あとがき的な物? [あとがき]

 WNの新作発売まであと2週間ほどですね!

 でも、今回の記事もハヤオ関連なんですよね…


 ちなみに『S.N.A.F.U.』が予想以上のアクセスを得たので、残念なことに継続になりました。

 悲しい限りです。

 ノってきたハヤオは既に3話を書いてます。ゆえに第2話の解説はまだ書いてないです。

 余談ですが、3話はブログで公開しない方向で進んでます。それから第2話の解説は第3話と共に『S.N.A.F.U. vol. 2』として某サイトに出る予定です。

 安心してください。初日限定で無料配信にするようハヤオを唆しているので、その日にダウンロードしてやればいいんですよ。

 ちなみに第3話は本筋に関係のない、浦木の過去について触れてる話しです。

 まぁ、彼の過去を知っても別に感情移入なんてできないと思いますけどね。はい。



 さて、第2話では中途半端な政治の話しができてきました。物語のミスリードの一つとして出された某国ですが、ハヤオの調査能力は低いので細かい説明は求めても無駄でしょう。

 某国(仮にNKとしましょうか?)が核とミサイルの保有数を少なく見積もっている話しは本当。事実、施設の爆破はして減らしてますアピールをしてるけど、それと同時に新しい施設も作っているので核もミサイルも減ってはいないんですよ。

 まぁ、これに世界最強の国(仮にUSとしますか…)が新たな経済制裁を行うかは不明。というか、あまり現実的ではない。現段階でUSはNKより、NKと繋がりの深い4千年の歴史を持つ国(仮に中国としましょう…おっと?)に対して圧力をかけているし…。この貿易戦争なるものが、米中冷戦の一環だと言う人もいるけど、これはNK問題に対して中国が積極的でないことにUSが怒ってる証拠でもあるんですよね。

 「そんなこと知ってるわいッ!」と言われそうですが、ハヤオや私のような人間からすれば、「ほえぇ~」って思う話しなんですよ。はい。

 こんな話しを読みたい人は『S.N.A.F.U. vol. 2』を落してみてもいいかも。でも、お勧めはしないよ!

 引き続き、WNブログを守るためにハヤオのくだらない物語を打ち切りにする工作を続けて行きましょう!それには皆さんの協力が必要です!

 それじゃ!

 次はWNの記事が書きた…
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

S.N.A.F.U. (2) [S.N.A.F.U.]

第2話








 イタリアン料理店で行われていた男3女3の合同コンパは、井上の期待を大きく超えていた。

 “女の子のレベルが高いッ!”捜査官はテーブルを挟んだ向かい側に座る3人の女性に見惚れていた。“今度こそ!今度こそ、彼女ゲットするぞッ!”

 端の席にいた井上は高ぶる気持ちを抑えながら、向かい側に座る長髪の女性に視線を向けた。それに気づいた女性が笑顔を浮かべ、井上は心臓を貫かれたような衝撃を受けた。

 “か、カワイイ…”

 覚悟を決めて話し掛けようとした時、隣にウェイトレスが現れた。

 「ご注文はお決まりですか?」

 「ちょっと待ってもらえますか?」井上がウェイトレスに顔を向けた。

 「かしこまりました。」

 井上が前に座る女性たちに何を注文するか尋ねようとした時、彼は視界の隅で光る何かを目撃した。捜査官が急いでそれを確認しようと視線を向ける。だが、遅すぎた。
 
 再びウェイトレスの方を向いた時、ナイフの刃が深く彼の腹部に刺し込まれた。急いでナイフを持つウェイトレスの手を抑えようとしたが、彼女はそれを振り切って素早く2度、井上の腹部を刺した。刺された箇所に激痛が走り、彼は床に転げ落ちた。

 テーブルを挟んだ向かい側に座る女性たちが悲鳴を上げ、井上の隣にいた友人は椅子から立ち上がるも恐怖のあまり動けなかった。ウェイトレスは馬乗りになって井上の動きを抑えてナイフを逆手に持ち、捜査官の首に向けて振り下ろした。

 そこで井上は目を覚ました。心臓が高鳴り、額には大粒の汗が浮かんでいる。視線の先には見慣れた天井があった。腹部に重みを感じて枕から頭を上げると、太った三毛猫が井上の上に座って飼い主を見つめていた。

 「猫ざえもぉ~ん」井上が猫を抱き上げた。「途中までいい夢だったのにぃ~」

 名前を呼ばれた三毛猫が小さく鳴いた。

 「もうご飯の時間?」起き上がって井上は猫を床に下ろしてやった。「お前は食いしん坊だなぁ~」そう言って彼は乾燥タイプのキャットフードを皿に入れ、いつもの場所に置いた。時計を見ると朝の5時であった。

 「そろそろ準備するかぁ~」



***



 エレベーターを待っていると右隣に背の高い男が並んだ。

 浦木が男へ顔を向けると、第2課3班の『田丸班』に所属している武内卓が笑顔を浮かべた。

 「半田班の方ですよね?」武内が尋ねた。

 「はい…」浦木は男の顔に見覚えがあったが、相手の名前と所属を思い出せなかった。

 「先日はありがとうございました。」

 状況が呑み込めなかったが、浦木はこの場を切り抜けるために一礼した。

 エレベーターのドアが開き、武内が片側のドアを抑えて浦木に道を譲った。再び一礼して新人捜査官がエレベーターに乗り込み、開閉ボタンを押して武内が乗り込むのを待った。乗り込むと二人は目的の階のボタンを押し、肩を並べて中央に立った。

 「お名前をお聞きしてもいいですか?」と武内。

 「浦木です。」

 「私は武内です。」

 名前を聞いて浦木は男のことを思い出した。

 “田丸班の人か…”

 「課は違いますが、何かあった時はお互い協力していきましょう。」武内が右手を差し出した。

 折角の機会だと思った浦木は武内の手を取った。すると、田丸班の男は強く浦木の右手を握り、新人捜査官は鈍い痛みを感じた。武内は笑顔を浮かべていたが、内心では手柄を他の課の新人に横取りされたと思い込み、腸が煮えくり返りそうになるほど苛立っていた。

 “この人、そういうタイプなんだ…”浦木は握り返そうとしたが、波風を立てたくなかったので抵抗しなかった。

 エレベーターが止まってドアが開いた。

 「また会いましょう、浦木さん!」そう言って武内が去って行った。

 “明日から階段を使うか…”

 オフィスの机は珍しく全て埋まっていた。浦木の所属する課は、『3課』と呼ばれる主に極東アジア関連のテロ事件を捜査する部署である。この課には5つの班が存在し、彼は5班こと『半田班』に配属された。

 パソコンの画面と睨み合う同じ課の人々を横目に、浦木は右端にある5班の机へ急いだ。彼以外の班員は既に着席しており、井上以外の班員はパソコンと向き合って忙しなくキーボードを叩いていた。一方、真面目に働く同僚の横で井上は漫画雑誌を読んで肩を震わせていた。

 「おはようございます。」浦木が手提げ鞄を机に置いて言った。

 「おはよう。」作業を中断させて同僚たちが顔を上げ、新人捜査官に挨拶を返した。

 「オレたちはまた待機らしいぞぉ~」井上が雑誌を机に置いて向かい側に座る浦木を見た。

 「差し迫った危機がない証拠じゃないですか。」新人捜査官は鞄を机の下に入れ、引き出しからノートパソコンを取り出した。

 「でも、体が鈍ってくるだろ?訓練センターに行かないか?」井上が机に両肘をついて身を乗り出した。

 「今日は止めておきます。捜査資料の整理の手伝いをしようと思います。」

 これを聞いた浦木の隣に座る女性分析官の増井が井上を見た。「井上さんも手伝って下さいよ。」

 「そうだ、そうだ。」井上の隣に座る新川が増井を援護した。

 「オレは肉体派なのッ!」気分を害した井上は漫画雑誌を取って適当なページを開いた。

 「子供みたい…」そう呟いて増井は作業に戻った。

 班員たちのスマートフォンが振動し、画面を確認すると班長の半田からメッセージが入っていた。

 <第二会議室に集合。>

 「遂にオレの出番じゃねぇ?」井上が椅子から立ち上がった。彼の顔には笑顔が浮かんでいる。

 「だといいな…」端の机に座っていた柄沢がノートパソコンを持って立ち上がり、井上の後ろを通り過ぎた。

 「間違いないですって!」柄沢の後を井上が追う。

 二人に続いて増井、新川、浦木の順で第二会議室に向かった。



***



 男は押し入れの奥に隠してあった白いゴミ箱を取り出した。

 箱の中には500mlのペットボトルが2本入っており、容器は無色透明の液体で満たされていた。男はゴミ箱からペットボトルを1本取って、ゴミ箱の蓋を閉めると再び押し入れに戻し、それを隠すように服や段ボールを置いた。

 次に取り出したペットボトルと、コンビニで適当に購入した雑誌と本をメッセンジャーバッグに入れた。雑誌と本を入れた理由は、職務質問を受けた際に警察官の注意を逸らすためであった。しかし、今のところ警察の目を惹くようなことはなく、いらぬ心配であったが、念には念を入れて関係のない物も鞄に入れるようにしていた。

 “これで残り2本…”

 男は焦りを感じていた。計画が想像していたよりも上手く進んでおらず、現場付近で怪しい人物を見ることが多くなっていたからだ。幸いなことに尾行を巻くことはできているが、居場所が発覚するのも時間の問題だと思っていた。

 “慎重に行動しなければ…”

