需要あるの? [その他]

(ハヤオ関連です。WNファンの方には申し訳ありません、)

 『S.N.A.F.U.』の打ち切りについて話し合ってると、アクセス数が増えたり、某サイトの配信数が増えたり…

 ハヤオ的には「需要があれば書く」とほざいてますが、これ以上退屈な物語を公開しても無意味な気もします。

 まぁ、ブログで打ち切りになってもハヤオが勝手に電子書籍で出す可能性もありますが…今回の物語に関しては『返報』のスピンオフであり、続編のための布石らしいので、

 『S.N.A.F.U.』の打ち切り=『返報』の終わり

 でしょうね。

 これも何かの運命かもしれないです。はい。ここらでハヤオの無駄な執筆を止めようではありませんか!

 と、いいつも第2話の公開を来月頃に考えています。

 正直、これで一定の支持が得られなければ…上に書いた通りになるでしょう。はい。

 私と共にハヤオの物語が嫌いな方は、できるだけブログから距離を開けてください。

 それじゃ!
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来るのか? [News]

 今朝のWNのメインボーカル「」が、


 『みんな、もう少しの辛抱だ!』


 とツイートしていました。

 これはつまり、待望の『Eternal Love: Greatest Hits』の発売が近いことを示唆しているのかもしれません!

 今まで騒がれていたダカヒーとの問題が解消されるなれば、もうただ事では済まないでしょう。はい。これはが再びダカヒーと共に曲作りをすることを意味している可能性もありますし、ファンの間では既にダカヒーの新曲にが関与していると噂になってます!

 もう待ちきれない!早くツイートの真相が知りたい!!

 みなさんも私と同じ気持ちだと思いますが、冷静になって続報を待ちましょう。

 それじゃ!




(以下、ハヤオ関連です)

 友だちから「アイツ(ハヤオ)の新しいのって、『クライシス』のパクリじゃね?」と言われました。

 調べてみると、確かに似てる点が多い。

 遂にやりやがった…と思いましたね。

 ハヤオ本人は「そのドラマは1話だけ見た。んで、『そりゃないわ』と思ったから、俺だったらこうするって感じて書いてみた。今後の展開は別物になるよ」とほざいてました。

 パクリが判明した以上、今後の公開に支障が出るでしょう。

 読者の方々(いたらだけど)、ハヤオの物語は無視するべきです。

 皆様のご協力をお待ちしております。
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打ち切り妥当かな [その他]

(再びWNとは無関係な記事です)

 新しく『S.N.A.F.U.』なる物語を書き始めたハヤオですが、読者の反応を見る限り「打ち切り」にした方が良いと考えてますね。

 『返報』のスピンオフ的な物ですが、雰囲気も、出てくるキャラクターも違和感あり過ぎる。ハヤオ的には『返報』を読んでなくても読める物語にしたかったらしいですが…

 始まったばかりなので、ハヤオは「前半の5話までは書く」とほざいてますね。はい。一応、ブログでは未公開の「あとがき」によれば、『S.N.A.F.U.』は10話構成で、本来であれば最後の2話だけを書く予定だったらしいです。

 変更した主な理由は、私のダメ出しが原因なんですがね。

 今回の主人公(井上と浦木)は『返報』の登場人物と比べると、パンチが弱くて明るすぎる性格なんですねよね。最初の5話で読者のハートをキャッチできなければ、お蔵入り間違いないです。はい。

 楽しんでいる方がいれば、それはそれでハヤオも喜ぶでしょうが、WNブログ的には「毒」でしかない。2話をここで公開するかどうか分かりませんが、詳細は更新して行こうと思います。はい。

 それじゃ!
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S.N.A.F.U. (1) [S.N.A.F.U.]

  男の胸は高鳴っており、その鼓動と共に脚の震えが激しくなった。彼は近くにあったベンチに腰掛け、震える脚を両手で掴んだ。

〝何も心配することはない…〟

 プラットホームに列車の接近を報せるアナウンスが流れ、その後に接近警告音が聞こえてきた。男は覚悟を決めて立ち上がり、背負っている鞄の重みを感じながら列車を待っている女性の後ろに並んだ。
新幹線がゆっくりと駅のホームに進入し、完全に停車した数秒後にドアが開いて乗客が降りてきた。降りる人の数は少なく、男は前にいた女性の後を追うように乗車した。女性は左へ、男は右の車両へ乗り込んだ。

 彼は座席に座る人々の様子を窺いながら、車両の真ん中にあった空席の窓際に腰掛け、通路側の席に鞄を置いて一息ついた。

 通路を挟んだ隣に座る白髪頭の老人は雑誌に顔を近づけて読んでおり、彼の方には目もくれなかった。斜め前にはスマートフォンのゲームに夢中になっている大学生と思われる男性、斜め後ろにはスーツ姿の女性二人が座っていた。また、腰掛ける前に男は前の座席に座る20代前半と思われるカップルと後ろの席で居眠りをしているスーツ姿の中年男性を確認していた。

 〝次の駅まで17分…〟

 スマートフォンの画面で時間を確認して男は顔を上げ、通路側の席に置いていた鞄を持ち上げた。彼はそれを頭上の荷物棚に置き、再びスマートフォンで時間を確認した。

 〝あと16分…〟

 数分後に別の車両へ移動しようと考えていたが、高鳴る心臓を感じる内に吐き気をおぼえてトイレへ急いだ。

 「すみません…」

 車両の出入り口に辿り着いた時、後ろから肩を軽く叩かれた。虚を突かれた男は体をビクンと反応させて素早く振り返った。そこには30代初めと思われる黒いスーツ姿の男性がいた。冷や汗が吹き出し、額と背中に大粒の汗が浮ぶのを感じた。

 「忘れ物ですよ。」スーツ姿の男性は荷物棚に置いてきた男の鞄を持っていた。

 〝余計なことをッ!〟

 動揺している男は何も言わずに鞄へ手を伸ばしたが、スーツ姿の男性は鞄を近くにあった座席に上に置いた。

 「すみませんが、少しお話しを―」

 スーツ姿の男性が再び口を開くなり、男は男性を両手で突き飛ばし、後方の出入り口を走り抜けて車両の連結部へ向かった。しかし、連結部のドアに近づいた時、後ろから迫る足音を耳にした。男は急いで振り返り、右押し蹴りを放った。

 男の足が上がるのを見るなり、スーツ姿の男性は左前方へ移動して蹴りを回避し、右腕を男の脚の下に入れて持ち上げた。

 蹴りが決まったと思った男であったが、予期せぬ反撃にバランスを崩して背中から床に落ちた。勢い良く落ちたため、その衝撃で空気が口から漏れて男は呼吸困難に陥った。しかし、逃げることしか頭にない男は身を屈めてきたスーツ姿の男性を見るなり、急いで両脚をバタつかせて左足で男性の胸を蹴り飛ばした。

 スーツの男性が苦悶の表情を浮かべて二歩後退し、その間に男は立ち上がってドアへ急いだ。だが、途中で右肩を掴まれた。男は右腕を振り上げて肘を後ろへ繰り出した。振り返る前に彼は何かに当たる感触を得たが、その直後に右手首を掴まれて背中で腕をねじり上げられ、勢い良く壁に叩きつけられた。

 一時的に男の動きを止めると、スーツ姿の男性は素早く相手の左腕を掴んで後ろに引き、それと同時に男の右脇に右手を通して左腕も掴んだ。男は両腕を後ろで拘束されて動けなくなった。スーツの男性は左手で手錠を取り、拘束した男の手首につけた。

 「ちょっと!」

 女性の声が聞こえ、スーツ姿の男性が声のした方を見た。そこには長い髪を後ろに束ねたパンツスーツ姿の女性がいた。彼女の手には拘束された男の持っていた鞄があった。

 「不審物の確保が優先でしょ!」女性が怒気を込めて言った。

 「容疑者の確保が優先だと思ってさ…」スーツ姿の男が目を伏せて言った。女性の言う通り、彼は男よりも不審物を確保するよう指示を受けていた。

 「班長には連絡を入れたから、すぐに来ると思うわ。」

 すると、連結部分のドアが開いて紺色のスーツを着た中年男性が現れた。

 「大活躍だな、武内…」中年男性が拘束された男の横に立つ黒いスーツ姿の男性に言った。

 「いえ、私は―」

 「武内は不審物よりも容疑者の確保の方が優先だと思っていた様です。」パンツスーツ姿の女性が皮肉を込めて言った。

 「結果オーライじゃないか。情報通り、容疑者と不審物の確保ができた。問題は、コイツの仲間がこの新幹線の中にいるかどうかだ…」班長の田丸が拘束された男を見た。
 
 武内がすぐ容疑者の上着とジーンズのポケットを確認し、スマートフォンと二つ折りの携帯電話を見つけた。

 「古典的だな…」班長の田丸が携帯電話の方が起爆装置だと推測した。「小西、スマートフォンの方を調べろ。」田丸がパンツスーツ姿の女性に指示を出すと同時に、彼女から容疑者の鞄を受け取った。

