第八回 [銀河極小戦争]

第 八 回








 銃を拾い上げて事務所から外に出た時、エヌラたちは既に二百メートル離れた所にいた。
 
 (逃げ足の速い野郎だ…)
 
 大男の目にスピーダーバイクを降りようとしている若い男性の姿が映った。
 
 (これだ…)

 若い男性が大男に気づくと、大男は男性を射殺してバイクに乗り、エヌラとミアツの後を追った。

 エヌラはミアツの走る速度が次第に落ち、早足くらいの速度になっていることに気づいた。ミアツを見ると、彼女は肩で息をしている。

 「もう…走れない…」ミアツがか細い声で言った。

 「頑張れ!もう少しだ!」

 そう言いながらも、エヌラは近くに乗り物が無いか探していた。彼は地下鉄の入口と五メートル先で停車している回送バスを見つけた。

 (地下鉄がベス―)

 二人の頭上を何かが通り過ぎた。反射的にエヌラがミアツの肩に手を回して身を屈め、背後に目をやった。そこにはバイクに乗って追ってくる大男がいた。

 (もう追いつかれた…)

 エヌラは姿勢を低くしたまま、ミアツの手を掴んで走り出した。彼らの後を追うように光線が地面にめり込んで破片を周囲に散らばせた。

 (クソッ!このままじゃダメだ!)

 エヌラは近くにあったスーパーマーケットに入って裏口を目指した。

 二人がスーパーマーケットに入ったことを確認した大男は、バイクを乗り捨てて店に乗り込んだ。店に入ると大男の真横にあった缶詰の山が破裂し、缶詰の中身が大男の視界を奪った。

 ショックガンはエヌラが狙った通りの効果を生み、彼は再びミアツの手を引いて走り出した。

 「クソー!」

 大男は顔に付着した魚の煮物を取り除き、エヌラが向かったと思われる裏口へ急いだ。

 先に裏口に到着したエヌラとミアツであったが、荷物が裏口に続く道を塞いでいた。

 エヌラが別の裏口を探すために周囲を見渡す。この間に息絶え絶えのミアツは呼吸を整えようとした。が、大男を目にした途端に落ち着き始めていた呼吸が早くなり、咄嗟にエヌラの腕を強く掴んだ。

 「やっと追い込んだ…」大男が散弾型光線銃のポンプを引いて言った。

 「下がってろ…」大男を睨みつけながら、エヌラがミアツを自分の背後に押しやった。

 不適な笑みを浮かべると、大男は光線型散弾銃を床に落として上着の陰に隠していた拳銃をエヌラに見せた。

 「ゲームをしよう。早撃ちだ…」と大男。

 エヌラのショック銃はベルトバックルの位置に収められており、すぐ抜いて撃つことも可能である。この時、エヌラは内なる声を耳にした。

 (もしかしたら、ここで死ぬかもしれない。まだミアツをホテルに連れ込んでないし!それにミニスカートの似合う可愛い女の子、もちろん、生足さ!とデートとして、結婚して、違う若い女の子と浮気して、離婚してバツイチのダンディーな男にな―)

 「どうした?ビビッてるのか?」

 「いや…ちょっと考えたのさ…」背中を伝う一筋の汗を感じながらエヌラが言った。

 「何も考える事などないだろう…さぁ、抜けッ!」

 ミアツはエヌラに勝って欲しかった。そうでなければ、二人は殺される。おそらく、警備会社の職員のように四肢を銃で吹き飛ばされるかもしれない。

 「わかったよ…」

 エヌラが応えると、大男は相手の右手に注目した。その手が動いた瞬間に男は拳銃を抜き、エヌラとミアツの命を奪おうと考えていた。

 しかし、これがそもそもの間違いであった。

 ガチン!という音がした。大男は倉庫内の荷物が落ちたのだろうと思って気にも留めなかった。

 「あばよ…」エヌラが呟いた。

 (動く!)と大男が感じ取った時、彼の目に意外な物が飛び込んできた。

 腰の辺りに置かれていたエヌラの左手が九十度内側に曲がり、手首の辺りから突き出た直径四センチほどの穴が大男の方を向いていた。

 (義手?)

 大男が急いで拳銃を抜き、それと同時にエヌラの義手から眩いばかりの光線が放出された。

 あまりの明るさにミアツは目を閉じ、そして、神に救いを求めた。しばらくして、目を開けると、彼女は信じられない光景を目にした。

 光線を直撃した大男の上半身は蒸発し、直立不動の下半身だけが残されていた。しかし、義手の威力はそれだけに留まらなかった。光線の被害は八キロほど先まで及んでおり、光の通った道がトンネルのようになっていた。

 被害を受けた建物の数はエヌラとミアツがいるスーパーマーケットを含めて九軒、幸い死者は0人であったが、光線で髪の毛や服を燃やされた人が七人いた。

 ミアツがエヌラを見ると、義手を持つ変態男が両膝をついて肩で息をしていた。

 「どうしたの?」ミアツが走り寄る。

 「なんかムラムラしてきましゅた。ちょっと、ここで待ってて!すぐに戻って来ましゅ!」

 そう言って、エヌラが近くにあったトイレに駆け込んで行った。

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