 メッセンジャーバッグを右肩にかけて男はアパートを後にした。



***



 円を描くようにテーブルを囲んで座る5人は班長の半田が来るのを待っていた。

 「今度こそ3課に関係のある事件でありますように!」両手を合わせて祈るように井上が言った。

 「前回のは例外だから、もう無いと思うな。」柄沢が天井に取り付けられたプロジェクターの準備を始めた。

 「でも、あれ以降2課は大忙しですし、もしかしたら、応援要請もありえますよ。」と増井。

 「それだけは勘弁…」新川が頭をカクンと下に落とした。前回担当した2課関連の仕事量が多かったので、彼女はもう二度と関わりたくないと思っていた。

 新川の意見に浦木も同感だった。武内との一件から面倒事を避けるためには、2課との接触を極力少なくすべきだと考えていた。

 「今回も2課関連だったら―」

 その時、黒いスーツ姿の半田が会議室に入って来た。

 「今回も2課関連だったら、いいのに…なぁ~」井上が無理に笑顔を作って班長に向けた。

 「おはよう。」半田がドアを閉めて班員に言った。「残念だが井上、今回は2課関連じゃない。」

 「それは残念です。」小さく頷きながら井上が机を見つめ、内心では踊り出したい気分であった。

 「3課関連のテロ事件ですか?」井上を横目に新川が尋ねた。

 「その可能性があるから集まってもらった。」半田が視線を柄沢に送った。

 視線を受けた分析官は数分前に受け取ったデータを、プロジェクターを通して白い壁に表示させた。井上と浦木には理解できない文字列だけのウィンドウもあったが、二人はそれを無視して画面の中央に表示された500mlのペットボトルの画像と複数の赤い点が付けられた東京都の地図に注目した。

 「化学兵器ですか?」班長の半田が口を開く前に井上が尋ねた。

 「そう急ぐな。すぐ説明する。」井上に視線を送った後、半田は壁に表示された写真に顔を向けた。「3ヶ月ほど前から東京都の地下鉄駅構内で、無色透明の液体が入った500mlのペットボトルが相次いで発見されている。今のところ確認できている数は26本。この写真はその内の一つだ。」半田が班員たちを見た。

 「確認できるというこということは、未発見の物もあるということですか?」と浦木。

 「あぁ。ゴミと思って処分した清掃員もいたらしいから、未発見の物もある。」

 「駅の職員や乗客に異常は?」井上が間を置かずに訊いた。

 「ペットボトルが発見された駅の駅員に検査を受けてもらったが、異常は見られなかった。」

 「んじゃ、ただイタズラじゃないんですか?」井上の顔に落胆の色が浮かんだ。彼は今回の仕事が警察の仕事だと思い、やる気を失いつつあった。

 「イタズラなら俺たちのところにこの仕事は来ない。」半田が語気を強めた。「ニュースは見てるだろう?米朝首脳会談で北朝鮮が提示した核弾頭とミサイルの保有数が実際の3分の1以下であることが明らかになり、アメリカが北朝鮮に対する経済制裁の強化を検討している最中だ。」

 「それと今回の件に何の関連性があるんですか?」話しに付いて行けなくなった新川が言った。

 「この制裁で北朝鮮が海外に持つ隠し口座の凍結と北朝鮮関連企業の営業停止される予定で、その対象に日本の銀行や日本国内で活動している北朝鮮関連企業も含まれている。この経済制裁の報復として、北朝鮮が再びミサイルを発射してアメリカを挑発、またはアメリカの求心力を削ぐため、その同盟国の日本と韓国に何かしらの工作を仕掛ける可能性がある、と内調(内閣情報調査室)は考えている。」半田は丁寧に説明したつもりであったが、新川はまだピンと来ていない様子であった。見かねた班長は情報を付け加えることにしたが、その前に井上が再び口を開いた。

 「それじゃ、そのペットボトルは北朝鮮の工作の一部っていうことですか?」

 「その可能性がある。が、100%ではない。」と半田。「もし、経済制裁が強化され、今まで見逃されていた日本国内にある北朝鮮向けの資金が断たれれば、北朝鮮にとって大きなダメージになる。ゆえに、それを阻止するための工作が行われるかもしれない。」

 「でも、それだけじゃ、このペットボトルが北朝鮮絡みとは思わないですよね?何かあるんじゃないですか?」井上が椅子の背もたれに寄りかかった。

 「その通り。」半田が再び柄沢に視線を送り、分析官が新しい写真を壁に表示させた。それは拡大された画像で鮮明ではなかったが、駅の構内で佇む男の顔を確認することはできた。

 「この男は?」浦木が片肘を机に乗せ、男の顔を脳裏に焼き付けようとした。

 「男の名前は『チェ・ワンシク』。NIS(国家情報院)の職員で、広報・文化交流部門の担当として韓国大使館で2年前から活動しています。」柄沢が半田に代わって説明した。

 「韓国のエージェントと北の仕業らしいペットボトルの関連性ってあるんですか?なんか話しが逸れてるような…」と井上。

 「ペットボトルが発見された場所にこの男がいた。一度や二度じゃない。現在のところ、6件の現場でこの男の姿が確認されている。」半田が両手を机に置いた。「実行犯ではないだろうが、何か知っているかもしれない。井上と浦木はチェ・ワンシクを尾行し、事件との関連性を調べろ。柄沢と増井は井上と浦木をサポートしながら、類似した事件とチェについて調査をしてくれ。助けが必要なら4班の分析官たちがサポートしてくれる。」

 新川は自分の名前が呼ばれなかったので、じっと班長を見つめて存在をアピールした。

 「新川は俺と一緒に現場へ行って聞き込みを行う。」

 〝聞き込み?〟女性捜査官は混乱した。

 「各自、気を引き締めて取り掛かってくれ。」



***



 モニター画面の右端に表示されている時計を見た。

 12:00。

 昼の休憩に入ろうと、チェ・ワンシクが立ち上がって椅子の背もたれにかけていたスーツの上着を取った。今日は気分を変えて200メートルほど離れた場所にあるカフェへ行こうと考えていた。ゆえに同僚に昼食を誘われても断り、急いで目的のカフェに急いだ。

 カフェには4人掛けのテラス席2卓とカウンター席が12席しかなく、店で昼食を済ませたいチェは席が埋まる前に店に着きたかった。

 「お出でなすったぜ…」大使館から80メートル離れたマンションの屋上にいた井上が単眼鏡越しにチェの姿を確認した。彼の声は右耳に差し込まれている通信機を通して、大使館近くのカフェで待機していた浦木の耳に届いていた。「二の橋方向に向かってる。おそらく昼メシだろうな…」

 浦木が席を立って外に出た。腕時計に目を配り、時間を確認するフリをして対象者の姿を探した。しかし、昼の時間だったので通りを歩く人の数が多く、見つけることができなかった。

 「三時の方向だ。約5メートル先を歩いてる。」井上の声が右耳の通信機から聞こえてきた。

 「了解…」浦木が左を向いて歩き出した。

 しばらく歩いていると、早足で移動しているチェを見つけた。

 「尾行はいますか?」と浦木。

 「いや、いないよ。今のところは…」井上が舐めるように単眼鏡で通りを確認した。

 「急いでるようですが、何かあったんですかね?」

 「待ち合わせでもしてるんじゃねぇ?ちなみに、そろそろお前たちが死角に入るから移動するぞ。」最後にもう一度大使館のある通りを確認してから井上はその場を後にした。

 「途中でタクシーを拾われたら困るので、車の準備をお願いします。」対象者と一定の距離を保ちながら浦木が言った。

 「あいよ。」

 チェが交差点で左に曲がった。今まで真っ直ぐ歩いていたので、浦木はこれが尾行確認の行動ではないと思い、歩くペースを変えずに同じく左へ曲がった。しかし、通りにチェの姿はなかった。歩くペースを緩めずに新人捜査官は視線だけを通りに走らせたが、対象者は見つからなかった

 「どうなってる?」通信機から井上の声が聞こえてきた。

 「見失ったかもしれ―」新人捜査官が振り返って周囲を確認すると、曲がり角にある小さなカフェを見つけた。

 「やらかしちゃった?」

 「いや、ちょっと確認し忘れたところがありました。」浦木が見つけたカフェに入り、店内を見回した。チェは通りに面したカンウンター席に座ってスマートフォンを操作していた。

 「見つかった?」再び井上の声が聞こえてきた。

 「接触します。」

 「おい!早すぎ―」

 通信機を外したので井上の声は浦木の耳に届かなかった。彼は空いていたチェの隣に座った。韓国の諜報員は横目で隣に座った男を確認しただけで、すぐスマートフォンの画面に集中し直した。

 「チェ・ワンシクさんですね?」窓越しに通りを見ながら浦木が口を開いた。彼は敢えて隣に座る男を見ず、前を見つめて相手の反応を窺った。

 今までスマートフォンを見ていたチェは再び横目で相手を見た。男の顔に見覚えはなく、顔立ちから日本人に見えた。

 〝公安か?〟

 「少しお聞きしたい事があります。」視線を感じたので浦木が顔を諜報員に向けた。

 その時、店員がパンとコーヒーを持ってきた。

 「すみませんが、急用が入ったのでキャンセルします。」流暢な日本語で店員にそう言うと、チェが椅子から立ち上がった。店員が戸惑っている間に韓国の諜報員は足早に店を後にした。

 大使館に戻るチェを窓越しに見送ると浦木も店を後にし、通信機を再び右耳に差し込んだ。

 「―いッ!きぃー、てぇー、るぅー、かぁー?」耳に差し込む前から井上の声が聞こえてきた。彼はずっと新人捜査官に声をかけ続けていた。

 「聞こえてますよ。」

 「んで、どうなった?」

 「逃げられました。」二の橋方面に歩き出して浦木が言った。

 「だよねぇ~。ってか、浦木さぁ~、君、好きな子ができたらすぐ告白するタイプでしょ?」

 突然の無関係で無礼な質問に浦木は苛立ちを覚えた。

 「何の関係があるんですか?」

 「相手のことも考えろ、ってこと。とりあえず出直さなきゃな。尾行の点検してから合流しようぜ。」



***



 聞き込みの収穫は皆無であった。

 半田と新川は3本以上のペットボトルが発見された駅2つを訪れ、駅の職員に構内で見られたトラブルや不審物、忘れ物や落し物について尋ねた。

 「トラブルの内容はいつもと変わらないですよ。スリやケンカ、痴漢ですね。」聞き込みに応じてくれた男性職員が言った。「不審物と言っても、大半が忘れ物ですし…落し物なんて毎日見つかってます。」