 小西という名の女性は背負っていた小さい鞄から長さ8センチ、幅2センチほどの黒い箱を取り出し、箱の横にあったスイッチをスライドさせてミニUSB端子を出すと容疑者のスマートフォンに接続した。彼女は黙ってスマートフォンの画面を凝視し、スーツ姿の男性二人は彼女を見守った。

 接続されると黒い箱は強制的にスパイウェアをスマートフォンに送り、データをコピーすると同時にパスワードを強制入力させてロックを解除させた。スマートフォンの画面が明るくなり、小西が口角を少し上げて上司を見た。

 「貸してくれ」田丸がスマートフォンを受け取り、通話履歴に目を通した。30件を超える通話履歴があったが、最初の5件だけは登録されていなかった。「分かりやすいな…」

 拘束された男はうな垂れ、小さく何か呟いていた。しかし、武内はそれを無視して班長の指示を待った。

 「コイツの仲間に電話する。武内は車両内を探り、不審人物または不審物の捜索を続けろ。小西はコピーしたデータの確認だ。」

 「はい。」

 田丸がリダイヤルを行なった瞬間、遠くから破裂音と女性の悲鳴が聞こえてきた。突然のことに三人は固まったが、急いで武内と田丸が音のした方へ走った。

 2つ離れた車両に着いた時、多くの人だかりと黒煙が見えた。人々は煙から逃げようとしていたが、武内と田丸は彼らを押し退けて黒煙の上がる場所へ急いだ。煙は連結部分にある化粧室から上がっており、ドアの前には血だらけの女性と子供が横たわっていた。

 武内は急いで倒れている親子と思われる二人の脈を確認し、まだ生きていることが分かると、ケガの様子を見ずに二人を両脇に担いで煙から逃げるように別の車両へ移動した。

 〝まさか…〟田丸が右手に持ったスマートフォンを見た。

 その頃、拘束されていた男が甲高い声を上げて笑っており、それを見た小西は恐怖して鳥肌を立てた。













第1話











 久々の休日を満喫した翌日であったため、『井上大輔』の気分は爽快であった。

 今まで歩くのも苦痛であった廊下も、今日は明るく、空気が澄んでいるように感じられた。だが、そこを歩く人々の顔には疲労が浮かんでおり、足取りも重そうであった。それでも井上は気にせず、軽い足取りで自分のオフィスに向かった。

 既に開かれていたドアを通り抜け、部屋の右端にある彼が所属する班の机を見た。そこには7つの机が並べられており、6つは2列になって向かい合うように並び、最後の1つはその6つを見下ろすような形で奥に置かれていた。奥の3つにはデスクトップ・コンピューター、残りの3つにはノートパソコンが設置されており、各机には固定電話があった。

 「誰も来てないのか…」誰もいないと思って井上が呟いた。

 「みんな、第三会議室に行ったよ。」

 後ろから声がしたので井上は驚いて振り返った。そこには同じオフィスで働く眼鏡をかけた若い女性がいた。右手にスマートフォン、左手にコーヒーの入ったマグカップを持っている。

 「第三会議室?」井上がオウム返しに尋ねた。

 「なんでも緊急の案件らしいわよ。急がないとまた半田さんに怒られるよ。」

 井上は早足で会議室に急ごうとしたが、彼は先ほどの女性の所へ引き返した。

 「神田さん!」

 突然大声で名前を呼ばれて驚いた女性はコーヒーを床にこぼした。

 「ビックリしたじゃない!」苛立ちながら神田と言う名前の女性が応えた。

 「来週の合コンのセッティング忘れないでよね!」

 そう言い残して井上は第三会議室へ急ぎ、神田は悪態つきながら床にこぼしたコーヒーをティッシュでふき取った。

 恐る恐る会議室のドアを開け、井上は室内の様子を窺った。中にはノートパソコンの画面を睨み付けている30代半ばの男性と幼い顔立ちの女性、そして、彼らの隣で肩肘をついて居眠りをしている20代初めの女性がいた。

 〝班長はまだ来てないな…〟

 「休みは満喫できたか?」

 ドアを押し開けようとしていた井上の背後から低い声が聞こえてきた。彼はゆっくりと振り返り、黒いスーツに身を包んだ男性と向き合った。井上の髪と違って男性の髪は短く整えられており、彫りの深い顔立ちで鋭い目つきをしていた。

 「疲れが全部吹き飛びましたよ!」井上が笑みを浮かべて上司の質問に答えた。

 「ちょうどいい。面倒な仕事が入ったから、お前に頑張ってもらおう。」上司の『半田弘毅』が口元を緩めた。

 「面倒な仕事って…」嫌な予感を汲み取った井上は眉間にしわを寄せた。この時、彼は上司の後ろにいる男の存在に気付いた。

 その男は半田と同じ色のスーツに青いネクタイ、白いワイシャツ姿で、井上は服装と雰囲気から男がSPかボディーガード関係者だと思った。

 井上の視線の方向に気付くと、半田が後ろにいる男の方を見た。「今日から配属される浦木だ。」

 「新人さんですか…」と井上。

 「よろしくお願いします。」浦木が一礼した。

 「こちらこそ…」釣られて井上も一礼してしまった。

 「いつまで立ってるつもりだ?」会議室の中に入った半田が二人に問いかけた。井上と浦木は早足で室内に入った。

 会議室には円形テーブルとそれを囲むように椅子が6脚置いてあった。その内、3脚は既に使用されており、井上と浦木は空いていた椅子に座って半田の方を向いた。

 「おはよー」井上が隣に座る幼い顔をした女性に小さな声で朝の挨拶をした。彼女の顔には疲労が浮かんでおり、同じく小さな声で「おはよ」と応えた。

 30代半ばの男性と20代初めの女性は新人の浦木に気を取られ、井上の挨拶に気付かなかった。

 「おはよう」半田は椅子に座らず、5人の部下に目を配らせた。「柄沢、増井、新川には申し訳なかったが、緊急の案件だったからな…」

 「その案件って何です?」身を乗り出すようにして机に両肘を置いた井上が尋ねた。

 「これから説明する。柄沢、頼む。」半田が部屋の明かりを消し、30代半ばの柄沢という名の分析官がノートパソコンの横にあった小さなリモコンを使って、天井に設置されていたプロジェクターの電源を入れた。

 プロジェクターの明かりが半田の真横にあった壁に照射され、柄沢が使用しているパソコンの画面が表示された。そこには複数のウィンドウが並んでおり、井上と浦木には全く見当もつかない数列や文字列だけのウィンドウもあった。

 「既に知っていると思うが、昨日の14時40分に東京行きの『なすの276号』で爆破事件が起こった。事前に攻撃の情報があり、田丸班が不審物と不審人物の捜索に向かって容疑者とパイプ爆弾の入った鞄を確保した。だが、7号車と8号車の連結部にあるトイレで爆発が起こり、トイレを利用しようとしていた43歳の女性と5歳の男児が意識不明の重体で入院している。拘束した男の―」

 「班長?」井上が半田の話しを遮った。これを見た半田と浦木を除く3人は〝またかよッ!〟と思っていた。井上は何か気になることがある質問する癖があり、他のメンバーはそれにうんざりしていた。「田丸班って言いました?」

 「そうだ。」半田が部下の目を見て答えた。彼は特に井上の質問癖にうんざりしていなかった。

 「ってことは、2課の仕事じゃないんですか。何でウチの課に?」

 「お前の言う通り2課の仕事だが、田丸班は野次馬に姿を撮影されて現場から外され、他の班は別の左翼組織を追っている。ゆえに時間の空いている俺たちの方に回されてきたんだ。」

 半田の説明を受けても井上は納得していなかったが、腕を組んで話しの続きを聞くことにした。

 「捕まえた男の他にも協力者がいた可能性があるため、柄沢たちに駅構内の監視カメラの記録を確認してもらっていた。」半田が柄沢の方を向いた。

 合図を受けた30代半ばの分析官が、プロジェクターを通して壁に若い男の顔写真を表示させた。

 「この男が田丸班に拘束された『枝野薫』、25歳。『紅蓮』の下部組織に所属している人物です。」ノートパソコンから顔を上げて柄沢が言った。疲労の見える顔は青白く、着ている水色のワイシャツは皺だらけであった。

 「愚連隊がテロですか?」再び井上が口を挿んだ。

 「左翼系テロ集団の名前だよ。」柄沢が呆れながらも丁寧に説明した。「近年は目立った行動がなかったので、正直2課も驚いてます。枝野が乗車した小山駅の監視カメラの映像を顔認証ソフトで調べましたが、二つ目の爆弾を設置した男はまだ見つかっていません。」

