第十八回 [銀河極小戦争]

第 十 八 回








 今度の目覚めは清々しかった。〈彼〉は懐かしい重みを腰に感じてニヤリと笑った。

 「リハビリになる相手だといいな…」そう呟きながら〈彼〉は道路を渡り、クラブの入り口前に立った。ドアの前に立つ黒いスーツを着た犬人間二人が〈彼〉を睨みつけた。

 「ここはお前の来る場所じゃない。」警備の一人が言った。

 「ここにアニプラっていう奴がいると聞いたんだ。」

 アニプラの名を聞いた途端、犬人間たちの目つきが変わった。

 そして、それと同時に〈彼〉は右手にいた犬人間の喉に拳を打ち込んだ。素早い攻撃に反応できず、また喉仏を潰されたことで呼吸困難に陥った。

 もう一人の犬人間は上着の下に隠していた拳銃を掴み、急いで目の前にいる男に向けようとした。だが、銃を向ける前に〈彼〉が股間に蹴りを叩き込んだ。犬人間は激痛に前屈みになり、気が付くと右手に握られていた拳銃が消えていた。慌てて上を向いたが、〈彼〉の顔を見る前に光線弾が犬人間の頭を撃ち抜いた。

 <彼>は喉を抑えていた犬人間の横を通り過ぎる直前、思い出したように生き残っていたもう一人の頭を撃ち抜いた。

 「トロいな…」

 入り口を抜けると大きなホールに出た。そこには迎えのスピーダーを待つ犬人間が多数おり、〈彼〉の姿を見ると全員が動きを止めた。

 「おい、アンタッ!」サングラスをかけた大柄の犬人間がやってきた。「ここはアンタの来るような場所じゃないよ。」

 「そうかな?」〈彼〉は大柄の犬人間の胸と頭部に光線弾を叩き込んだ。

 銃声が鳴り響くと、ホール内に悲鳴が木霊し、その場にいた犬人間たちが一斉に出口に向かって走り出した。

 その様子を監視カメラ越しに見ていた監視係がタブレットの通信ソフトを使い、クラブの地下で待機している傭兵に連絡した。この傭兵たちはクラブに雇われた〈人間〉で構成された部隊であり、犬人間種はいなかった。十人の傭兵たちが短機関銃を手に取って地上に続く階段を上がり始めた。

 一方、〈彼〉は待合ホールを抜けてダンスホールに入った。大音量の音楽が鳴り響いているため、そこにいる客たちは外の銃声に気付いていなかった。〈彼〉は視線を走らせ、ミアツの見せてくれた写真の犬人間を探し求めた。ふと顔を上げて見ると、ダンスホールを見下ろすように設置されたテラス席があり、そこにアニプラの姿があった。その犬人間は両隣にいる着飾ったメスの犬人間と談笑し、〈彼〉の存在に気付いていなかった。

 訓練によって研ぎ澄まされた感覚が〈彼〉に警告を与えた。左右に視線を配ると、短機関銃を巧みに上着の下に隠した男たちの存在に気付いた。その男たちは犬人間種ではなく、〈彼〉と同じ純人間種であった。

 (傭兵か?)自然と胸が躍り、〈彼〉は右手に持つ奪った拳銃の銃把を強く握った。

 傭兵たちも〈彼〉の存在に気付いた。

 「フェルン、二時の方向。ボング、お前は一一時の方向だ。静かに終わらせろ。」ダンスホールの隅で様子を見ていたリーダーが、部下の頭部に埋め込まれているチップにメッセージを送信した。それを受信すると傭兵たちは静かに標的との距離を詰め始めた。

 <彼>は迷いを見せず、余裕の表情を浮かべて左へ歩き出した。

 近づいてくる相手の動きを注視しながら、フェルンは短機関銃を撃てるように上着の裾に右手を置いた。彼の数メートル背後を歩いていた男も同様の態勢を取った。

 フェルンとの距離が二メートルと迫った瞬間、〈彼〉が躍っていた客を押し退けて発砲した。光線弾はフェルンの胸に命中し、被弾した男は驚いたものの、防弾ベストで守られていたのでケガはなかった。しかし、フェルンが驚いている間に〈彼〉は撃った男の背後にいた傭兵の頭部を撃ち抜いた。

 (死ねッ!)フェルンが短機関銃を取り出した。

 その直後、〈彼〉が銃口でフェルンの喉を突いた。次に相手の短機関銃を掴み、左肩越しに背後を確認すると左脇の下で銃を構え、近づいてくる二人の傭兵の頭部を撃ち抜いた。背後の脅威を排除すると、〈彼〉は右肘を下からフェルンの顎に叩き込み、追い打ちをかけるように銃底で相手の鼻を砕いた。フェルンが床に落ちると〈彼〉は相手の頭を撃ち抜いた。

 ようやく異変に気付いた客たちが悲鳴を上げ、逃げる客が増えた。しかし、泥酔している客たちは、これが新しいパフォーマンスだと思って拍手を送った。

 「全員で奴を止めるぞ。」傭兵のリーダーが新しいメッセージを部下に送った。

 その時、下の状況に気付いたアニプラが両隣にいたメス犬を押し退け、壁のフックにかけていたガンベルトから回転式弾倉の散弾拳銃を手に取った。

 (良い度胸じゃねぇか!)