 「最近、水の入ったラベルの無いペットボトルが、駅の構内で見つかっていると聞きました。その処理はどうしていますか?」半田が尋ねた。

 「あれは巡回している警察の方が見つけたんですよ。最初はゴミだと思ったそうですが、何度も同じ物を見るようになったので回収し始めたそうです。だから、僕らも見つけたら警察に届け出るようにしています。」

 「では、その前からペットボトルは見つかっていたんですか?」と半田。

 「かもしれません…」自信のない職員の回答は歯切れが悪かった。「清掃の方々もゴミだと思っていたらしいので…それに僕らもあまり注意して見ていなかったので…」

 もう一つの駅でも同じようなやり取りを繰り返し、これ以上調査しても意味がないと判断した半田と新川は車に戻った。

 「井上と浦木さんに期待するしかなさそうですね。」シートベルトを締めて新川が言った。

 「一応、本部に連絡するか…」スーツの上着からスマートフォンを出すと、半田は柄沢の番号を選択してダッシュボードにあるスマートフォン用のスタンドに電話を置いた。そして、相手が出る前にスピーカーモードにして、新川も会話に入れるようにした。

 「柄沢です。」スタンドに置かれたスマートフォンから分析官の声が聞こえてきた。

 「何か進展はあったか?」

 「あまりないです。あるとすれば、浦木がチェに接触を試みたことですかね…」

 半田は驚いた。情報が少ない段階で、しかも、相手が海外の諜報員であることから、接触はあまりにも無謀な行動である。

 「それで結果は?」

 「逃げられました。」

 〝当然だな…〟半田は浦木と話す必要があると思った。

 「チェについてですが、訪日前は北朝鮮部門の情報分析官だったようです。3年前に作成された、韓国国内で活動する北朝鮮工作員の現状に関するレポートにチェの名前がありました。日本に派遣されたのも北朝鮮関連かもしれませんが、日本または日本にいる何かを対象とする部門に異動した可能性もあります。」

 「類似した事件の捜査はどうなっている?」半田が話題を変えた。

 「過去10年の捜査書類にアクセスしましたが…」増井が柄沢の代わりに話し始めた。「似たような事件はありませんでした。水の入ったペットボトルなので…ゴミと間違われて捨てられることが多く、事件性はないと思われているのかもしれません。」

 〝確かに普通に考えればゴミと思うだろうな…〟駅員の言葉も思い出しながら半田は思った。

 「科捜研から連絡はあったか?」

 「検査結果が出たと連絡がありました。」柄沢が応えた。

 「分かった。一度、そっちに戻る。」半田が電話を切り、車のエンジンをかけた。

 「班長…」今まで黙っていた新川が口を開いた。「あのぉ~、イラズラの可能性はないんですか?」

 サイドブレーキを落して半田が助手席に座る部下を見た。「ないとは言えない。しかし、断定することができない以上、調べ続けなければならない。」

 新川は何も言わなかった。しかし、上司の説明には納得していた。

 〝最近物騒だから、何でもかんでも怪しく見えちゃうのかも…〟窓の外を流れる景色を見ながら女性捜査官は思った。

 
 
***



 予想外の結果に男は驚いていた。

 警察関係者による監視を疑っていたが、彼を尾行していた人物が韓国大使館の職員であることが探偵の調査によって明らかになった。

 「何かの間違いだと思いますよ。」運転席に座る探偵が言った。探偵の身なりは整えられており、髪はショートカット、服は濃紺のスーツ、靴はしっかりと磨かれた革靴であった。

 2週間前から地下鉄の駅でスーツ姿の男を目撃するようになり、危機感を持った男は尾行者の写真を撮影して探偵に仕事を依頼した。依頼する際に男は「妹のストーカーの正体が知りたい」と言って、尾行者の写真を渡した。正義感の強い探偵は快く、何の疑いも持たずに男の仕事を引き受けた。

 「確かですか?」男が尋ねた。

 「1週間ほど調査しましたが、この人物が韓国大使館の職員であることは間違いないです。しかし、彼はあなたの妹のストーカーではないでしょう。基本、仕事と自宅の行き来ですし―」話している途中で探偵は言い忘れていたことを思い出した。「そうだ!帰宅する際に彼はいつも遠回りします。しかし、常にランダムで、1時間ほど駅をブラついて何もせずに帰宅していて、でも、誰かを尾行しているようには見えなかったです。それにしても、遠回りしている理由は不明です。」

 〝しばらく行動を自粛していたからな…〟男は思った。改めて探偵の調査ファイルに目を通す。ファイルには1週間の行動記録のほか、尾行者の住所も記載されていた。〝チェ・ワンシクか…〟

 「助かりました。」男がファイルをメッセンジャーバッグに入れた。「報酬は今日中に振り込んでおきます。」

 「お役に立てて光栄です。また何かありましたら、ご連絡下さい。」

 探偵の車から降りて男は何度も尾行の確認を行ってから、探偵に会う前に立ち寄った駅のコインロッカーからペットボトルとスマートフォンを回収した。ペットボトルを片手に男は改札口を抜け、ホームの端にあるベンチに座って脚の間にペットボトルを置いた。

 電車が来るまでスマートフォンでニュースを確認し、ホームに電車の接近を報せるアナウンスが聞こえると右足でゆっくりとペットボトルを押してベンチの下に入れた。電車がホームに進入し、目の前を通過する際に生じた風を全身に浴びた。男は立ち上がって車両に乗り込み、再びスマートフォンでニュースを確認した。

 次の駅に到着すると、男は発車する直前に急いで車両を下りた。

 〝邪魔者には消えてもらおう…〟
 
 
 
***



 当時官房長官であった小田完治の設立した対テロ捜査機関は『日本交通保安協会』という法人の形で存在し、関係者の間では『ネズミ取り』と呼ばれていた。後者の呼び名は、時の内閣総理大臣大沼茂雄が付けた物であり、隠密に活動するテロリストを「ネズミ」に例え、それを追う捜査官を集める機関であるから「ネズミ取り」という暗号名が与えられた。

 しかし、この対テロ機関は後に組織改編が行われ、『日本テロ対策センター』、通称『JCTC(Japan Counter-Terrorist Center)』という名に変更された。前の機関との大きな違いは組織内の細分化である。

 ネズミ取りの場合、大まかに「捜査」、「分析」、「戦術」、「警備」の4部門に分かれており、部門内の専門性はあまり重要視されていなかった。これは火災事故として処理された自衛隊基地に対する攻撃の後、小田完治とその協力者たちが対テロ機関の設立に急いでいたという背景もある。数々の事件を解決してきた機関であったが、組織運営に関する問題が浮上してきたため、ネズミ取りの大規模な組織改編が行われた。

 半田と新川が訪れている科学捜査研究所こと科捜研も、組織改編によって新たなに設立された部署の一つであった。調査内容によって、大学や研究所に助けを求めることもあるが、十分な機材がJCTC内に備えられており、また機密性のある内容であることが多いために他の機関と連携して調査することはほとんどない。

 「お待たせしました。」椅子に座って待つ二人のところに白衣を着た女性が入って来た。縁なしの眼鏡をかけた長髪の科捜研の職員は右手に持っていたファイルを机の上に置いて、二人の捜査官と向かい合うように腰掛けた。長い髪を後ろで束ねた色白の女性職員は半田と新川に視線を向ける前にファイルを開いた。

 なぜ科捜研に連れて来られたのか理解できていない新川は、緊張しながら女性職員の動きを見守った。

 「まだ完全な結果は出ていませんが、大半のペットボトルの中身はただの水でした。」女性職員がファイルから顔を上げて言った。「正確に言えば、分析した26本中17本の内容物は市販されている水で、残りの9本は川水でした。また、その9本から高濃度のセシウム137とストロンチウム90が検出されました。」

 半田が視線を職員の前に置かれているファイルへ移動させた。すると、女性職員がファイルを半田の方へスライドさせた。

 「ストロンチウム90が0.75ミリベクレル、セシウム137が4.1ミリベクレルとなっています。仙台湾の海水で確認された放射能に近い濃度です。」科捜研の女性職員がファイルに集中している彫りの深い顔立ちの男を見て言った。

 「東京湾でも似た数値が出たことがありますよね?」と半田。

 「ありますね。ちなみにペットボトルの水から検出されたプランクトンからも、高濃度の放射性物質が確認されています。もう少しお時間を頂けたら、詳しいことが分かると思います。」

 〝さっぱり分からん…〟新川の頭はパンク寸前であった。二人の会話の内容に付いて行けず、もう聞き流す方が良いと思い始めていた。

 「それでは詳しいことが分かりましたら、また連絡を下さい。」半田が椅子から立ち上がり、釣られて新川も立ち上がった。

 「分かりました。」女性職員も立ち上がり、ファイルを回収してから部屋のドアを開けた。

 半田が一礼して退出し、新川は「失礼しました」と言って部屋を後にした。

 エレベーターに乗り込むと新川が恐る恐る上司の顔を横目で見た。半田は上着の内ポケットからスマートフォンを取り出して、着信とメッセージの有無を確認していた。

 「班長…」新川が静寂を破った。

 部下の声に反応して半田が顔を彼女に向けた。

 「あのぉ~、あれってどういう意味なんですか?」

 「あれとは?」

 「さっきの会話です。放射能とかセシウムだかとか…」

 半田は再びスマートフォンの画面に顔を戻した。

 「どうやら俺たちの追っている相手は、北朝鮮の工作員ではないかもしれないってことだ。」

 「えっ?」

 新川が聞き返そうとした時、エレベーターのドアが開いた。

 「まずは井上と浦木に連絡する。もしかしたら、チェが現場にいたのは偶然だったのかもしれない…」



***



 昼の件からチェ・ワンシクは警戒を強め、他の職員たちも韓国大使から警戒するように伝えられていた。

 また、危険が及ぶことを考えた駐在武官はチェに護衛を付けることにした。大使館付近で日本の公安警察と思われる人物が接触を試みた事から、駐在武官は大使館が監視されていたと想定し、大使館職員を護衛に付けるのは賢明ではないと判断した。ゆえに彼は日本国内にある韓国企業で民間人として働いている、NISの工作員にチェの護衛を頼んだ。

