないと思うし、出て行っても大丈夫だよ。」
  「ありがとう。」
  西野が鞄を持ち上げて武器庫から出ようした時、けたたましい警報音が室内に響いた。それとほぼ同時に武器庫のドアが勢い良く開き、拳銃を持った警備員2人が突入してきた。白い襟付きの半袖シャツに紺のスラックス姿の警備員たちは西野を確認すると、ドアのすぐ傍で立ち止まって拳銃を散弾銃の入った鞄を持つ捜査官に向ける。
  「手を挙げろ!」警備員の一人が西野を威嚇するように言った。
  西野の背後にいる武器庫の担当者は何が起きているのか分からず、目の前で繰り広げられている状況を見守ることしかできない。
  捜査官はゆっくりと持っていた鞄を床に置いて両手を肩の高さまで上げる。警備員たちは素直に西野が彼らの指示に従ったので、素早く目の前にいる捜査官を拘束できると思った。実際、この状況を監視カメラ越しに見ていた黒田もそう思った。しかし、当の西野は投降することなど一切考えていなかった。








  野村はテロリストがいる建物の裏口から8メートル程離れた木陰に小木と並んで待機している。
  “分かりやすい合図って何だ?”二人とも同じ疑問を抱いており、小木に関しては中島が二人を囮にしたのではないかと考えていた。
  二人の心配を他所に中島は姿勢を低く保ちながら赤屋根が特徴の2階建ての建物に近づく。その途中でSUVとバンが通り過ぎ、この時は流石に地面に伏せて隠れた。生い茂っていた雑草がSAT隊員の姿を隠すのに一躍買ったのでバンに乗っていた本間とその部下たちは中島に気付くことはなかった。
  テロリストの建物に近づくに連れて車のエンジン音と話し声が聞こえてきた。中島は交戦に備えるため、MAC-10の銃握を両手で握ると両脇をしっかり締めて短機関銃を自分の体に押し当てるようにして構えた。姿勢は低いまま、忍び足で建物との距離を詰める。距離が近づくに連れて中島は段ボールや大型のジェラルミンケースを運ぶ武装した男5人を発見し、その男たちは建物の前に駐車されている2台の白いバンに荷物を積み込んでおり、バンから少し離れた場所にあるSUVの近くには誰もいなかった。テロリストの建物との距離は10メートル弱。二階建ての建物で一階には窓が4つ、二階には6つある。どちらも暗くて中の様子は窺えない。正面入り口は両開きの大きなドアがある。現在のところ、SAT隊員が肉眼で確認できることはこれだけであった。
  腕時計に目を配る。小田菜月の処刑まであと7分。
  「そろそろですな…」中島はそう呟いて再び建物との距離を縮めるために前進を始めた。



  更衣室に閉じ込められていた小田菜月は堀内がドアを開けて入って来た時に殺されると思って泣き叫んだが、部屋にやってきた男はパンツスーツ姿の女を議員の娘の横に放り投げて去った。新村は床に蹲ってすすり泣いていた。それを見た菜月は彼女を哀れに思ったが、他人の心配をするより自分の心配をしなければならないと同情心を捨てた。
  “死にたくない!!”菜月も新村も同じことを考えていた。二人とも助けが来るという希望が持てなかった。ドアの向こう側で足音がする度に菜月の心臓は高鳴り、音が通り過ぎると安堵感を得る。これの繰り返しが何百回と続いていた。不安は一向に消えない。
  「ねぇ…」菜月はすすり泣いている新村と会話でもすれば、この不安を少しでも紛らわせることができるかもしれないと思って話しかけた。議員の娘の存在に気付いていなかった新村は声を聞くと驚いて体をビクンと動かし、恐る恐る声のした方へ振り返る。
  「アンタ、名前は?」声はかけたものの、菜月は何を話すべきか悩んで無難に名前を聞くことにした。
  「新村春花…です…」若い捜査官は両手を縛られているのでぎこちなく起き上がって目に溜まっている涙を手で拭う。「あなたは?」
  「小田菜月…何でアンタはここに連れて来られたの?」
  「私は―」
  その時、ドアが開いて坊主頭の大男が室内に入って来た。二人とも男を見ると口を噤んで固唾を飲む。殺される!そう思うと、自然と目に涙が溜まって心臓が異常なほど高鳴り、涙を我慢しようとすると鼻息が荒くなった。二人の感情など気にもせず、男は部屋に入ると小田菜月の右腕を掴んだ。
  「いやー!!」耳朶を震わせるような菜月の悲鳴が室内に響き、議員の娘は必死にもがいて男の手から離れようとする。大男にとって菜月の抵抗は大した問題ではなかった。命拾いをした新村は小田菜月が引きずられて運ばれるのを見て安堵感を得た。しかし、すぐに若い捜査官は自分に嫌悪感を抱いた。
  “人を見殺しにするために警察官になったわけじゃない!!”
  新村は壁に寄りかかりながら立ち上がると大男に向かって走り出す。距離が近くなると地面を蹴り飛ばして男に体当たりした。新村の体当たりによって大男はバランスを崩したものの片足で踏みとどまる。一方の新村は転んで急いで起き上がろうと両手で上体を起こし、壁を使って立ち上がるために片膝をつく。
  攻撃を受けた男は苛立ち、立ち上がろうとしている若い捜査官の姿を見つけるとベルトに挟んでいた拳銃を取り出す。それを見るや否や腕を掴まれていた小田菜月が大男の腕に噛み付き、テロリストは呻き声を挙げて銃底で菜月の額を殴る。間を置かずに新村は無謀と分かっていながらも勢い良く床を蹴り飛ばして大男に向かって体当たりした。
  議員の娘に気を取られていた大男は少しバランスを崩したが、倒れる直前に新村の髪を掴んで右肘を彼女の左側頭部に入れた。激痛によって若い捜査官の戦意は削がれ、男と同時に地面に落ちると死に物狂いでその場から逃げようとした。しかし、男は新村の髪から手を離さず、銃口を彼女の頭部に押し付けた。
  「このアマども…」男はそう呟きながら立ち上がる。新村は震えて動けず、小田はただ頭に銃を押し付けられている捜査官を見守ることしかできない。テロリストは引き金にかけていた指に力を入れる。
  間断ない銃声と窓ガラスが割れる音が三人の耳に飛び込んでいた。突然のことに大男は新村から視線を外し、銃声のする外を見ようと近くの窓に目を向ける。
  “何事だ?!”