 「すみません…」新人の浦木が手を挙げた。

 半田が浦木に顔を向けると、すぐ右手を上げて新人の発言を抑えた。

 「紹介が遅れたが、今日から一緒に働いてもらう浦木だ。」話しの腰を折る形になってしまったが、半田は必要なことだと思った。

 「浦木です。よろしくお願いします。」新人が椅子に座るメンバーの方を向いて一礼し、すぐ半田の方に顔を戻した。「質問ですが、その事前に得ていた情報の中には、拘束した男の顔写真もあったのでしょうか?」

 「拘束した男のものはありましたよ。」と柄沢。

 「もう一つの疑問ですが、その男がトイレにも爆弾を置いた可能性があるのでは?」浦木が尋ねた。

 「いや、それは田丸班の武内の証言で否定されている。」半田が壁に寄り掛かって腕を組んだ。「拘束された男は小山駅にいた時点で監視されていたから、もう一つの爆弾を設置する時間はなかった。確かに、その男はトイレに向かっていた。だが、その前に拘束されている。」

 「なるほど…」聞き取れないほどの小さな声で浦木が呟いた。

 「しかし、第二の爆弾について手掛かりが全く無い訳ではない。」班長の半田が壁から離れた。「柄沢、あの写真を見せてくれ。」

 名前を呼ばれた男性分析官が、数本のワイヤーとデジタル時計の文字盤が取り付けられていたパイプの写真を壁に映しだした。

 「これが押収されたパイプ爆弾です。それから…」柄沢がキーボードを叩くと別の写真が現れた。次の写真は煤に覆われた金属片であった。「これがトイレで発見された爆弾の破片です。トイレで爆発した物もパイプ爆弾だと鑑識は推測してます。簡単に作れる物なので、出所の特定は難しいと思いましたが…押収した爆弾のワイヤーの巻き方から、ある人物が浮かび上がりました。詳しくは増井から…」そう言うと、柄沢が隣に座る幼い顔をした女性の方を見た。

 視線を受けた増井という名の女性がキーボードを叩き始め、その間に柄沢がプロジェクターのリモコンでモニターの表示を切り替えた。先程まで壁に照射されていた写真が消え、人混みの中でタバコを吸う男の写真が現れた。

 「彼は黒沢秀樹。」幼い顔をした増井が言った。「『ホーム』という不動産会社勤務ですが、婦女暴行と爆取[注:爆発物取締罰則]違反の前科があります。また、いまだに爆弾を製造して売買している可能性が高いとされてます。」

 「爆弾製造より婦女暴行の前科の方が怖いなぁ~」井上が首を回しながら言った。

 「何で?」咄嗟に増井が尋ねた。

 「不動産関係者で婦女暴行犯だぜ?他にも色々と余罪がありそうだし、獲物を見つけるにはもってこいの仕事じゃない?」

 「井上、少し黙っていろ。」半田が冷たい口調で言った。これを聞いて井上は口をきつく閉じた。

 「黒沢と『紅蓮』の接点はありませんが、爆弾の作りが似ているので、今回の件について何か知っている可能性があります。」報告を終えた増井が半田の方を見た。

 半田が黒沢の写真の前に立ち、全身に青白い光を浴びた。「柄沢と増井には休憩を取ってもらい、新川は俺と再び監視カメラの映像確認だ。」

 名前を呼ばれた20代前半の新川の顔に驚きの表情が浮かんだ。

 「私も昨日の夜から働いて―」

 「さっきまで寝てたろ。」

 バレていないと思っていた新川は目を見開いて上司を見た。

 「新川は1時間だけ仮眠を取ってこい。柄沢と増井は2時間の仮眠の後、再び顔認証ソフトを―」

 「班長?」井上が半田の話しを遮った。「現場担当はオレ1人ですか?」

 半田が不思議そうに部下の顔を見つめた。「浦木がいるだろ?」

 「え?」井上が上司を見返した。

 「お前は浦木と一緒に黒沢の家へ向かえ。住所を携帯端末に送るから装備を整えて来い。」

 浦木が立ち上がり、井上を見下ろした。「急ぎましょう。」

 「あ、あぁ…」新人の顔を見上げて井上が応えた。



***



 突然の呼び出しであったため、『久野雅人』は体調不良を訴えて会社を早退することにした。

 急いで東京メトロ銀座線田原町駅の近くにあるファミリーレストランに入り、店内を見回して待ち合わせしている人物を探した。開店して数分しか経っていなかったので、客の姿は少なかった。

 「いらっしゃいませ!」メニューを持った中年の女性店員が近づいてきた。「お一人様で―」

 「待ち合わせをしているんだ。」久野が女性店員の話しを遮り、目的の人物を探した。しかし、その人物は見当たらなかった。

 「失礼しました。」そう言って女性店員はキッチンの方へ戻って行った。

 〝場所を間違えたか?〟

 久野がスマートフォンでメールを確認しようとした時、店の一番奥に座る坊主頭の男が小さく手を振った。それは間違いなく久野に向けられた合図であった。

 見知らぬ人物の出現に戸惑ったが、久野は覚悟を決めてゆっくりとその男がいる席に向かった。坊主頭の男はチョコレートケーキを食べており、久野が向かい側の席に座るまでフォークをテーブルに置こうとしなかった。歳は20代半ばくらいに見え、体型は細身であったが、血色のよい肌の色をしていた。

 「はじめまして…ですよね?」久野が先に口を開いた。

 「そうですね。」坊主頭の男がナプキンで口を拭った。

 「草加さんはどちらに?」

 「別件で忙しいそうです。」

 「すみませんが、お名前をお聞きしても?」久野は男の素っ気ない態度が気に入らなかった。

 「金村です。あなた方の後始末をするように命じられています。」坊主頭の男が次の来るであろう質問を予想して言った。

 〝後始末だと?〟

 「どういうことでしょうか?」と久野。

 「草加さんに相談もせずに、“あのようなこと”をするからですよ。」

 「あれは奴らが勝手に―」

 「部下の責任は上司の責任ですよね?」金村が久野を睨み付け、その鋭い眼光に久野はたじろいで目を逸らした。

 「では、私たちを消しに来たんですか?」

 「まさか…」金村が鼻で笑った。「ただでさえ人手が足りていないのに、消すなんてことはありえませんよ。」

 「それでは何が望みなんですか?」久野の声は震えていた。

 〝確かに殺す気なら、事件の後にできた…。目的は金か?〟

 「もう一人の男を探しています。」

 「もう一人の男?」オウム返しに久野が尋ねた。

 「一人はしくじりましたが、もう一人は成功したようですね?」

 「津上のことですか?」金村が意図することを読んで久野が言った。「私たちも探しているのですが―」

 「その人物の住所を教えてください。」金村がスマートフォンを取り出した。

 「行っても無駄ですよ。アイツの女の家にも当たりましたが、いませんでした…」

 坊主頭の金村が再び久野を睨み付けた。「無駄かどうか、判断するのはこちらの仕事です。」

 向かい側に座る男の視線に怯え、久野は下を向いた。彼は急いで上着の内ポケットからメモ帳を取り出し、目的のページを見つけると金村に見せた。

 「津上の写真はどなたに送ればいいでしょうか?」と久野。

 「私の番号を教えますので、そちらに送って下さい。」



***



 静寂。

 車を走らせて15分、井上と浦木は一言も発していなかった。井上は窓枠に右肘を置きながらハンドルを軽く握って車を運転し、浦木は両手を膝に置いて前を見つめていた。

 「ここの前は何所にいたんだ?」居心地の悪さに耐えきれなくなった井上が、助手席にいる浦木を見た。

 「警備部です。」浦木が井上の方に顔を向けた。

 「SPか?」

 「そうです。警護課の第4係にいました。井上さんは?」

 「オレも警備部だったけど、銃対だから全く毛色の違うもんだ…」

 「銃器対策部隊ですか?」浦木が目を見開いた。

 「銃対出身者は珍しいかい?」いたずらな笑みを浮かべて井上が言った。

 「いいえ。何度か銃対の方とは会っているので…」

 「じゃ、何で驚いた?」

 「叔父が銃対にいたので、あの部隊にいる人たちを尊敬しているんです。」

 「んじゃ、オレも尊敬の的になってるのかな?」

 「はい。今のところ…」

 「それ、どういうこ―」

 浦木が右人差し指で前方を指し、井上は喋るのを止めて指の示す方向を見た。そこには黒沢秀樹の住む単身者向けの8階建てマンションがあった。

 「この続きは後でしよう。」車をマンションの前に停めて井上が言った。

 しかし、浦木は先輩の話しを聞かずに乗用車から降りて周囲を見回した。黒沢の自宅は東京都北区東10条2丁目にあり、周りは同じまたは3階ほど高いマンションに囲まれていた。目的のマンションの右隣には2階建ての民家、左隣には3階建ての古いアパートがあった。