 チェの車が大使館を出ると、彼の護衛はしばらく待ってから車のエンジンをかけて警護対象者の後を追った。すぐ追いかけなかった理由は、チェを尾行する者の存在を確認するためであった。

 NISの工作員は警護対象者との間に車を6台入れ、GPSを頼りに対象者の後を追った。チェと距離を開けることは危険であるが、尾行の有無を確認する手段であり、今回のように準備不足で多くの人員と車が使えない場合は慎重に行動しなければならない。対象者に近すぎれば、警戒していることを悟られる恐れがあり、また相手の警戒心を高めて逃げられる可能性もある。駐在武官はできるだけ静かに、そして素早く問題を解決したいため、危険を侵す必要があると考えた。

 自宅に近づくに連れて車の数が少なくなり、チェの住むマンションまで8キロメートルと迫った時、チェと彼の護衛の車しか道路を走っていなかった。

 その時、スマートフォン用のスタンドに置いていた携帯電話が鳴り、対象者の車から目を離さずに画面に触れてNISの工作員が電話に出た。

 「もうすぐ自宅に到着する。」相手が話し始める前に護衛が言った。

 「自宅周辺を点検したが、異常はない。」電話の相手が応えた。

 車両以外にもチェの自宅周辺にもう一人、NISの工作員が先乗りして周囲の状況を確認していた。

 「こっちも尾行を確認したが、いなかった。」

 「俺は車が駐車場に入るのを見届けてから引き揚げる。」

 「分かった。」再びスマートフォンの画面に触れて護衛は電話を切った。

 その頃、チェの車が自宅マンションのゲート前で止まり、シャッターを上がるのを待っていた。護衛は止まらずにゆっくりと警護対象者の車の後ろを通り過ぎて、ルームミラーで何度か後方を確認した。車に意識が集中していたため、彼は反対側の歩道から近づく2つの影に気付くことができなかった。

 電柱の陰でチェの車を見守っていたもう一人の護衛は、仲間の車が目の前を通り過ぎると同時に20メートル先を移動する二人組を見つけた。しかし、暗がりで相手の姿が見えず、それが脅威であるかの区別が付かなかった。念のために現場を離れた仲間に連絡を入れようと、ジーンズのポケットにあるスマートフォンに手を伸ばした。

 後ろから小さな物音を耳にした。急いで振り返ろうとしたが、その前に後ろから口を塞がれ、小さなナイフで喉を掻き切られた。襲撃者は素早く相手から離れ、拘束から解かれるとチェの護衛は喉から噴き出る血を止めようと両手で出血部を抑えて両膝をついた。

 その頃、チェの車が駐車場へ入ろうとゆっくり動き出した。車の動きに合わせるように二人組の男が道路を渡って、閉まり始めたシャッターの下を潜ってマンションの敷地内に入り込んだ。外の護衛を始末した男はその様子を見届けると、周囲に目を配って警戒を行なった。

 二人組の男は黒いスキーマスクを被っており、一人はスタンガン、もう一人は全長30センチの特殊警棒を持っていた。二人は駐車されていた車を利用してチェの車に近づき、標的の車が停まって手提げ鞄を持ったチェ・ワンシクが降りてくるなり、スタンガンを持った男が走り出した。

 自分の部屋に向かって歩き出した韓国の諜報員は、背後から迫る足音を聞いて急いで振り返った。彼の右手には催涙スプレーがあり、迫るスキーマスク姿の男を確認すると人差し指でスイッチを押した。だが、相手はスプレーの射程外にいた。それでもスプレーを見た途端に襲撃者は身を引き、その隙を突いてチェは鞄を相手に投げつけて逃げた。後ろから迫る足音に怯えながら彼は走った。

 その時、斜め前にあった車の影から同じくスキーマスクを被った男が現れ、立ち止まろうとした途端に特殊警棒で頭を殴られた。衝撃に耐えきれなかった韓国の諜報員は片膝をつき、その直後に再び頭を殴られて地面に崩れ落ちた。

 スタンガンを持った男が仲間と合流し、特殊警棒を持つ男は展開させた警棒を収縮させてからチェの両脇に手を入れて持ち上げようとした。

 「すいませぇ~ん。」

 チェに意識を向けていた二人は近づいてくる男に気付けなかった。ふと顔を上げると、ネズミ色の作業服の上着と色褪せたダークブルーのジーンズ姿の男が見えた。男は笑みを浮かべて二人を見つめている。

 韓国人の脚を持ち上げようとしていた男は、突然現れた男にスタンガンを向けてスイッチを入れた。バチバチと電流の流れる音が静かな駐車場に鳴り響いた。それを見た作業服の上着を羽織る男は眉と同時に顔を上げ、驚いた素振りを見せた。

 仲間が気を引いている隙にもう一人の男がチェを連れて逃げようとした。肩越しに後ろへ視線を走らせた時、早足で近づいてくるスーツ姿の男が見えた。スキーマスク姿の男はチェを地面に落とし、急いで特殊警棒を展開させた。スーツ姿の男は怯まずに距離を詰め、逆に不安になってきた襲撃者が相手に向けて警棒を振り下ろした。

 浦木は身を軽く反らせて攻撃を回避し、相手がバックハンドで再び警棒を振った。新人捜査官は警棒が振られる前に距離を縮め、警棒が振り切られる前に相手の腕を右腕で防ぎ、その直後に左手で相手の右肘関節を掴んだ。そして、素早く警棒を持つスキーマスク男の右手を押し、警棒を相手の側頭部に叩きつけた。

 自分の特殊警棒で左側頭部を強打した男は呻き、その間に浦木が相手の右手首を捻り上げて相手の背後に回ると、男の左腕を左手で掴んで後ろへ引っ張り、拘束の態勢に入った。

 一方、井上と向き合う男は背後の物音を聞いて素早く後ろへ視線を向けた。その隙を狙って井上は相手との距離を詰め、スキーマスク男が振り返った時、二人の距離は2メートルにまで縮まっていた。

 男は急いでスタンガンのスイッチを入れて右手を突き出した。だが、井上は左へ動いてそれを回避し、相手の腕が伸び切ると左手で男の右手首を掴んで、右掌底をスキーマスク男の額に叩き込んだ。これで相手が怯み、隙を見て井上はスタンガンを持つ男の右手に向けて右拳を振り下ろした。スタンガンが音を立てて地面に落ち、捜査官が相手を拘束しようと、浦木がしたように相手の手を捻じり上げようとした。

 しかし、その前にスキーマスクの男が左拳を井上の顔に向けて繰り出した。急いで一歩後退しながら、捜査官は右手で攻撃を弾き飛ばした。男は間を置かずに右拳も突出し、今度は後退せずに井上はそれを左手で弾いた。

 諦めずにスキーマスクの男が再び左拳を繰り出そうとした時、井上が両手で相手を後ろへ突き飛ばした。予期せぬ攻撃に男はバランスを崩すも、素早く体勢を立て直して殴り掛かろうとした。そして、その瞬間を突いて井上は相手の左腿に右踵を叩き込んで動きを止め、脚を地面に着ける勢いを利用して右フックを男の顎に入れた。綺麗に攻撃が決まったことで脳震盪が起こり、スキーマスクの男は糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。

 手錠に手を伸ばしながら浦木の方を見ると、新人捜査官は腕時計で時間を確認していた。

 「遅くて悪かったな!」スキーマスク男を拘束しながら井上が言った。

 「いや、そういう意味では…。でも、井上さんの言った通り、ここで張ってて正解でしたね。」

 「こんなにすぐ引っ掛かるとは思わってなかった。きっと、お前の大胆な行動のお陰だろうさ!」手錠をかけ終えた井上がスタンガンを回収した。

 「チェはどうします?」と浦木。

 「一応…外交問題には発展させるな、との命令だから救急車を呼ぶだけにしよう。でも、増井ちゃんからスマホのデータをコピーしろって言われるから、それだけ忘れずに。」

 「分かりました。それじゃ私が二人を車に乗せますので、データのコピーと救急車をお願いします。」

 「あいよ。」

 その頃、マンションの向かい側の歩道で仲間を待っていた男は、あまりの遅さに苛立っていた。そして、連絡を取るために携帯電話を取り出したが、ある考えが脳裏を過った。



***



 「君の部下も現場にいたらしいね。」JCTC第3課の課長である袴田照雄が机を挟んだ先に立つ半田に言った。

 「はい。」第3課5班の班長は自分が呼ばれた理由を知っていたので、狼狽えることはなかった。

 「監視カメラに映っているなんてこと、ないかな?」袴田がニヤリと笑って尋ねた。

 「映っています。」

 予期せぬ回答に課長の顔から笑みが消えた。

 「住民から連絡を受けた水道会社の職員としてマンションに入ったので、駐車場出入り口のカメラに部下の姿が映っています。」半田が次の質問を受ける前に言った。

 「事情聴取されても問題の無い対策は取っているんだろうね?」

 「はい。午前中にそのマンションで水道会社の点検があり、点検の数時間後に修復した箇所を夜に再び確認したいと大家に頼んでマンションに入りました。そこで2時間ほど見張っていたところ、チェ・ワンシクが帰宅して二人組の男に襲われました。部下がその二人を拘束し、尋問中です。」

 半田の説明を聞くまで袴田は下唇を噛み、自分に責任が及ぶ可能性があると見て心配していた。しかし、話しを聞いている内にその心配が杞憂であったと判断した。目の前にいる男は彼が考えるほど軽率な行動を取ることはなく、常に考えてから動く慎重な人物であった。

 「では、マンションの前で発見された死体と今回の件に結びつくことはないのだな?」

 「ないと思います。チェの件は報道されていませんし、あの死体は韓国系企業の従業員として報道されています。」半田が淡々と答えた。

 「大使館ルートで政府に苦情が行っている。韓国大使は自分の職員が公安部に攻撃されたと考え、マンションの前で発見された死体も公安の仕業だと決めつけている。我々の方に捜査の手が伸びないようにしなければならない。」