  おおよそのテロリストの数や進行の際に遮蔽物として使えそうな物を確認すると中島はMAC-10のセレクトレバーをフルオート(連射)に合わせ、隠れているSUVから少し身を乗出して建物の二階に銃口を向ける。戸惑うことなくSAT隊員は引き金を絞り、それと同時に銃を横に振る。短機関銃から発射された銃弾は二階の窓を次々に砕き、地上で荷物を運んでいたテロリストたちの数人がガラスの破片を被った。
  この時、建物の裏で待機していた野村と小木はこれが中島の言っていた合図だと信じてテロリストの建物に向かって走り出した。彼らはこの銃声が中島のものかテロリストのものであるかどうかなど気にしてはいなかった。どちらにしても野村と小木に分はある。テロリストが中島に気を取られている隙に建物を制圧し、小田菜月を救出する。
  巣を攻撃された蟻の様に建物の中から数人のテロリストが銃を片手に飛び出してきた。既に外でバンに荷物を積み込んでいた男たちは襲撃者の姿を確認しようと周囲に目を配る。
  一方の中島はセレクトレバーをフルオートからセミオート(単発)に切り替えて身を潜めていたSUVから次の遮蔽物候補である白いバンの後部に近づく。この際にSAT隊員は視界に入ったテロリスト3人に向けて数回発砲し、近い距離にいた男の太腿に1発命中した。最初から無力化するつもりのない中島にとってこれは上出来であった。被弾しなかった男たちは応射するのを忘れて遮蔽物へ移動し、撃たれた男は地面に崩れ落ちた際に頭を強打して気絶した。
  “6、7人…”中島は敵の数をそう見積もった。まだ5発は弾倉に残っていたが、彼はバンの陰で弾倉を入れ替える。バンから少し顔を出して敵の動きを確認すると、銃を左手に持ち替えて左腕をバンの陰から突き出す形で先ほど取り逃した二人のテロリストに向けて撃った。応射しようとしていた二人組のテロリストはこれに怯んで隠れていた木の陰に留まる。
  建物から出てきたテロリストは襲撃者の位置を確認するとSAT隊員が隠れているバンに向けて一斉射撃を加え始める。銃撃はバンの正面と右側面に集中して行われた。これが始まると同時に中島は短機関銃を両手で構えて車の左側面に回り、前進しながら木の陰に隠れていた二人組のテロリストに銃撃を加えた。パニックに陥った一人は遮蔽物から飛び出し、反射的に中島は気の陰から出てきた男の脚を撃ち、バランスを崩したテロリストは転んで出血する脚を抑えた。この隙にもう一人のテロリストは銃撃しながらバンに向かって発砲している仲間のいる位置へ逃げようとしたが、遮蔽物から出た途端にSAT隊員に右肩を撃ち抜かれて地面に崩れ落ちた。
  その時、今まで中島が隠れていたバンに向けられていた銃撃が収まった。弾切れである。素早く中島はセレクトレバーをセミオートからフルオートに切り替えると、バンのボンネットから身を乗り出す。短機関銃を持った男2人と拳銃を持った男3人が見える。躊躇いなどない。SAT隊員は短機関銃をテロリストの脚に向けて引き金を引きながら水平に振った。装填中であったテロリストはこの攻撃に気付いたが、時既に遅く、中島の撃った銃弾は5人のテロリストの脚を撃ち抜き、ほぼ同時にテロリストたちは地面に崩れ落ちる。弾倉を交換しようとしていた時に銃撃を受けたために一人を除くテロリストたちは装填を終えておらず、被弾した際に予備弾倉を落とし、ある者の予備弾倉は滑って中島のいるバンの下まで転がった。
  激痛に耐えながらも新しい弾倉を拳銃に込めていたテロリストは仰向けの状態から上半身を起こして襲撃者の姿を探した。だが、すぐに男は被弾した。右肩に衝撃を得てテロリストは再び地面に崩れ落ちる。中島は周囲の安全確認をしながらそのテロリストの横に移動し、男から拳銃をもぎ取って残弾を確認すると銃を構えて正面玄関から建物の中に入っていた。








  断続的な銃声を聞くと同時に野村と小木はこれが中島の言っていた合図だと考えて木陰から飛び出し、一目散に建物の裏口に向かって走り出す。先頭に拳銃を突き出すように構えた野村、その少し後方に短機関銃を構えた小木がいる。
  裏口まで4メートルと迫った時、野村は視界の隅で動く何かを見つけた。素早くそれを確認するために視線を移動させると、裏口から6メートル程離れた窓の近くに立つ坊主頭の大男が見える。即座に野村は進路を変え、その窓に向かって進む。小木は一瞬戸惑ったが、すぐに後輩捜査官が意図することを理解した。
  窓際にいるテロリストと野村の距離が3メートルに縮まると、ようやくテロリストが野村の姿に気付いて銃を捜査官に向けようと右腕を動かす。相手の銃が見える前に野村は前進しながら男に銃口を向けて引き金を絞り続けた。最初の2発は命中しなかったが、3、4発目がテロリストの胸と左肩に命中し、被弾した男は発砲する前に床に倒れた。窓との距離が縮まると若い捜査官は窓ガラスに向かって突進し、それを突き破ると床に倒れていた男をクッションに着地する。その後、肘を瀕死のテロリストの顔面に入れながら周囲に銃口を向けて安全確認をした。小木は窓際まで来ると野村の援護をする。安全確認の最中、二人は左手にある更衣室のドアが静かに閉まるのを見た。若い捜査官は素早く起き上がると更衣室の方を指差してそこへ近づくことを先輩捜査官にハンドシグナルで伝える。合図を受けた小木は建物内に入ると野村と背中を合わせるようにして周囲を警戒しながら更衣室に近づく。外からは短機関銃の断続的な銃声が聞こえている。
  近づくと二人はドアの横に並んで立ち、残弾を確認すると野村がドアを蹴り破って更衣室に突入した。小木も彼に続く。そこですぐに目にしたのは部屋の隅で震えている新村と小田菜月であった。議員の娘の存在を知っていた野村と小木にとって新村の存在は意外であった。捜査官たちの姿を見て新村は安堵し、状況を理解できない菜月は新村の腕を掴んで離さなかった。
  “今はここから逃げるのが最優先だ”と野村は自分に言い聞かせた。
  「ここから出るぞ!」