 「学生向け…って感じだな…」マンションの入り口に移動しながら井上が呟いた。

 「最近、こういうマンションばっかりですよ。」

 「へぇ~」

 二人は自転車とスクーターの横を通ってマンション中に入り、横目で黒沢がいる5階の郵便ポストを見てからエレベーターの上昇ボタンを押した。



***



 休日ということもあって、黒沢秀樹は昼過ぎまで寝ていようと思っていた。だが、空腹感に敗けて起き上がり、カーテンを勢いよく開けた。

 欠伸をしながら黒沢は床に散乱している雑誌や空き缶を足で端に寄せ、小さな冷蔵庫に近づくとドアを開けて中を確認した。そこには昨日買った発泡酒缶3本とマヨネーズしかなかった。彼は舌打ちをしてドアを叩きつけるように閉めた。

 「買い物に行くか…」

 独り言を呟いて黒沢は財布と部屋の鍵を持って玄関に向かった。サンダルを履こうとしたが、片方のストラップが壊れていたため、仕方なくスニーカーを選んだ。

 廊下に出て鍵を閉めようと動いた時、廊下の奥にあるエレベーターのドアが開いた。

 〝ラッキー!〟

 急いで施錠しようとしたが、エレベーターから降りてきた二人組の男を見てその手を止めた。2人とも背格好は似ていたが、1人はスーツ姿で、もう1人は濃紺の襟付きシャツに色褪せた青いジーンズ姿であった。目が合うと、ラフな格好をした男が笑みを浮かべ右手を上げた。

 〝警察か?〟

 突然のことに動揺した黒沢は素早く動けなかった。逃げたくても階段はエレベーターの横にあり、彼の背後と横には壁があって逃げ道がない。

 「すみません。」スーツ姿の浦木が黒沢に話し掛けた。「黒沢秀樹さんですか?」

 彼らの距離は3メートルに縮まっていた。

 〝クソッ!〟黒沢が急いで自室のドアを開けて中に飛び込んだ。

 井上と浦木は彼の後を追い、井上がドアを開けて先に中へ入り、浦木が続いた。二人は窓の鍵を解除してベランダに出る黒沢の後ろ姿を確認した。

 〝まさか!〟

 自殺を予想した二人は全速力でベランダまで走った。しかし、その前に黒沢は安全柵を乗り越えて飛び降りた。

 〝クソッタレ!〟

 ベランダに辿り着いた井上と浦木が地面に視線を向けたが、そこに黒沢の姿はなく、ゆっくりと歩く老夫婦の姿しかなかった。

 「あの野郎、何所に―」

 井上が悪態ついた時、浦木がベランダの安全策を乗り越えた。

 「おま―」新人の腕を掴もうとしたが、井上の右手は空を切った。

 一方、浦木はマンションの右斜め前にあった3階建ての古いアパートの屋上に向かって飛んだ。その屋上には着地に失敗して右膝を抱え込んで横になっていた黒沢がいた。浦木は膝をクッションにして上手く着地したが、鈍い痛みが両足に走った。

 井上も安全策を越えようとしたが、恐怖心が込み上げて持ち上げた右脚を下げた。

 「クソッ!」そう言いながら、井上は階段の方へ走った。

 スーツ姿の浦木を見るなり、黒沢は急いで立ち上がって片脚を引きながら逃げた。浦木は素早く拘束しようとしたが、その前に標的が白い安全策を乗り越えて隣の民家の上へ飛んだ。

 今度は立ち止まらず、黒沢は三角屋根を滑り降りて目の前にあった6階建てのマンションの1階に設置された日除けの上に飛び移ろうとした。だが、上手くタイミングが合わず、胸を日除けに叩きつけて地面に落ちた。彼は激痛に呻きながらも立ち上がって走り出した。

 浦木も三角屋根を滑り降りたが、彼は上手く民家の塀をクッションにして地面に降り、走り出そうとした。その時、彼の横を井上が横切り、逃げる黒沢にタックルして地面に叩きつけた。黒沢は抵抗したかったが、再び胸を強打して呻いていたので、井上は難なく標的を拘束することができた。

 「さぁ、帰るぞッ!」近隣住民の目を気にもせず、井上が黒沢を連行して浦木の前で立ち止まった。彼の呼吸は乱れており、額には大粒の汗が浮かんでいた。

 「タックルしてもいいんですか?」車に戻りながら浦木が尋ねた。

 「ケース・バイ・ケースだ。」井上が黒沢を車の後部座席に押し込んで言った。



***



 〝クソッ!クソッ!クソッ!〟久野が自分の片膝を掴みながら、携帯電話から聞こえてくる呼び出し音に耳を傾けていた。〝枝野の奴め…〟

 彼は逮捕された部下に対して苛立っていた。久野は事前に何の連絡も受けておらず、家族と晩御飯を食べていた時に新幹線で起った爆発事件と枝野の逮捕を知った。すぐ仲間に連絡した結果、『津上翔一』が事件後から音信不通になっていることに気付いた。事件後に仲間と連絡を取るという迂闊な行動を取ってしまったが、久野は警察の盗聴よりも『紅蓮』を恐れていた。

 「もしもし?」受話口から穏やかな男の声が聞こえていた。

 「草加さんですか?久野です。今、大丈夫でしょうか?」

 「問題ありませんよ。どうしましたか?」

 「今回の件は申し訳ありませんでした。あれは部下が勝手にやったことでして、私は何も知らなかったんです。」久野は早口で話し、どうにかして電話の相手の機嫌を取ろうとした。たとえそれが言い訳のように聞こえていたとしても、彼は構わなかった。

 「過ぎたことですよ、久野さん。」電話の相手である草加が言った。「それに、その件はもう金村さんに任せましたので、あなたは無用な混乱を生まないようグループの統制をしっかりしてください。来る日のための準備があることを忘れないでくださいよ。」

 「あ、ありがとうございます!」予期せぬ言葉に久野は感動し、全身の鳥肌が立つのを感じた。

 「いいんですよ。今回はある意味、お手柄ですからね…」

 「え?」

 「話しは以上ですか?」草加が尋ねた。

 「あっ、は、はい…」

 久野がそう答えると、通話が切れた。



***



 半田弘毅が課長の『袴田照雄』と共に会議室に入った。

 室内には左翼テロ組織の捜査を担当している2課の課長である『風見卓』、同課第3班の班長の『田丸隆文』がいた。

 「今回は申し訳なかった。」半田と袴田を椅子に見ると風見が立ち上がって頭を下げた。

 「いえ、こちらも手の空いてる班がいましたので…」テーブルの向こう側にいる2課のメンバーと向かい合うように座った袴田が言った。半田は何も言わずに上司の隣に座った。

 「とは言え、私の課のミスで―」

 その時、会議室のドアが開き、禿げ頭の男が入ってきた。この男が対テロ捜査部門の部長『本郷光太郎』であった。

 「捜査の進展は?」本郷がテーブルの端にあった席に座って誰ともなく尋ねた。

 「爆弾の製造者を拘束し、背後にいる人物について尋問しています。」本郷の目を見ながら袴田が報告した。

 「『紅蓮』じゃないのか?」と本郷。

 「それは間違いないのですが…」袴田が言葉を詰まらせた。

 「今回の事件は『紅蓮』の下部組織による犯行で間違いないです。」風見が話しに割り込み、本郷が彼に目を向けた。「しかし、奇妙な点があります。」

 部長の本郷は黙って風見を見つめ、話しを促した。

 「『紅蓮』は近年、目立った行動を見せていませんでした。まるで、更生したかのようにメンバーは普通の生活を送っています。それに所持していた武器も売買または廃棄し、社会復帰に勤しんでいるように見えました。」

 「どうやら全部演技だったようだな。」本郷が表情を変えずに言った。「その演技は昨日の攻撃のためだったのか?」

 「まだ調査中です。しかし、その可能性が高いと思います。」と風見。

 「いずれにせよ、情報が足りてないようだな。」

 袴田と風見は目を伏せて机を見た。半田は背筋を伸ばして椅子に座り、綺麗に磨かれた机に反射する蛍光灯の明かりを見つめていた。一方、田丸は俯いて上司たちの話しに耳を傾けている。

 「上は事件の早期解決を望んでいる。メディアには拘束された男が主犯ということにしたが、第二の犯行が起れば、そうはいかない。『紅蓮』が何か企んでいるとしたら、次の攻撃を考えている可能性がある。気を引き締めて取り掛かってくれ。」

 本郷が椅子から立ち上がり、会議室を後にした。

 「課長。」ドアが閉まると同時に半田が袴田に話し掛けた。「戻っていいでしょうか?」

 「あぁ…、進展があったら、すぐ連絡してくれ。」

 「分かりました。」



***



 マジックミラー越しに浦木と黒沢の会話を聞いていた井上は、頭に浮かんだ疑問をメモ帳に書き込んでいた。すると、半田が井上のいる部屋に入ってきた。

 「班長…」井上が上司を見た。

 「進展は?」

 「う~ん、進展というよりも謎が深まった感じですよ。」

 「どういうことだ?」半田が部屋にあったオフィス椅子に腰掛けて脚を組んだ。

 「黒沢は最近爆弾の製造を依頼されたそうですが、その数って1つだけなんですよ。」

 「確かなのか?」半田が表情を変えずに部下の顔を見続けた。

 「浦木が何度か鎌をかけてみたんですが、ボロを出すことはなかったです。見ていても、嘘をついてる様には見えなかったし…」

 半田がマッジクミラーの向こう側にいる黒沢に顔を向けた。黒沢は必死に向かい側に座る浦木に「俺も被害者なんだ!」と訴えていた。

 「処理班から連絡は?」半田が視線を井上に向けて尋ねた。

 「ありましたよ。新幹線で拘束された男のパイプ爆弾の中身は砂でした。それから、田丸班の武内がそのことを男に伝えたら、すごく驚いてたようです。まぁ、口の堅い男だったらしいので、武内は男が偽の爆弾を持っていたことを知らなかったと推測してますし…」