 「分かりました。」

 半田が拘束室へ向かおうとした時、柄沢がタブレットを持って上司の横に並んだ。

 「マンション前で発見された男ですが、特に不自然な記録などは見つかりませんでした。」柄沢がタブレットを上司に渡した。

 「NISの職員ではなかったか…」タブレットに表示されている男の顔写真と経歴に目を通して半田が言った。

 「入手した経歴から死亡した人物が、NISの職員と断定する事はできませんでした。しかし、発見された場所がチェのマンション前だったので、彼の護衛または見張り役だったのかもしれません。」
「死因は窒息死だったな?」

 「はい。首を切られた際に血が肺に溜まり、呼吸困難に陥って亡くなったそうです。」

 「しかし、拘束した二人はナイフを持っていなかった。」半田がタブレットを分析官に返した。

 「現場で捜査している警察もまだ凶器を発見していません。」

 「この二つが無関係だとは考えにくい。そうなると三人目がいたかもしれないな。」

 「井上たちは拘束した2人以外、不審な人物は見ていないと言っています。」

 エレベーターホールで二人は足を止めた。

 「俺は拘束室に行って三人目の人物について確認してみる。柄沢は新川と共にマンション付近の防犯カメラの確認をして欲しい。」

 「つまり、現場ですか?」

 「そうだ。」

 エレベーターのドアが開き、半田が乗り込んだ。

 「頼むぞ。」

 「は、はい…」ドアが閉じる前に柄沢が応えた。彼は急いでオフィスに戻りながら、スマートフォンを取り出して休憩中の新川に連絡を入れた。



***



 ニュースを見てもチェ・ワンシクに関する報道はなかった。

 〝まだ死体が見つかってないのか?〟

 男はキーワードを変えて検索を続けたが、韓国人大使館職員に関するニュースは見つからない。その代わりに見つかったのは、チェの住むマンション前で発見された韓国系企業に勤める男性の死体であった。

 〝間違えたのか?いや、見間違うはずがないッ!〟

 怒りで体が震え、男はスマートフォンを壁に叩きつけた。その衝撃で壁が凹み、大きな音を立てて携帯電話が床に落ちた。

 〝落ち着け…。計画が破綻した訳ではない。〟

 深呼吸して男はベッドから立ち上がり、壁に叩きつけたスマートフォンを拾い上げた。すると、手の中で携帯電話が振動し、彼は小さな亀裂のできた画面を見た。そこにはメッセージの受信を報せる通知が表示されていた。

 <仲間がしくじった>

 短いメッセージであったため、スマートフォンのロックを解く必要もなかった。

 〝役立たずがッ!〟

 男が携帯電話の電源を切ろうとした時、新しいメッセージが届いた。

 <報酬は上がるが、次は確実に…>

 今回のメッセージは長文らしく、途中までしか表示されていなかった。

 〝依頼したのが間違いだった…〟

 スマートフォンの電源を落とし、男はホテルの部屋から出た。



***



 増井は後ろに並んでいる4班こと『園田班』の女性分析官の神田に応援を頼んだ。彼女は既にチェ・ワンシクのスマートフォンのデ―タを調べたが、私用の電話だったので事件に関する情報は入っていなかった。
 一仕事終えていた神田は眠そうな顔をしていたが、井上と浦木が拘束した男たちのスマートフォンの一つを受け取ると口角を上げた。

 「あまり情報は入ってないと思いますけど、念のため、確認するよう班長に言われているので、よろしくお願いします。」そう言って増井は自分のデスクトップ・コンピューターに向き合った。

 「今じゃスマホがパソコン代わりだから、スマホの方に沢山データが入ってるよ。」自分の机に戻りながら神田が言った。

 二人は押収したスマートフォンを直接デスクトップに接続することはせず、机の引き出しから予備のノートパソコンと携帯電話に合う端子付きコードを取り出し、ノートパソコンとスマートフォンを繋げた。すぐノートパソコンが押収されたスマートフォンを認識したが、ロックが掛かっていたためにデータにアクセスすることができなかった。

 二人の調査している携帯電話のオペレーション・システム(OS)がアンドロイドであったので、分析官たちはノートパソコンにダウンロードされていたアンドロイド用のアプリケーションを起動させた。アプリケーションの指示に従ってスマートフォンを操作し、携帯電話をダウンロード・モードに切り替えた。次にパソコンの画面に表示された「開始」のボタンをクリックすると、スマートフォンの暗証番号が初期化されてロック画面が解除された。

 増井と神田は押収した携帯電話のデータからテロ攻撃に関する情報を入手しようと、キーワードを入れて検索を繰り返した。また、その合間を縫って二人の分析官は写真や動画、メモ、通話履歴、ウェブの閲覧履歴、ショートメッセージ、ダウンロードされている通信アプリなど、検索で見逃したかもしれない情報を探し求めた。

 「SNSのメッセンジャーに多くの通信履歴があるよ。」神田がノートパソコンの画面を見つめながら言った。

 「私も見つけました。そちらの電話の中に『ブーマー』か『アーサー』って方との通信履歴はありますか?」増井もパソコンの画面を見つめながら尋ねた。

 「あるよ。私の端末の所有者は『ブーマー』みたい。そっちに『チャールズ』か『アーサー』っている?」

 「います。そうなると、私の方は『チャールズ』ですね。」

 「この二人の他に『アーサー』って人もメッセージのやり取りに入ってる。」神田がメッセージに目を通した。「このアーサーさんが結構、物騒な事も書いてるね…」

 増井も神田と同じメッセージに目を通し、その中にチェ・ワンシクの写真を見つけた。

 「間抜けな人たちなんですかね?写真をこんなセキュリティーの甘いSNSのメッセンジャーで共有するなんて…」

 「中東で活動していたテログループも最初は似た様なアプリを使ってたし、珍しい話しではないよ。それより、このアーサーって奴が元締めらしいけど、全然手掛かりがない。クラックしようにも、大手に対してやると面倒くさいでしょ?」

 後ろに座る分析官の話しを聞きながら、増井はウェブの閲覧履歴に目を通して興味深いウェブサイトを見つけた。

 「この人たちの接点が見つかったかもしれません。」半田班の分析官が言った。

 「その接点って?」

 「事件発生の前日までブーマーと名乗ってる人が、『復讐代理』ってサイトに何度もアクセスしてます。パスワードが設定されているので、開く必要があります。」

 「SQLで行けるんじゃない?」神田も増井の見つけたウェブサイトを閲覧履歴で確認するとアクセスを試みた。

 そのウェブサイトは質素で、白い背景、黒い文字のタイトル『復讐代理』、その下に「ログイン」のリンクしか表示されていなかった。リンクをクリックしてログイン画面に移動すると、ユーザー名とパスワードを求められた。

 神田が適当にユーザー名を入力し、パスワードの欄に短い文字と数字を入力してエンター・キーを押した。彼女の入力した文字と数字によって、特定のSQL文が作成され、どのようなパスワードも正規の物として認識されるようになった。彼女のノートパソコンの画面は質素なログインページから黒い背景の赤い文字が並ぶサイトに飛んだ。この方法はセキュリティーの厳重なウェブサイトには通じないが、そうではないウェブサイトで使える初歩的な方法であった。

 一方の増井はHTMLフォームを開き、直接SQL文を挿入してウェブサイトのデータベースにアクセスした。これによって、そのウェブサイトにアクセスしたユーザーのパスワードやIPアドレスを含む情報を見ることが可能になった。彼女はサイト内で『アーサー』と名乗る人物のIPアドレスを見つけると、その人物が何所からそのサイトのアクセスしたかを調べ始めた。また、書き込み履歴にも目を通して気になる物を見つけた。

 「チャーリーさんもブーマーさんも同じ掲示板に書き込みしているね。」神田が床を軽く蹴ってオフィス椅子に乗ったまま増井の横に移動した。

 「アーサーさんもですよ。この人たち、ここで仕事を受けてたみたいです。」増井が『アーサー』の書き込みをパソコンの画面に表示させて神田に見せた。

 「居場所は?」

 「検索しましたが、常に移動しているのか、VPN(仮想プライベートネットワーク)を使っているのか、住所が海外の時もあります。」

 「コイツらに依頼した奴の書き込みは?」と神田。

 「こっちです。」増井が新しいウィンドウを表示させた。そこには東京都の地図と3つの赤い点があった。

 「依頼人の方は間抜けだったみたいだね。」

 「班長に連絡します。」増井は固定電話の受話器を持ち上げ、住所の詳細を調べ始めた。



***



 半田が急ぎ足で拘束室の隣にある監視室に入った途端、スチール製の机を引っくり返して壁に叩きつける浦木を目撃した。突然のことに困惑しながらも彼は、同じくその様子をマジックミラー越しに見ていた井上の横に並んだ。

 「一体何をしている?」と半田。

 「良い刑事と悪い刑事ごっこです。口の堅い奴らなんで、喋ってもらうために浦木には悪い刑事役を演じてもらってます。ちなみにもう一人は、別の部屋でお茶を飲んでもらってます。」

 「やり過ぎだ。」

 ちょうど半田がそう言った時、浦木が押収した特殊警棒を展開させた。彼はそれで壁を軽く叩きながら容疑者に近づいた。パーマヘアーの容疑者は近づいてくる捜査官から目を離すことができず、顔を青白くさせて震えた。

 「ちょっと止めてきます。」井上が監視室と拘束室を繋ぐドアを通って隣の部屋に入った。

 別の捜査官が登場すると容疑者は視線を井上に移し、「助けてくれ!」と叫んだ。

 「浦さん、そこまでにしようぜ。」井上が穏やかな声で言った。

 井上の案は明らかに酷い小芝居であり、浦木はこの案に消極的であった。しかし、代替案が思いつかなかったので、井上の案に乗っかることにした。彼は声をかけられても無視して容疑者に近づいた。