 アニプラはテラスから襲撃者に銃口を向け、撃鉄を親指で下ろした。引き金を絞ろうとした時、標的が視界から消えた。

 (なッ!)

 <彼>は四メートル先にいた傭兵に接近していた。巧みに逃げ惑う客を盾にして前進し、相手が〈彼〉との距離が急激に縮まったことを知るや否や、〈彼〉は素早く引き金を絞った。光線弾が傭兵の右手に命中し、その手に握られていた短機関銃の銃把もろとも粉砕した。

 激痛に呻く傭兵との距離をさらに縮めて〈彼〉は右膝で相手の股間を蹴り上げた。傭兵は形容し難い痛みに悲鳴を挙げるも、〈彼〉はそれを無視して左手で相手の短機関銃のスリングを掴んで引き寄せた。

 彼らの二メートル先にいたもう一人の傭兵が狙いを定めようとしたが、〈彼〉が仲間を盾にしたので移動する必要があった。

 その隙に〈彼〉は振り返って敵影を探した。逃げる客と逆方向に進む男二人を発見し、素早く銃口を向けて引き金を絞った。だが、何も起こらなかった。

 (オーバーヒートか…)

 <彼>は銃を捨て、再び盾にしている傭兵の股間を蹴り飛ばして相手の拳銃をホルスターから奪った。数発の光線弾が鼻先をかすめ、〈彼〉の額に青筋が浮かんだ。

  (これだから光線銃は好かんッ!)

 目にも止まらぬ早さで〈彼〉は発砲してきた背後から迫る傭兵二人の頭部を撃ち抜いた。そして、盾にしている傭兵に銃を向けて引き金を絞った。男の鼻から下が吹き飛ばされ、傭兵が床に崩れ落ちた。

 盾が消えたことで視界が広くなり、二メートル先から〈彼〉を狙っていた傭兵の姿が見えた。〈彼〉は迷うことなく、その傭兵の頭を撃ち抜いた。

 その頃、ホールには〈彼〉と二人の傭兵、酔い潰れた数人の客しかいなかった。テラスにいたアニプラは侵入者の動きを見て、少年の頃のことを思い出していた。それは〈彼〉の動きが、かつてみた隻腕のガンスリンガーに似ていたからであった。

 そう思った時、〈彼〉が目にも止まらぬ動きで銃を持ち上げ、ホールの隅にいた傭兵二人の頭部を撃ち抜いた。

 〈彼〉がテラスにいるアニプラを見上げる。口角が少し上がり、その様子を見たアニプラの首筋に悪寒が走った。

 (クソッタレがッ!)アニプラはテラスの窓を銃で砕き、ホールにいる〈彼〉に銃を向けた。

 「面白い銃だな…」〈彼〉がアニプラの銃を見て呟いた。

 「何者だ?」と犬人間。

 「復讐代理人ってとこかな?」

 「ふざけるなッ!」

 アニプラが発砲した。しかし、弾は〈彼〉の足元に着弾した。

 (下手くそ…)そう思いながら〈彼〉はアニプラの胸に光線銃弾を撃ち込んだ。

 被弾したアニプラは衝撃で弾き飛ばされ、背後のソファーに崩れ落ちた。胸から血が噴き出し、咳き込んだ際に口から血を吐いた。

 (ば、バカなッ!) 落とした拳銃に手を伸ばしたが、それは遥か遠くにあるように感じられた。必死になって手を伸ばすも距離は縮まらない。その時、誰かが彼の銃を持ち上げた。

 「コイツはもらうぜ…」〈彼〉が回転弾倉の中身を確認した。

 (やはり散弾か…)

 瀕死のアニプラを見下ろし、手首のスナップを利用して弾倉を元の位置に戻した。〈彼〉は自然な動きで銃を左手に持つと、ベルトの左側に差し込んでいた拳銃を抜いて振り返った。

 背後に立っていた人物は黒いローブを着ており、フードを深く被っていたので顔が見えなかった。その人物は大きな鎌を背負っており、〈彼〉は黒衣姿の人物がアニプラの部下ではないと予想した。

 「こっちのエヌラは素早いな。」フードの奥から男の声が聞こえてきた。

 「俺はあの臆病者じゃねぇよ。」

 「ガンスリンガーの方か?」

 男の問いに〈彼〉は驚いたが、それを顔に出すほど間抜けではなかった。

 「だとしたら、どうする?」

 「私にとっては好都合だ。また会おう、ガンスリンガー…」

 そう言うと黒衣の男は煙のように姿を消した。

 (エヌラの意識と混線した影響か?いや、そうなら気づいてるはずだ。どっちにしても、気にいらねぇ野郎だ…)

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