 「つまり、あの枝野という男は囮で、トイレの爆弾が本命であったと?」

 井上が肩をすくめた。「かもしれません…」

 部屋のドアが開いて浦木が入って来た。半田の存在を予期していなかった浦木は驚いたが、すぐに平静を取り戻して持っていた小型タブレットの画面を半田と井上に見せた。そこには20代半ばに見える男の顔写真が表示されていた。

 「コイツは?」と井上。

 「津上翔一。枝野と同じく『紅蓮』の下部組織に所属している男です。黒沢は彼から爆弾の製造を依頼されたと言っています。」浦木が淡々と情報を述べた。

 「間違いないのか?」半田が椅子から立ち上がった。

 「はい。それから、黒沢は顧客の写真をUSBに保存して自宅に隠しているようなので、そこからも裏が取れると思います。」浦木が情報を付け足した。

 部下からの報告を聞いた半田は、俯いて小さく二度頷いた。そして、再び井上と浦木を見た。

 「お前たちは津上翔一の自宅へ向かえ。黒沢の尋問は俺と柄沢が引き継ぐ。それからUSBは田丸班に捜索してもらう。」

 「了解。」

 そう言って井上と浦木が部屋から出て行った。

 半田は部屋にあった固定電話の受話器を取り、分析官のいるオフィスに電話をかけた。呼び出し音が聞こえたかと思うと、すぐ女性の声が聞こえてきた。

 「増井です。」

 「半田だ。柄沢に第二拘束室へ来るように言ってくれ。それから増井は新川と共に井上と浦木の援護をしてくれ。」

 「分かりました。」

 受話器を元の位置に戻し、半田はマッジクミラーの向こう側にいる黒沢秀樹を見た。

 〝面倒な事件だな…〟



***



 部屋の錠は既に解除されており、用意していた電動ピッキングガン[注:トリガーの無い、棒状の乾電池で動くピッキングガンのこと]を使う必要がなかった。

 久野の部下2人が津上翔一のマンションに入って行くのを見たので、彼らが出るまで金村は外で待機し、2人が出て行くと建物の中に入った。施錠されているかと思いきや、久野の部下は鍵穴に大量の傷跡を付けて立ち去っていた。金村は容易にそれがピッキングの痕跡だと分かった。
室内は荒らされていて、床には物が散乱していたほか、砂や小石、靴の跡が見られた。

 〝酷いな…〟後ろ手でドアを閉めながら金村は思った。

 彼は靴を脱いでリビングへ向かい、荒らされた部屋の様子を見てため息をついた。

 〝これじゃ泥棒と変わらない…〟

 リビングの床には本やDVD、食器などが転がっており、脚の短いテーブルも引っくり返され、その上に乗っていたと思われる雑誌とリモコンが下敷きになっていた。また、窓の近くにあった二人掛けのソファーも倒されて埃だらけの底部が見え、ソファーと同色のクッションがその横に転がっていた。慎重に室内を見回した後、金村は床に散らかっている物に気を付けながら隣にある寝室へ移動した。

 そこで目にしたのは倒された5段作りの本棚、床に散らばった多数の本、衣服、枕、ブランケット、そして、マットレスであった。窓際にあったベッドはリビングのテーブル同様引っくり返されていた。クローゼットの中にあった衣服が床に放り出されていたので、その中は空になっていた。

 〝一通り探したみたいだが…〟

 金村がクローゼットに近づき、天井と底部に指を這わせた。しかし、仕掛けなどはなかった。同じ点検をベッドのフレーム、本棚、マットレスにも行ったが、何も見つからない。次に彼はキッチンへ行き、棚と引き出しの隅々を点検した。収穫なし。

 〝草加さんの思い違いか?〟

 坊主頭の男はバスルームにも行って点検を行ったが、そこにも何もなかった。最後にトイレへ行き、タンクの中を確認した。何もない。しかし、タンク蓋の裏を見るとジップロック袋に入った二つ折りの携帯電話があった。



***



 分析官の増井から津上翔一の住所を得た井上と浦木が、江東区北砂4丁目にある6階建てのマンションに到着した。そのマンションの1階がチェーン店の弁当屋になっており、2階から6階が居住スペースであった。

 二人は津上の部屋がある3階へ向かうため、エレベーターに乗り込んだ。

 「なぁ…」井上が浦木に顔を向けた。「もし、あの拘束された男…枝野だっけ?アイツが囮で、本命の爆弾があったんだったら…何でトイレなんかに設置したんだ?」

 エレベーターが3階に到着し、ドアが開いた。

 「津上さんに直接聞いてみましょうよ。その方が私の推測よりも良いと思いませんか?」浦木がエレベーターを降りた。

 「質問に質問で返すかよ。」新人を追いかけるようにして井上もエレベーターを降りた。

 「でも、敢えて言うなら、彼は実行の直前になって怯え、爆弾をトイレに置いたのかもしれません。」

 「ありえるな…」

 津上の表札がある部屋の前に立つと、浦木がインターホンを押した。

 「おい。」井上がドアノブの上にあった鍵穴を指差した。

 鍵穴の付近には複数の傷跡があり、二人は素人によるピッキングの痕跡と推測した。

 静かに井上がドアノブを落とし、施錠されているかどうか確認した。ドアノブはゆっくりと下まで落ち、軽く引くとドアが動いた。廊下に一度視線を走らせて無人であることを確認すると、二人はインサイドパンツ・ホルスターからG19拳銃を抜き取った。

 井上はドアの前に立って左手をドアノブにかけ、右手で握った拳銃を胸の前で構えた。一方、ドアの横に立つ浦木は銃把を両手で握り、銃を顔の中心に置くようにして血作構えた。ドアを開ける前に井上が視線を浦木に送り、新人が小さく頷いた。



***



 エレベーターのドアが開くと田丸の姿が見えた。

 軽く頭を下げて半田がエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押すと田丸の横に並んだ。

 「そっちはどうなってる?」田丸が口を開いた。

 「爆弾製造者の尋問を終えたところだ。どうやら思ったよりも、複雑な事件みたいだな…」エレベーターの表示パネルを見ながら言った。

 これを聞いた田丸は額に汗が浮かぶのを感じた。「何故だ?」

 「製造者の黒沢によれば、作った爆弾の数は1つらしい。それに拘束された枝野の爆弾は偽物だった。そうなると、2課の得た情報が偽情報だった可能性がある。」

 田丸は何も言わなかった。

 「だが、疑問がある。何故、テロリストはトイレに爆弾を設置したのか?」半田が大人しい田丸の方を見た。彼の額には大粒の汗が浮かんでおり、口をきつく閉じていた。「そっちはどうなってる?」

 目だけ動かして田丸が半田を見た。「枝野の尋問が終わったところだ…」

 「津上の家に俺の部下を派遣した。もうすぐ連絡が来るはずだ。」

 「そうか…」

 エレベーターが4階に着き、静かにドアが開いた。

 「お先に失礼…」

 半田が右足を一歩踏み出すと田丸がドアを閉めた。半田が鋭い視線を田丸に向けた。

 「今回の情報源は公安部だったんだ…」俯いた状態で田丸が言った。「それに…」

 突然、田丸が喋るのをやめたので半田は不思議そうに目の前に立つ男を見つめた。すると、エレベーターのドアが閉まって上昇し始めた。

 「どうしたんだ?」と半田。

 「津上翔一だが…アイツは公安が6年前にリクルートした男だ。」

 「じゃ、津上が今回の情報源なのか?」

 田丸が小さく頷いた。

 「しかし、そうなると公安の仕事になるはずだ。何故、2課で対処した?」

 エレベーターが止まり、ドアが開いて談笑していた女性職員二人組が見えた。半田は田丸の右腕を軽く叩いて降りるように促し、その際に待っていた女性職員が乗り終えるまで左手でドアを抑えた。二人の女性職員は半田にお礼を言ってからドアを閉じた。