 「そこまでにしないか?」井上が同僚の前に立ちはだかった。

 三文芝居であったが、容疑者にとって井上は救世主であり、これで乱暴な男から解放されると思った。浦木は警棒の先端を床に叩き付けて収縮させると拘束室から出て行った。

 「ちょっと待っててくれ。」

 そう言い残して井上も部屋から去り、緊張状態から解放された容疑者は溜め息をついた。

 上司の待つ監視室に行くと、半田は通話中であった。

 「わかった。ありがとう。」半田がスマートフォンを上着の内ポケットに戻し、部下の方を向いた。「拘束した男たちの雇い主の居場所が分かった。すぐ向かってくれ。」

 井上と浦木は驚いた。

 「どうやって居場所が?」と井上。

 「容疑者のスマートフォンから依頼主との通信履歴があったそうだ。お前たちの端末に住所が送られる。そこに行ってこい。」

 「せっかく浦木と演技して落そうとしたのにぃ~」井上はテレビドラマ的な取り調べで容疑者を説得しようとしていたので、ひどく落胆した。

 「手間が省けて良かったじゃないですか。」押収した特殊警棒を机の上に置いて浦木が言った。

 「今度から変なことはしなくていい。訴えられたら問題になる。いいな?」半田が語気を強めた。「分かったら行って来い。」

 「了解!」



***



 最後のペットボトルを駅に置いた男は尾行確認を行いながら自宅に向かった。

 何度か地下鉄を乗り換えて不審な行動を取る人物を探したが、そのような人物は一人も見当たらなかった。しかし、安全確認を終えても男の足取りは重かった。チェ・ワンシクの殺害も失敗に終わり、今まで計画的に置いてきた液体入りのペットボトルも世間の注目を浴びずに終わろうとしている。

 〝浩太…〟

 男は亡き弟のことを考えた。幼い弟の顔が浮かぶと同時に両親の顔も思い出し、目頭が熱くなった。

 〝まだやる事は残ってる。これは警告に過ぎない。真の戦いはこれから始まるんだ。〟

 遠回して自宅に帰り、男は少ない荷物を段ボールに詰めた。借りているアパートを出て、新しい部屋に移動して次の行動に出る準備を考えた。

 衣服やノートパソコン、予備のスマートフォン3台、数枚のSIMカードが入ったジップロックの袋を段ボールに入れて玄関に置き、移動用にレンタカーを借りようとジーンズのポケットにあるスマートフォンに手を伸ばした。手に取るなり、振動が訪れて男はすぐ画面を確認した。

 <もう一度お話ししましょう。>

 スマートフォンの画面に新着メッセージの受信が表示されていた。

 〝しつこい野郎だ…〟

 無視してレンタカー会社に電話しようとした時、再びメッセージが届いた。今度は画面の上に小さく表示され、ふと目を通すと男は固まった。

 <あなたの家の前まで来ています>

 最初は驚いたものの、男はそれが安い脅し文句だと思って無視することにした。しかし、気になることがあった。報酬は既に支払われている。それに今回の仕事で標的の警戒が強化され、世間から注目を浴びて逮捕される可能性がある。

 〝いずれにせよ、俺には関係のないことだ。〟

 スマートフォンの受話口から聞こえてくる呼び出し音に耳を傾けながら、男は気持ちを切り替えようとした。しかし、それもドアのノック音によって遮られた。受話口から女性の声が聞こえてきたが、その声は男の耳に届いていなかった。彼の目は玄関のドアに向けられた。

 〝脅しじゃなかったのか?〟

 再びノック音がした。男は電話を切り、忍び足で玄関へ行って覗き穴から外を見るためにドアに近づいた。その時、スマートフォンが振動し、驚いた男は左手でドアを押してしまった。

 「いるんでしょ?」ドアの向こう側から野太い男の声が聞こえてきた。

 恐怖のあまり男は震えて動けなくなった。

 「私はお話しがしたいだけなんです。」外にいる人物が言った。

 〝どうやってここに?〟

 「入れてくれないなら、開けさせてもらいますよ。」

 ドアノブが少し動き、男は鍵をかけているのにも関わらず、それを掴んで止めようとした。

 「帰ってくれッ!」男が叫んだ。

 「突然押しかけて申し訳ないですが、あなたのことを思ってのことなんです。」ドアの向こう側にいる男が落ち着いた口調で言った。

 「もう終わったんだ!」

 その時、ドアノブの付近からガスの漏れるような音が聞こえ、その直後にドアノブのサムターンが回転する音が続いた。気付いた時にはドアが外側に開き、男が急いで引こうとしたがそれは軽々と阻止されてしまった。

 「やっと会えましたね。」髪を七三に分けたスーツ姿の男が言った。「アーサーです。少し外を歩きませんか?」



***



 増井の突き止めた住所近くにあったコインパーキングに車を停め、井上と浦木は4分ほど離れたアパートに向かって歩き出した。住宅地の中にあるそのアパートは5階建てのアパートで、付近に似た様なアパートや一軒家が並んでいた。

 「聞こえますか?」

 右耳に差し込んだ片耳ブルートゥース・イヤフォンから増井の声が聞こえてきた。

 「聞こえてるよ、増井ちゃん。」井上が応えた。

 「聞こえてます。」隣に並ぶ捜査官に続いて浦木も応えた。

 「住宅地なので、もしかすると、他人のネット回線を使っていたことも考えられます。」

 「それじゃ、容疑者の居場所が分かった訳じゃないの?」と井上。

 「サイトの記録から得た情報で唯一、公共のネット回線以外からアクセスしていたのが、そのアパートからでした。急いで接続してIPアドレスを隠す処理を忘れていたのかもしれません。」

 そうこうしている間に二人の捜査官が目的のアパートに到着した。薄いベージュ色の外壁で、5階建てと聞いていたが、それは右側だけで左側は3階建てになっていて、広く横に伸びていた。右側の1階には小さい歯科医院が入っており、左側には駐輪場と小さい屋外駐車場があった。井上と浦木がアーチ形の入り口を抜けてアパート内に入り、入り口のすぐ右手にある2列に並んだ郵便受けに目を通した。名札の付いた物もあったが、中には付いてない物もあった。

 「確認してみるけどさぁ~、部屋の番号とか分からないんでしょ?」郵便受けに目を通して井上が尋ねた。

 「すみません。部屋の番号までは分かっていません。」増井は役に立てていないと思い落胆した。彼女は井上たちと違って安全な場所で作業することが多く、その分負い目を感じることが多かった。

 「あとは私たちの仕事なので任せてください。」彼女の気持ちを察したように浦木が周囲に視線を配りながら言った。

 「浦さんの言う通り。あとは俺たちに任せろ!」井上はまだ小芝居を続けたい気分であった。

 浦木は気にせず1階の駐輪場と駐車所を確認しようとアパートから出て、井上は2階へ続く階段を上がろうとした。すると、上からスーツ姿の男と彼に腕を引かれた20代初めに見える男が降りてきた。

 「こんにちは。」髪を七三に分けたビジネスマン風の男が井上に挨拶した。

 「どうも。」軽く一礼して捜査官はスーツ姿の男の隣をすり抜けようとする。

 ふと視線を感じて顔を向けると、腕を引かれている若い男が井上に視線を送っていた。若い男の顔は引きつっており、その様子から捜査官は違和感をおぼえた。

 「あのぉ~」井上がスーツ姿の男に声をかけ、男が肩越しに振り返った。「お連れさん、ひどく具合が悪そうですが大丈夫ですか?」

 スーツ姿の男は笑みを浮かべ、「これから病院へ行くんですよ」と言った。

 その間、若い男は井上に視線を送り続けた。

 〝助けくれッ!〟若い男はそう思って井上に視線を送っていた。

 「そうですか…」井上も笑顔を浮かべた。「失礼しました。」

 そう言って彼は二人に背を向けた。

 〝待ってくれッ!〟

 スーツ姿の男が若い男の腕を引いて顔を前向けようとした瞬間、井上が二人に背を向けたまま右踵をスーツ姿の男の背中に向けて突き出した。突然のことであったが、蹴りが直撃する寸前に相手は前屈みになって階段を一段降り、ビジネスマン風の男は階段から落とすように若い男の腕を下へ引いた。バランスを崩した若い男は危うく転びそうになったが、手すりに掴まって転倒を免れ、駆け足で階段を降りた。

 ビジネスマン風の男も急いで階段を駆け降りようとしたが、その前に体勢を直した井上が左前蹴りをスーツ姿の男の背中に叩き込んだ。蹴りを受けた男は階段から転げ落ち、先を走っていた若い男に激突し、上手く両腕で頭を守ることに成功したが、捕まえていた男と共に背中を強く地面に打ち付けてしまった。

 1階の安全確認を終えた浦木が井上の後を追うためにアパート内へ入ろうとした時、背中に片手を当てた若い男が入り口から飛び出してきた。素早くアパート内に視線を向けると、階段から転げ落ちて呻いているスーツ姿の男を見つけた。

 「コイツは任せろ!」井上が階段を降りながら浦木に言った。これを聞いた浦木は若い男の後を追って走り出した。

 髪を七三に分けたビジネスマン風の男が立ち上がり、階段からゆっくりと降りてくる井上を睨みつけた。

 「やっぱ、ウチの分析官は優秀だわ。」井上が相手の動きに注視しながら言った。

 スーツ姿の男は右手を腰へ伸ばし、捜査官が階段を降り終えると特殊警棒を取り出して展開させた。

 「アンタがアーサーさんかな?」井上が尋ねた。

 しかし、ビジネスマン風の男は聞く耳を持っていなかった。仕方なく捜査官が左腰のホルスターに収められている特殊警棒を手に取ると、相手が素早い突きを繰り出してきた。



***



 チェ・ワンシクのマンション付近にある店の防犯カメラを確認していた新川と柄沢は、7つの店を訪問しても何の手掛かりも掴めなかった。

 二度も現場に出て無駄足に終わった新川は疲労感に襲われ、本部の休憩室に残してきたチョコレートのことを考えながら運転していた。助手席に座る柄沢はノートパソコンを膝上に乗せて、ひたすらキーボードを叩いている。余力があれば話し掛けたかもしれないが、疲れている新川は運転に集中し、最短ルートで本部に戻ることに専念した。