  タイミングが重要である。
  左から近づいてくる警備員は銃口を西野に向けながらベルトから手錠を取り出す。西野の斜め右にいる男は事が収まったと見たのか、まっすぐ伸びていた銃を持つ腕から力を抜こうとしている。ベテラン捜査官はその変化を見逃さなかった。
  手錠をかけようとする警備員が西野の手首を掴もうすると同時に、捜査官は警備員の銃を掴んで銃口を逸らすと右掌底を警備員の股間に叩き込む。打撃を受けた警備員は激痛に耐えかねて前屈みになり、もう一人の警備員は予想外の出来事に固まった。好機を逃すほど西野は未熟な捜査官ではない。
  目の前で悶絶している警備員を西野は力一杯固まっているもう一人の警備員の方へ突き飛ばし、この際に捜査官は警備員のベルトにあった特殊警棒を拝借した。バランスが上手く取れない押された警備員は捜査官の思い通り彼の仲間に激突した。この衝撃で我を思い出した警備員は仲間を押しのけて銃を構えたが、西野は特殊警棒でそれを払い、相手との距離を詰めると柄で警備員の鼻を殴った。鼻が折れる鈍い感触が警棒の柄を通して伝わり、西野はやり過ぎたと思ったが自然と体が動いて肘を警備員のこめかみに叩き込んだ。
  もう一方の警備員は呻きながら立ち上がろうとし、それを見た西野は警棒でその警備員の背中を叩いて再び床に転ばせる。警棒を捨てて捜査官は先ほど弾き飛ばした拳銃と床に置いた鞄を取り上げて周囲を見た。金網の向こう側にいる武器庫の管理者は口を開けて西野を見ているだけであった。
  「すまない…」そう言い残して西野は武器庫を後にした。
  捜査官が部屋から離れる数秒前に黒田は警備室へ連絡した。
  “西野め、何を考えている!”
  固定電話からくぐもった男性の声が聞こえてきた。警備管理長である。「どうしましたか?」
  「警報を聞いたでしょう。危険人物が施設内にいる。今すぐに建物を封鎖して欲しい。」平静を装って黒田が言う。
  「分かりました。しかし、危険人物とは誰ですか?」
  「西野史晃です。」
  「え…あの西野さんですか?」
  「そうです。施設を封鎖してアイツを捕まえてください。」
  黒田は電話を切り、警備管理長は机の引き出しからワイヤー針タイプのスタンガン(注:別名はティーザーガン)を取り出して椅子から立ち上がった。
  “面倒なことになったもんだ…”二人とも同じことを心の中で呟いていた。









  けたたましい警報音によって分析官たちは作業を中断せざるを得なかった。通常、警報が鳴ると警備室からアナウンスがあって避難指示などが出るが、今回は全く指示がない。奥村の近くで作業している小野田は立ち上がらず、オフィス椅子に腰かけたまま彼女の隣まで移動する。
  「何があったんだろう?」小野田が尋ねる。彼は警報の理由が知りたくて仕方なかった。それは他の分析官たちも同じであった。彼らは黒田の指示を待っているが、その黒田がオフィスから出てくる気配はない。
  「分からない。」
  「テロリストの仕業かな?」
  「知りたかったら警備室のネットワークにアクセスしたら?それとも黒田さんに聞くか…」奥村は今亡き武田衛のアジトで見つかった電子端末の情報に目を通していたので適当に返事を返した。
  「俺にそれだけの権限があると思う?俺は奥村さんよりも下級分析官だよ。それに支局長はかなり不機嫌だしさ。」
  ふくよかな体型の女性分析官は隣にいる同僚を見る。「じゃ、警備情報にアクセスするべきよ。階級は関係ないし…」
  「やったけど、何も掴めなかったんだ。お願い!」両手を合わせて拝むようにして小野田が言う。彼の同僚は溜め息をついたが、警備室のサーバーにアクセスして警報の原因を探った。
  「えっ…」咄嗟に女性分析官の口から声が出た。何事かと小野田がパソコンの画面を覗き込むと、西野の写真が映っていた。
  「何があったの?」と小野田。
  「西野さんが要注意人物だと書いてある。」
  「何で?」男性分析官は驚いて目を見開いた。
  「テロリストに協力した容疑としか書かれていない…」
  その時、銃声がエレベーターの所から聞こえてきた。何事かと分析官たちがそこを見ると拳銃を片手に持った警備員3人が走って行くのを見た。
  「これから施設を封鎖する!」オフィスから出るなり黒田が叫んだ。「監視カメラを使って西野を探し出せ。繰り返す。西野を探し出せ!」









  中島の陽動作戦は思わぬ効果を生んでいた。SAT隊員が建物の2階に向けて発砲した際に、運悪く窓際にいた木下は左太腿を被弾した。彼は革ベルトで被弾した部位の少し上をきつく縛り、それから弾丸が貫通しているかどうか確認した。
  “弾は抜けている”木下はこれに一安心した。
  彼は急いで武器を探し、机の上にあった拳銃を取る。中島の奇襲に動揺していたのか、それとも脚のケガのためなのか、木下が取った銃は佐藤に渡すはずの細工した拳銃であった。このテロリストは気付かぬまま銃を片手に窓から離れ、壁を頼りに立ち上がる。
  “議員の娘を逃がすわけにはいかない…”片足を引きずりながら木下は小田菜月が捕らわれている更衣室へ向かった。