 「公安で対処しようとしたらしいが、津上からの連絡が事件発生の2時間前だったんだ。ゆえに準備する時間がなく、捜査協力をしていたウチの班に連絡が来たんだ。」

 顔に汗を浮かべる男の話しを聞いても、半田は眉一つ動かなかった。彼は田丸が貴重な情報を隠していたことに苛立ち、今の話しも真実なのか疑っていた。

 「風見課長は知ってるのか?」と半田。

 「知っている…」

 半田は呆れた。つまり、2課の課長も田丸も局長に情報を隠していたことになる。

 〝早く津上を見つけて、田丸に押しつけるか…。長引けはウチの班員にまで被害が及ぶかもしれない。〟

 「他に隠し事は?」上着の内ポケットからスマートフォンを取り出して半田が尋ねた。

 「それはないッ!」突然田丸が声を荒げた。

 〝ありそうだな…〟

 「部下に連絡しなければならないから、ここで失礼する。」

 田丸はもの言いたげな表情をしていたが、半田はそれを無視して増井に電話をかけた。

 「増井です。」呼び出し音が鳴ったかと思うと、女性分析官が電話に出た。

 「半田だ。津上は見つかったか?」廊下を歩く半田が訊いた。

 「宇都宮駅の監視カメラ映像を確認した結果、顔認証システムが津上らしき人物を発見しました。ただ、帽子を目深にかぶっていたので、もしかしたら別人の可能性もあります。」

 「その後の足取りは?」

 「まだ掴めていません。」

 「井上と浦木は?」半田は非常階段を素早く駆け下りて4階を目指した。

 「津上の自宅に向かった後、まだ連絡はありません。」

 「連絡して進捗状況を聞き出してくれ。」

 「分かりました。」

 
 
***



 ドアを引き開けて井上が室内に銃口を向けると、姿勢を低くした浦木が素早く室内に進入した。

 「津上さん、いますか?」ドアを閉めて井上が言った。

 その間に浦木は床に散らばった物を踏まないよう先へ進み、井上は途中にあったトイレと浴室を確認して新人の後を追った。リビングの入り口で待機していた浦木の後ろに付くと、井上が新人の左肩に手を置いて到着を告げた。

 すると、浦木が素早くリンビングに進入して右へ移動し、井上も彼の後を追うようにして室内に入るも、浦木よりも慎重に荒らされた室内を確認した。寝室、台所も確認したが、誰もいなかった。

 「遅かったか…」ホルスターに拳銃を戻して井上が言った。

 浦木は部屋の隅々に視線を走らせ、まだ拳銃をホルスターに戻そうとはしなかった。

 「ひどく荒らされてるけど、泥棒さんかね?」部屋の様子を見て井上は驚いていた。

 「何か探していたようにも見えますが…」浦木がやっと拳銃をホルスターに収めた。

 「物取りに見せかけて証拠を隠滅した、って言いたいのか?」

 「だとしても、これは違う気がしますけど…」浦木が押し倒されたソファーを見て言った。「部屋を荒らした人物は、何かに怒っているようにも見えますけどね…」

 井上は肩をすくめて再び部屋を見渡した。「いずれにせよ、班長に連絡だ…」

 先輩捜査官がスマートフォンで半田に連絡を入れた時、浦木は津上の寝室へ移動した。彼は床に散らばっていた物に目を通し、ふと倒された本棚の陰を覗き込んだ。そこには数冊の本と写真立てがあった。浦木はその写真立てを取り、引っくり返して写真を見た。そこには顔を寄せ合う若い男女が写っていた。

 〝交際相手か…〟彼は写真立てを持ってリビングにいる井上の所へ戻った。

 「すごい荒らされてますよ…」井上が浦木の手にある写真立てを見た。「なんか、浦木が見つけたみたいです。」そう言って、スピーカーモードに切り替えた。

 「津上には交際相手がいるようです。」先輩捜査官に写真を見せて浦木が言った。

 「身元は分かるか?」受話口から半田の声が聞こえてきた。

 「写真はありますけど、身元は分かりませんよ」浦木の代わりに井上が答えた。

 「その写真を送ってくれ。お前たちはそこで手掛かりを探せ。」

 「了解。」
 


***



 道路を挟んだ向かい側にあるバス停のベンチに座っていた金村は、津上が来ることを予想していた。だが、彼が目撃したのは警察関係者と思われる二人組であった。

 〝公安か?〟

 自然な動きでスマートフォンを取り出し、津上のマンションに近づく二人の男を撮影した。距離が遠く、胸の辺りで撮影したために上手く二人の姿を捉えることができなかったが、撮影ボタンを連続して押していたので何枚か綺麗に撮れている物があった。

 ラフな格好の男とスーツ姿の男が津上のマンションへ入って行き、それを見送ると金村は立ち上がった。

 〝草加さんに報告しておくか…〟

 まず撮影した写真を送信してから、金村は草加に電話をかけた。

 「どうした?」呼び出し音が3度鳴った後に草加が電話に出た。

 「彼の自宅で携帯電話を見つけました。しかし、暗証番号の入力が必要なので、まだデータの確認は
できていません。」人通りの少ない道を歩きながら、金村は淡々と報告した。

 「その電話をいつもの場所に置いてください。ところで、まだ彼は見つかりませんか?」と草加。

 「申し訳ありません。これから彼の交際相手に会おうと思います。」

 「分かりました。以上ですか?」草加が会話を切り上げようとした。

 「メールで送りましたが、彼の家に向かう二人組を見ました。」駐車していた車に乗り込みながら金村が言った。

 「久野さんの人ですか?」

 「いえ、先ほど写真を送りましたが、警察関係者だと思います。」

 しばらく沈黙が続いた後、草加の声が聞こえてきた。金村は電話の相手が送信した写真を確認したのだと思った。

 「噂の対テロ組織かもしれないですね。『JCTC』という組織だそうです。」

 「対処しますか?」

 「いや、今は彼に集中してください。」

 「分かりました。」

 「お願いしますよ。」

 そして、通話が切れた。



***



 津上翔一は何度もドアの覗き穴で廊下の様子を窺った。

 〝まだなのか?〟

 津上は忙しなくドアの前を行ったり来たりしており、3時間前に連絡を試みた連絡員はまだ姿を現さない。彼は会合場所として使用したことのあるビジネスホテルに滞在していた。部屋は非常階段に近い場所にあり、何かあってもすぐ逃げられるようになっている。

 〝遅すぎるッ!〟

 新幹線の爆破から12時間経っていたが、津上の緊張状態はまだ収まっていなかった。『紅蓮』や久野の仲間たちに見つかる恐れもあり、事情を知らない警察に逮捕されてしまう可能性もあった。

 〝早く来てくれッ!〟覗き穴から廊下の様子を注意深く見ながら津上は願った。

 その時、彼の部屋に近づいてくる足音と服の擦れる音を耳にした。

 〝来たか?〟

 だが、音は彼の部屋の手前で止まり、隣室のドアが開く音が聞こえてきた。津上は落胆して額をドアに押しつけた。

 〝早く来てく―〟

 ドアに小さな衝撃が走り、それが津上の額に伝わった。驚いた彼はドアから身を引き、2秒ほど体を硬直させた。誰かがノックしただけなのだが、不意を突かれた津上は怯えてしまった。再びノックする音が聞こえた。恐る恐る覗き穴に近づくと、見慣れた顔の男が立っていた。安堵したのか、津上の体から力が抜けて崩れ落ちそうになった。

 再びドアがノックされた。急いで津上がドアを開け、男を部屋に招き入れた。

 「待ってましたよ!」ドアを閉めるなり津上が言った。

 灰色のスーツを着た背の低い男は一言も発せず、狭い部屋の隅々に視線を走らせていた。

 「どうしたんですか?早く俺を安全な場所に連れて行ってくださいよ!」津上は無口の男に苛立ち、声を大にして言った。

 スーツ姿の男が胸ポケットからスマートフォンを出し、その画面を確認するとポケットに戻して津上を見た。

 「盗聴の恐れがあるからな。隣室で待機している部下が妨害電波を出すまで、話せなかったんだ。」

 「そんなことよりも、安全な場所に―」

 「その前に聞きたいことがある。」男が津上を遮った。「あの爆弾を仕掛けたのはお前なのか?」

 津上は黙って視線を逸らした。「仕方なかったんですよ…」

 「関係のない親子を殺す必要もあったのか?」

 公安捜査官の言葉を聞いた津上は驚き、目を見開いて目の前に立つ男を見た。

 〝死んだ?〟

 「事の重大さに気づいたようだな。いずれにせよ、お前を隠れ家に移送する。詳しい話しは後で聞こう。」男が津上の横を通ってドアへ向かった。

 「待ってください!その前に彼女と合流させて下さいッ!」津上が男の背に向けて言った。
振り返って男が津上を睨みつけた。「お前の女は『紅蓮』に近いから無理だ。」

 「彼女は違う!」

 「俺はお前よりあの女に詳しい。大人しくついて来い。」

 「仁美と一緒じゃないとダメだ!」

 そう言うと、津上は男を押し退けて部屋を飛び出した。

 
 