 赤信号で停車していると、反対側の歩道を走る若い男を見つけた。男は背中に手を当てており、時々振り返って後ろを確認している。

 〝大学生かな?あぁ~、大学生に戻りてぇ~〟そう思っていると、若い男を追うスーツ姿の男を目撃した。〝あれって、浦木さんじゃ?〟

 「ちょっと出てきます。」新川がシートベルトを外して車から飛び降りた。

 突然のことに柄沢は驚き、女性捜査官を止めようとしたが、彼女は既に車から遠く離れていた。

 「俺、運転できないって言ったのに…」

 その時、信号が青に変わり、運転手を失った車に対して後続車がクラクションを鳴らした。



***



 二人の距離は徐々に狭まって行った。

 浦木の走る速度は一定であったが、若い男の方は距離が伸びるほど速度が落ちた。どうにかして追手を振り切りたくても、息が上がり、さらに脚が鉛のように重く感じられた。

 〝どうして、どうしてこうなるんだ…〟

 男は走りながら自分の愚かさに苛立ち、さらに込み上げてくる悔しさから涙が出て視界が霞んだ。

 〝父さん、母さん、浩太…〟

 亡き家族のことが脳裏を過った瞬間、脚の疲労からバランスを崩して転び、額を地面に強打した。皮膚が割れて血が流れ落ち、急いで起き上がろうとした時に一筋の血が鼻の上で二つに分かれた。

 突如、背後から両腕を掴まれて後ろに引っ張られた。若い男は振り切ろうと暴れたが、その直前に手首に固く冷たい物を感じ、腕を動かすと鈍い痛みが手首に走った。

 「抵抗するな。手首を痛めるぞ。」浦木が男を落ち着かせようとやさしく話し掛けた。この言葉を聞いて男の抵抗する意思は砕かれ、カクンと頭を落した。

 「浦木さん!」

 女性の声を耳にして浦木が振り返る。そこには駆け寄ってくる新川の姿があった。彼はなぜ同僚がここにいるのか分からなかった。

 「容疑者ですか?」浦木の前に来て新川が尋ねた。

 「おそらく…」拘束した若い男を見て男性捜査官が応えた。

 「井上は?」続けて新川が尋ねた。

 「不審者と対峙してました。これから応援に向かうので、この人のことをお願いします。」そう言い残して浦木はその場から立ち去った。

 〝せっかく二人っきりになれると思ったのになぁ~〟

 拘束された男に視線を据えながら新川は、スマートフォンをスーツの内ポケットから取り出した。そして、この時になって彼女は柄沢が運転できないことを思い出し、顔を真っ赤にさせた。

 〝ヤッバ!〟



***



 右手に持ち替えようとしたが、胸目がけて突き出された警棒を見て井上は素早く右へ移動しながら、その攻撃を外側へ弾いて特殊警棒を展開させた。警棒を伸ばさずに距離を詰める事もできたが、相手が左手を背中に伸ばすのを見て距離を保つことにした。

 ビジネスマン風の男は右手の警棒を井上の頭に向けて振り下ろし、それと同時にベルトの腰部分に隠していた刃渡り3センチのプッシュダガーナイフを取り出した。井上が警棒で振り下ろされた攻撃を防ぎ、それを確認すると男は左中指と薬指の間に挟まれたナイフを捜査官の首に向けて繰り出した。

 男の左拳と同化したナイフの刃が蛍光灯の明かりで輝いたため、井上はナイフの存在に気付いて後退し、攻撃を回避しながら相手の腕を内側へ弾き飛ばした。彼は間を置かずに相手の左肩に警棒を叩き込もうとした。だが、その前にビジネスマン風の男が弾かれた左腕の下を通して警棒を突き出した。
急いで捜査官は後ろへ下がり、その際に警棒を振り下ろして男の右肩を殴った。

 右肩に激痛が走り、スーツ姿の男は顔を歪めた。しかし、追撃を恐れて彼は警棒を右へ水平に振った。これで相手との距離を開けて態勢を建て直そうとした。

 しかし、井上は警棒で男の一振りを抑え、素早く右掌底を相手の額に叩き込んだ。そして、追撃を加えようとした。しかし、ビジネスマン風の男が左手に持ったナイフを振り、捜査官の額に軽い切り傷を負わせた。これは井上の動きを一瞬封じ、振り上げていた警棒の柄を男の胸に叩き込む機会を失わせた。スーツ姿の男は警棒で捜査官に殴りかかり、井上はすんでの所で左へ逃げ、男の右腕を警棒で叩きつけた。

 思いがけない反撃を受けた男は右腕に痺れを感じて警棒から手を離し、それは大きな音を立てて床に落ちた。相手から目を離さずにいると、捜査官がバックハンドで警棒を振ろうとしているのが見えた。すかさず男は姿勢を低くし、井上の一振りが頭上を通過すると立ち上がりながらナイフを捜査官の喉に向けて突き出した。

 警棒を振った後に右拳を突き出すつもりでいた井上は、ナイフが接近して来ると相手の左手を弾き、その勢いを利用して右裏拳をビジネスマン風の男の鼻頭に叩き込んだ。男の鼻の穴から血が流れ、激痛に目に涙を浮かべながら男は二歩後退した。

 〝クソがッ!〟

 敗色の色が濃いと判断した男は逃げようとしたが、その前に井上が男の股間に左蹴りを入れた。形容し難い痛みが下腹部に走り、スーツ姿の男は右手で股間を抑えて片膝をついた。

 「投降しない?」井上が床に転がっていた男の警棒を後ろへ蹴り飛ばした。

 男はナイフを持った左拳を下げ、視線も地面に向けた。捜査官は相手に投降の意思があると見て取った。しかし、ビジネスマン風の男は振り返りながら立ち上がって外へ飛び出した。

 〝勘弁してくれよぉ~〟

 井上は男の後を追いながら、左手に持った特殊警棒を男の背中に向けて投げつけた。警棒は縦に回転しながら宙を舞い、スーツ姿の男の背中に当たった。男の動きを止めることはできなかったが、走る速度を一時的に落とすことはできた。捜査官は股間を抑えて走るビジネスマン風の男の上着を掴み、追手を振り解こうと男がナイフを持った左拳を大きく後ろに振った。井上は上着から手を離さず身を屈めて攻撃を回避し、相手の腕が頭上を通り過ぎると左掌底を男の下顎を叩き込んだ。下からの予期せぬ強烈な攻撃を顎に受けて男の思考は完全に停止した。

 すかさず捜査官は右腕を相手の左腕に巻き付け、最大の脅威であるナイフの動きを抑えると、うなじに左手をかけて斜め下へ落として行く。そして、相手の右腕を固定した状態で地面に押し付け、左膝を首に、右膝を背中に置いて両脚で男の腕を挟むと右手で相手のナイフを取り上げた。

 武器を自分の足元に置いて手錠をかけた時、浦木が現場に到着した。拘束された男は歯を剥き出しにして二人の捜査官を睨みつけた。

 「そんなに見つめられちゃうと照れるよぉ~」井上が冗談を言いながら男を立たせ、浦木の方を見た。「ところで逃げた男は?まさか、また逃がした?」

 「またって、どういうことですか?」浦木が眉間に皺を寄せて先輩捜査官を見た。「この前は追い詰められていた容疑者を救おうとして―」

 「冗談だって!ゴメンよ。」相棒の言葉を遮って井上が謝った。「んで、逃げた男は?」

 「新川さんが拘束しています。」

 「新川ちゃんが?」井上は驚いた。「応援で来たの?」

 「分かりません。男を拘束した直後にやって来たので…」

 「まぁ、とりあえず班長に報告だな。」



***



 何度かけても電話は通じなかった。

 もう一度、母親に電話しようとした時にスマートフォンのバッテリーが切れた。

 「クソッ!」

 高橋勇人は左肩にかけていた鞄から乾電池式の充電器を取り出して携帯電話に接続し、最初に母親の携帯電話、次に父親、そして、弟の浩太に電話をかけた。しかし、電話は繋がらない。呼び出し音は鳴らず、電話からは携帯電話会社の回線の混雑を報せる電子メッセージしか聞こえてこない。

 〝早く繋がれよッ!〟

 充電によって熱くなる携帯電話を右手に持つ高橋勇人は何度も電話をかけ続けた。家族に繋がらないと、大学の友人たちとの連絡を試みた。だが、結果は同じであった。

 「ちょっと家に行ってくる。」隣で同じく家族と接触しようとしている恋人の方を向いて立ち上がった。

 「私も行く。」薄茶色の長い髪を持つ望月真理恵も立ち上がった。

 「ダメだ。余震があるかもしれない。ここで待ってて。」高橋が恋人と向き合って肩に手を乗せた。

 「イヤだ!私も行くッ!」

 「ダメだッ!」いくら恋人が声を大にして訴えてきても高橋勇人は拒否した。「道路だって―」

 その時、強い横揺れによって建物が激しく動き、二人は立っていられなくなり、しゃがみ込んだ。高橋は望月を抱き寄せ、きつく目を閉じた。

 揺れが治まった。目を開けると、運転席に座るポニーテールの女性が肩越しに振り返って高橋を見た。

 「ここは?」高橋勇人が尋ねた。

 「警察署です。」新川は自分の所属を隠すために嘘をついた。「今から降りてもらいます。」

 やっと高橋は拘束されたことを思い出し、胸に重りを落されたような衝撃を覚えた。

 新川が運転席から降りて後部座席のドアを開けた。

 「一人で降りられますか?」女性捜査官がドアを片手で抑え、後部座席でうな垂れている若い男に尋ねた。しかし、高橋は身動き一つしなかった。堪りかねた新川は左手を伸ばして男の右腕を掴んだ。

 腕を掴まれると高橋は引っ張れる方向へ逆らうことなく進み、右足を外に出して地面を踏んだ。地面の感触を確認すると、男は右足に体重を乗せ、左足で乗用車のフロアを蹴り飛ばして新川に体当たりした。後ろ手で拘束されていたため、右肩で女性捜査官を突き飛ばし、彼女がバランスを崩すと車から降りて走り出した。