  襲撃に気付くと堀内は反射的に床に伏せて周囲に目を配った。彼は一階へ行こうと階段を目指していたところで、階段まであと数メートルというところで断続的な銃声を聞いた。咄嗟に腰周りを手探りして銃を探したが、この時になって丸腰であることに気付いた。
  “なんと愚かな…”堀内は油断していた自分を非難した。“何所かで武器を―”
  一階から窓ガラスが破れる音が聞こえた。短機関銃の銃声下で耳にしたので、堀内は空耳かと思ったものの、もし、警察の突入であれば裏口からも来るであろう、と推測して立ち上がる。彼は静かに階段の入り口まで近づいて耳を澄ました。これは足音と突入時に投げ込まれるであろうスタングレードの有無を確認するためであった。足音はしない。スタングレードの閃光を弾く爆発音もない。
  堀内は静かに素早く階段を下りて恐る恐る周囲を見る。彼が目にしたのは小田菜月と新村が閉じ込められている部屋へ突入しようとする二人の男であった。彼らの他に堀内が見た人物はいない。
  “舐めやがって!”多勢での突入だと思っていた堀内は野村と小木の姿を見るなり激怒した。そして、彼は二人の捜査官が突入した部屋に向かって走り出した。
  「ここから出るぞ!」
  小木が新村の両手を縛っていた縄を解くのを見ると野村が言った。後ろを振り返ると見知らぬ男が迫ってくる。距離は1メートルもない。腰の辺りで野村は銃を構えようとしたが、堀内は銃を左手で掴み、右拳を野村の顔面に叩き込んだ。間を置かずにテロリストは二打目を同じく顔面に入れようとするも、野村はそれが来る前に頭突きを堀内の左頬に入れた。
  反撃に怯まず、銃を掴んだまま振り上げた拳を再び捜査官の顔面に目がけて繰り出した。同じ手とあって読まれたのか、野村は姿勢を低くしてそれを回避し、空いている左拳を堀内の股間に叩き込もうとする。本能的にそれに気付いたテロリストは体を左方向に捻って回避し、続いて右膝蹴りを繰り出した。その膝は捜査官の顔面に入り、激痛に野村は体勢を崩して片膝をつく、その時に堀内は野村から拳銃をもぎ取った。
  小木は堀内を撃とうとしたが、野村が邪魔であり、それに短機関銃の反動でテロリストと同時に野村を撃ってしまうかもしれないと思って何もできなかった。野村が倒れた今、彼には撃つ機会はある。
しかし、小木の存在を忘れるほど堀内は怒り狂ってはいなかった。テロリストは銃を奪うと野村の額に銃を押し付けた。「銃を捨てろッ!!」
  この光景を見て新村は同じ男に隠れ家で襲われたことを思い出した。思い出すと体が震えて吐き気を覚えた。小田菜月は絶望していた。もうお終いだと。小木は短機関銃を堀内に向けて構えるも戸惑っていた。下手すれば野村も死ぬ。
  「デジャブだな…」新村を見つけると堀内が呟いた。「まぁ、今回は全員に死んで―」
  「すみません…」テロリストの肩を誰かが叩いた。
  虚を突かれた堀内が後ろを振り返るとだぶだぶの服を着た男が笑顔でテロリストを迎えた。堀内が銃口を中島へ向けようとすると中島は銃が自分へ向く前に相手の手を抑え、テロリストの股間を蹴り飛ばした。続けてSAT隊員は敵の顔面と腹部に拳を叩き込み、最後に上段蹴りを堀内の下腹部に入れた。上段蹴りでテロリストは吹き飛ばされた上に銃を奪われた。
  「コイツはなんとするから、早く宮崎くんの所に行った方がいいよ。」奪った銃を野村に渡して中島が言う。小木、新村、小田菜月は急いで堀内を避けて中島の背後に走り込む。
  「でも、中島さん…」胸を擦りながら野村が言う。
  「オイラは大丈夫だよ。それより、まだ敵がいるかもしれないから早くここから出た方が良い。」自分を睨み付けながら立ち上がる堀内から目を離さずにSAT隊員が言った。
  「そうするべきだ。」小木が野村の肩を掴む。
  「すぐに戻ってきます!」野村は小木と共に新村と小田菜月を護衛しながら部屋を後にする。
  「さて…」中島は敵から目を離さずに部屋の奥へ入る。「投降しませんか?」
  「死んでもしないさ…」そう言うと堀内は両手を目の高さまで持ち上げて戦闘態勢に入る。
  「そうですか…」中島も同様に戦闘態勢に入ろうと両手を肩の高さまで上げた。








  天井に向けて発砲されたものの、西野は怯まずにエレベーターホールを駆け抜けた。目指すはメインフロアの隅に設置してある非常口である。
  「止まれー!」警備員の一人が叫んだ。彼は一度立ち止まって逃走している捜査官の脚に狙いを定める。引き金にかけた指に力を入れようとすると、西野は角を曲がって警備員の狙いから消えた。
  “クソッ!”髪を七三に分けている警備員は再び走り出した。
  非常口が見えた。西野はもうすぐで駐車場に出られると思った。その時、右斜め後ろのドアが突然開き、白髪頭の警備管理長がティーザー銃を持って現れた。彼は監視カメラで西野の動きを見ており、各非常口の近くに同じティーザー銃を持たせて配置させていた。多少の動揺はあったが、警備管理長は良いタイミングで部屋から飛び出すことができた。
  ドアが開く音を耳にした西野は背後に一瞥を送る。
  “しまった!!”
  警備管理長がティーザー銃の引き金を引くと同時に西野は持っていた鞄を持ち上げ、おそらく電極が襲うであろう右半身を守るために使う。電極は西野の背中に向けて放たれたが、銃器が収められている鞄にめり込んでバチバチと音を立てただけであった。警備管理長は急いでティーザーガンのカートリッジを外し、ベルトに付けていた予備カートリッジを取り付ける。彼が再びティーザーガンを向けようとした時に西野は非常口の前にいた。距離は5メートル弱。
   “ギリギリだな…”警備管理長は西野にティーザーガンを向けて再び引き金を引いた。








  非常口のドアを開けようとしていた西野であったが、黒田が建物を閉鎖したために職員用のカードを使っても開かない。背後に目を向けると白髪頭の警備局長がティーザーガンのカートリッジを変えるのが見えた。一か八か武器庫で警備員から盗んだ拳銃を取り出して時間稼ぎをしようと考えた時、非常口のドアが開いて銃を持った警備員が出てきた。ドアが開くと同時に捜査官は警備員の顔面を殴り、それから首筋に左手をフックのようにかけると警備員の頭を壁に叩きつけた。
  白髪頭の警備管理長が引き金を引いたのはちょうど西野がドアから出てきた警備員を制圧した直後であった。電極が刺さる寸前に西野が非常口のドアを潜り抜けて難を逃れる。
  「危険人物は東の非常口を使って駐車所に向かったと思われる。至急、急行せよ!」そう無線で呼びかけると警備管理長はティーザーガンから拳銃に持ちかえて西野の後を追った。
確かに西野の向かった方向には駐車場があり、最初に彼はそこに向かおうとしていた。しかし、黒田が建物を封鎖したことを知った今、捜査官は逃走ルートを変更した。駐車場に向かう道中にはボイラー室と備品室がある。ボイラー室は常に施錠されているが、備品室はされていない。さらにそこには通風孔まで辿り着けるだけの足場があり、それを辿って行けば外に出られる。西野はこのルートに賭けることにした。