***



 着信音が室内に鳴り響いた。

 「はいはい…」井上がジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し、電話に出た。

 「井上?」電話は新川からであった。

 「お、新川ちゃん?調子はどうよ?」

 「馴れ馴れしいな…。アンタが送ってきた写真の女の身元が分かったよ。」新川の口調は早く話しを切り上げようとするように、ぶっきらぼうなものであった。

 井上は浦木にも聞えるようにスピーカーモードに切り替えた。

 「名前は尾崎仁美ちゃん。文京区の大塚4丁目にあるマンションに住んでるみたい。職場は都営新宿線菊川駅の『ジョナサン』だって。津上との交際期間は約2年で、警視庁の公安部は『紅蓮』との繋がりがあると疑ってるみたい。」

 「尾崎の自宅住所を教えてもらえませんか?」浦木が尋ねた。

 しばらく沈黙が続き、浦木と井上は分析官の反応の遅さに疑問を抱いた。

 「井上さん、いつからスピーカーにしていたんですか?」新川の口調が明らかに変わった。

 「ついさっきだよ、新川ちゃん。」井上には分析官の意図が理解できなかった。「それより、その女の住所をオレたちの携帯に送ってよ。なんだか班長、この事件を早く解決させたいみたいだし…」

 「分かりました。少々お待ちください。」

 「それじゃ、オレたちは車に戻るか…」

 井上が玄関に向かって歩き出し、浦木は先輩の後を追うように歩きながら部屋の様子をもう一度注意深く見回した。しかし、目を引くようなものは見つからなかった。

 「どうせ、鑑識がこっちに来るだろうし、俺たちは津上の交際相手に集中しようぜ。」

 「ですね…」



***



 着替えを終えてロッカー室を出ると、尾崎仁美はキッチンにいた従業員たちに挨拶して外に出た。スマートフォンを取り出して画面を確認すると、14件の不在着信と3件の未読メールがあった。

 〝翔一くんかな?〟

 指紋認証で画面のロックを解いてメールを開いた。送信主は交際相手の津上翔一であり、内容は〈店で待ってて!〉であった。

 〝迎えに来てくれるのかな?〟返信を打つ込みながら彼女は思った。

 「尾崎仁美さんですか?」背後から男の声が聞こえてきた。

 振り返るとそこには坊主頭の男が笑顔を浮かべて立っていた。見知らぬ男性の出現に尾崎は驚き、スマートフォンを両手で持って胸に当てた。

 「どちら様ですか?」男の顔に見覚えがあるかどうか、記憶の糸を手繰ってみたが、思い当たる節がなかった。

 「津上翔一さんに頼まれて来ました。どうやら仕事のトラブルに巻き込まれたみたいで、代わりにあなたを迎えに行くよう頼まれたんです。」金村はどうにかして尾崎を人気の少ない場所へ誘導したかった。

 「な、何があったんですか?」

 「私も詳しく聞かされていないんです。尾崎さんなら知ってると思ってましたが…」

 「何も知りませんよ。」尾崎は坊主頭の男から目を逸らさなかった。

 「いずれにせよ、津上さんのところに急がないと。彼はあなたしか知らないことがあると言ってました。」

 状況が飲み込めなかったが、尾崎は金村の表情と口調から危険人物ではないと思った。

 「分かりました。翔一くんのところに連れて行って下さい。」

 「車まで案内します。」

 金村に連れられて尾崎は、勤務先の横にある道路を挟んだ3階建ての建物に近づいた。1階が駐車場になっており、上の階がオフィスになっていた。駐車場は薄暗く、停まっている車の数は少なかった。坊主頭の男が鍵を取り出し、リモコンの解除ボタンを押した。電子音と共に乗用車のライトが点滅してロックの解除される音が聞こえた。

 「ちょっと待て!」車まで残り1メートルと迫ったところで背後から声をかけられた。
 振り返ると二人組の男が駐車場の出入り口に立っていた。顔は良く見えなかったが、一人はジャージ姿で、もう一人は白い長袖シャツにカーゴパンツ姿であった。

 「お前、その人を何所に連れて行く気だ?」ジャージ姿の男が金村を睨みつけながら近づいた。もう一人の男は少し遅れて仲間の後を追い、周囲の状況に目を配らせた。

 尾崎は怯えて金村の背後に隠れた。

 「どちら様ですか?」坊主頭の金村が冷静な口調で尋ねた。その際に彼は右手に持っていた車の鍵を左手へ移した。

 「誰だっていいだろうがッ!俺たちはその女に用があるんだ!」

 ジャージ姿の男との距離が2メートルに迫った。

 〝久野という男は、本当に使えない…〟

 距離が1.5メートルとなった時、金村は車の鍵をジャージ姿の男の顔目がけて投げ、素早く右手を腰へ伸ばして刃渡り10センチのナイフを取り出した。相手が鍵に気を取られている間に金村は、ナイフで男の腹部を一突きした。予期せぬ攻撃にジャージ姿の男は驚いたが、素早く右拳を坊主頭の男に向けて繰り出した。だが、彼の拳は空を切っただけであった。
 
 金村は素早く相手の左へ回り、ジャージ姿の男が拳を繰り出すと同時に相手の首を切り裂いた。大量の血が傷口から吹き出し、もう一人の男との距離を縮めようとしていた金村の右肩に血が付着した。
カーゴパンツ姿の男は恐怖して逃げようとしたが、すぐに追いつかれて背中を切りつけられた。男はバランスを崩し、その際に金村が相手に飛び掛かり、地面に倒れると男の頭をアスファルトに何度も叩きつけた。

 二人の男を始末した金村は、ナイフに付着した血をカーゴパンツ姿の男の服で拭って尾崎を見た。彼女は一瞬の出来事に目と口を大きく開いたまま固まっており、声を出すことすら忘れていた。

 「申し訳ありませんね。とんだ邪魔が入ったもので…」金村が尾崎に近づいた。

 二人の男をあっさりと殺害した男が接近しているというのに、彼女の脚は石のように固く、言うことを全く聞かなかった。

 「ヒトミッ!」駐車場に男の声が響いた。

 金村が振り返ると、そこには一日中探していた男の姿があった。彼は素早く彼女の背後に回ってナイフの刃を彼女の喉に押し当てた。

 「はじめまして、津上さん…」金村が笑みを浮かべて言った。



***



 尾崎仁美の自宅を訪ねたが留守であった。

 「職場ですかね?」と浦木。

 「だろうな…」

 井上と浦木は尾崎の職場へ急ぎ、警察の身分を偽ってそこの店長に彼女のことを尋ねた。中年の女性店長は「ついさっき帰った」と教えてくれた。また、店長は「ガラの悪い男二人組にも同じことを聞かれた」と愚痴を溢した。

 二人の捜査官はお礼を言って店を後にし、二手に分かれて尾崎を探すことにした。井上は右、浦木は左へ走り出し、写真で見た女性の姿を探し求めた。

 その時、浦木が男の叫び声を耳にした。彼はその声を追って店の横にあった狭い道へ入り、尾崎の姿を探した。危うく通り過ぎるところであったが、浦木は1階が駐車場になっている3階建ての建物で捜索対象者の姿を発見した。だが、彼女の首にはナイフが突きつけられており、尾崎の背後にいる男は笑顔を浮かべながら、彼らから3メートル離れた場所に立っている男と向き合っている。

 〝津上翔一?〟

 尾崎と彼女を拘束する男の近くには血を流した男性2人がおり、2人とも死亡しているように見られた。幸いなことに浦木は彼らの視界の外にいたため、存在に気付いていなかった。

 〝井上さんを呼ぶ時間が惜しい!〟

 浦木は尾崎を抑えている金村に向かって走り出した。



***



 「はじめまして、津上さん…」金村が津上に笑みを送った。

 「仁美は関係ない。用があるのは俺だろ?」津上の額には大粒の汗が浮かんでいた。彼は壁に沿って歩き、金村との距離を詰めようとした。

 「そうはいかないんですよ。残念ながら…」金村はナイフの刃を尾崎の喉に強く押し付け、津上の姿を追うように体の向きを変えた。「二人に用が―」

 その時、坊主頭の金村が斜め後ろから近づいてくる足音を耳にした。それは確実に彼に近づいており、そして、早かった。金村が振り返ると、猛スピードで近づいてくるスーツ姿の男を目撃した。

 〝コイツ、あの時の!〟瞬時に金村は近づいてくる男が、津上のマンションに入っていた二人組の一人であることに気付いた。彼は尾崎を盾にしようとしたが、浦木の動きの方が早かった。

 浦木はフェイントとして、右前蹴りを放つ動きを見せた。すると、金村が尾崎の喉に押し当てていたナイフを水平に大きく振り、捜査官との距離を開けようとした。ナイフが振り切られる前に浦木は相手の腕を両腕で抑え、左手で金村の手首を掴むと右掌底を相手の額に叩き込んだ。

 今がチャンスだと思った津上は、急いで尾崎の手を引いて走り出した。
すかさず捜査官は、ナイフの握られている相手の右拳を包み込むようにして握り、左右の手で相手の右手を制御しながら反時計回りに上へ捻じり上げた。