 〝アイツッ!〟新川は咄嗟にインサイドパンツ・ホルスターから拳銃を抜き、高橋の後を追った。

 高橋は出口を探し求めて我武者羅に走った。しかし、出口は見えない。見えるのは立ち並ぶ多種多様の車だけで、外に続く道は見当たらない。

 「止まりなさい!」新川が高橋の背中に銃口を向けて叫んだ。地下駐車場に彼女の声は響いたが、男は止まろうとしない。

 〝止まれって言ってんのにィ!!〟最初から撃つ気のない捜査官は銃口を下げて男の後を追った。

 〝出口!出口は何所だ?〟必死に逃げる高橋は駐車場の奥で職員専用の出口を見つけた。彼はそこへ真っ直ぐ向い、それに気づいた新川は先回りしようと動いた。そして、男の前に立ちはだかって銃を構えた。

 「止まりなさい!」新川が警告を与えた。

 それでも高橋は走るのを止めなかった。現場慣れしていない捜査官は迫る男の勢いに怯み、狙いを定めるために伸ばしていた右腕を少し曲げた。

 「止ま―」

 再度警告を発しようとした時、高橋勇人が新川の腹部に再び体当たりを入れて押し倒した。背中を強く地面に打つと同時に拳銃が彼女の手から離れた。

 〝ヤバッ!〟

 新川が起き上がろうとしたが、その前に鬼のような形相の高橋が彼女の頭の近くに落ちていた拳銃を後ろ手で取った。心臓が締め付けられるような思いと死を予期した捜査官は両腕を上げて防御の姿勢を取り、さらに目を閉じて身構えた。

 2発の銃声が地下駐車場に響き、新川は短い人生だったと後悔しながら地面に崩れ落ちた。しかし、不思議と痛みはなかった。

 〝即死だと痛みはないのか…〟

 「おい、新川ちゃん!」

 井上の声が聞こえてきた。

 〝何でアイツの声なんだよ。どうせだったら、浦木さんの声が―〟

 体が持ち上げられ、新川は目を開けた。目の前には心配そうに彼女を見つめる井上の姿があった。

 「私…撃たれた…?」

 「へぇ?」井上が同僚の体を確認した。「ケガしてないみたいだけど?」

 「え?じゃ、あの銃声は?」新川は驚いて起き上がった。前を見ると、血だまりの中心に倒れる高橋と死体から新川の銃をもぎ取ろうとする浦木の姿を確認した。捜査官の右手にはG19拳銃が握られており、胸の位置で構えて銃口を死体に向けていた。

 「びっくらぽんだったよ。車から降りたら、新川ちゃんのドスの利いた声が聞こえてさ。急いで駆け付けたら、容疑者に銃を奪われそうになってて、銃を抜こうとしたら浦木の野郎が先に発砲しやがって…お陰で耳が痛いんだよねぇ~。」

 新川は井上の話しを最後まで聞いていなかった。浦木が彼女を窮地から救ってくれたことが嬉しかった。

 〝これって脈アリ?〟

 浦木が銃をホルスターに戻して同僚のところにやって来た。

 「死んでいました…」新川に拳銃を差し出して浦木が報告した。女性捜査官は一礼して自分の銃を受け取った。

 「班長に怒られるぞぉ~」井上がニヤニヤしながら言った。

 「報告します。」そう言って浦木はスマートフォンを上着から取り出した。



***



 容疑者の死によって、事件の真相が明かされぬまま、第三課の手から離れようとしていた。

 主犯と思われる高橋勇人に雇われた3人の男は殺人を請け負うウェブサイトで知り合い、高橋からチェ・ワンシク殺害の依頼を受けると、『アーサー』のハンドルネームで活動していた浅倉忠をリーダーとしてチェを殺害しようとしていた。犯行に及ぶまで互いに面識はなく、高橋から送られた資料を基に3人は作戦を立て、襲撃しやすいチェの自宅で標的を拉致してから殺す予定であった。

 ここで浅倉は見張り役になり、電柱の陰にいたチェの護衛を1人殺害した一方、チェを拉致するはずの2人が捕まってしまった。結果的に浅倉は前払いされていた報酬金を独り占めすることが可能となったが、捕まった2人が自分の事を話すことを恐れて国外逃亡を考えた。そのためには資金が必要であり、彼は高橋に改めてチェを始末するから報酬を払うように嘘をつくことにした。

 しかし、依頼主の高橋は持ち金が少なくなり、それに浅倉たちへの信用が無くなったので浅倉からのメッセージを無視した。焦りを感じた浅倉は増井が行ったようにハッキングして高橋のIPアドレスを見つけると、その周辺を歩き回って依頼主を探した。

 闇雲に探しても意味がないと思い、焦る気持ちを抑えながら依頼主とやり取りしたメッセージなどを読み返した。そして、彼は報酬金の受け取りに関するメールから口座主の名前を見つけた。偽名の可能性もあったが、これを頼りにIPアドレスで特定したアパートの周辺を調べて高橋勇人を見つけ出した。

 以上が半田、井上、浦木の行った取り調べで明らかになったことである。しかし、逮捕された3人は高橋勇人の動機を知らなかった。

 井上と浦木は高橋の自宅を訪れて手掛かりを探したが、彼らの求める高橋と北朝鮮の繋がりは見つからず、段ボールに入れられていたノートパソコン、予備のスマートフォン3台、数枚のSIMカードを回収して本部に戻った。押収した電子機器を柄沢と増井が分析したが、韓国や北朝鮮に繋がる情報は発見できなかった。だが、地下鉄駅で見つかったペットボトルから高橋の指紋が発見されたことから、事件に彼が関与していたことが明らかになる。しかしながら、なぜ彼がそのようなことを行なったか、その経緯は分からなかった。

 高橋の経歴を調べると、宮城県仙田市の出身で去年まで市内にある自動車整備会社に勤務し、その後、東京へ移住して派遣労働者として働いていたことが判明した。家族は震災で行方不明となっており、親戚とも疎遠であったことから高橋勇人をよく知る人物に会うことはできなかった。

 最終的にこの事件は、右翼的思想を持った者による韓国人を狙った犯行だと第3課課長の袴田が判断し、右翼事件担当の第1課へ捜査資料が送られた。



***



 再び専門外の事件を捜査したので、井上は落胆の色を顔に浮かべながら机の下に置いていた鞄を取り出した。

 「どうしたんですか?」始末書を書き終えた浦木がノートパソコンを机の引き出しに戻した。

 「最近、他の課の仕事ばっかりじゃん。それに合コンの誘いもないし…」

 「事件はともかく、忙しいと出会いの機会って減りますからね。」

 「そうなんだよぉ~。カワイイ子がいたら紹介してくれない?」

 「いたら、紹介しませんよ。」

 「ケチだな。」井上が鞄を持ち上げた。「そろそろ帰るわ。お疲れ様でしたぁ~」

 まだ作業していた柄沢と増井は顔を上げずに「お疲れ様でした」と言い、浦木も井上に続いて帰宅した。分析官たちは引き継ぎ業務が残っており、半田は新川とカウンセリングの必要性に話し合っていたので二人で作業するしかなかった。

 〝今日は何時に帰れるかな?〟増井は眠気と戦いながら捜査書類の整理を続けた。

 一方、アパートに着た井上は鍵穴を確認し、靴紐を結び直すフリをしながらドアの下に小さく張りつけたセロハンテープを確認した。

 〝異常なし…〟

 侵入された痕跡の有無を確認した捜査官は鍵を開けてゆっくりとドアを開けて室内に入った。彼は入ってもすぐ施錠せず、窓から侵入されたことを考えて耳を澄ませた。何も聞こえない。彼は暗闇に目が慣れるまでドアの前に立ち、周囲の状況が見えるようになると足元を見た。飼い猫の猫座衛門が体を井上の脚に擦り付けている。

 〝室内も異常なし…〟

 施錠して明かりを点けると、しゃがみこんで飼い猫の顎を人差し指で軽く撫でた。三毛猫は目を細めて喉をゴロゴロと鳴らした。井上が猫の顎を撫でていると、固い何かに指が触れ、彼はそれにもう一度触れて気のせいでないことを確認した。そして、首を傾げて指で触れた物を見る。猫座衛門の赤い首輪に小さく折られた紙が挟められていた。

 井上は出かける前に小さく窓を開けて猫座衛門を外に出すことがあり、たまにネズミなどを持って帰ることがあった。捜査官は警戒しながら、その紙を首輪から取って中を確認した。

 <ネコちゃんの飼い主様へ、いつもウチのリンくんと遊んでくれてありがとうございます。>

 それは丸みのある文字で書かれており、井上は女性の筆跡だと推測した。

 「猫座衛門!」捜査官が太った三毛猫を抱き上げた。「お前は恋のキューピットだッ!!」

 彼は急いで返事を書こうと手頃なメモ用紙を探し求めた。その時、ジーンズのポケットにあったスマートフォンが振動した。

 「もしもし?」メモ用紙を探していた井上は画面を確認せず電話に出た。

 「仕事だ。」上司の声が聞こえてきた。「すぐに来い。」

 電話が切れた。

  井上は紙を探す手を止め、急いで猫座衛門のゴハンを用意した。

 「すぐに帰って来るからな!」

 三毛猫の頭を撫で、捜査官は職場へ急いだ。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

ハヤオ関連、多すぎ… [その他]

WNファンの方々には申し訳ありません。再びハヤオ関連です。)


 誰も待っていない『S.N.A.F.U.』の第2話が、今週金曜日(9月7日)に公開になります。

 本編で疑問に思う用語もあると思うので、いずれ解説記事をハヤオに書かせると思います。ちなみに今回の話しは第1話同様、中途半端な感じで終わります。

 半強制的に物語作成に参加させられたので、ある程度中身が分かってます。第1話は第6、7、8話の布石で、第2話は5、9、10話への布石となってます。はい。

 まぁ、変更になると思いますが…

 応援してる人はいないと思いますが、一応公開になります。

 これがハヤオの最後のチャンスなので、みなさんで奴のやる気を潰して行きましょう!もう退屈な物語は懲り懲りだ!

 それじゃ!


nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:blog

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。