  左ローキックが中島の右膝目がけて飛んできた。SAT隊員は軽く右脚を上げて下腿部でそれを受け、相手の動きを伺う。堀内は蹴りを放つと脚を戻さずにその場に着地させ、それと同時に右ストレートを繰り出す。中島はそれを左手で防ぎ、カウンターを入れようと右拳を突き出そうとするもそれを止めた。ストレートを防がれるなり、テロリストは左拳を中島の顔面に向けて打ってきた。SAT隊員はギリギリのところでその攻撃を繰り出そうとしていた右手で弾き、堀内の左側に移動する。この際にSAT隊員は堀内の鼻頭に左掌底を入れ、テロリストの左側に来ると右拳をこめかみに叩き込む。
  敵が横に回ったことに焦った堀内は盲目的に左拳を水平に勢い良く振って中島との間合いを開けようとしたが、SAT隊員はまるでそれを予期していたかのごとく両腕で受けると左手でテロリストの手首を掴んで固定し、右掌底を関節である肘に向けて打ち込もうと動く。しかし、黙って腕を折られるような堀内ではない。彼は素早く180度回転して中島の目と目の間に拳を叩き込み、この打撃で中島は攻撃の手を止めると同時に堀内の手首から手を離してしまった。
  好機を逃すか、とテロリストは怯んだ相手の頭部を左拳で殴り、続けて右蹴りを中島の横腹に入れようとした。流石の中島も蹴りが飛んでくる時にはすぐに反応してそれを腕で防ぐと、堀内の胸に目がけて右掌底をくらわせた。勝負が着くと思っていた堀内はSAT隊員の攻撃に驚くと同時に想像以上の衝撃が胸を襲った。胸を抑えて一歩後ずさるテロリストであるが、中島それを見過ごそうとはしない。
  距離を詰めながら中島は右拳で堀内の左頬を殴り、そのまま距離を縮めると右手でテロリストのうなじ、左腕で相手の右腕を固定すると堀内を自分の方へ引き寄せるようにしながら右膝蹴りを腹部へ入れる。これにテロリストは呻いてどうにかこの状況から逃れようとしたが、SAT隊員の締めを固く、そう易々と抜け出せない。そうしている内に再び膝蹴りが腹部を襲おうとしている。
  “クソッ!”
  止むを得ず堀内は膝蹴りが腹部に入ると、素早く空いている左手で中島の右脚を掴み、できる限り床を蹴り飛ばしてSAT隊員にタックルした。双方バランスを崩し、中島は背後にあったロッカーにぶつかって床に滑り落ち、堀内はSAT隊員をクッション代わりにしたために床に落ちても大したダメージは受けなかった。このタックルで中島の膝蹴りの締めは解け、テロリストは起き上がってマウントポジションに移行しようとする。だが、上体を起こそうとした時に中島が堀内の着ている上着の右肩部分を掴んでそれを阻止すると、右肘で二度テロリストの背中を殴った。激痛が背中に走り、堀内は生まれて殺されるかもしれないと感じた。肘打ち後にSAT隊員は反撃を予期し、堀内の頭を押して横に追いやると片膝で立ち上がって打撃を入れようと右拳を振り上げる。解放されたと思うや否や堀内は三度床で回転して中島から離れると片膝で立ち上がり、同じように片膝でこちらを見ているとだぶだぶの服を着た男を見た。
  両者ともに息は上がっており、できる限り早く勝負を終わらせるべきだと思った。先手必勝。堀内は立ち上がると同時に走り出し、相手の動きを見たSAT隊員も立ち上がる。二人の距離が縮まると堀内は右蹴りを中島の股間に目がけて放つ。右脚の動きを見た中島は素早く左へ回避し、テロリストは攻撃が当たらないと分かるや否や脚を床に着地させる前に右拳を左へ移動した中島に向けて水平に振る。両手を肩の高さまで上げていたSAT隊員は右手でそれを防ぎ、堀内の右脇腹にフックを入れる。そのフックと同時に堀内は左拳で中島の顔を殴り、間を置かずに右拳も相手の顔面に叩き込んだ。堀内の攻撃は終わらない。反撃を恐れ、彼は右へ移動すると肘を二度中島のこめかみに打ち込んだ。
  “勝てる!”
  堀内がまさにそう思った時であった。彼は最後の一撃としてSAT隊員の顎に右ストレートを叩き込もうと繰り出した。が、その一撃は中島の左腕で防がれて、それを行うと同時にSAT隊員は右手刀を堀内の喉に入れる。喉への攻撃によって堀内は呼吸困難に陥り、今まで続いていた攻撃の勢いが一瞬にして滞った。
しかし、これで勝負が付いた訳ではない。素早く中島は右手で相手のうなじ掴み、それと同時に左腕で相手の右腕を固定する。そして、彼は下から突き上げるようにして膝蹴りを堀内の腹部に入れた。呼吸困難に陥っていたテロリストはこの膝蹴りに身構えることもできず、バランスを崩して中島に寄り掛かるように倒れそうになった。事実、この時に堀内の意識は朦朧としていたが、SAT隊員はそれを知らない。
  中島は再び素早く右手でテロリストの頭を持ち上げると、その勢いを利用して堀内の頭をロッカーに叩きつけた。念のために中島は両手を肩の高さまで上げて相手の様子を窺おうとしたが、その前にテロリストは床に崩れ落ちた。その後、SAT隊員は堀内が着ている上着を使ってテロリストの両手を縛る。
  「ネズミ取りさんたちは大丈夫かな?」そう呟きながら中島は拘束したテロリストを肩で担ぐと周囲の様子を伺いながら部屋を離れた。









  野村、新村、小田、小木の順で並んで彼らは前進を続けている。先頭に立つ野村は両脇をしっかり締め、顔から数センチ離れた位置で拳銃を構えて前方に注意を注いでいる。彼の背後にいる新村と小田は盲目的に先頭を歩く野村の後を追い、最後尾には野村と同じ様にMAC-10を構える小木が前方と後方へ交互に視線を移動させながら列に続く。
  曲がり角に差し掛かると、野村は左拳を後続の仲間に見えるように挙げて「止まれ」のハンドシグナルを送る。突然のことに新村は野村の背中に突っ込んだが、同僚捜査官は気にもしなかった。野村の動きを見て直感的に小田菜月は動きを止め、若い捜査官のサインを見た小木も前進を一時停止して後方へのみ注意を向ける。野村は左側へと続く周り角に立つと体を右斜めに倒して、壁から銃と一緒に右上半身を露出させて安全確認を行う。
  最初に目に入ったものは通路の真ん中、彼から5メートル程離れた場所に倒れている男と外へと続く大きな二つドアであった。倒れている男は大の字にうつ伏せの状態でおり、若い捜査官は中島が制圧したテロリストの一人だろうと考えた。安全確認を行っても野村は警戒を怠らず、銃を構えながら曲がり角を出る。遮蔽物から出ると野村は6メートル程離れた左側、二つドアの向かい側にある曲がり角を見つけ、そこにも視線を配る。異常なし。若い捜査官は後続で待機している仲間に付いてくるように合図を送った。新村が曲がり角から少し頭を出して様子を伺い、安全を確認すると野村の背後に移動するために動いた。
  その時、野村は二つドアの左斜め向かいにある曲がり角から片足を引きずった男が通路に出てくるのを見た。男の右手には拳銃が握られている。若い捜査官は急いで通路に出てこようとしていた新村を左手で押し戻した。