 攻撃に後れを取った金村であったが、右手の自由を得るために左膝蹴りを浦木の右横腹に叩き込んだ。そして、左手で拘束されている右手を押し付けて捜査官の顔を殴ろうとした。間一髪で二打目を浦木は回避したが、金村はそれを予期して素早く右踵を相手の左足首に引っかけて手前に引いた。

 突然のことに浦木はバランスを崩し、どうかして左足で上手く体勢を立て直した。その間に金村は右手を勢い良く引いて、捜査官の手を振り切り、素早くナイフを突き出した。

 反射的に捜査官は体を右に傾けながら左腕を上げて防御の構えを取り、その際にナイフの刃が上着の袖を深く切り裂いた。素早く浦木は右腕を伸びた相手の腕の下に入れ、大きく時計回りに回して金村の右側面へ移動し、相手の右肘を左手で掴んで右側頭部に拳を叩き込んだ。

 金村は右腕を振ろうとしたが、固定されて上手く動かすことができず、仕方なく左拳を繰り出した。それと同時に浦木が左手を滑らせるように相手の肘から手首に移動させ、その作業が終えた頃に相手の左拳を右側頭部に浴びた。だが、彼は怯まずに左手を手前に引きながら、右拳をナイフの刃の横に叩きこんで金村のナイフを弾き飛ばした。

 〝クソッ!〟ナイフを失ったことで不利になったと金村は思った。

 それでも彼は諦めずに再び左拳を繰り出した。しかし、捜査官は身を屈めてそれを回避し、立ち上がる勢いを利用して左膝蹴りを相手の腹部に叩き込んだ。金村は予期せぬ攻撃に怯み、前屈みになってしまった。

 相手の隙を見た浦木は間を置かず、相手の右脇に右腕を入れて固定し、さらに金村の首筋に左手を添えて斜め下へ落とすように誘導した。素早く動いたため、激しく相手の床に叩きつけてしまったが、拘束には成功した。急いで左脚を相手の首の上に置き、左手で金村の右腕を目一杯後ろへ引いて固定すると右手を手錠へ伸ばした。速やかに坊主頭の男を後ろ手で拘束した浦木は、津上と尾崎の姿を探した。

 しかし、駐車場に二人の姿はなかった。

 〝やっちまった…〟浦木は愕然とした。

 「浦木さぁ~ん」井上の声が聞こえてきた。

 冷や汗を浮かべる浦木が先輩捜査官の方を見ると、そこには津上翔一と尾崎仁美の姿もあった。

 「どうやって?」浦木が立ち上がった。

 「君との連絡が途絶えて戻ってきたら、二人に会っちゃってね。」井上が尾崎と共に手錠で拘束された津上の肩を叩いて言った。「君の大胆さには驚かされるけど、たまにはオレみたいにスマートにならないとね…」



***



 連絡を受けた半田は田丸班の武内と小西を連れて現場へ向かい、津上翔一、その交際相手である尾崎仁美、そして、拘束した坊主頭の男をバンに乗せて本部へ戻った。

 「これでオレたちの仕事も終わりだな!」バンを見送った井上が言った。「せっかくだし、近くのファミレスでメシでも食ってか?」

 「でも、始末書があるのでは?」と浦木。

 「そんなもんは後でも書けるって。班長に呼ばれる前にパパっと済ませようぜ。」

 「わかりました。」

 二人が尾崎の勤めるファミリーレストランへ入ろうとした時、井上の携帯電話が鳴った。

 「まさか!」驚きながら井上が電話に出た。電話をかけてきたのは半田であった。

 「井上、寄り道しないで始末書書きに帰って来いよ。」そう言うと、半田は電話を切った。

 「バレてたか…」

 「班長ですか?」浦木が尋ねた。

 「そうだよ。寄り道せずに始末書を書けとさ…」

 「でも、ちょっとくらい休んでもいいと思いませんか?」新人捜査官の口元を緩めて言った。

 「だな!」

 二人はレストランへ入って行った。



***



 伸びをして井上は再びコーヒーを飲もうと、マグカップを持ち上げて口に近づけた。 向かい側の席を見ると浦木が帰る準備をしていた。

 「帰るのか?」井上が椅子から立ち上がって言った。

 「流石に徹夜で始末書は疲れますよ。」

 「だな…。俺も帰ろう。」

 オフィスには彼ら二人しかおらず、明かりも二人の机に置かれているスタンドランプしかなかった。

 「二人ともご苦労さん。」オフィスに半田が入ってきた。

 井上と浦木は班長の姿を二度見し、最後に腕時計を確認した。早朝4時。

 「班長?どうしたんですか?」

 「ちょっと問題があってな…」半田が自分の椅子に腰掛けた。

 「それじゃ、家には一度も帰っていないんですか?」と浦木。

 「まぁな…」

 井上と浦木は驚いて顔を見合わせた。

 「始末書は終わったのか?」半田が部下の顔を交互に見て尋ねた。

 「はい」と井上が言い、浦木は頷いた。

 「そうか。なら、帰ってもいいぞ。用があったら電話する。今日と明日は分析官たちの仕事になりそうだからな。」半田がデスクトップ・コンピューターの電源を入れた。

 「それはそうと、班長…」椅子に戻って井上が半田の方に体を向けた。「結局、あの爆破事件ってどうなったんですか?」

 「あの件は忘れろ。俺たちには関係ないことだ。」

 井上と浦木は上司の言葉に納得できなかった。

 「でも、ことの顛末くらいは知りたいですよ。」井上が両腕を組んだ。

 「浦木もか?」半田が新人捜査官を見た。

 「はい…」

 半田は小さく頭を左右に振ると立ち上がった。「ついて来い。」



***



 「それじゃ、計画に支障はないんだね?」草加が横に座る男に尋ねた。

 「はい。」紺色のスーツを着た黒縁眼鏡の男が応えた。

 「いつ頃、実施できるかな?」

 「2ヶ月後には実施可能かと思われます。」

 「それは良い。」草加が口元を緩めた。

 「ゆえに時が来るまで、接触を避けた方が良いかと思います。」

 「そうだね。」

 「私はこれで失礼します…」

 男は草加の方を見ずにベンチから立ち上がって公園を後にした。

 “2ヶ月か…”



***



 半田に連れられて井上と浦木は建物の屋上にやってきた。

 「何で屋上なんですか?」と井上。

 「俺のお気に入りの場所だからさ…」半田が転落防止柵に寄り掛かり、黎明の色に染まる東京の街を
見ながら言った。

 二人の捜査官は並んで上司の背中を見た。

 「津上は公安部の内通者だった。」半田が口を開いた。

 「え?」井上と浦木は驚いた。

 「俺も驚いたさ。でも、奴にも事情があったらしい。津上の話しが正しければ、『紅蓮』は大規模なテロ攻撃の準備をしている。その準備を成功させるため、『紅蓮』メンバーの動きを減らし、代わりに下部組織を利用して構成員や物資を集めようとしていたそうだ。」

 「それと津上が爆弾を仕掛けた理由の関連は何です?」と浦木。

 「テロ攻撃を知った津上は、公安部の管理者に連絡して『紅蓮』メンバーに対する強制捜査を提案した。しかし、証拠不十分ということで公安部はそれを無視した『紅蓮』やその下部組織内部でも裏切り者探しが始まっていたこともあって、急いで津上は『紅蓮』が使ったことのある爆弾製造者に爆弾の製造を頼み、『紅蓮』の犯行に見える攻撃を行なおうとした。」

 「じゃ、もう一人の男…枝野は?」井上が口を挿んだ。

 「攻撃の計画を練った後、爆弾だけでは物足りないと思った津上は、枝野を誘ったらしい。確かにあの男と偽爆弾の存在で、2課はすぐ『紅蓮』の攻撃だと予想した。」

 「でも、爆破させる必要はなかったはずです。」浦木が言った。

 「津上はそう思ってなかったんだろうさ。」井上が間に入った。「アイツは公安部かオレたちに情報を流し、枝野を拘束させ、さらに爆弾を起爆させたかったんだろう。『紅蓮』の犯行に見せるためにな。それに、もしかしたら、津上は起爆装置を持っていたかもしれないし…」

 「井上の推測通り、津上も起爆装置を持っていた。」半田が振り返った。「津上は注目を浴びる事件さえ起これば、『紅蓮』が解体され、自由の身になれると思ったのさ…」

 「それで公安部は『紅蓮』に対して強制捜査をするんですか?」と井上。

 「しない。この件は津上翔一と枝野薫の二人が引き起こした、『紅蓮』とは関係のない事件として処理される。」

 「やっぱり…」井上が頭の後ろで手を組んだ。

 「いずれにせよ、これは2課の事件で俺たちの管轄外だ。もう関わることもない…」半田が転落防護柵から離れて出入り口へ向かった。

 「だといいですね…」そう呟くと、井上は浦木と共に上司の後を追った。








おわり

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