第九回 [銀河極小戦争]

第 九 回








 知らぬ間にアニプラは眠りに落ちていた。

 そして、久々に彼は子供の頃の夢を見た。アニプラにとって、この頃の記憶はあまり楽しいものではない。

 余談ながら、彼のような犬人間種は、ある一部の星を除けば、最下級の奴隷として扱われる。理由は定かでないが、彼らと対立関係にあった馬人間種による欺瞞工作、または第一次惑星間大戦で敗北したコルト星団に加わっていたことが引き金となったと考えられている。

 四歳の頃のある夜、アニプラ少年は母に連れられて野原を走っていた。

 いくら休みたいと言っても、彼の母は「もう少しの辛抱だから」とやさしく言って息子の手を引いた。

  同じ日の朝、二人の持ち主(「飼い主」と呼ぶ者もいる)の家にアニプラ少年に興味を持ち、高値で買いたいと申し出た男がやってきた。男はセミル(現在の水星)から来た商人で、若い奴隷を買い漁っていた。この手の奴隷商人は、子供を使った売春宿の経営をしていることが多い。

  ギャンブルの借金を返すのに丁度いい、と思ったアニプラの持ち主はすぐ契約書を作成した。

 持ち主と奴隷商人の間で契約が交わされた夜、アニプラの母は翌日に息子が売られることを突然聞かされた。悲しみに暮れるアニプラの母は息子に別れを告げようとしたが、幼い我が子の寝顔を見た途端に自分の愚かさを思い知らされた。

 (この子にだって、幸せに生きる権利はある…)

 アニプラの母は寝ていた息子を起こすと、彼の手を引いて持ち主の家から逃げた。

 隣町まであと三十キロと迫った時、背後から迫る音を耳にして、アニプラの母が振り返った。数キロ先に複数の光が見え、彼女はそれがスピーダーのヘッドライトだと気付いた。

 「どうしたの?」アニプラ少年が母の手を引いて尋ねた。

 彼の母は迫り来るスピーダーの群れに目を奪われており、息子に手を引かれるまで我を失っていた。彼女の心臓は高鳴り、緊張で喉が渇いた。

 「走って!」アニプラの母が再び息子の手を引いて走り出した。隠れる場所を探そうとしたが、野原に隠れる場所などなかった。草は低く、伏せてもすぐに見つかってしまう。

 無駄だと分かっていても、アニプラの母は息子の手を引いて走った。

 背後から迫るエンジン音が次第に鮮明となり、スピーダーに乗っている男たちの怒号が聞こえてきた。

 逃げる二人の息は上がり、脚が重たく感じられて走るのが困難になってきた。ちょうどその時、一台の赤いスピーダーがアニプラ少年の真横を通り抜け、驚いた彼は転んでしまった。

 「アニプラ!」アニプラの母が息子に手を伸ばした。そして、手が息子に届くと同時に彼女は、二人を囲むように走り回る四台のスピーダーに気付いた。

 (そんな…)彼女は絶望した。

 ここで捕まればアニプラの母は地下の作業場に送られ、もう二度と地上に戻れなくなる。そして、彼女の息子は奴隷商人に売られ、小児性愛者たちの餌食にされる。

 スピーダーが停まり、中から武器を持った男たちが降りてきた。計八人。

 「逃げちゃだめだよ。逃げちゃ…」黄色に塗られた回転弾倉式拳銃を持つ男が言った。上半身は裸で、下は白いブリーフしか身に着けていない。格好は貧相だが、アニプラたちの持ち主が雇っている腕の良い傭兵であった。

 「す、すみません。ゆる、ゆるし、許して、下さい!」アニプラの母が声を震わせて男に頼んだ。

 「ボクに言われても困るよぉ~。それに…」ブリーフ姿の傭兵が銃口をアニプラの母に向けた。「ボクの仕事は子供を回収すること。アンタのことは好きにしていいって言われてるしぃ~。」

 アニプラの母は言葉を失った。(殺される?息子の前で…?)

 「さよならぁ~。」

 銃声が鳴り響き、ブリーフ姿の傭兵の顎が吹き飛んだ。彼の部下は呆気に取られ、近づいてくる男の存在に気付くことができなかった。

 その男は親指で撃鉄を下ろし、素早く次の的に銃口を向けて引き金を絞った。彼の動きは滑らかで、そして、正確であった。男は七秒の間に六人を撃ち殺し、大半が銃を持ち上げる前に頭部または胸部を撃たれていた。

 残りの二人が銃を持ち上げた頃、男は弾の切れた銃をホルスターに戻し、別の銃を抜いて相手が発砲する前に頭部を撃ち抜いた。

 犬人間種の親子は震えながら近づいてくる男を見つめた。男の行動は二人を救ったようにも見えたが、ただ単にスピーダーが欲しかっただけの行動かもしれなかった。

 二人を他所に男は、死体から銃弾を取って腰からぶら下げていた袋に詰めた。弾を集め終えると、男が拳銃と傭兵たちが持っていた硬貨をアニプラの母に渡した。

 「スピーダーを使えば、7時間ほどでヤビン港に行けだろう。それに、その金を使えば自由も手に入るはずだ…」

 そう言い残して男は、アニプラたちが逃げてきた街に向かって歩き出した。

 去って行く男の背を見ていたアニプラと彼の母は、男の左腕がないことに気付いた。男は二挺の回転式弾倉拳銃を腰からぶら下げ、右腰の銃のグリップは後ろを向いていたが、左腰の銃は前を向いていた。また、銃身と銃床が短く切り落とされた水平二連の散弾銃が、男の背中にあるホルスターに収められていた。

 アニプラの母は去って行く男の背中に頭を下げ、急いで息子の手を引いてスピーダーに乗り込んだ。

 「アニプラ様…」

 声を聞いて目を開けると、部下の姿が見えた。アニプラは椅子の上で小さく伸びをすると、部下に鋭い視線を送った。

 「どうした?」

 「ボルビスが死にました。」

 この報告にアニプラは驚いた。ボルビスは彼の一番弟子であり、部下の中で一番腕の立つ男であった。

 「誰にやられたんだ?」とアニプラ。

 「例の設計図を持っている者が護衛を雇い、ボルビスを殺したようです。」

 (そんな腕の良い奴がこの星に?)

 「そいつの居場所は分かるか?」

 「はい。探査ロボットで追跡しており、既に『切り込み隊』を送りました。」

 (ボルビスがやられたのなら、『切り込み隊』でも無理だろう…)

 「俺の武器を持って来い。ボルビスの仇は俺が取る…」

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