  被弾した左脚を引きずってやっと一階に辿り着いた木下であったが、運悪く野村たちに遭遇した。視界の隅に動く何かが入ると、木下はそれを確認しようと体を右へ回す。そこには曲がり角から出ようとしていた女性を遮蔽物へ押し戻そうと動く男がいた。
  “クソッ!”木下は右手に持っていた拳銃を持ち上げて通路の突き当りにいる男に標準を合わせる。
  新村を曲がり角に押し戻すと野村は膝を曲げて上半身を右に少し傾けながら右へ移動する。できるだけシルエットを小さくし、また木下の狙いから少しでも逃れるための動きであった。新村を押し戻した後、彼は片手で銃を発砲し、右へ動きながら両手で握って拳銃を安定させる。捜査官の銃から放たれた銃弾はテロリストの左腕と脇の間を通り抜け、木下の6メートル離れた背後にある壁にめり込んだ。
  テロリストが応射に出る。木下は構えた銃の引き金を絞った。右へ移動していたために野村は直接被弾こそ避けたが、弾丸は彼の左肩をかすめて少量の血が噴き出す。
  捜査官は壁に突き当たる前に二度木下に向けて発砲し、初弾はテロリストの腹部、続弾は胸部に命中した。致命的な部位に被弾したテロリストであったが、最後の力を振り絞って銃の引き金を引く。
  消音器無しの銃で撃ち合っていたために彼らの聴覚はほとんど麻痺しており、それが起こった時、唯一の目撃者であった野村も木下が倒れたのは被弾したからだと思った。事実、テロリストは野村の銃撃で致命的な損傷を負って死にかけていた。しかし、彼の命を奪った要因は別のものであった。
  野村は壁伝いに警戒しながら木下に近づく。距離が近づくに連れて血の海に横たわれるテロリストの姿が鮮明になる。死体を見ても野村は気を抜かずに通路の隅々、そして、木下の死体近くにある通路の安全を確認し、改めてテロリストの死体を見た。
  “ひどいな…”
  木下の右目があった場所には拳銃の遊底が突き刺さっており、それは脳にまで達していた。これが彼の直接的な死因であった。
  胸の近くで銃口を床に向けて構えると、野村は背後に視線を配って曲がり角から少し顔を出している新村を確認した。若い捜査官は同僚に向けて付いてくるように手招きをする。出口に近いことを期待して新村と小田菜月は走り出し、それを確認すると小木は急いで二人の後を追う。野村は大きな二つドアの横で三人を待っている。仲間が到着する前に野村は大きく開かれているドアから外の様子を窺おうとした。すると、何かが彼の視界に飛び込んできた。それは若い捜査官の足元に落ち、彼が手榴弾だと気付いて外へ蹴り飛ばそうとした時には閃光とけたたましい音が通路を覆った。
  「逃げろー!!」無意味だと思っていても野村は反射的に叫んでいた。彼の声は閃光手榴弾の爆音で聴覚が麻痺している仲間には届かず、閃光で視界まで麻痺しているのでパニックに陥った。何者かが野村を床に捻じ伏せ、彼の銃をもぎ取る。若い捜査官は必死に抵抗した。それでも彼を拘束する男の力は野村の抵抗を軽く抑えつけている。
  次第に目が見えるようになり、自分たちを取り囲む男たちの姿を確認することができた。
  “応援か…”拘束されたものの野村は安堵していた。
  男を肩に担いだ中島が自分たちの通ってきた曲がり角から歩いてくるのを見て野村はさらに安堵した。中島は野村と小木を拘束しているSAT隊員たちに警察手帳を見せ、ネズミ取りの捜査官たちを解放するように言った。
  「大丈夫ですか?」野村と小木の近くにやってきて中島が尋ねた。
  一気に今まで抱えていた緊張感が解けてネズミ取りの捜査官たちはその場に座り込んで、ただ中島を見つめ返すことしかできなかった。
  「お疲れ模様ですね。どうです?これから宮崎くんも交えて甘い物でも食べに行きませんか?」担いでいた堀内を応援にかけつけたSAT隊員に渡して中島が言う。
  野村と小木は互いに顔を見合わせ、再び中島の方を向く。
  「喜んで。」







  標的周辺と脱出経路の確認を終えると、4人組の男はほぼ空の月極駐車場に乗用車を入れた。助手席に乗っている黒縁眼鏡の男は腕時計に目を配って時間を確認する。約束の時間から10分は経過しているが、堀内の言っていた男の姿はない。
  「確かにここだと言っていたよな?」後部座席に座っている男の一人、木村が言った。
  「ああ」運転手の三浦が応える。
  「もう約束の時間から10分は過ぎてます」黒縁眼鏡をかけた神崎が間を置かずに言った。
  「さぁな。来なければ俺たちでやろう」堀内から指揮権を命名された藤山が車から降りる。
  運転手の三浦を除く二人も彼に続いて車から降り、三浦は降りる前にトランクを開けてエンジンは切らずに置いた。いざという時に逃げるためである。
  藤山がトランクを開けて仲間に消音器付きのMAC-10短機関銃を渡す。
  「静かにとは言われていないが、室内での行動だからな…」弾倉を銃に押し込んで藤山が同じように弾倉を装填している仲間に言う。「予定通り―」
  現場指揮官である藤山が計画の説明をしようとした時、一台の車が彼らのいる駐車場に近づいてくるのが見えた。短絡的な木村は短機関銃を構えようとし、それを見た三浦が止める。
  「ここで撃ったら全部におしゃかになるだろう!」
  「でもよ…」
  駐車場に入って来た車は彼らの車の斜め前で停車し、眼鏡をかけた男が乗用車から出てきた。
  「アンタが助っ人か?」藤山が尋ねる。
  「俺は武器を運びに来ただけだ。」西野は男たちの手にある短機関銃を見て、右手を腰の近くに移動させる。腰のホルスターから素早く銃を抜くためである。短機関銃を装備した四人を同時に相手にすることくらい不可能だと思っていても反射的に体が動いた。しかし、西野の持ってきた武器にしか興味のないテロリストたちは一切に彼の動きに気付けなかった。
  「それでその武器は?」藤山は持っていた短機関銃を乗用車のトランクに置く。
  「後部座席だ」自分の乗ってきた乗用車を指差して捜査官が答えた。「堀内はどこだ?」テロリストの一人が西野の車へ近づく同時に尋ねた。
  「待て!」武器を取りに行った部下に向かって藤山が言う。「アンタが取ってくれ。」
  西野は一瞬止まった。後部座席に手を伸ばす瞬間に撃たれる可能性がある。
  「どうした?」一歩前へ踏み出して藤山が捜査官の様子を伺う。
  「いや、何でもない…」西野は後部座席を開けるとドアの陰で銃を抜き、横目でテロリストの動きを見ながら武器の入った鞄を取る。4人のテロリストはただ西野の動きを見守るだけで、銃を構えるような素振りは見せなかった。捜査官は銃をベルトに挟んで上着で隠すと、鞄を持ち上げて後部座席のドアを閉める。
  「アンタは三浦と木村に付いて行って欲しい。俺と神崎は議員を誘導する。」西野から鞄を受け取って藤山が言った。
  「議員?」と西野。
  「小田完治とかいう議員だ。言っておくが、仕事が終われば別行動だ。俺たちはアンタを追いかけはしない。後始末は自分でどうにかしてくれ。」
  「議員を殺す気なのか?」
  「アンタもそのつもりで来たんだろ?堀内さんはそう言ってたぞ。」散弾銃に銃弾を詰め込みながら藤山は不思議そうに西野を見る。
  「俺は―」
  西野が喋り始めようとすると黒縁眼鏡をかけた神崎が腕時計を人差し指で軽く叩いた。出発の合図である。
  「予定に時間よりも遅れている。行くぞ!」
  三浦と木村は散弾銃と予備の弾を上着に入れると西野の車に乗り込み、藤山と神崎は自分たちが乗ってきた乗用車に乗り込んで走り去った。
  「俺たちは裏口だ。」助手席にいる三浦が運転席に乗り込んできた西野に行った。「道案内は俺がする。」










  穴が開くほど小田完治は旧友である菊池信弘の関係書類に線を引いていた。彼を警護しているSPたちは遂に議員の気が狂ったと思っていたが、実際のところ小田は線を引きながら誘拐犯と交わした会話を思い起こしていた。
  誘拐犯と最後の通話から既に6時間は経過しようとしている。もし、彼らが本気であれば既に娘は殺されているはずである。
  “何かあったに違いない…何か、計画を変更させることが…”顎に生えた無償髭を擦りながら議員は考えた。その時、ある文字が小田の注意を引いた。それは菊池の死因に関するページにあり、医師による報告によれば菊池信弘は右人差し指と中指を死ぬ直前に失っていた。
  「『身代金を渡してくれたら、娘さんの人差し指と中指をあげます』」小田は誘拐犯が言った台詞を思い出して呟いた。
  「そうだ。菊池の息子に違いない。彼しか考えられない!」小田は一人大声を上げて顔をドアの近くに立っていたSPの一人に向ける。突然のことにSPは驚き、急いで議員から目を逸らす。
  爆音がフロア一体に響いた。何事かとドアの付近にいたSPが通路の様子を伺うと、胸に強い衝撃が訪れて後ろに吹き飛ばされた。幸いなことに防弾ベストによって致命傷は免れたものの呼吸困難に陥った。
  議員の背後で待機していたSPは異変に気付くと、小田完治の左腕と右肩を掴んで移動を始める。彼らがいる部屋は誘拐事件後に設置されたもので、部屋を囲む3つの壁は木造であったが、残りの壁は取り外し可能な仮設のプラスチック製の板であった。SPは急いでその板を外そうとする。
  その時、倒れているSPの横に黒い物体が落ちた。彼はそれが手榴弾だと察して通路に投げようとするも、それは握られると同時に爆発した。想像を絶する熱が右手に走り、SPは激痛のあまり悲鳴を上げる。彼の右手は閃光手榴弾によって重度の火傷を負うも、閃光と爆音によって視聴覚が奪われて何が起こっているのか分からない。
  爆発と同時に議員と彼を警護するSPは仮設の壁を潜り抜けて隣室に逃げ込む。爆音によって二人の聴覚は麻痺していたが、通路を逃げ惑う選挙スタッフたちの姿を確認することはできた。一足遅れて散弾銃を持った藤山と神崎が右手に重度の火傷を負っているSPがいる部屋に入った。彼らは小田の姿が確認できないと次の閃光手榴弾を取り出し、選挙スタッフが逃げ惑う通路に投げ入れた。
  閃光手榴弾の炸裂と同時に通路に飛び出した小田完治とSPは真面に閃光と爆音を浴びてその場で硬直してしまった。選挙スタッフは視界が麻痺しても我武者羅に逃げ、議員とSPにぶつかっても動じることなく走り続ける。誰かがSPと議員の腕を掴んで引っ張った。咄嗟にSPは腰のホルスターから銃を抜いたが、後にそれが仲間だと視界が鮮明になった時に分かった。
  銃声が響いた。議員と共に行動してきたSPは左肩に衝撃を受けて床に叩きつけられる。彼の応援に駆け付けた二人のSPは急いで議員を立ち上がらせると非常階段に向かって走り出す。被弾したSPは仲間と議員を守るために、散弾銃を腰の辺りで構えて接近してくる二人のテロリストに向けて発砲した。
  防弾ベストを着ていたテロリストたちはSPの銃撃など気にせず、藤山はSPに向けて一度発砲した。散弾はSPの首に命中すると同時に彼の顎を砕いた。藤山が標的へ視線を向けると、議員はSP二人に抱えられて非常階段のドアを通り抜けよとしていた。二人のテロリストは来た道を引き返し始め、神崎が無線機を取り出す。
  「議員がそっちに向かった。待ち合わせ場所で待つ。」








  三浦は西野と共に建物の裏口付近にある駐車場の陰で非常口から出てくる小田完治の選挙スタッフを見ていた。仲間からの連絡を受けて三浦は木村に西野の車を与えて、素早く逃げられるように建物の付近で待機するように伝えていた。
  西野は三浦の背後におり、腰の銃に手をかけている。
  “議員の暗殺は止めなければならない。しかし、これを阻止すれば新村が殺される。”捜査官は完全にジレンマに陥っている。早く決断を下さなければならなかったが、どうしても優先順位を付けることができなかった。
  「お出でになったぞ。」三浦が散弾銃のポンプを引く。
  テロリストが言った通り、二人のSPに護衛された小田完治が裏口から現れて二人のいる駐車場に走ってきた。三浦の動きは素早かった。彼は標的との距離が縮まると車の陰から飛び出してSPの一人を撃ち、撃ち終わるや否や素早くポンプを引いて残りのSPの胸を撃った。最後に撃たれたSPは拳銃をホルスターから抜いたものの、発砲する前に被弾して地面に崩れ落ちた。
  「さて…」三浦は振りかえて西野を見る。捜査官は動揺を隠せなかった。議員は腰を抜かして地面に座り込み、ただただ三浦と西野を見ることしかできない。
  「アンタの出番だよ。」テロリストはポンプを引いて新しい弾薬を薬室に送る。彼は西野に向けて言ったが、小田は自分に向けられたものだと思った。
  「な、何が望みだ?」議員は恐る恐る目の前に立つ男二人に尋ねる。
  しかし、三浦はそれを無視して西野を見る。「どうした?アンタの望みだろ?」
  「望み?俺は一度も…」
  「もういい。」時間を確認してテロリスたが言う。「俺がやろう…」
  小田完治は両手を顔の前まで挙げて目を閉じた。彼にはもう希望などなかった。ただ死を受け入れることしかできない。三浦は標準を手で隠されている小田の頭部に合わせると引き金を引いた。
  しかし、散弾は議員の頭部ではなく、真横にあったアスファルトを削って小さな破片が飛び散った。三浦が引き金を絞る直前に西野は散弾銃の銃身を蹴り飛ばして弾道を変え、間を置かずにテロリストとの距離を詰めるとテロリストの左頬に右拳を叩き込む。続いて脅威である散弾銃を確保しようと、西野は排莢部を掴んで右肘を再び三浦の頭部に向けて繰り出す。これにはテロリストも素早く反応して左腕で抑えると膝蹴りを打った。
  膝蹴りを受けるとほぼ同時に捜査官は右掌底を三浦の鼻頭に叩き込み、相手の動きが鈍ったことを確認するや否や散弾銃を握っているテロリストの右指に右掌底を叩き込んだ。激痛に三浦は散弾銃から手を離し、代わりにベルトに挟めていた拳銃を取り出す。それを構える直前に西野は奪った散弾銃でテロリストの銃を弾き飛ばし、相手を後ろへ突き飛ばすように右蹴りを三浦の腹部に入れた。テロリストはバランスを崩して地面に倒れる。捜査官は散弾銃の銃口を地面に倒れて立ち上がろうとしている三浦に向けた。
  「撃てよ。」西野を睨みつけてテロリストが言った。「撃てるもんなら撃ってみろよ!」
  捜査官は撃つべきか悩んだ。テロリストは皆防弾ベストを着ており、散弾銃で撃たれたとしても致命傷には至らないであろう。時間がない。
  「撃ってよ!」三浦が怒鳴る。
  これ以上大声を出されてテロリストの仲間を呼び寄せる訳にはいかない。西野は引き金にかけていた指に力を入れる。
  「三浦―!!」怒号が夜の路地に響くと同時に銃声が聞こえた。









  仲間からの連絡が途絶えたことに疑問を抱いた木村は待機場所から移動して三浦を迎えに行った。そこで彼は散弾銃を仲間に向ける西野を見つけた。テロリストは助手席から短機関銃を取って車から飛び降りると、仲間の名前を叫びながら発砲を始める。
  西野は急いで近くの遮蔽物まで走り、銃弾は彼の後を追うようにして地面を削って破片を散らばす。捜査官が車の陰に飛び込むと既にそこで身を潜めていた小田完治が悲鳴を上げた。
  「ここでじっとしていてください。」そう言うと西野は遮蔽物から身を乗り出して2度散弾銃を木村に向けて発砲する。
  彼が木村と交戦している間に三浦は落とした拳銃を拾い、仲間の元へ急ぎながら捜査官に向けて発砲する。二方向から攻撃に西野は怯んで一度遮蔽物に身を隠し、再び身を乗り出して散弾銃の引き金を絞るが何も起こらなかった。弾切れである。捜査官は迷うことなく、腰のホルスターから拳銃を抜いて応射する。
  木村は短機関銃から空になった弾倉を弾き出して新しい物を叩き込む。西野にとって彼は格好の獲物であった。装填を終えたテロリストに向けて西野は発砲し、弾丸は木村の腹部と胸部に命中した。防弾ベストに守られていた部位であったために被害は少ないが、それでも捜査官に三浦に狙いを移動させる時間を与えた。しかし、走って移動している三浦を撃つのは簡単ではなかった。西野は仕方なく走っているテロリストの脚に向けて発砲する。5発中1発がテロリストの右脚を撃ち抜き、三浦はバランスを崩して転げ落ちた。
  仲間が被弾したところを見た短機関銃を持つテロリストは叫び声を上げながら、西野が隠れている車に向けて発砲を始めた。雨のように降り注ぐ銃弾に西野は身動きができず、これを機に彼は再装填を行う。この間にはテロリストは脚を撃たれた仲間を引きずって車まで進み、銃弾の底が尽きる頃には車まで辿り着いていた。
  銃声が止むと同時に、西野は無数の穴が開いている車の陰から身を乗り出してテロリストに向けて発砲した。木村は急いで仲間を後部座席に押し込むと、運転席に飛び乗って車を走らせる。
  “ダメだ!!”捜査官は車を追った。無駄だと分かっていながらも彼は走って車を追う。もし、彼らに逃げられれば新村が殺されてしまう。中島と野村、小木による新村と小田菜月救出を知らない西野はそう思って、死に物狂いで走りながらテロリストの乗る車に向けて銃を撃つ。走りながらであったために狙いが定まらず、ほとんどの銃弾は車にかすりもしなかった。車が曲がり角を左折すると同時に西野の銃弾が尽きた。彼は予備弾倉を取ろうとホルスターに手を伸ばすも、ホルスターは空であった。
  捜査官は遅れてテロリストの後を追って角を曲がり、テロリストの車がさらに左折して視界から消えるのを見た。西野はその場で立ち尽くし、弾切れの拳銃を地面に落とした。
  “新村…”
  その時、テロリストの車と入れ替わる形で2台のパトカーが曲がり角から現れた。通常の西野であれば現場から急いで逃げようとするだろうが、絶望のあまり立ち尽くして何もできない。パトカーは彼の背後からも接近している。
  「手を挙げろ!」左から声が聞こえてきた。西野が左を見ると拳銃を構えた3人のSPがいた。「手を挙げろ!」SPの一人が再び叫んだ。西野は動けない。
  ネズミ取りの捜査官を脅威と感じた背の高いSPは銃床で西野の後頭部を殴った。この衝撃によって西野の視界は闇に包まれ、彼は重力に引きずられて地面に崩れ落ちた。

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